第21話

 そして、突き刺さらない、我関せずといった様子の者が、二人。

「ゆくぞ」

「来いじゃんよー」

 俺たちの絶望の元凶、真祖同士の戦いも幕が上がっていた。

 サーリャはククリ二刀流で、まっすぐにチキータに飛び込んでいく。

 ヒュンッ、ヒュッ!

 サーリャのワンツーは、チキータに簡単に避けられてしまう。

 対する、素手のチキータは手のひらの五指を大きく開いて、サーリャの手首付近を掴みたそうにしている。

「はあああっ!」

「その大振りを、待ってたじゃんよーっ!」

 ククリを振りかぶるサーリャに、チキータが腕を伸ばした、そのとき――。

 フッとサーリャの姿が消える。

「チッ!」

 チキータが舌打ちするのとほぼ同時に、五メートルほど後退した位置にサーリャが現れた。

「チキータ、貴様の真祖としての能力は怪力であろう? 近距離戦向けよな? 掴まれれば終わりだが、逆に掴まれなければ、こうして離れてさえいれば、なんの恐ろしさもない」

 サーリャは余裕を見せることで精神的に相手を追い込むつもりなのか、いつにも増して雄弁だ。

「広い校庭で戦おうとしたのはなぜかな? 屋内の狭い場所、昼の校長室のような場所のほうが、明らかに貴様には向いていよう」

「テメェだって、くっちゃべっているだけで、攻撃してこねーじゃんよー? オレ様が怖くて近づけねーのかよこのチキンがっ!」

 口の悪さはチキータも負けてはいない。煽り合いは、互角といったところか。

「ふむ、それは違うな」

 少しムッとした口調で、サーリャは。

 瞬く間に、チキータの背後へと回り込む。

「くっ!」

 チキータは目では追えているが、それだけでもすごいことなのだが、身体の反応が間に合わない。

 前のめりに、回避行動を取ろうとするも――。

 ヒュッ、バサァッ!

 チキータの髪が一房、切り取られ宙に舞い散る。

 スーッと、チキータの褐色の首筋に、赤い血の線が滲む。本来は首を刎ねる予定だったサーリャのククリの軌道は、不発に終わっていた。

「んのおおっ!」

 無理な体勢から反転し、チキータが殴りかかろうとする。

 ブウウンッ!

 しかしそれは当然のように空を切った。

 またしても、縮地。

「吾輩は焦る必要がないのだ。こうしてヒット・アンド・アウェイを繰り返し、貴様の消耗を待てばいいのだからな」

 再び距離を取ったサーリャが、引導を渡そうとした、直後だった。

 ズドォォォンッ!

 爆音が轟き、火花が暗闇を照らした。

 チキータの手に握られているのは、デザートイーグル。44マグナムを発射できる、自動拳銃。

 パラパラと、今度はサーリャの銀髪が数本飛び散っていた。

「ほう、長距離攻撃も一応用意していたか」

「テメェ、オレ様を馬鹿だと思ってるじゃん?」

 一泡吹かせてやったとばかりに、チキータがふんっと鼻を鳴らす。

「今のを見ていなかったのか? 吾輩は弾丸程度、縮地でかわすこと造作もないのだぞ?」

 まだまだ優位は揺らがないと余裕の笑みを見せるサーリャに、

「次に起きることをよく見ておけじゃんよー? 小便ちびらせてやるじゃんっ!」

 言いながら、チキータの姿が、闇に溶けた。

 縮地のような超高速移動ではない。完全に、消えてしまったのだ。

「なるほどな、透明化も貴様の能力か……。弾丸が飛来する方向がわからぬのは、ちと厄介かもしれぬな」

 サーリャは深呼吸するように大きく息を吐き出し、しばし目を閉じた。


 タカにぃの足元には、自身の競技用具である槍が何本も、二十本近く転がっている。持っているのをありったけ持ってきたのだろう。

 タカにぃはそれらを大きな手のひらで無造作に五、六本掴む。そして、そのうちの一本を利き手である右手に持ち替えた。

 タカにぃにとって、槍は弾丸。右腕は銃身。さながら、六発装填のS&W M29といったところか。

「避けられるといいな? 龍征」

 嵐の前の静けさよろしく、穏やかに問うタカにぃに、

「避けて、みせるさ」

 精一杯強がってみせる、俺。避けられないとそこで試合終了っぽい。

 チキータがやったあれを、タカにぃもやるんだろうな……と身構えると、やはり。

 タカにぃも槍とともに、透明になった。

 サーリャの置かれている状況とまったく一緒だ。縮地を使ってもギリギリ避けられるかどうかの飛び道具が、どこから放たれるのか予測がつかない。

 とにかく、一所に留まり続けるのが一番拙い。的を絞らせなければ、縮地のスピードなら当たるはずはないのだから。

 俺は縮地でランダムに、移動しまくる作戦に出た。

 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ。

 校庭のだいたい半径五十メートルくらいを俺は走り回る。ところどころで、少し立ち止まってみたり。反復横跳びの超すごい版?

 とはいえ、逃げ回っているだけでは埒が明かない。透明になったタカにぃを見つける方法を考えなければ。

 永霞やサーリャは、どう対処するつもりなのか? 二人を参考にできればいいんだが。

 ……そうだ! 足の裏で地面を擦るように走って、砂塵を巻き上げてみるのはどうだろう?

 砂煙が人間型にくり抜かれている空間があれば、そこにタカにぃが……。我ながら名案が浮かんだ! とガッツポーズをしかけた、刹那――。

 がしいぃっ!

 俺の左腕が、凄まじい力で、何者かに掴まれたのだ。

「えっ……、いっでええええっ!」

 ボキボキボキッ!

 掴まれた部分の骨が、粉砕骨折。こんなことができるのは、当然……、

「た、か、にぃ……!」

「龍征、おまえ、途中から動きが単調になっていたぞ……」

 深刻な表情で指摘される。

「マジ……? どんなふうに……?」

「移動のコースが八の字を描いていた」

 折れた腕よりも、その事実のダメージのほうが遥かに痛い。

 自滅にもほどがある。

 タカにぃたちは、俺たちの縮地を目では追えるのだ。動きが読めてしまえば、捕らえるのはたやすい。

 ダメだなあ、俺は……。永霞を守るどころか、とんだお荷物じゃないか。だが、それ以上落ち込む暇さえ、俺には与えられなかった。

 ブウウウンッ!

 俺の折れてくにゃくにゃになった腕をしっかり掴んだまま、タカにぃは自身の腕を振り上げた。

 俺の身体は、軽いぬいぐるみみたいに、簡単に逆立ち状態で宙に持ち上げられてしまう。タカにぃはまだ、手を離さない。

 その位置から――。

 ビタアアアァァンツ!

 全力で、地面に叩きつけられた。土に、身体がめり込む。

「ぐっ! ふぶぅっ!」

 血飛沫を口から吐き出す俺。

 内臓が破裂した経験はこれまでなかったが、今がそうだと確信できた。

 しかも、全身骨折したのではないか、手足肩膝肘背骨頭……間接という間接、骨という骨から激痛が駆け巡っている。

 意識が遠くなり、漂い、それでも戻ってこようとしていた。眷属の身体は、傷んだそばから、回復を始めようとする。

 だが――。

 ザッシュウゥゥッ!

「ぐはっ! ……かっ!」

 胸に、心臓に、正確に槍を撃ち込まれていた。

 やばい……。この一撃で、精気が大量に抜けていったのがわかる。

「もう疲れただろう? 龍征、僕もあとから行くから、先に行って待っていてくれよ」

 優しく、タカにぃは言う。

「おぜっ、がいだな、ダガにぃ」

 声が上手く出せないが、ここが踏ん張りどころだ。

 俺の、運命は……、俺が切り拓くん、だ……!

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