第20話

「永霞叶詠さん、こうしてあなたと決闘する機会を得られて光栄ですわ。あなたとは、一度お手合わせ願いたいと思っていましたのよ?」

 生徒会長と永霞も、お互い武器を手にして対峙していた。

「そう、ですね、人間のままだったらよかったですけど……」

 永霞は二本の長刀、生徒会長はサーベルか。

「あら、わたくしはこの戦いについては満足していますわ。人間のままでは立場や自制心に邪魔をされて、実現しなかったことですもの」

 意外にも、生徒会長は心から楽しんでいるようだった。

 生徒会長はマスクこそしていないものの、フェンシング用の白いユニフォームを着てきている。正装だ。

 しかも、白いマントを背中になびかせて。ヒーローアニメや特撮みたいな……今夜以外に使う機会がそうそうあるとは思えない代物だ。

「私、手加減できないかもしれません。……さっきの、痛かったですよ」

 永霞は冷え冷えとした視線で生徒会長を見る。さすがに、自分の両手足をもいだ相手を恨むなというほが無理だろう。

「あら怖い」

 生徒会長は、にこやかにはぐらかし、

「では、参りますわ」

 優雅に歩を進める。

「いつでも、どうぞ」

 永霞は二本の剣を両腕を交差させる独特の構えで待ち受ける。

 あと一歩で永霞の間合いというところで、生徒会長は立ち止まり半身になった。

 サーベルを前に構えればそのままフェンシングなのだが、マントの裾を左手で掴み、闘牛士みたいな格好になる。

 永霞は微動だにしない。

 バサアアッ!

 永霞の視界一面に、マントが翻った。

 ザシュウッ!

 その、マントを突き破って、生徒会長のサーベルが永霞の顔面を襲う。

 永霞は、三十センチほど横にずれ、難なくかわす。

 サーベルがマントに吸い込まれるかのように、引き戻された。

 刹那――。

 今度はマントの影から、生徒会長が姿を現し、上段に構えたサーベルを振り下ろす。

 ブウゥンッ!

 サーベルは美しい軌道を描いて、空を切った。

 永霞は、一瞬にして生徒会長の背後に回り込んでいる。

「永霞無間流、序式……」

 ドンッ!

 永霞が構えから一撃を放とうとした瞬間だった。生徒会長のモデル級の長い脚が、後ろ回し蹴りとなって永霞を強襲したのだ。

 みしみしっ……!

 左脇腹に見事に入った蹴りは、永霞のあばらを二、三本もっていったと思われる。苦痛の喘ぎさえ洩らさなかったが、永霞の表情が歪み、身体は横方向に吹き飛ばされた。

 ズザアアアッ!

 永霞は側転の要領で体勢を立て直し、低く足を踏ん張り着地する。

 両者の間に、再び距離ができた。

「体術も、使えるんですね……」

 予想外だったせいで一発もらってしまった永霞は、少し悔しそうにぼそりと口を開いた。

「うふふ、わたくしなりに、研究してますのよ?」

 対照的に、生徒会長は上機嫌だ。

「わたくし自分の中に、こんな破壊衝動が、闘争本能が眠っているなどとは、思ってもみませんでしたわ。フェンシングはあくまでスポーツ……、もちろんスポーツとして研鑽し、充実した日々を送っていましたけど……」

 生徒会長の瞳に、怪しい光が宿る。

「永霞叶詠さん、あなたの手足を引き千切って、気づきましたの。骨が軋み砕ける音、皮膚と肉が破れ剥がれる音、血の臭い……、それらがわたくしの心をほかに比較するものがないくらい、昂らせることに!」

 まさかの、猟奇趣味の開花を生徒会長は告白してのけた。

 それに対して。

「もう、会長の攻撃は、私の身体に一ミリたりとも触れさせません」

 永霞の目つきも、変化する。

 感情の消えた、冷たい機械のような目に。

「たいした自信ですことっ!」

 やはり先に仕掛けたのは、先ほどと同じく生徒会長だった。

 ヒュンッ、ヒュッ、ブンッ!

 生徒会長は息もつかせぬ連続攻撃を繰り出す。

 それを永霞は予告どおり、見事に避け続ける。

 生徒会長の剣技は、達人の域のはずだ。競技としてのフェンシングの枠を超えて、武術としても充分に高められているように見える。

 だというのに。

 正直、永霞に当たるイメージが、まったく湧かなくなってしまっていた。

 永霞の動きが、人間の水準を超えていた。

 なにくわぬ顔で平然と行っているが、永霞はおそらく、縮地を一ミリ単位で制御する術を習得しているようだった。

 すでに達人であった者が、不死者の力を与えられた。それも、最も適した能力を。まさに水を得た魚。どれだけ恐ろしい怪物が、今目の前に現前しているのかを生徒会長は、肌で感じ始めているにちがいない。

「くっ……!」

 今度は生徒会長が顔をしかめる番だった。

「わたくしのフェンシングが、子供のお遊びだったとでも、言いたげですわねっ!?」

 ヒステリックに叫ぶ生徒会長に、

「残念ですが」

 永霞は冷水を浴びせるように、まず短く返す。

「生徒会長にとってフェンシングは、生活の一部だったのでしょうが、私にとって永霞無間流のみが人生そのもの、残りのすべてが雑事で生活の一部でした」

 続けて、壮絶な理由を明かしてみせた。

 それを聞いて生徒会長が、がくんっと、肩を落とす。

 軽やかにバックステップし、間合いを取り動きを止めた。

「現代の貴族にとって重要なのは、確かに剣術などではありませんわ。政財界との繋がり、パーティーの作法や教養といったもののほうが、よっぽど……。ですからわたくしは、レディとしての嗜みを鎧のように纏わされて参りましたわ」

 生徒会長の声が、沈んでいく。

「わたくしはお父様とお母様の人形でした。それが、この学園に来てから……、わたくしは初めて、わたくしの望むわたくしになれましたのよ?」

 生徒会長は、大きな瞳に涙を溜めながら、笑みを浮かべた。

「なのに、またわたくしは人形に逆戻り……。こんなことなら、殺されたままのほうが、幸せでしたわ!」

 その言葉は、俺と永霞とタカにぃの心に、深く突き刺さる。

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