第19話

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 俺は全力で地を蹴り、チキータへと肉薄する。

 右手には、さっきまで自分を貫いていた槍投げの槍を一本、握り締めて。左手にも三本、予備を持っている。本来の使用法である投擲武器としても、役立てたいからな。

「へえ、いきなりオレ様狙いじゃん?」

 予想外だったのか、チキータの対応が一瞬遅れた。

 いける! チキータの胸部目掛けて俺が槍を突き出すも、チキータは右へと避ける。

 槍の先端は、チキータの左肩付近をわずかにかすめた。

「ジュゥッ……!」

 チキータの左肩から、白煙が上がった。

 !? な、なんだ? この槍、硫酸でも塗られてたり……するわけもない。

「「チキータ様!」」

 タカにぃと生徒会長が色めき立つ。

 俺とチキータの間合いが近すぎて、俺への攻撃を即座に繰り出せないみたいだ。

「慌てるなじゃんよー。こいつ一匹くらい、一捻りに決まってるじゃん?」

 多少は不測の事態だったのだろうが、チキータはまだ余裕綽々。

 ならば、もう一突き! 俺は伸ばした腕を引き戻し、再びチキータへと槍を突き立てる。

 ガシィッ!

 ところが、次の一撃は、チキータに完璧に読まれていた。槍の先端近くを左手で掴まれ――、

「おっ、おおっ!?」

 軽々と、チキータは槍ごと俺を垂直に持ち上げてみせる。

 宙ぶらりん。突然、登り棒状態になってしまった俺。

「龍征っ!」

 そこに、タカにぃが俺と同じように槍を構え、跳躍した。俺を刺すつもりだ。

 ここか、ここで……、縮地か!

 槍を支柱にして、鉄棒の要領で身体を回転させ、俺は宙へと跳んだ。そして着地するなり、すぐさま全力で――サーリャの眷属としての全力、超高速で離脱する。

 瞬く間に、俺はチキータとタカにぃから、三十メートルほどの距離を稼いでいた。

 槍が一本奪われてしまったが、まだ三本ある。戦いは、これからだ。

 一方、サーリャは俺をチキータにけしかけた隙を使って、同じく縮地で永霞と永霞の両手足を抱えてを安全な場所へと移動していた。

「ほれ、これでくっつくであろう?」

 ひょいひょいと玩具を扱うように、永霞の手足を切断面に接触させていく。ぐちゃっと肉塊がはみ出した傷口が、絡み合うように癒着を始めた。

「あ……ああ……」

 だが、永霞の反応が薄い。

 受けたダメージが甚大すぎて、精気が底を尽きかけている? このままだと、まさか永霞は消滅してしまうんじゃないか……!?

「しかたがない。今回だけは特別だぞ?」

 見兼ねた様子でサーリャは、優しく永霞の後頭部に腕を回すと――。

 ふう~~~っ。

 顔を近づけ唇を重ね合わせ、人工呼吸のように大きく息を吹き込んだのだ。

「あっ、あっ、ああっ……、ち、力が、湧いてくる……!」

 永霞の血色が目に見えてよくなり、呂律もしっかりと回り始める。

「真祖は直接、精気を他人に移すことができるのだ。食事よりも急速に大量の精気を送り込める、奥の手よ」

 ぺろりと舌なめずりをして、サーリャは言った。

 これぞ真祖、さすが俺たちの主……、思わず認めてしまいそうになり、俺は慌てて首を左右に振る。

「さあ、立て、永霞叶詠。貴様の相手は、わかっているな?」

「はい、サーリャ様」

 永霞の応答も、いつになく感情が籠もっているように聞こえた。

 俺も、自分がやるべきことをきちんとやらなければ。

「タカにぃ! こっちだ! 一対一で、やろう!」

 俺は大声を出して自分の位置をタカにぃに伝え、勝負を挑む。

「龍征……、いいだろう、きっとこうなる運命だった」

 決意を宿した瞳で、タカにぃは応えた。

 俺と同様、何本か槍を持ったタカにぃが、ゆっくり歩いて近づいてくる。

「覚悟はいいか? 龍征」

「ああ、タカにぃこそな?」

 陸上競技には、テニスみたいにこんなふうに二人きりで対戦する種目はない。

 俺とタカにぃが陸上競技者である限り、実現するはずがなかった、このシチュエーション。眷属となってしまった境遇を恨む日々の中で、俺は初めて少しだけ、楽しいと思ってしまっていた。

「いくぞ」

 タカにぃが投擲体勢に入る。

 何回見ても惚れ惚れする美しいフォームだ。が、その角度が、いつもとは異なっていた。

 ブンッ!

 腕を振り抜いた音が衝撃波となって俺を襲いそうなほどの迫力。

 目を見開き、俺は戦慄した。手から放たれた槍が、見えない……!

 目で追えない速さで、しかし確実にタカにぃが投げた槍は、地面と平行の軌道で俺へと一直線に迫っているはず。

 縮地だ、俺は十メートル避けるつもりで、右に跳ねる。……その、俺の脇腹を何かが掠めた。

 ズドォォォンッ!

 間髪入れず、轟音が鳴り響く。

 俺の背後二十メートルくらいのところに、大きな桜の木が植わっていた。

 その大木の幹に、槍は突き刺さったのだ。幹と枝が激しく揺れバサバサと何十枚もの葉が舞い落ちた。

 剛速球とかいうレベルではない。銃の弾丸くらいのスピードが出ているにちがいない。拳銃なら秒速三百メートル以上、ライフルだったら秒速八百メートル以上……。

 腕や足に当たったら、吹き飛びもげること必至だ。頭だと、スイカ割のスイカみたいに弾け飛ぶだろう。

 一発食らうだけなら、大丈夫だろうが、何発ももらってしまうと、さっきの永霞のようにあっというまに精気切れの状態に追い込まれるのではないか? そして、その先に待っているのは、消滅……!

 俺は日和って、タカにぃをちょっと説得してみようと試みる。

「タカにぃ、俺たち、上手くいけば助かるかもしれないんだっ! 人間に戻れるかもしれないんだよ!」

「真祖に吹き込まれたな、龍征。そんなもの、真祖がおまえを意のままに操るために用意したでまかせだ」

 俺も薄々思っていたことをタカにぃは指摘した。

「僕たちは、この世界に存在してはいけない。一刻も早く、消滅するべきだ」

 タカにぃが眷属となって至った結論は、それなのかよ……。自罰的だ。真面目なタカにぃらしいといえば、らしいんだが……。

「龍征、せめて僕の手で葬ってやる」

 すでに固く決意してしまっている表情で、タカにぃは言う。

 あっというまの交渉決裂。俺は、とにかく消滅の危機に陥るような大ダメージを受けないように戦わなければ、と肝に銘じるのだった。

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