第17話

「…………っ!? …………!!」

 僕が永霞叶詠の両肘を掴んで羽交い絞めにし、雲雀が永霞叶詠の首を絞める。

 口を塞いでもそこそこ大きな呻き声は出せるが、息を吐けないと声は出せない。おまけに相手は死なない人間だ。完全に窒息してもいいほどに、雲雀は力を込めている。

 チキータ様の力の一つは、透明化。透明化した状態で人や物に触れれば、触れ続けている限りそれも透明にできる。

 永霞叶詠を捕えると同時に、それまで掴んでいた増島克矢の腕を離す。

 そして――。

 都合よく、龍征がそっぽを向いているうちに、このまま永霞叶詠を連行する。

 と言っても、龍征は体育倉庫に閉じ込められる予定だ。そんなに遠くまで運ぶ必要もない。むしろここでしばらく立ち止まって、龍征が体育倉庫に入るまで待っていてもいいくらいだ。

 などと思案するあいだに、永霞叶詠の足を地面から浮かすように抱え上げたまま、二、三十メートルは進んだだろうか。

 龍征の姿は米粒ほどの大きさになり、今まさに体育倉庫の前に立とうとしていた。ここまで来ればもう透明化を解除してもいいだろう。

「おー連れてきたじゃんよー。上手くいってるじゃん?」

 待機していたチキータ様が姿を現した。

「そいつも無力化しとくじゃん。眷属二匹を戦闘不能にさせたら、とっととサーリャをぶっ潰すじゃんよー」

 チキータ様から指示が出される。

 この少女、永霞叶詠には何の恨みもないが、チキータ様のご命令とあれば、いたしかたない。

 永霞叶詠は、龍征とはどういう関係なのだろう……? クラスメートではあるが、龍征と交流があったとは聞いていない。偶然、見知らぬ二人が、一人の真祖に眷属にされてしまったということか。

 それでも、食事は龍征と二人でしているだろう。……きっと龍征は、怒るにちがいない。

「かっ、はあっ、げほっ……げほっ……!」

 雲雀がようやく首を絞めていた手を離した。

 普通の人間ならとっくに意識を失っている、もしくは死んでいるはずだが、やはり眷属だ。永霞叶詠は苦しげに咳き込み、大きく息を吸う。

 整った顔がこれ以上苦痛に歪むのは見たくはないが、己の運命を呪ってもらうしかない。

「あまり大声を立てないでくださいね」

 雲雀が無理な注文をつけながら、今度は永霞叶詠の右太ももに、両手をかける。

 両腕の自由は、相変わらず僕が奪ったままだ。

 雲雀は、永霞叶詠の引き締まりつつも白く柔らかそうな右太ももを左腕で抱えるように持ち上げる。当然制服のスカートは捲くれ、白い下着までが露わになった。

 美少女同士の過剰な接触。ここまでなら、青少年の劣情を掻き立てるのに充分な構図なのだろうが……。

 グググッ、と雲雀は永霞叶詠の右太ももを股関節の可動域ギリギリまで水平に開かせていく。

「ちょっ、ちょっと何をっ……!?」

 永霞叶詠は頬を紅潮させ、叫びかけた。

 すまない、羞恥責めのほうが何百倍何千倍もマシだと思えるようなことが行われようとしているんだ。

 僕と雲雀がチキータ様から授かった力のもう一つは、怪力――。

 ググググググッ……。

「あっ、あっ!? ……いいいいいいいっ!?」

 限界だ。通常はそれ以上、動かない。しかし――。

 ゴキンッ! ゴリュッ、バキバキバキッ!

 ブッ……、ブチブチブチブチィィッ!

「ぎっ、あああああああああああああああああああっ!!」

 大腿骨が折れ、砕けた音に、皮膚と皮下脂肪と筋肉と血管と神経を引き千切る音。

 加えて、永霞叶詠の断末魔ともとれる絶叫が、辺りの空気を震わせた。

 ビチャァッ、バシャバシャバシャッ!

 心臓が止まっていて循環していないため、酸素をあまり含んでいないくすんだ血液が、右太ももの付け根から大量に溢れ落ちる。

 目を見開き、口を大きく開け、そのまま凍りついたような永霞叶詠の表情。がくがくがく、と身体が小刻みに痙攣を始めていた。

「あらあら……、まだ三本も残っていましてよ? 一本目からこれでは、先が思いやられますわ」

 容赦ない口調で、雲雀は永霞叶詠の力任せに捻じ切った右太ももを無造作に投げ捨てる。そして、忠実に任務を続行する。

 次は、右肩口に手をかけた。僕は雲雀が持ちやすいように、永霞叶詠の右手首へと僕が掴む場所をずらす。

 みしっ。

 ボキボキボキッ、バキョォッ!

「ぎひいぃぃぃ……っ!!」

 かくん、と永霞叶詠の頭が後方へと垂れ下がる。白目を剥き、口から泡が吹き出していた。

 あまりの痛みに失神したようだ。永霞叶詠にとっては幸運だっただろう。あと二か所の痛みを感じずに済むのだから。

 そのとき、カチャカチャと音が鳴った。

 永霞叶詠は、スカートの上に帯を巻いていた。そこに、二本の日本刀を差している。

 雲雀が、それを触ったのだ。

「あら、せっかく刃物があったのに……。こちらを使ってきれいに切断して差し上げたほうが、良心的でしたかしらね?」

 無邪気な表情で、雲雀は僕を見る。

 その仕草は、人間だった数日前と何も変わっていない。その手には、血の滴る少女の右腕が握られているとしても。

 だが、こんな非道な行いをしても、僕も雲雀も、心に一片の罪悪感も浮かんでこない。

 それがどんなに深刻な事態であるのか、頭では理解はしているはずなに、涙さえ出ないのだ。

 龍征……、おまえは、どうなんだ? おまえの心は、まだ、人間か……?

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