第15話

 サーリャのアジトである牧師館のリビング。

 午後十時。

 決戦の前にサーリャは、あまり関係ないようなことを俺と永霞に話し出した。それはサーリャなりの、覚悟の表明なのかもしれない。

「人類が先か不死者が先かと問われれば、人類が先であるのは間違いない。不死者とは、人類専用に造られた自然災害であるゆえな」

「そんな迷惑なもの、誰が造ったんだよ」

「神、であろうな」

「神様? おまえらって、神様を信じてるの?」

「神とは、この惑星の意思につけられた呼称よ」

「地球に、意思があるのか?」

「人類が誕生したとき、地球は驚き、たいそう喜んだ。これはすごい、最高傑作ができた、と。しかし同時に、それが将来創造主さえ滅ぼしかねないことも悟り、戦慄したのだ」

 まるでその瞬間に立ち会ってきたような口ぶりで語った。

「現生人類が飛躍的な文化的進化を遂げたのは、五万年前あたりからだという。おそらくその頃に、最初の不死者真祖が発生したのではないか。そして、大真祖という、不死者の王を決めるようになるまでに不死者の数が増えたのが約一万年前。今回の大真祖継承の儀は、記念すべき第十回目に当たる」

 サーリャの言い分は、不死者が人間を殺すのを正当化しているだけにも聞こえる。

 が、よく考えれば人間も牛や豚を殺すのを正当化しているし、倫理もへったくれもなく虐殺し絶滅させた生物だって数知れない。

 不死者を断罪する権利が人間にあるのか、自信が揺らぎ始める。

「永霞叶詠、芹生龍征、貴様らはこちら側に来てまだ日が浅い。まだ己の存在に戸惑う気持ちも大きかろう。されど、不死というのは死の別様な在り方の一つに過ぎぬのだ。すでに死んでいるから死なない。初めから生きていないから死なない。死とは生物に必ず訪れる宿命、貴様らはそれをほんの少し早めに受け取ったにすぎぬ。しかもそれに、おまけがついていたのだ。せいぜい楽しむがいい」

 滅茶苦茶だ。

 殺人鬼にそう言われて、なるほどーはははー、と笑い飛ばせるやつがいるとは思えない。

 けど、ちょっとわかった気がする。俺がずっと感じている憤りは、自分の死に納得のいく理由が与えられていないせいもある。自分に非がないのに、居眠り運転やら飲酒運転の暴走車に殺された被害者に近いだろうか?

 永霞は、ヴェドゴニア遺伝子保持者だから殺された。

 どんな理由であれ殺されるのは嫌だが、これは何人もの中からわざわざ自分が選ばれた、という点で殺される動機としては腑に落ちる気がする。

 永霞は眷属にされてしまった直後から、諦めの意識が強かった。それは、自分が狙われたのはしかたなかった、不死者真祖が欲するものを自分が持っていたのだから、という思いがあるせいではないか。

 せめて、俺にも何か、納得できる死の理由がほしい。今すぐにでも。

 俺は、永霞を守ろうとして、死んだ。

 いや、守れなかった。

 だからこそ……死んだ永霞を守り続けるために、死んだのだ。死後も永霞を守る不死の騎士となるために。

 ちょっと、いいかもしれない。とりあえず、これ以上の出来のものはしばらく、ほかに望めそうにない。

 俺は決戦に臨むための、心の支えを得た。

 本当は、永霞のほうがよっぽど騎士の適性がありそうなんだけど……そこは敢えてスルーの方向で。

「ふむ、一つ、希望を持たせておいてやろうか。大真祖継承権最上位、一位から十位までの真祖たちは、特に傑出した能力と叡智から『天上の十ディエス・アリバ・シエロ』と呼ばれている。そやつらであれば、眷属となった者を人間に、心臓が動いている生身の人間に戻す方法を知っているやもしれぬ」

 サーリャとしては、出走の前に馬の鼻先にニンジンをぶら下げたくらいのつもりだっただろう。

 だが、俺と永霞が受けた衝撃は、大変なものだった。

「そっ、そっ、そっ! それを早く言えってんだよっ!!  永霞、戻れるぞ、俺たち!」

「……芹生、くんっ」

 抱き合って踊り出したいくらいだ。

「ただ、あまり期待しすぎるなよ?」

 温度差がありすぎるクールな声音で、サーリャが釘を刺してくる。

「たとえば、性的な関係を結ぼうとする際、ヒトのオスはメスが嫌がると興奮するようにできておるよな? それは本能の命令であろう。もし嫌だと断られた時点ではいそうですかと引き下がっては、子孫を残すことが叶わぬからな」

 ちょっと過激な話をし出したその意図とは?

「不死者も、それに近い本能を持っているのだ。我々不死者真祖は、ヒトが苦しむ様、嫌がる様を見ると快感と興奮を覚えるようにできている。それは、天上の十でさえ、例外ではない」

 楽には教えてくれそうにない、ってわけかよ……。

 ならば力ずくで、は無理そうだから、じっくりチャンスを窺って……なんか、数日前に同じことを考えた気がするんだが。

 まあ、なんにしても、未来への希望は確かに必要だ。

 しかしそれよりもまずは、直近の戦いに備えなければならない。俺も、サーリャに聞いておかなければならないことがある。

「俺はタカにぃと、永霞は生徒会長とやる予定なんだよな? 死なない者に対する勝ち判定って、どうなってんの?」

「そうよな……、不死者は人間の急所、心臓や頭部などに、人間なら致命傷となるダメージを受けた場合、修復するまでの数分、動きが止まる。その間に、手足を拘束するか……、頭部を胴体から切り離したうえで、継続的に脳に損傷を与え続けるのも効果的よな」

 なんか、グロいんですが。そんな拷問みたいなことをしなくちゃいけないんですか?

「う~ん、もっと、こう、さあ?」

「うむ、今言った方法は手間がかかるし、確実性が低いのも事実。完全なる勝利を目指すのであれば、相手の精気を使い尽くさせ、消滅させるしかない」

 出た、消滅というワードが。俺が絶対に回避したい、その言葉が。

「……それって、難しいんじゃねーの?」

「ヴェドゴニア遺伝子保持者――意思を持った眷属同士が戦った場合、普通はどちらかが消滅するような事態には陥らぬ。そうなる前に逃げるからな。逃げられないほどの力の差があったなら、弱いほうが消滅する可能性は充分にありえる」

 俺とタカにぃの力の差……。そんなにはない、と信じたいけど……。

「まあ、そこまで貴様らが気張る必要はない。貴様らに生徒会長と副会長を任せるというのは、吾輩がチキータと一対一で戦える状況をつくるという意味だ。真祖が消滅すればその眷属も消滅するでな。敵将を討ち取ってしまえば、そこで終戦となる」

「まっ、待ってくれよ、サーリャ! 俺は、タカにぃにも生徒会長にも、消滅してほしくないんだ!」

 もしかしたら人間に戻れるかもしれないなんて言われちゃあ、なおさら……!

 サーリャは残念な子に向けるような目で、俺を見た。

「そのような甘い心構えで本当に戦えるのか甚だ心許ないが……、そこはまあ、抜け道がある。可能な限り善処してやるゆえ、安心しているがいい」

 サーリャらしからぬ寛大さに、何か裏があるのでは、と勘繰りそうになっていると、

「どうした、疑っているのか? 吾輩も、貴様にどう言えば従わせやすいかを研究しているのだ。出来の悪い下僕を上手く操ってみせるのも、主の役目であるゆえな」

 サーリャに諭されたうえにディスられる。

「それよりも今宵の戦い、学園に着いたら、いや学園までの道のりでも、ゆめゆめ注意を怠るでないぞ?」

「なんだよ、ずいぶん神経質になって……、もしかしてビビッてるのか?」

 これまたサーリャらしからぬ繊細さに、仕返しも込めて聞き返すも、

「チキータ、やつが提示した条件が公平すぎるのだ」

 サーリャは大人の対応で、見事スルーされてしまった。

「それは……、正々堂々スポーツ感覚なんじゃないのか?」

「ふむ……、真祖にも個性があるでな、やつがそうだという可能性もまったくないとは言い切れぬ。だがな、これは戦なのだぞ? 負ければ即ち己の消滅を意味する。勝率を高めるための策を何一つ講じぬというのは、己が存在を放棄するにも等しい行為なのだがなあ」

 サーリャの言葉の説得力に、どんどん押し込まれてしまう。

「これは、大真祖継承の儀における、トーナメント戦にさえ当てはまるのだ。トーナメントといっても、場外での妨害工作など日常茶飯事。実際に戦っての決着よりも、戦う前にどちらかが戦闘不能に陥っての不戦勝のほうが多いくらいとも聞く」

 まさに生き馬の目を抜く不死者真祖たちの日々これ戦場!

「なので、今回の戦いも、吾輩が誘い込む側であれば間違いなく罠を張るであろうな。結果的にちょうどよい罠が間に合わずとも、画策だけは絶対にする、時間の許す限りな」

 俺は、アスリートであって、軍人ではない。

 命……はもうないので、存在が懸かっている勝負というのは、初めての経験になる。サーリャにそこを心配されているんだな、俺は。

 永霞は真剣を扱う人だ。俺なんかよりよっぽど、こういう戦いへの臨み方がわかっているだろう。

「では、行くぞ」

「はい」

「ああ」

 午後十一時四十五分。俺たちは学園に向かうため、牧師館を出た。

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