第14話
昼休みになった。
生身の人間ならば、昼食を摂らねばならない時間だが、俺と永霞には不要なものとなってしまった。
いや、実は眷属になっても水や食料は食べられないわけじゃないし、飲めないわけでもない。
特に水分は汗や涙、尿としてよく排出される。そんなふうに出ていったぶんは、しっかり補わなければならないみたいだ。
俺たち三人は緊張の面持ちで教室を後にし、校長室へと向かった。
思えば、俺がサーリャに殺されたのは校長室からの帰り道だった。校長室は、俺にとって決してラッキーポイントでないことだけは、確かだろう。
ところが、当てが外れたというか、校長室前の廊下に、柔道部員の姿はなかった。
「誰も、いないな……」
扉の前に立ちつつ、まだ左右を見回してしまう。
「芹生くん、気をつけて……」
扉を守る係の永霞とは、ここでいったんお別れだ。
「ああ、行ってくる」
しばし見つめ合った永霞との視線を切り。
コンコンッ。
「失礼します」
ノックをし、一声かけてから。
ガチャッ。
俺は校長室のドアを開けた。
そこには、ほぼサーリャが予想したとおり、正面には大きな執務机、その後ろの椅子に腰かけた校長、その膝の上に座っている小学生高学年くらいの女の子、その右に生徒会長、反対側の左にタカにぃ、が直立していた。
素早く周囲を見回すが、ほかに人の姿はない。隠れられそうな場所もない。
唯一、挨拶だけですむ条件に合致している。俺はひとまず、ほっと胸を撫で下ろした。
「ようこそじゃん、逃げずにちゃんと来た度胸だけは、褒めてやるじゃんよー」
校長にお膝抱っこされている少女が、挑発的なセリフを投げて寄こす。
「オレ様は、チキチータ・ロゴンヴェルド・ヴコドラク。短くチキータ様って呼ばせてやるじゃん」
このサーリャとよく似た態度……、こいつがタカにぃを殺し、眷属にした真祖なのか……!
「吾輩は、サーリャ・ノヴガルド・ストリゴイ。あいにく、貴様らごときに呼ばせてもよい名は持ち合わせておらぬがな」
サーリャの返しに、チキータ、生徒会長、タカにぃの表情が強張る。
それに対して、校長は顔を崩さない。というか、人形か置物のように反応がないのだ。
校長にとっては、今のにこやかに見える顔が、素の状態、無表情なのだろう。笑顔がお面のように張りついている人間って、そっちのほうがよっぽどホラーな気がする……。
「ところで、昨日こやつらを一年一組に寄こしたのは敵情視察だったのかな? 吾輩がこの学園に潜伏しようとしていることに、いつから気づいていた?」
サーリャは間を置かず、チキータに疑問をぶつける。
生徒会長とタカにぃが、俺の退学について教室まで来た件を気にしているみたいだ。挨拶ついでに、できるだけ多くの情報を引き出しておこうという腹積もりだろうか。
「それは偶然じゃん、こいつらにも人間としての業務があるじゃんよー」
チキータってやつ、けっこう素直に教えてくれるもんだな……。不死者の真祖たちって、そのへんのガード緩めなのか?
「なるほど。ではその二人は、どのタイミングで眷属にしたのだ? 昨日か? 一昨日か? 一昨昨日か?」
「一昨昨日じゃん、こいつら、生徒会室に二人きりでイチャついてからすげー狙いやすかったじゃん」
言われて生徒会長とタカにぃは、わずかに頬を赤らめ視線を下に向けた。
そっか、タカにぃ、大切な女性ができたんだな……。
祝福したい気持ちが湧いた直後、すでに二人とも死んでいて、人間ではなくなってしまっていることを思い出す。同時に、不死者真祖たちへの強い憤りも。
別に俺の怒りに配慮したわけではないだろうが、サーリャはいったん言葉を切って、チキータとしばし見つめ合った。
「…………」
「…………」
お互いに表情を読み合うような沈黙。
「テメェの眷属も、そいつと、ドアの前で待たせてるあいつの二人だけじゃん?」
「ああ」
質問者と回答者が入れ替わる。
「眷属にしたのはいつじゃん?」
「貴様と同じだ」
そうか、俺もタカにぃも、同じ日に殺されてたのか。助けられなかった罪悪感が、少しだけ軽くなった気がした。……ことにまた新たな罪悪感が芽生える。
「なあ、そいつ……ヴェドゴニア遺伝子保持者じゃねーのに、意思が残ってるじゃん?」
俺の表情がころころ変わるのを観察したのか、チキータが怪訝そうに尋ねてきた。
「うむ、見てのとおりだ」
「へー、なかなかのレアキャラじゃんよー。オレ様に寄こすじゃん?」
「貴様のヴェドゴニアカップルとなら交換してやらぬでもない」
「ハハッ、そりゃお断りじゃんっ、釣り合わねーにもほどがあるじゃんよーっ」
チキータは可笑しそうにけたけたと笑う。
ようやく外見に相応しい可愛らしい仕草が拝めたわけだが、嬉しくない。むしろ腹立たしい。
「さて、そろそろ大切なことを確認しておこう」
スゥッと、サーリャの瞳の光が一気に鋭さを増した。
「貴様、トーナメント参加資格なし、よな? 五十二位か三位だったかな、ヴコドラク?」
ややあって。
「……五十一位、次に間違えたら八つ裂きにしてやるじゃん。で、そのセリフ、そっくりそのまま返すじゃんよー、ビリッけつの、ストリゴイ?」
バチバチと、ぶつかった視線の火花が弾けるのが、目に見えるようだった。
どうやら不死者真祖たちは、全員の継承順位がだいたい頭に入っているらしいな。おまけにこいつらプライド高そうだから、自分と相手の順位にすごく敏感に反応しやがるし……、えーん怖いよー。
最下位のサーリャなんて、真祖同士で会話するたびに悔しくてストレス死……もとい消滅するんじゃないか? とついつい要らぬ心配までしてしまう。
「やれやれ、無駄な争いをしているほど、暇ではないのだがなあ。まあ、肩慣らしくらいにはなってくれるのだろうな?」
「だからそれはこっちのセリフじゃんよー。おい、テメェいくつじゃん? 上位者に向かって、態度デカすぎじゃねー?」
なんか急に、不良同士の格付け協議みたいになってきたんだが?
「四百二十七だ」
律儀に答えるサーリャ。真祖も自分の歳数えたり覚えてたりするんだ……。って、数字を並べると
「けっ、オレ様は二百十一歳じゃん、たかが倍の歳で先輩面すんじゃねーじゃんよー」
チキータは悔しげに悪態をつく。倍と言っても二世紀ぶんの差があるんですがそれは……。年齢の話なんか、振らなきゃよかったのに……。
「じゃあ、決まりじゃん。オレ様とテメェ、そっちの眷属二匹とこっちの二匹、三対三で勝負するじゃんよー」
「……よかろう」
サーリャとチキータの間では、すでに戦うこと前提で話が進んでしまっている。
「ど、どうしても戦うつもりなのか、サーリャ?」
「今さら何を言っている芹生龍征、臆したか?」
タカにぃを眷属にした真祖の顔を拝まないわけにはいかないという思いで、ここまできてしまったが。
正直、俺はタカにぃと本気で戦える気がしない。
もちろん生徒会長とだって……。
冷静に考えれば、不死者真祖に殺された被害者であるところの、罪のない元人間同士が争い傷つけ合うとか、無理に決まってるじゃないか。
タカにぃだって、きっとそう思っているはず……と都合よく期待しかけた俺は、はっとする。
永霞がサーリャの命令に従うときの顔を思い出してしまっていた。
そうだった、眷属は、真祖に命令されると人の心を失ってしまうのだ……。
つまり、チキータに俺を倒せと命令されたタカにぃは、全力で俺を戦闘不能になるまで叩き潰しにくるだろう。
眷属同士の戦いで、どちらかが消滅するまで、ってのはありえるのだろうか?
いかん。そのへんは早急にサーリャに確認しておかなければ。洒落にならない事態を引き起こしかねない。
俺とタカにぃが戦ったとして、タカにぃは俺の消滅を気にせず攻撃してくる。一方俺は、タカにぃが絶対に消滅などしないように、どこかで手加減して戦わなければならないだろう。
戦いが始まる前から、すでに圧倒的に不利な立場に、俺は追い込まれてしまっているじゃないか。
タカにぃの仇なんて息巻いてしまったが、俺の相手は真祖本人じゃない。
もし万が一、何かの弾みでチキータと戦えたとして、サーリャにも三度完敗している俺が、サーリャよりも継承順位の高いやつに勝てる確率って、どれくらいだよ?
俺は自分の浅はかさを呪う。
俺がしなければならなかったのは、真祖同士の衝突をなんとかして避ける、話し合いによる平和的解決の模索だったのではないか……。
そんな話し合いに乗ってくれるとも思えない真祖たちではあるが……。
「んじゃ、決闘は今から約十一時間後の明日午前零時、この学園の敷地内に双方が入った時点でスタートじゃん」
そうこうしているうちに、ついに戦いの日時と場所が告げられてしまった。
しかも早すぎる! 心の準備とか、作戦を練る時間さえ、ほとんどないんじゃないか!?
「なんだ、その口ぶりでは正門の前で三人並んで待っていてくれるのではないということか?」
「それだとおもしろくないじゃんよー。かくれんぼも鬼ごっこも、ちょっとやってみたいじゃん?」
本当に子供みたいに、チキータが楽しそうに、にかっと笑う。
その笑顔と正反対の残忍さが、こいつらの本性であることを俺はもう嫌というほどに知ってしまっていた。
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