第12話

 わたくしは、円城寺・雲雀・ラトランダー。私立譜城山学園高等部普通科生徒会長にして、英国はラトランダー伯爵家の血を引く貴族の生まれ。

 ……だった、はずなのですわ。

「はっ、んんっ!」

 はしたない。我慢できず、思わず声が漏れてしまいます。

 でも、こんなの……我慢できるはず、ありませんわよね……?

 何本もの屈強な腕が、わたくしの身体中をまさぐっているんですもの。

 制服のブラウスはほとんど剥ぎ取られ、スカートは思いっきりたくし上げられ、ブラ紐も肩から外れてしまっていますわ。

 でも、これは、食事ですもの。

 少し恥ずかしいからといって、拒否するわけには参りませんわよね。少し? すごく、ではなくって……? もっと深く考えようとすると、なぜか頭の中が霧に包まれたように、ぼんやりしてきてしまいますの。

「雲雀様、雲雀様ぁっ!」

 ぐにいぃぃっ!

 背後から力任せに、わたくしのGカップバストを揉み絞り上げてくるのは、柔道部主将の増島克矢。

 がさつで、乱暴で、デリカシーがなくて、正直タイプではありませんけど、彼にだけ食事を与えないわけにも、いきませんわ。

 なんて、思っていると。

 ぱふっ、むにゅうううんっ。れろっ、れろぉっ。

 今度は前から、別の柔道部員がわたくしの谷間に顔を埋め、乳房に舌を這わせてきます。

 ぺたんっ、すすすーっ。

 太ももに吸いつく手のひら。

 むにっ、むにっ、むにぃっ。

 いつのまにかずり下げられたぱんつの中に入ってきて、直接生のお尻を鷲掴みにされたり。

 一度に五人ずつ食事をさせても、六セット以上必要なんて……。とてもわたくし一人だけで賄える人数とは、思えないのですけれど……。

 でも、あのお方のご命令は、絶対。

 すると、節くれだった指に顎を掴まれ、顔を横に向けられました。

 近づいてくるのは、増島の顔。い、いや……! それだけは、キスだけはっ……!

「はっ、はむっ、ぶちゅっ……むうぅぅ~~~~~っ!」

 強引に唇を押しつけられ、無理やり舌が入ってくるなんて……。

 涙が、溢れてきます。

 それでも、いやなのに、堪らなくいやなはずなのに、抵抗できない……。

 わたくし、汚されてしまった。……今さら? 気づくのが、遅すぎるのではなくって?

 きゅっ、こり、こりゅっ。

 乳首を摘ままれ、指先で弄ばれ始めます。

「ぷぁっ、はぁぁっ……、はむぅっ!」

 増島の口が離れた直後、息を継ぐ暇もなく、次の舌が侵入してきました。

 脳内で、電気が弾けます。

 やはり、わたくしはもう、人間ではないのですわね……。人間として、扱ってもらえないのですもの……。

 あのお方に、殺されたときから。

 全身を駆け巡る快感。痛む心。

 心と身体が、バラバラになりそう。助けて。誰か、お願い……。


     †


 僕の大切な大切な雲雀が、柔道部員たちに蹂躙されている。

 だというのに、僕は雲雀のもとに駆け寄ることさえ許されず、このお方への奉仕の手を止めることもできないのだ。

 このお方の命令は絶対。

「藤堂鷹士ぃ、テメェのこの陸上競技者用のストレッチ? マッサージ? なかなかいいじゃんよー」

「ありがたきお言葉にございます、チキータ様」

「真祖自らテメェの食事に付き合ってやってるじゃんよー。こんな眷属思いの真祖、そうはいないじゃんよー」

「はっ、ありがたき幸せ」

 不死者真祖というものは、みなこのように恩着せがましく自分勝手なものなのだろうか。

 不死者真祖とは言うが、外見は十歳ちょうどくらいの少女にしか見えない。

 険のある灰色の瞳に不釣り合いな、愛くるしい頬のふくらみ。くすんだ灰色の髪はぼさぼさに伸び放題で、やはり灰色のチューブトップの服に灰色のデニムのミニスカート。褐色の肌。手足は細く、胴も痩せている。

 人間の子供だったらちょっと育ちが悪いというか、児童相談所に通報したくなるようでさえある。

「ほらほら、もっと身体を密着させるじゃんよー。太もも、もっと上のほうを揉みほぐすじゃん?」

 ぎゅうぎゅうと貧相な身体をくっつけてくる。まるで、親の愛情に飢えた幼子のようだ。

「あとほら、マッサージオイルとかわざわざ用意してやったじゃん。それ手につけて、そろそろ直に上半身を揉むじゃんよー」

 言うが早いか、チキータ様はチューブトップを一気に捲り上げたかと思うとそのまま脱ぎ捨ててしまった。

 まっ平らな胸と、浮いたあばらが露わになる。

 雲雀とは、大違いだな……、と考えた途端、ズキンッと胸の奥が痛んだ。

 そのとき、

「くふうぅっ、んうううううう~~~~~~っ!」

 柔道部員によってたかってもみくちゃにされていた雲雀が、口を塞がれているせいでくぐもった大きな喘ぎ声を上げながら、限界を迎えていた。

 びくんっ、びくんっ、と激しく仰け反りながら痙攣し、かくんと崩れ落ちる。

 気が狂うほど悔しく、己が情けないはずなのに、僕はそんな雲雀の姿に興奮を覚える。

「ほらほらあっ」

 ぬるうっ、にゅるっ、ぺちゃあっ。

 チキータ様が自ら僕の手を引いて、僕のオイルにまみれた手のひらをその第二次性徴とは無縁の胸元へと誘い、撫で回させた。

 チキータ様の冷たい体温と、見た目に反して柔らかな肌の感触が伝わってきて、それは僕の脳内で快感へと変換される。

 心と身体がバラバラになる。

 チキータ様に殺され、僕は不死者の眷属として甦らされた。だが、人の心など、失ってしまえればよかったのに……。

 そこに、

「ほっほっほっ、どれどれ、それがしも混ぜていただけますかな?」

 恰幅のいい背広姿の頭髪の薄くなった老人が、にこやかに近づいてきた。

 誰あろう、私立譜城山学園高等部普通科の校長である。

 そう、ここは、あろうことか普通科校舎の校長室の中なのだ。

 本来、学園中で最も厳かであるべき場所で、この目を覆いたくなるような乱交の宴が催されていた。

 僕がチキータ様をマッサージしていたのは、来客用の二人掛けソファーの上。雲雀が五人の柔道部員に延々と手籠めにされているのは、ガラス戸の付いた高級な本棚の前。室内に入り切らないほかの部員は、まだ校長室前の廊下にずらりと待機している。

 そしてついさっきまで校長は、重厚な執務机に両肘を立て、組んだ両手の上に顎を置いて、青少年の若き肉体が幾重にも絡み合い、汗と体液が飛び散る様をまさに好々爺といった表情で静かに眺めていたのだ。

「もお~、おじいちゃんのクセに、食欲旺盛じゃんよ~っ」

「ほっほっほっ、孫のように可愛いお嬢ちゃんのせいじゃよぉ~」

 じゃれ合うように、人間であるなら五十歳以上は年齢が離れているような男女が、唇を重ね合わせた。

「あむっ、むちゅうぅっ、れろ、れろっ」

 熱心に互いの唇と舌を貪り合う。

 狂っている……! このまま不死者の世界に囚われていては……。今はまだ、半分程度は残っていると思われる人の心が……、どんどん壊されていってしまう。

 龍征……、おまえは、耐えられるのか……?

 ふと、幼馴染みの弟分のことが頭に浮かぶ。

 龍征が二度と競技に出られないほどの大怪我をしたと聞いたときには、我がことのように絶望した。

 だが、こうして学園が不死者によって侵蝕されていく運命にあると知り、退学になれば龍征は助かるのだと、思い直した。

 その……はずだったのに。

 龍征の、あの信じられないような速さ。龍征も、すでに眷属にされていたなんて……。

 僕は、雲雀も、龍征も、守れなかった。ならばせめて、龍征の仇だけでも……、僕が取ってやらなければ……。

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