第11話
「どうであった? 吾輩の計らいで退学を免れた感想は?」
恩を売るようなサーリャの態度が腹立たしい。
絶対に、感謝なんてしてやらねーと心に誓う。家に帰ってきて、もうすっかり馴染んだ気もするリビングでの語らいが始まっていた。
「そうだ永霞、あの生徒会長って、なんで柔道部をはべらしてんの?」
疑問に思っていたことを口に出してみる。
「はじめは、柔道部主将の増島克矢先輩が生徒会長の熱烈なファンで、迷惑がられているのに勝手に護衛みたいなことを始めたのがきっかけで……。いたらいたでけっこう便利だったらしくて、いつのまにか柔道部男子全員が親衛隊を結成しちゃったみたい……、私もよくは知らないけど」
いや、充分な情報をありがとう永霞。
「でも、増島先輩にはもっとよくない噂もあって……」
永霞は苦手なもの――ゴキブリとかナメクジとか――を思い浮かべるような顔で、話を続ける。
「よくない噂?」
「練習で日常的に部員をわざと締め落として遊んでいるとか、指導料と称してカツアゲを行っているとか……」
「なんだそれ、屑だな」
「親衛隊にすることで、生徒会長が目を光らせて、増島先輩のそういう行いを封じている、っていうのが真相なのかも」
なるほどなー。ついでだし、もっといろいろ聞いておこう。
「あと、あの生徒会長って、普通科だけの生徒会長なの?」
「うん、そうだよ」
「やっぱそうなのか、高等部普通科って、校舎もほかの科と別々だもんな? ……特待科、だっけ?」
「芹生くん、もしかして……特待科AのこともBのことも、よく知らないの……?」
永霞は、意外そうに聞き返してくる。
「A、Bなんてあんの? いったいなんの勉強するんだ?」
「そっか……、私は普通科だけじゃなくて特待科AもBも入学資格があったから……、特殊なのは私だったね、ごめんなさい」
あれ? なんだかよくわからにうちに、永霞に謝られてしまった。
「ところで芹生龍征、あの副会長の男とはどういう知り合いなのだ?」
サーリャが割って入ってきた。
「あ、ああ……、タカにぃ、っと、藤堂鷹士は俺の幼馴染みのにーちゃんだよ」
思わずサーリャにまで、打ち解けた言葉遣いをしてしまったことを俺はすぐに後悔することになる。
「あの副会長と生徒会長、赤いオーラが出ておったな」
ざわっと、一瞬にして場が凍りついた。
「さ、サーリャ……頼むから……」
タカにぃを眷属にしたいなんて、言い出さないでくれ。
その約束は、昨日のうちに交わし終えている。俺が逆らいさえしなければ。
なのに、なんなんだ、違う気がする。もっととてつもなく、恐ろしい言葉が、サーリャの口から発せられそうな悪寒がしてならない。
サーリャがきゅっと目を細めた。しかし、愉快そうではない。口も目も、笑っていない。
「しかもすでに眷属になっているな。吾輩以外の真祖が、少なくとももう一人は確実に、この学園に潜入していることになる」
「さっ……!」
サーリャ以外の真祖に……タカにぃが……?
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺は、自分でも驚くくらい、絶叫していた。
「なんでだよっ!? 約束したじゃねーか! 俺が裏切らなかったら! もう誰も殺さないって! 言ったよな!? サーリャ! おまえわかったって言ったじゃねーかよおおおおおおっ!!」
錯乱しているのが、自分でも理解できた。目が滲んで視界がぼやけていた。
しばしの、静寂が訪れる。
それを破ったのは、サーリャの溜め息にも似た、呼吸音だった。
「……さすがに、吾輩が手を下してもおらぬことで、糾弾されるのは心安からぬものがあるなあ?」
初めて、サーリャの怒気をはらんだ声を聞いた気がする。
人間のことを常に見下しているせいで、サーリャの人間への沸点はかなり低かったはずだ。そうか、俺は……眷属だったな……。
そして、タカにぃも眷属。
タカにぃが、不死者の真祖に殺された。
タカにぃが……。俺よりも先に? 後に? もっと早くタカにぃに会いに行っていれば、タカにぃを守ることができたんじゃないのか……?
ああダメだ。思考が混乱している。助けてほしいのは、俺だって同じじゃないか……。
「さて、どうしたものか。生徒会長たちの真祖を探したとして、問題は相手が継承権三十三位以下だった場合だ。そやつを倒す、メリットがない」
「三十二以内だったらぶっ殺してやればいいんだろっ!? もちろん、三十三位以下でもだっ!」
「ふむ、それもそうよな。真祖同士はみなライバル。遭遇したものを片端から倒さねば先に進めぬか」
タカにぃの仇を! 今はそれしか考えられない。
そんな俺を興味深そうにサーリャは眺める。
「それにしてもこの学園は、ヴェドゴニア遺伝子の保有者の数が尋常ではないぞ。まるで不死者真祖の餌場としてしつらえられたかのうようですらある」
最後に放ったサーリャのセリフが不気味に、耳の奥に残った。
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