第7話
「まず、吾輩の戦闘能力で特記すべきは、その速さよな。縮地、まあ単なる高速移動なのだがな」
さらっと、サーリャは種明かしをする。
永霞との戦いで瞬時に間合いを詰めた、壁に立てかけられた日本刀を取ろうとした俺の背後に瞬く間に接近していた、その理由を。
「眷属となった貴様らにも、この身体能力はわけ与えられる。人であった頃とは比べものにならぬ速さで行動できよう」
…………。
俺は、速く走りたいとだけ思って、生きてきた人間だ……った。
タイムが縮めば縮むだけ、喜びを感じられた。0.01秒が、俺の人生の糧だったのだ。
それが、二か月前、不慮の事故で。もう二度と競技場に立てるような速さでは走れないと、宣告された。
そんな俺に、サーリャは――。
人間であることと引き換えに、そんなものを押しつけようというのか。
俺が欲しかったのは、そんな人の身に余る速さじゃなくってさ、0.01秒……。0.01秒なんだよ……。
「不死者は総じて人間よりも身体能力に優れているが、特に優れた能力は、真祖ごとに異なるのだ。吾輩の場合は、それが速さということよ」
サーリャは俺が受けたショックなど気づきもせず、話を進める。重要なことなのかもしれないが、今の俺にはどうでもよかった。
「次に……、吾輩がよく使う技で、効果を知っていなければ見てもわからぬものがある」
なんだそりゃ?
「永霞叶詠はすでに経験しているが……、芹生龍征、貴様もその身に刻まれたほうが理解も易かろう。立て、芹生龍征」
言うが早いか、サーリャは音もなく椅子から腰を浮かした。
何かヤバい技をかけられるってことか!?
ガタンッ、と俺は椅子を揺らして立ち上がり、身構える。
が、直後。
サーリャの顔が、目と鼻の先ほどの位置に、あった。
高速移動!! 聞かされていても、こんなの対応しようがなくないか!? いや、俺自身も使えるんなら、それで逃げればいいんじゃ……。
と、考えを巡らそうとした、刹那――。
「
サーリャが呟く。
「んなっ――!?」
いきなり、何も、見えなくなった。
視界がブラックアウト。一面の闇。瞼を閉じたのかと間違えそうなくらいだが、両目はしっかり開いているはずだ。
これは……、これか! 永霞がサーリャに心臓を突かれる直前に、動きが止まってしまった原因なのか!
フッ、と。
何の前触れもなく、俺は完全なる暗黒から解放された。
室内は蛍光灯に照らされているうえ、窓から日の光も射し込んでいる。
「どうであった?」
愉快そうにサーリャは問いかける。
この技は、これだけでは殺傷能力のないただの目くらましだ。しかし、回避する方法がまったく思い浮かばない。かけられれば数秒間、確実に無防備になる。次の一手が必死となる、王手のような技だ。
俺は……戦う……戦わなければならないのか……? こんな、人間の手には明らかに余る力を持った不死者たちと……?
「サーリャ、おまえ、継承順位最下位なんだろ……? 勝算はあるのかよ、まさか……」
玉砕覚悟で、思い出受験みたいな気持ちなんじゃないんだろうな!?
「ふふふ……、はーっはっはっ! 真祖を呼び捨てにする眷属とは、なんとも新鮮なものよ!」
サーリャはすぐには答えず、質問とは関係ないところに反応した。
「安心するがいい、芹生龍征。継承権二十五位くらいまでは、吾輩とそう大差ない似たり寄ったりの真祖ばかりよ。吾輩の順位は、先代から授かった負の遺産といったとろだ」
先代? 真祖を引き継いだのか……? 不死者の跡継ぎ問題とか、見当もつかないが。
「つまり、その二十五位から三十二位までの真祖が、おまえが狙うターゲットってことか」
そいつらも、すでに日本のどこかに入ってきていて、来るべき日のために爪を研いでいるのだろうか。
「そのとおり。説明する手間が省ける程度の知能を持ってくれているのは助かるなあ?」
いちいちカチンとくるセリフを寄こしやがって。
「……待て。二十五位くらいまでは大差ない? ってのは、二十四位以上は、大差あるってことか!?」
「察しだけはいいな。二十位前半から十一位までは、まあ上手く策を練れば倒すチャンスが十回に一回は訪れるかという腕前だ」
それって、負ける確率が九十パーセントって意味ですよね?
「そして、上位十名の真祖たちの力と思考は、もはや神の域に達していると言って差し支えない。誇張ではなくな」
神って……、どんな奇跡を見せてくれるんですかね……。
不死者の眷属にされてしまい、永遠に苦しめられるのかと思いきや。案外早く退場できそうじゃないですか……。この世からな!
「よし、では出かけるぞ、永霞叶詠、芹生龍征」
不意に、サーリャがさも当たり前のように言った。
「んなっ、い、今からか!? どこに!?」
「明日は学園に行く。貴様らは普通に授業を受けるがいい。そのための荷物を取りに行くのだ」
「ってことは、俺の下宿に……?」
「これからはここが拠点となる。少しずつ必要なものを移すがいい。永霞叶詠は寮生活だったか、吾輩がついていけば咎められることもなかろう」
「お、俺は一人で行っていいの?」
サーリャは俺の胸の内を見透かすようにじっと見つめ、無言で小さく頷く。
正直一瞬、俺は誰かに永霞と俺の救助と、サーリャ退治の援軍を求めることが頭に浮かんでいた。
だが、警察に駆け込んだとして、信じてもらえるのか?
「不死者の真祖に襲われて、眷属にされてしまいました」? 精神科への通院を勧められるか、逆に俺自身が逮捕されかねない。
また、病院が、お医者さんが、俺たちの止まってしまった心臓を再び動くように治療できるとも到底思えない。
完全に詰んでいる。俺と永霞は、孤立無援の状態だ。
「サーリャ……、頼みがある。これ以上学園の生徒を眷属にするのはやめてくれないか? 永霞と俺だけで、終わりにしてほしい……!」
俺は声を絞り出すように、乞う。
「ほう……、つくづく面白いな芹生龍征。眷属が真祖に逆命令か。……貴様が裏切らないと誓うなら、考えてやらんでもない」
サーリャは俺が苦しむ様を楽しむかのように、条件を提示した。
人質は、永霞だけではなかった。生きている人間ほぼすべてを使って、サーリャは俺を脅迫することができる。
もう……どうしようもないじゃないか……。
「わかった……」
惨敗。完膚なきまでに叩きのめされた気分で、俺は答えるしかなかった。
とぼとぼと俺は、結局ほとんど住みもしなかった下宿の部屋を訪れ。
教科書やノート、筆記用具に、三日分くらいの普段着や下着、部屋着などを大きめのショルダーバッグに詰めると、すぐに部屋を後にした。
ゲーム機やマンガ、遊具類は持っていく気になれなかった。陰鬱すぎて、吐きそうだった。
滞在時間は三十分にも満たなかったろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます