第6話

 ようやくサーリャから許可を得た永霞は、いそいそと制服を着こんだ。

「この屋敷は好きに使ってよいぞ。今よりここが、貴様らの住み家よ」

 自分のものでもないはずなのに、偉そうに言うサーリャが癪に障ったものの。

 永霞はバスルームを見つけると、嬉々としてシャワーを浴びに入った。

 長めのシャワーから出た永霞は、脱衣所に下ろし立てのバスローブが用意されていたので、血で汚れ刀傷で穴の開いた制服から、当然のように着替えた。

 俺も永霞に倣い、シャワーを浴びバスローブを着る。

 寝室には大きめのベッドが二つ、並んでいた。

 なんか自然な流れで、永霞と二人、寝室に入ってしまったが――。

 バスローブの下には、何も身につけていない状態だ。替えの下着がないのだから、しかたがない。

 湯上りの永霞からは、シャンプーなのか石鹸なのか、とにかくいい香りが漂っていて。

 まだ髪が濡れているうなじとか、バスローブから覗く胸元とか、それはもう大変なことになっている。

 心臓が動いていないのに、女の子としての魅力はまったく失われていない。そんな考えがよぎると、チクリと胸の奥が痛んだ。

 別々のベッドとはいえ、同じ室内で。隣り合ってベッドに横になるのは、やはりドキドキする。心臓動いてないけどな。

 とはいえ、それなりに眠気はあった。生きていなくても睡眠が必要なのかは疑問が残るところだが。

 おまけに、すでに食事と称して充分に恥ずかしい行為を体験したあとだったので、結局。

 俺も永霞も、予想以上にあっさりと、眠りに落ちていったのだった。


 カーテンから射し込む日の光に気づく、穏やかな目覚めだった。

 昨日のことは夢だったのではないか、と思う暇もなく、視線の先には永霞の寝顔があった。

 しかし、朝一番最初に目にしたものが、麗しき眠り姫というのは全然嫌な気分ではない。むしろ幸せを感じる。

 などと感慨に耽っていると、

「おはよう、芹生くん……」

 永霞もいつのまにか目を覚ましていた。

「お、おはよう、永霞」

 照れるぜ、意味もなく。

 そして、ベッドのそばには、「ふん、手間をかけさせおって、とっととこれでも着るがいい」というサーリャの声が聞こえてきそうな、新しい制服が男子用女子用揃って放り投げるように置かれていた。

 意外と気が利くじゃないか、と言いたいところだが、よく考えれば命の代償としてはすこぶる安い。

 俺は自分の制服を鷲掴むと寝室を出て、廊下で素早く着替える。

 しばらく待っていると、同じく制服に着替えた永霞が出てきたので、一緒に家の中を回ってみることにした。

 この家は新築といえるくらい新しい見た目だ。室内も必要最低限の家具が用意されているだけで、生活感がない。

 キッチン、バス、トイレ、リビング、ベッドルーム……普通の住居としての設備は過不足なく整っている。

 が、窓から隣接する家屋の姿が見えたとき、ちょっと驚いてしまった。

 正面に十字架が掲げられた、角度の急な屋根がある、特徴的な建物――、教会だ。

 つまりこちらはおそらく教会に勤める聖職者が居住するためのスペース、いわゆる牧師館と呼ばれる類のものなのだろう。

 死者を冒涜するようなやつが、教会をアジトにするって、どんな冗談だよ、と思うも。

 やつは自分のことを自然災害と同じだと言った。

 自然災害が人間を惨殺しようが、死体をさらに弄ぼうが、それは別段神の意に反しているとは言えないのかもしれない。

 この辺り一帯はすべてが、私立譜城山学園のためにつくられている。

 町といっても差し支えない規模になりつつあるそれは、毎年毎月拡張を繰り返しているのだそうだ。

 たぶんこの教会も、建てられたのは今年、数か月前だろう。

 教会を求める、必要とする文化圏の生徒が一定数に達したか、学園にとってとても重要な生徒が要望したのかもしれない。

 なにはともあれ、この教会にまだ神父様だか牧師様だかが赴任していなかったことを祈るのみだ。

 もしすでに生身の人間が住んでいたなら、サーリャは有無を言わせず障害を取り除く――眷属にするに違いないのだから。


「さて、昨晩話しそびれたことがまだいくつかあるので、それを貴様らに聞かせてやろう」

 昨日の血生臭い小部屋とは異なり――その大半は俺の血だったわけだが――今日は解放感のある明るいリビングで、サーリャは語り始めた。

 食卓である大きな木製のテーブルを三人で椅子に腰かけ囲んでいる。ぱっと見、仲の良い友人同士の談笑にも見えるのではないか。それは、事実とは大きくかけ離れているにもかかわらず。

「不死者大真祖継承の儀、継承権上位三十二名によるトーナメント……、その開催地域は五期連続で日本国内と決定した」

「な、なんでまた……、観光か? 大人気だな……」

「この地は、霊的中立地帯なのだ。不死者はその発生地域によって種の多様性があり、その文化圏にいれば力が強まり、異文化圏に迷い込んでしまうと力が弱まる。その有利不利が開催地によって左右される点が長年問題とされてきたが……、三千年前にたまたま日本で行われ、きれいさっぱり解消したわけだな」

 宗教に寛容な国民性だったり、神様は何人いてもオッケーっていう感覚が、そういう土壌を生み出したんですかね? ……逆か、そういう土壌だから、そういう民族になったのか!

 とかぼんやり思っていたのだが、

「……待て、開催地ってことはつまり」

「うむ、おそらく継承権を持つ真祖六十七名全員が近々日本に集結する、いやもうすでにしているかもしれん」

 最悪だった。自分が殺されたときよりも。

 俺の家族や友人、大事な人たちが犠牲者にならないことを祈らずにはいられない。

「に、日本中が戦争みたいな……ことになるのか……?」

「安心するがいい、それはありえん。我ら不死者は、人類との全面戦争を望んではおらん」

 意外なセリフが、サーリャから飛び出す。

「……いや、訂正しよう、これまでの大真祖たちの方針が、おおかたそうだったのだ。ここ千年は、むしろ人類の繁栄が目に余るという論調に傾いているな。とりあえず、次の大真祖が決まるまでは大丈夫だ」

 全然大丈夫じゃない。

「日本中が戦争になるのはしばし先として……永霞叶詠、芹生龍征、貴様らの日常は今後戦争状態となると心得るがいい。まずは継承権上位三十二名のうちいずれかを排除し、トーナメント参加資格を勝ち取らねばな。さらに、トーナメントのルールが、眷属を含めた一族同士での集団戦になることも充分にありうる。吾輩の駒として獅子奮迅の働きを期待しているぞ?」

 期待値が高すぎるだろ、とツッコミたくなった俺の隣で、

「はい……サーリャ様……」

 自動音声のような感情のこもらない口調で、永霞が答える。

 その明らかに操られている姿が、俺の神経をチリチリと逆撫でた。

「そこでだ、吾輩がどのような戦い方をするのかを貴様らに理解させておく必要がある。いざというときに連携不足で敗北などお笑い草にもならんのでな」

 連携なんか取りたくもないわけだが。

「真祖同士眷属同士の決闘は、敗北即ち消滅と心得よ」

 それは困る。

 俺、格闘技とか完全に素人なんですけど、どうしろと?

「永霞叶詠、折を見て芹生龍征に貴様の剣術を教えてやるがいい。吾輩の兵士として最低限使い物になるようにしておくのだぞ」

「はい」

 やっぱり、サーリャの命令に応えるときの永霞はちょっと怖い。人間らしさが急に消失する感じが、いたたまれない。

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