第5話

「……貴様は、まだ名を聞いていなかったな?」

 値踏みするように、サーリャが問う。

「芹生、龍征りゅうせい

「ふふ、勇ましい名だな。吾輩は……」

「サーリャ!」

 何か言葉を続けようとするのを俺は敢えて遮った。

 サーリャは一瞬、目を細め眉間に皺を寄せる。様付けで呼ばない俺に、驚いたように見えた。

「おまえはいったい、なんなんだ!? 不死者だと!? ただの人殺しでないなら、なんだってんだよっ!?」

 俺は、溜め込んでいた怒りをここぞとばかりにぶつける。

 だが、サーリャは涼しい顔だ。

「地球上、この星で、貴様ら人間以上の知的存在ということになるか」

「おかしいだろ! そんなのが現実に、本当にいるなんて、俺は生まれて十六年、まったく知らなかったぞ!?」

「そうであろうな。我らは現大真祖の取り決めにより、数千年のあいだ、人類にできるだけ知られぬよう静謐に暮らしてきたのだからな」

 大真祖? 数千年? スケールのでかい話になってきた。

「それが、終了したのだ。我ら不死者は、活動期に入った。なぜなら、これより千年に一度執り行われる、大真祖継承の儀が始まるのだ」

 サーリャ自身、傲慢な態度が息を潜め、真摯な表情に変わってきている。

「不死者の真祖は一人ではない。大真祖継承権を有する真祖が現在六十七名いる」

「おまえは何位なんだよ?」

 すかさず俺は、尋ねてみた。

 こいつの性格からして、もし順位が高いのなら、自分からぺらぺら喋りそうな気がしたからだ。

 一拍の、間を置いて。

「六十七位だ」

 返ってきた答えは、

「さ、最下位……?」

「いかにも」

 黙りを決め込むでもなく、小声になるでもなく、堂々と発言したのは評価できる。

 しかし、すごく嫌な予感がした。

「その、大真祖継承の儀、ってのは、何をするんだ? ……選挙、じゃないんだろ?」

 事前の説明もなく、交渉もなく、いきなり永霞と俺を殺したようなやつらが、平和的な手段を用いるとは到底思えない。

「たいていは、継承権上位三十二名による、己が存在を懸けての勝ち抜きトーナメントだな。決闘だ、敗者は基本、消滅する」

 ほらやっぱり。いや、ちょっと待て。今、聞き捨てならないセリフを聞いたぞ?

「消滅? 不死者も、死ぬのか?」

 こいつを殺せる……、永霞と俺の仇を討つことが、できるかもしれない。

「ずいぶんと嬉しそうだな? すまないが、期待には応えられんぞ? 不死者の真祖は、不死者の真祖にしか倒せないのでな」

 バレてる……。けど、すぐに言い訳めいた説明をするのも、怪しいじゃないか。

「どうして、真祖は真祖にしか倒せないんだ?」

「まず、不死者は当然だが、生物ではない。生命を持っていないのだからな。不死者とは物の名、現象の名よ」

 また、難しい話になってきた。適当に意味のわからないことを言って、煙に巻くつもりじゃないだろうな?

「現象とは、エネルギーだ。現象が消滅するのは、内在するエネルギーをすべて失ったときだ。ただな、真祖という現象は、エネルギーの量が膨大なのだ。そう簡単には使い尽くせない。が、真祖は真祖のエネルギーを吸うことができる。まあ、眷属でも吸えるのだがな。ところが眷属ごときでは、真祖のエネルギーを吸い尽くすことができない。器が小さすぎてな。すぐに満杯になってしまう。それに対して、真祖とは、ほぼ無尽蔵の器だ。消滅するまで、吸い尽くせる」

 なるほど。おかしなところはなかったように感じる。嘘は吐いていない、と思う。

 とはいえ、まだ全部を語ってはいないんじゃないか? その理屈だと、真祖の膨大なエネルギーをどうにかして消費し尽くせれば、真祖でなくても真祖を消滅させることができる、ってわけだよな?

 少しだけ、ほんの少しだけだが、光が見えてきた。こいつは、なんとしても消滅させなければ。被害者は、永霞と俺だけにとどめなければ。

 もっといろいろ聞き出せれば、そのぶん俺たちが有利になるはず。

「その、勝ち抜きトーナメントだっけ? 上位三十二名って、最下位のおまえには、もとから参加資格がないんじゃないのか?」

「そのとおりだ。今のままでは吾輩は蚊帳の外だ。しかし、それでは順位が固定され、面白みもなかろう? なので、継承権は上位者が消滅する度に、下位が繰り上がる決まりになっている」

「……おまえ、まさか」

「当然であろう? せっかく継承権を有しているのに、指をくわえて観客に成り下がっていようという者などおらぬさ。吾輩の目的は、上位三十二名のいずれかを討ち取り、その座を奪うことだ」

 ようやくこいつの行動原理の根幹が、理解できた。

「もちろん、直接対決で下位が上位を倒した場合、勝者は一足飛びに倒した者の順位まで駆け上がることができる」

「そのために、永霞と俺を利用するつもりなのか……?」

「うむ、永霞叶詠はすばらしいな。ヴェドゴニア遺伝子の保持者にして、日本剣術のかなりの使い手とは。自分で言うのもなんだが、吾輩はなかなか運がいい、よい眷属を得た」

「ヴェド……なんだって?」

「眷属となった者は、通常二種類に分けられるのだ。自己の意思を完全に失い傀儡化する者と、自己の意思は保たれたままだが真祖の命令には逆らえない者にな。数は前者のほうが圧倒的に多い。後者は数千人に一人といったところか。その、後者がヴェドゴニア遺伝子保持者ということになる」

「つまり、永霞は……」

「だからこそ、吾輩が狙ったのだ」

「見分けが……つくのか?」

「ヴェドゴニア遺伝子保持者は、薄っすらと赤いオーラを纏っているのでな。真祖の目には容易に判別できる」

 永霞は最初、サーリャをストーカーと罵っていた。ヴェドゴニア遺伝子保持者であったせいで、偶然この学園に来たサーリャに見初められてしまったのが、永霞の運の尽き……だったというのか。

「おまえの……自分勝手な挑戦の道具にされるために、永霞と俺は、殺されたのか……!」

 冷静に話を聞き出すつもりではいたものの、俺は忍耐の限界を迎えそうになる。

「永霞叶詠に関してはそのとおりだがな。芹生龍征、貴様はとんでもないお荷物だ」

「お、おにっ!?」

「貴様は、赤いオーラを纏ってさえいなかった。殺せばてっきり、単なる傀儡になるのかと思えば……、人の意思は丸々残っているわ、吾輩の命令には従わぬわ、とんでもない出来そこないよの? これほどの殺し損、眷属にしがいのない者を引き当ててしまうとは、吾輩も己の運の悪さに辟易するわ」

 へ、凹む……! 永霞みたいに殺されたうえで褒められるのもどうかと思うが、殺されたうえで貶さられるのは厳しすぎるだろ……。死体に、鞭打ちやがって!

「う、うるせーっ! だったら人の意思なんて残ってないほうが、都合がいいんじゃないのか?わざわざヴェドなんとか遺伝子を狙う必要もなくねー!?」

「ただの傀儡は操り人形のようなもの……簡単な命令しか出せぬのだ。放っておけばあまり動かぬものの、食欲を満たすために生身の人間を探して彷徨い襲ったりもする。その際に誤って人間を殺してしまうこともあったりな、迂闊に目が離せぬというか、逆に手がかかるというか……」

 そ、それに比べたら俺のほうがなんぼかマシなんじゃねっ? って、張り合ってどーするっ!?

「これで愚かな貴様にも、ヴェドゴニア遺伝子保持者の有用性が理解できたであろう? 高度な命令を聞き分け、己を律する行動が取れ、生身の人間の生活に溶け込むことができる。まさに三拍子揃った優等生よなあ」

「ちょ、ちょっと待てっ! やっぱ納得いかねーっ! なんでそんな、おまえらにとってばっかり便利な遺伝子が人間に存在してんだよっ!?」

「鎌状赤血球というのを知っているか? 通常円盤状をしている人間の赤血球が、鎌状に変異する遺伝子だ。鎌状赤血球は酸素運搬能力が低く貧血を起こしやすいがマラリアに対して有効な生存率を示す。それと同じであろう? ヴェドゴニア遺伝子は、不死者の眷属となった場合の存続率を格段に高めるのだ」

 そんな……、そんな不死者に媚びるような遺伝子が、人間に組み込まれているっていうのかよっ!

「これは……当分は話さぬつもりであったが、しかたがない、流れで教えてやろう。ヴェドゴニア遺伝子保有者である眷属の男が、過去に生身の人間の娘と子を宿したという記録があるのだ」

 ぴくっと、俺に身体を預けたままで会話に入ってこない永霞が、耳をそばだてるのがわかった。

「しかし、眷属となった女は妊娠できないことも検証されている」

 びくっと、永霞ががっくりと肩を落としたのも感じられた。

「おまえっ、ここまできてまだ永霞を苦しめようっていうのかっ!」

「落ち着け、阿呆めが。それはまだ、不妊治療というものがなかった時代の話よ。代理出産の技術があれば、それこそ遺伝子的には、眷属の女も子孫を残せるということになろう」

 俺や永霞にとって、希望らしき言葉をサーリャが紡ぎ出したことが、すごく意外だった。

 それにしてもこいつ、遺伝子とか不妊治療とか、人間の医学にずいぶん詳しいじゃねーか。

「ふふん、吾輩の近代的知識への精通具合に驚いているようだな? 悠久の時間を揺蕩う不死者真祖の退屈を甘く見るなよ?」

 俺の顔を見て、サーリャは得意げに言う。

 その態度は、ほんのちょっぴりではあるが、可愛らしかった。

「生物の目的が子孫を残すことであるなら、ヴェドゴニア遺伝子保持者は死してなお、その要件を満たしていることになるな?」

 たしかに、自分がすでに死んでしまったと知ってから、初めて喜びの感情というものを起動された気がする。

 だが一方で、そんなことに喜びを覚えてしまう自分が、とても惨めにも思えた。

「それにもう一つ、ヴェドゴニア遺伝子保持者には利点があるのだ。真祖同士のあいだで継承権を巡り存在を懸けた決闘が頻発すると、真祖の数がどんどん減っていってしまうという問題がある」

 サーリャはつい数時間前まで人間だった俺たちの苦悩などおかまいなしに、先を続ける。

「何千年という時間の流れにおいては、新たな真祖が自然に発生する機会もあるが……。それよりも多いのが、ヴェドゴニア遺伝子保持者の眷属が、真祖となる場合だ。ヴェドゴニア遺伝子保持者の眷属の中には長い月日をかけ、いつしか真祖に匹敵するまでの力を有するようになる者も出てくる。そのような眷属は、主である真祖が消滅する際、次の真祖として承認されることになるのだ」

 サーリャは口を動かしながら、ぐっと拳に力を込める。

「このしたたかさ、天晴だとは思わないか? ミイラ取りがミイラではないが、真祖に殺された者が真祖の座を結果的に勝ち取るのだぞ? 人間の、生物の生存戦略、進化への飽くなき執念には畏敬の念さえ覚えるというものよ!」

 サーリャはしゃべりながら興奮していた。

 不死者――、生命を持たないというこいつにとっては、もしかすると生きているものが羨望の対象なのかもしれない。

 俺たち人間に対して、虫けらのように見下した態度を取り、虫けらのように無造作に命を奪ってみせるのは、嫉妬の裏返しなのかもしれない。

「それに比べ、不死者とは何なのだろうな?」

 サーリャは自分の演説に、酔い始めているようだった。ついには哲学的な問いを自問自答し出した。

「不死者とは現象だと、すでに言ったな? それは人類から見れば、台風や地震、火山噴火のようなもの。それらが、知性と意思を持ったに等しいものだ。発生するとき、噴火するときを自分で決め、自分が進みたい方角へと進路を取る。人が多く住む地を直撃するか、避けて進むかは吾輩次第よ。貴様は台風に来ないでください殺さないでくださいと懇願するのか? 諦めるがいい。貴様らは恐れおののき、畏怖し、ひれ伏すよりほかに術を持たぬのだからなあ!」

 長い演説をサーリャは朗々と謳い上げた。

 誰が、従うものか――とは思うものの。

 永霞はサーリャに従わざるをえない。俺はいわば、永霞を人質に取られているようなものなのだ。

 永霞はなんとしても救いたい。できることなら、人間に戻していやりたい。

 眷属にされてしまった者が、人間に戻ることができるのか、わからないが……。眷属と人間の間に、子供がつくれるというなら、その可能性もゼロではないのではないか?

「さて、芹生龍征、貴様はどうする? 吾輩の配下となるか? 配下となるなら、吾輩の意に反しない限り、自由を与えよう。そうでなければ、手足を縛られたうえでこの室内にずっと横たわっているがいい」

 どう考えても、当分言うことを聞くフリをしながら、チャンスを窺うのが得策だろう。

「わかった……、おまえに従う……」

 それでも、苦虫を噛み潰したような気分にならざるをえない。

「ふん、まあよかろう、交渉成立だな」

 満足げに、サーリャが応えてから、ややあって。

「あの……私、いつ服を着て、いいですか……?」

 頬を朱に染めた永霞が、困り果てた表情でか細い声を上げた。

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