第3話
どこからか、声が聞こえる。
「いやあぁっ……! 芹生くん! 芹生くん……」
「思い出したか? 貴様もこのように、吾輩に一度殺されたのだぞ?」
「そんな……そんな……」
「そして、生まれ変わった。いや、死に変わったと言ったほうが正確か。その目でしかと見れば信じられよう? ほうら、こうしてこやつの首を胴に近づけてやれば自然に」
「……くっ、つい……た……?」
「これでもう元通りよな? 種も仕掛けもある。吾輩が、不死者の真祖だからこそできる芸当だ。配下とするつもりで殺した者を我が眷属とする」
「配下……眷属……」
「下僕、奴隷、玩具。どれでも好きな呼ばれ方を選べ」
「あ、ああ……ああ……」
「クククッ、そういえばまだ、誓いを身をもって示してもらう、最中であったな?」
ふと、また目が覚めた。
場所は変わっていない。小さなランプの灯りが点る、フローリングの床の部屋。
もはや時間感覚が定かではないのだが。
つい数時間前、俺は喉笛を掻き切られた気がする。さらにほんの数十分前、俺は首を刎ねられた気がする。
恐る恐る、首に手を這わせてみる。
俺の頭部は、しっかりと胴体に繋がっていた。
乾きかけた血溜まりの上で、仰向けになっている。
ぺちゃ、ぺちゃ。
猫が皿に入った水でも、飲んでいるような音がしたので、そちらへと視線を向けると。
両手を床につき。両膝を床につき。
全裸で、獣のように、四つん這いのポーズとなった永霞叶詠が――。
ぴちゅっ、れるれる、れろお~~っ。
熱心に、サーリャに奉仕していた。
肉付きのいい、それでいて引き締まった永霞の太もも。その付け根、色白でとても柔らかそうな尻。その双丘の谷間の奥。その下の下腹部まで。
すべてが見えてしまっている、角度だった。
永霞の可愛らしい舌が、躊躇いがちにちろちろとサーリャの素足、右足の親指をなぞる。
「ふっ……ぐすっ……」
嗚咽が漏れる。
心が完全に折られたのだろう、抵抗を諦めてしまったらしい永霞は、泣きながらサーリャの足を舐め続けていた。
美少女が美少女に強制的にかしずかされる様は、脳が溶けそうになるほど背徳的で、扇情的だった。
だけど――。
永霞の尊厳はどうなるんだよ!?
「うおおおおおおおおっ!!」
今度は、武器を探すのさえ忘れ、俺はサーリャへと拳を突き出す。
サーリャはまったく驚かない。まるで俺の攻撃を予期していたみたいに、やれやれとでも言いたげな風情で、するりと避ける。
俺は、自身の軽率さを悔いた。やはり、急がば回れ、だ。
次は……次の機会があるのなら、どんなに怒りを抑えがたい状況下でも、ぐっとこらえて冷静さを保ち確実にサーリャにダメージを与えられるように戦略を練ろう。
などと思う間もなく――。
ザッシュウゥゥッ!!
俺の身体は、竹を割るようにへその辺りまで一刀両断された。
†
「……芹生くん、起きて。芹生くんっ」
優しい呼び声に、薄っすらと目を開く。
三度めの甦りは、少々様子が違った。
サーリャが、いないのだ。
代わりに俺は、両手を後ろ手に、手錠で拘束されていた。
しかも、ぱんいちで。ほぼ、裸だ。
俺は上半身を起こして、壁にもたれるように座った状態で。
そして今、目の前には、永霞叶詠がやはり一糸纏わぬ姿で佇んでいた。
「私は、サーリャ様に命を奪われ、眷属にしていただきました。芹生くんも、もう逆らうのはやめて。私と一緒に、サーリャ様にお仕えしましょう?」
困ったような、心配するような口調で、永霞が言う。恥ずかしさにも必死に耐えているのだろう、伏し目がちに。
「嘘……だよな? 永霞、あいつに言わされてるんだろ?」
俺は、永霞の瞳だけを見るようにして、特に顔から下には一切目を向けないように配慮しながら、問い返した。
「言わされていると言われれば、そうなんだけど……。卵から孵ったばかりの鳥の雛は、最初に見た動くものをお母さんだと思い込むの、知ってる?」
「ああ、インプリンティング、だろ?」
「それに、近いと思うの。だって、だめなの。サーリャ……さ、ま、を……殺してやるっ、て思うと」
永霞は無理やり操られている風に、敬称を絞り出す。
「金縛りにあったみたいに、身体が動かなくなるの……」
やっと合点がいった。
永霞が自ら進んで全裸になったわけも、サーリャの足を舐めたわけも。
真祖を害そうとすれば身体が固まり、真祖の命令には絶対服従。それが、眷属。信じがたい話だが――、永霞叶詠は、そんなとんでもないものに、されてしまったのだ。
「勝てるわけ、ない、もの……」
剣術で負け知らずだった少女が、完全敗北を喫し、隷属を余儀なくされた。その絶望たるや、いかほどのものか。
しかし――。
ある引っかかりに、気づく。
あれ? 俺は?
永霞がサーリャに逆らえないのはわかった。でも俺は、一度殺されたあとも二度抵抗し、やつに襲いかかろうとしている。
殺されても殺されても甦る。それは、俺もやはり不死者の真祖に眷属にされてしまったことを示しているのだろう。
だが、眷属は真祖に絶対服従なのではないのか? 矛盾する。そこに何か、大事な突破口がある、気がするのだが……。
「それでね、芹生くん、私、サーリャ様から……食事をするように、言われているの……」
唐突に、永霞が話題を変えてきた。
「食事のしかたを教えておかないとまずかろう、って。そろそろ我慢できなくなるころだろうから、って」
食事のしかた? ナイフとフォークの使い方的な? 不死者には、人間の与り知らぬテーブルマナーが存在するとでもいうのだろうか?
「はぁ……はぁ……」
永霞の息が荒い。
とろんとした瞳、恍惚とした表情。
食欲? 永霞が、食欲を抑え切れなくなっているのか……?
「いただき、まぁす……」
嫌な予感がした。
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