第21話 浮いた

「皆様、長らくお待たせいたしました」

 柏野さんのアナウンスでざわざわしていた会場が一気に静まった。

 最初と同じく綾峰さんが立って哀來を待つところから始まる。

「新婦のお色直しが完了しましたので再登場していただきましょう」

 俺が演奏し始めると扉がまた開かれた。

 今度は青いマーメイドドレスを着て登場した。ただし違和感がある物が付いている。

 「おい、なんだあれは」「何を付けているの?」など観客達からもどよめきの声が出ている。

 哀來の背中からは細いワイヤーが出ているのだ。

 だが俺はこの理由を知っている。なぜならこれこそが今回の作戦だからだ。

 哀來が綾峰さんのすぐ近くまで来ると立ち止まった。

「針斗様。わたくし今、とっても幸せです」

「ああ、僕もだ」

「こうしてあなたと結婚できるなんて夢のようで……まるで」

「ちょ! 哀來!?」

 綾峰さんは驚いた。


 なんせ哀來が天井に向かって空中浮遊を始めたからだ。


「まるで天にも昇るような気持ちです」

「哀來ちゃん! 今、本当に昇っているから! ねぇ聞こえてる?」

「あぁ、これだったんですね! 前に小夜先生と一緒に観たミュージカルの主人公の気持ちがものすごくわかりました!」

「哀來ちゃーん! せっかくの結婚式なのに僕から離れていかないでくれー!」

 やれやれ。綾峰さん、両手を哀來に向かって伸ばして叫んでいるよ。そこまで驚かすつもりは無かったんだけどな。

 俺達三人が考えたサプライズはこれだ。

 前に哀來と一緒に観たミュージカルをヒントにした空中浮遊だ。

 柏野さんが哀來に提案すると『是非やってみたいです!』と喜んで答えたので練習も毎日欠かさずやっていた。

 ちなみにサプライズはこれだけではない。

 俺は柏野さんの所に行き、マイクを貸してもらった。

「皆様、驚かせて申し訳ありません。これは私と新婦と柏野さんとで考えたサプライズです。これから私の伴奏で哀來さんから皆様に一曲プレゼントします」

 俺はピアノの席の戻り、伴奏し始めた。哀來は練習通り空中浮遊しながら歌った。

 まるで小さなミュージカルだ。

 俺も間違えないように伴奏した。

 歌も伴奏も終わると物凄い拍手が俺と哀來を包んだ。

 大成功だった。練習の時よりもうまく伴奏も歌もうまくなっていた。

 さてここからだ。

 哀來はそのまま上に上がり、フライング用の降りる位置に着地し、繋がっている入り口に入って行った。

 俺はピアノの中に入れたマイクのスイッチを切り持ったまま会場を出てフライングを終えた哀來が待っている三階へ向かった。エレベーターを使ったのでそんなに苦ではなかった。

「あ! 小夜様。お疲れ様でした」

 哀來に会うと気づかれないようにマイクを後ろに隠した。

「哀來さんもお疲れ様です。練習の時よりうまく歌えていましたよ」

「ありがとうございます。ところでここから先は小夜様がご示なさると柏野から聞きましたがどうすれば良いのですか?」

「……」

 俺は少し黙って答えた。

「哀來さん。ミュージカルを観終わった後、私が一番印象に残ったシーンを覚えていますか?」

「ええと……今まで当たり前だと思っていた事が実は違っていた、でしたっけ?」

「はい」

「それが何か?」

「……ここにいればわかります」

「?」

 よくわからない、という顔をしている。まぁ仕方が無い。

 俺は後ろに隠していたマイクに電源を入れた。

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