第20話 式当日

 三月二十日、春分の日。

 行楽圓ドームには袴やスーツ、着物やパーティドレスを着た沢山の人達が会場内に設置された椅子に座っていた。

 休日のためか、かなりの大人が参列していた。

 俺も結婚式には何回か行った事があるが、そのときの四、五倍くらいの人が集まっていた。綾峰さんがドームを会場にしたのも納得がいく。

 こんなにも大勢の前でピアノを弾くのか。

 ドームで弾いた事はないので今まで弾いてきた会場の中で最も大きい会場になる。

 俺は今何処にいるかというと控え室にいる。

 天井から設置されているテレビには会場の全体が映し出されているので会場の状況を見ることができた。

 テレビを見ながら制服に着替えて出番を待っていた。

 哀來と綾峰さん……今頃ウエディングドレスとタキシードに着替えているんだろうな。

 それにしても……。

「大丈夫なのか? ウエディングドレスで……」

 柏野さんの作戦を思い出すが……服装的にも大丈夫なのか?

 ガチャ

「青龍さん! スタンバイお願いします!」

 いきなり後ろの扉が開いたので振り返ってみるとスタッフの人が俺を呼びに来た。

「わかりました」

 俺は楽譜を持って控え室から出るとスタッフに案内された。

 会場に入ると客席がほぼ満席になっていた。

 会場の真ん中に敷かれた十メートルのバージンロードに、俺が伴奏する白いグランドピアノと新郎新婦の哀來と綾峰さんが座る雛壇が設置している巨大ステージだ。

 バージンロードの真ん中では綾峰さんが緊張した様子で立っていた。新郎だからな。

 すごく緊張してきた。まぁこの緊張には他にもう一つ理由があるが。

 俺は白いピアノ椅子に座ると急に会場の明かりがすべて消えた。

「会場の皆さん。お待たせしました」

 マイク越しの声が会場内に響いた。

 振り向くと柏野さんが白いスポットライトに当たっていた。

「皆様、本日はお忙しい中、ご出席くださり誠にありがとうございます。大変お待たせしました。ただ今から綾峰家・燕家ご両家のご結婚式並びにご披露宴を始めさせていただきます」

 いよいよ始まるのか。

「申し遅れましたが、本日のこの良き日、司会を勤めさせていただきます私、新婦の哀來お嬢様の執事をしております柏野でございます。どうかよろしくお願い申します」

 たくさんの拍手が会場中に響いている。

 今日を『良き日』と思っていないのは俺と柏野さんしかいないという事を改めて実感した。

「それでは花嫁の入場です」

 ステージに設置されている大きなスピーカーから入場曲が流れ始めるとバージンロードの奥の扉が開いた。

 白いウエディングドレスを着た哀來を黒のスーツ姿の大光が腕を掴んでゆっくりと、歩いて来た。

 傍から見ると『慣れないウエディングドレスを着ている娘に手をかしている父』という微笑ましい親子に見えないだろう。

 だが俺は『姪を引きずって政略結婚をさせる叔父』にしか見えない。ドレスなんか哀來は家の中でいつも着ているし。

 哀来を綾峰さんのところまで連れてくると大光は一番前の座席に座った。

「それでは新郎新婦のご紹介をします」

 柏野さんのこの言葉で披露宴が本格的に始まった。

 それからはトラブル無く披露宴はスムーズに進んでいった。

 俺はケーキ入刀のBGMとして曲を一曲弾いた後は何もする事が無かった為、参列者と同じく見ているだけだった。

 食事はさっきしたのでお色直しを三十分間待たなくてはいけない。

 次のお色直しからあの作戦が始まるが次の演奏に向けてピアノの音を大きくさせる為に中にマイクを入れた。


「初めまして。君が青龍君か」


「!?」

 入れた直後、後ろから声を掛けられた。振り向くと奴がいた。

「初めまして。哀來の父の燕大光です。娘がお世話になっています」

 大光。俺と哀來の親父の仇。

「は、はい」

 こんな事言われたの初めてだ。こんな答え方でいいのか?

 いや、こいつは仇だ! 『礼儀正しくない』とか思われて嫌われたっていいさ!

「ところで先生はこれからどうなさるのですか?」

「次の演奏に向けての調整です。なんせ次の演奏が肝心ですから」

「そうかそうか。そういえば哀來と柏野と三人で協力したと言っていたな。楽しみにしているよ」

「はい。楽しみにしていてください」

 俺が言うと大光は誰かに呼ばれたのか、どこかへ行ってしまった。

 ……見ていろよ燕大光。

 お前がそうしていられるのも今日が最後だ!

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