第12話 美人秘書の証言

「小夜様。お出掛けですか?」

 ビクッ

 いきなり話しかけられた事と声の主に体ごと驚いていしまった。

 玄関の扉の前にいた俺を見かけて哀來が声を掛けてきた。

 まぁ、今の俺の服装が燕尾服ではなく普段着なのも気になって話しかけたのだろう。

「はい。昨日から午後の練習が終わったら出かける予定を立てていました。柏野さんには伝えていますので」

 そういえば哀來には言っていなかった。

「わたくしもご一緒したいのですが……午後の練習と社交ダンスの先生とお話をすることになっておりますので」

「そうですか」

 むしろ来て欲しくない。親父の事務所に行くならなおさらな。

 あのメールの次の日、架谷崎さんから直接連絡が来た。

『明日の午後に事務所の前で待っててくれないかな』と書かれていた。

「どなたかとお会いになるのですか?」

「はい。色々話すことがあるので帰ってくるのが遅くなりますが」

「その方は女性ですか?」

「はい。そうです」

 答えると哀來はいきなり引きつったような顔になった。

「そ、その方とは一体、どういう関係で?」

 うーん。なんて説明したらいいのか。

「父の会社の部下です。何度かお会いした事がある人です」

 あながち間違っていない説明だ。嘘は吐いていない。

「そうでしたか。てっきり他の女性とお付き合いでもなさっているのかと思いました。そうですよね。わたくしと結婚する方が他の女性とお付き合いなどなさっている訳がありませんよね」

「……」

 だから女と聞いて顔が引きつっていたのか。

 ていうか、結婚なんてするつもりないから他の女と会おうが俺の勝手だろ。

「黙ってしまわれてどうしたのですか? まさか本当に他の女性とお付き合いを?」

「いいえ。そんな事ありませんから」

 もしかして誰かと付き合っているように見えるのか?

 女と付き合った事なんてない。今まで何回か好きになった女に告白してきたがどれも実らなかった。つまり童貞だ。

 そんなに童貞っぽく見えないのか? いいんだか悪いんだか。ていうかお前も超がつくほどの処女だろ。

「帰ってきたとき香水の匂いなんてしたら……怒りますよ?」

 笑顔だが怒っているようにしか見えない。当たり前か。

「……そろそろ時間なので。行って来ます」

 扉を開けて外に出た。

 閉めているときに哀來の顔を見たが不機嫌そうな顔だった。

 『浮気なんてしない』とか言って欲しかったのだろう。

 しかし、相手は好きでも俺が好きじゃない女に向かって言うのはどうだろう。別に必要ない。

 近くのバス停に着き、来た時と同じバスに乗った。

 自宅の最寄りの停留所で降り、親父の事務所がある方向に歩いていった。事務所はバス停から近いのですぐに見えてきた。

 駐車場の前には『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープが張っていた。殺人事件があったからな。

 テープの前には警官が一人立っていたので話しかけた。

「すみません。ちょっとよろしいですか?」

「き、君はもしかして、被害者の息子さん?」

 そうか。家にも警察が事情徴収とかで何人か来たからな。

 それで俺の事を知っているのだろう。

「はい。秘書の架谷崎さんはいますか?」

「ああ、第一発見者の。いますよ。そろそろ取調べが終わる頃だと思うけど」

「そうですか」

 警官が話し終わるとタイミングよく入り口からグレーのスーツ姿の架谷崎さんが出てきた。

「架谷崎さん!」

「小夜君。ちょうど良かったわ」

「架谷崎さん! 取調べご苦労様です!」

 ん? 警官が勢いよく架谷崎さんに挨拶してきた。

「貴方もご苦労様」

「架谷崎さん! この事件が無事解決するよう頑張ります。解決したら……お、お茶でもどうですか! 架谷崎さんはお茶が好物だとか!」

 なんでどの語尾も強めなんだよ? つーかそれナンパだよな? 確実に。

「ええ、お茶は好物よ。そうね……解決したら、考えてもいいわ」

「身をクズにして頑張ります!」

 『粉』だろ。高校生の俺でもわかるぞ。

「粉、ですよ」

「そうでした! でも粉にもクズにもなるくらい精一杯頑張ります!」

「よろしくお願いしますね」

 架谷崎さんが笑顔で伝えると警官は顔を赤くしてにやけたような顔になった。わかりやすい人だな。

 だが考えてみると美人に頼まれているのだ。

 黒のフレームの長方形型レンズのメガネに紫色のボブカットの小柄な美人秘書。大人の男性にとっては魅力的な女性だろう。俺は年上過ぎてタイプではないが。

「さあ行きましょう。歩きがらでもいいかな?」

「はい。大丈夫です」

 架谷崎さんと俺は一緒に歩き始めた。

「聞きたいことって何かな?」

「事件の日に来た人は一人だけだったんですか?」

「ええ、サングラスをかけていたから声と背丈からして男の人だな、って事しかわからなかったわ」

「その人もしかして燕舞の人じゃないですか?」

 なんだか探偵みたいだな俺。

「燕舞の人だったら担当者がいるわ。今まで3人ほど訪れていたから」

 三人か。だったら覚えやすい方だな。

「『朱雀先生とお話がしたい』と受付から私に連絡があって、すぐに入り口まで駆けつけてその人を案内したの。案内しているときに『どちら様ですか』って聞いたら『以前、先生にお世話になった者です』って言っていたの」

 『世話になった人』か、まあ親父は二十年近くデザイナーをやっているからな。そういう人は多い。

「先生の部屋の中まで案内したら先生が私に『部屋から出て欲しい』って言われて出て行ったの」

「そういう事ってあるんですか?」

「ええ、たまにだけど。だから違和感を覚えたりはしなかったわ。案内が終わったから、その日の仕事を片付けようと隣の部屋で仕事をしていたの。しばらくしたら先生の部屋から大きな音がしてね。部屋のドアまで行って開けたら……」

 架谷崎さんは言葉を詰まらせた。どうやらそこで事件が発覚したようだ。

「大きな音は銃声だったということですか?」

「ええ。初めて聞いたから最初はわからなかったわ」

 日本じゃ普通は聞きなれない音だからからな。

「犯人は部屋にはいなかったんですか?」

「そうなのよ! 閉まっていた窓が開いていたからそこから逃げ出したと真っ先に思ったの。だから指紋が残っていないか調べてもらったけど見つからなかったわ」

「事務所は一階しかありませんからね。逃げるのも簡単だったのでしょう」

 しかし気になることがある。

「どうして世話になった人が親父を殺さなくちゃいけないんでしょう。もしかして嘘だったとか」

「それも考えられたけどどうやら可能性は低いみたい。簡単に自分の部屋に入らせたのだから」

 それもそうか。自分から知らない人と二人きりになんてならないか。

「じゃあやっぱり、親父が知っている人ですか?」

「ええ。しかもよほど大切なお客さんだったって考えたわ」

「どうしてですか?」

「先生が私に部屋を出て欲しいと頼むときは必ず、先生にとって大切なお客様だから」

「そうですか」

 よほど大切な客だったという事はわかった。

 だったら余計に親父を殺した動機がわからなくなってきた。

 一体何のために?

 ピリリリリリリリリリリリリ

 俺の思考を遮るかのように突然携帯が鳴り出した。

「すみません」

「かまわないわよ」

 架谷崎さんに一言言ってからバックから携帯を取り出して見てみると哀來からだった。迷惑な奴だな。『電話に出る』をタッチして耳にあてた。

「もしもし?」

『うぅ……小夜様助けて……怖いです……』

「怖い? 泣いたりしてどうしたんですか?」

『お父様が……家に着いた途端……何者かに狙撃されて……』

「な!?」

 狙撃された!? 哀來の父親……正確には叔父が!

「か、柏野さんは?」

『一緒にいます……早く帰ってきてください……。』

「そんな危険な状態じゃ帰りたくありませんよ!」

『青龍先生どうかお帰りになってください。警備は万全ですので安心して帰ってきてください』

 いきなり通話の相手が柏野さんになった。

「柏野さん……わかりました。今すぐ帰ります」

 通話を切ってスマホをバックの中に入れた。

「柏野さん? 今、柏野さんって言ったよね?」

「はい。そうですが、どうかしました?」

 どうしたんだ? いきなり柏野さんの事を聞いて。

「その……何だか聞いた事があるような名前だったから」

「そうですか。……あ! すみません。緊急事態なので今日は帰らなければいけません……」

「そう、残念だわ。そうだ! 何か聞きたいことがあったら私に連絡して」

「わかりました。今日はありがとうございました」

 架谷崎さんにさよならを言ってバス停に向かった。

 しばらく待っていると燕家の最寄のバス停行きのバス停がやって来たのでそれに乗った。

 乗っている途中で雨が降ってきた。

 傘を忘れた事よりも燕家で起こった事件の方が気がかりでたまらなかった。

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