第13話 不安な夜の始まり
「小夜様! 怖かったですー!」
「哀來さん! 抱きついたら着ているピンクのドレスが濡れますよ!」
扉を開けるとびしょ濡れで帰ってきた俺に向かって哀來は一目散に駆け寄って抱きついてきた。
またあの柔らかい感触が襲ってきた。俺の服が濡れてるから前とは少し違うけど。
「お帰りなさいませ、青龍先生。あれから哀來様は先生が帰ってくるまでずっとここでお待ちしておりました。余程先生が恋しかったのでしょう」
電話してからって事は……三十分以上も待っていたのかよ。
「ただいま帰りました。柏野さん、哀來さん」
「小夜様、わたくしはとても怖かったです。柏野とずっと一緒にいましたが……やっぱり貴方がいないと安心して夜も眠れない」
「そんな大袈裟な」
すると哀來の両手が俺の頬にあててきた。
「キスしてもいいですか?」
「何でそうなるんですか!?」
いきなりかよ! したことないんだぞ!
「お互いの無事を確かめ合うためです!」
「こうやって抱きつくだけで十分だと思いますが」
「まだです! キスをしてこそお互いの愛と無事を確かめ合うんです!」
愛が優先かよ! 好きになった覚えはない!
「と、とにかく。何があったのか詳しく聞かせてください」
「わかりました」
柏野さんは何が起こったのかを詳しく説明してくれた。
哀來の育ての父親で叔父の燕大光は社交ダンスの先生と話をするために執事が運手している車で向かっている途中で狙撃された。執事の方は怪我がないが主人を守れなかったショックで気を失って屋敷の医務室で休んでいる。狙撃された大光さんは病院に運ばれた。
犯人は不明。当時、屋敷の関係者は外にはいなかった為、現在侵入者の痕跡を捜索中。
「……というわけです」
「屋敷の中は調べないんですか?」
「はい。なんせ外での犯行ですから」
「そうですか」
狙撃か。という事は銃なんだよな。
親父も彩彦さんも銃で殺されたんだよな。
「お父様……どうして……」
哀來は産みの父親とも思っているからな。ショックは大きい。
「小夜様。今日はずっとわたくしと一緒にいて。とっても怖いです」
「私からもお願いします。どうかお嬢様を安心させてください」
「……わかりました」
何だか断れない気持ちになった。父親が銃で狙われた怖さを俺も知っているからからか?
俺は哀來を連れて二階へ続く階段を上った。
「あ、そうだ。びしょ濡れで帰ってきたのでシャワー浴びて着替えたいんですけどいいですか?」
「はい。では小夜様のお部屋に行きましょう」
二人で俺の部屋に向かって歩いた。
部屋に入るとすぐに着替えが入っているタンスの中から下着から服までの一式を取り出した。
「シャワーを浴びるという事は、わたくしを一人にするのですか?」
「え?」
しまった! そういう事になるんだよな。
「そんな事ありませんよね! 一緒にシャワーを」
「扉の前で待っててください」
哀來どこか寂しそうな目をした。
「どうして一緒に浴びせてくれないのですか?」
「異性だからです」
「そんなちっぽけな理由だけですか !?」
「十分な理由です!」
何を言っているんだコイツは!
「それから二人きりのときは丁寧語でお話せず、わたくしのことは『哀來』と呼んで下さい」
「無理です」
洗面所に入り、扉を閉めて着ているもの全部脱いで風呂場に入って扉を閉めた。
すると扉に黒い人影が現れた。
「哀來さんですか?」
「はい。ここで待っています。一秒でも長く小夜様と一緒にいたいですから」
それならいい。
俺はシャワーを手に取って浴び始めた。
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