第3章ー第1話 エピローグ
春馬が目を覚ますとそこは馬車の中だった。マール、リリアンの姿もそこにあった。
「ここは?」
「ハルマ! 目を覚ましたか!」
リリアンが大きな笑顔を浮かべ春馬に抱き着く。マールの手前、気恥ずかしかったが、心配する気持ちを思い、春馬は離れるようには言えなかった。
「ここは火の国から風の国へと向かう途中です」
「風の国に向かっているのか?」
「ええ、リリアン先生とハルマさんをお送りしようと思いまして」
「俺とリリアン、だけか?」
「はい。私は帝国へと行くつもりです」
マールの発言に春馬とリリアンは驚き、咄嗟に二人は離れマールに詰め寄る。
「正気か? 帝国に行けば間違いなく殺されるぞ?」
「そこです。私が帝国に行くとは思わないでしょう。帝国の裏をかいて潜伏しようと考えています」
「潜伏って、そんな上手く行くわけがなかろう!」
「ああ、こう言っちゃなんだが俺達の考えは甘い。それが原因で火の国で死にかけたんだ」
その代償として桜の肩身は折れてしまった。死んだ妹より生きている友人達を選んだこと。そのことに後悔はなかった。きっと桜も誇らしく思ってくれているだろう。今の春馬はそう思えた。
だが、その必死の思いで救えた相手が死にに行こうとしているのを黙って見ている訳にはいかない。
「そこはオイラの出番って訳よ」
馬車の中にペテルが入って来た。
「ペテル⁉ なんでお前が?」
「連れないなあ。オイラが馬車を用意してやったんだよ? もうちっと感謝して欲しいね」
「お二人はお知り合いなのですか?」
「まあ、な。それにしてもお前が馬車を用意したってどういうことだ?」
「言葉の通りだよ。もしかしたらって思って馬車を用意してたんだよね。そこへハルマ達が城から出て来たのが見えたんでね。声を掛けたって訳よ」
「こんな怪しい奴を信用するなよ……」
非難を含めた目線をマールとリリアンに送る。
「酷いこと言うなあ。お姫さんと賢者さんには話したけど、俺の雇い主はグレーティアの姐さんな訳よ。ってことは姐さんを殺したか認められた相手なら俺にとっても大事なお客人ってこと」
「あの狂人が雇い主か」
「おっと、姐さんの悪口は止めてくれよ? オイラには恩があるからね」
まあ、間違いでは無いんだけどね、と肩を竦めてペテルは笑った。
「話の続きだけど、お姫さんの潜伏にはオイラが手を貸すって訳よ。だから安心してよ」
「安心ってお前。お前も帝国の人間だろう? 帝国に雇われているんだから」
「まあそこはね。エルフも一枚岩じゃないように、帝国も一枚岩じゃないんだよ。姐さんは帝国を潰そうと目論んでるからね」
「帝国が帝国を潰す?」
「そうそう。だからお姫さんの都合とも良いって訳。だからオイラ達は協力出来るってことよ」
マールはペテルの言葉を肯定するように頷いていた。
春馬とリリアンは顔を見合わせる。お互いにどうしたものか、と考えていた。
マールの復讐の鬼は完全に消えていなかったのだ。春馬を救おうと自分を犠牲にしようとしたが、機会があれば復讐に身を委ねてしまう。いや、マールの心にあるのは復讐の鬼ではなく、自暴自棄の念が渦巻いているのかもしれない。生きる目的もなければ死ぬ理由もない。ただ、復讐する理由があるってだけ。
「仕方ない。俺達も帝国に行く」
そんなマールを放っておくわけにはいかない。春馬の発言にリリアンも驚いていたが、諦めた様子で春馬の意見を肯定した。
「俺達と勝手に決めよって。まあ、ワシも帝国に追われているのに変わりはないからのう」
「そういうことだ。俺達はお尋ね者だからな。風の国に戻っても迷惑を掛けるだけだろう。それなら俺達から打って出てやるさ」
ペテルは笑顔で頷いていた。
「いいねえ。やっぱりオイラの目に狂いはなかった! 実はそうなると思って、もう帝国に向かっているんだよね」
してやったり、という顔でペテルは隠していた事実を打ち明ける。
「ほらな? これだからこいつは信用出来ないんだ」
「まあまあ、結果的に良かったでしょ? そもそも、今風の国は帝国兵が張ってるんだから、戻るだけ自殺行為ってやつよ」
そう言いながらペテルは馬車から出て、業者台へと戻って行った。
「その、よろしいのでしょうか。お二人を巻き込む形になってしまって」
「旅は道連れってやつよ。どこに行っても危険なら一緒にいた方がいいだろう」
「そうじゃそうじゃ。ハルマは抜けているからのう。ワシらがちゃんと見てやらんと」
「……ありがとうございます」
戸惑いながらもマールは笑顔を浮かべ、礼を言う。
「おう。それじゃあ、帝国の腹に喰らいついてやろうぜ」
「うむ。やられてばかりなんてワシの性にあわんからのう」
一人の人間と三人のエルフを乗せた馬車は帝国へと向かう。
春馬はこの世界に来た理由は今も分からない。もしかしたら倭の国では幸せになれなかった春馬を想って、桜がこの世界に連れて来たのかもしれない。
――なんてな。
和傘を強く握りしめ、新しく出来た繋がりを見て笑顔がこぼれる春馬だった。
侍ファンタジー 野黒鍵 @yaguro_ken
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