第2章ー第5話 再会、そして
ペテルは倒れている仲間から外套を剥ぎ取り春馬へと手渡した。
「この方がバレないからね。ちょっと血で汚れちゃってるけど、それはハルマが悪いんだから我慢してね」
俺が悪いのか? と疑問に思いながらも春馬は黙って外套を羽織る。
「どうする? スチームソードもいる?」
先程まで仲間だった者の手から蒸気を吐き出す剣を取り上げ、春馬に要るか? と聞いていた。
「いや、そんな良く分からない武器を使っても、直ぐには使いこなせないだろう」
「まあ、それもそうか。ハルマには面白い剣があるもんね」
そっか、そっか、と言いながらペテルは蒸気を吐き出し続ける剣を放り投げる。それが死体に刺さり、血をまき散らしていた。
気分の良い光景ではなかったが、亡き者にしたのは自分なのだ、と春馬は見ないことにした。
「さて、さっさと行こうか? ああ、言い忘れてたけど、城までは案内するけど、そこからは一人で行ってね?」
「人探しというかエルフ探しをしているんだが」
「んー、賢者のエルフ? それともお姫様?」
「その二人共だ!」
「意外とハルマって気が多いんだね。んー、まあ、襲ったお詫びに場所は教えてあげるよ。でもそこまでだからね?」
「すまない」
「……さっき襲って来た相手にお礼を言う? 変な奴だなあ」
呆れつつも笑顔を浮かべるペテル。春馬の態度に悪い気はしていないようだった。
ペテルは裏通りの坂を上り、城の正門が見えた所で右の通りへとそれた。
「入り口はあそこじゃないのか?」
「ハルマっておバカなの? 正面から入ったらバレちゃうじゃん。いずれは気付かれるけど、それは出来るだけ遅い方がいいでしょ? というか俺達でも正面からは入れないから。オイラ達、ってかオイラだけか。オイラの存在を知っているのは一部だけ。それも帝国側にだけね」
「なるほどな」
話を聞き、納得した春馬はペテルに従って正門から一つ外れの通りへと出た。
身を隠して歩くのに慣れているからだろうか、気付けばペテルは結構先に行っていた。慌ててペテルを追いかけ、やっと追い付いた瞬間、ペテルは急に立ち止まったので春馬はぶつかりそうになった。
ペテルは辺りを警戒しながら伺い、誰もいないことを確認すると石の壁を押した。すると扉くらいの大きさの壁が奥にずれ、そのまま右の隙間にはまった。壁に扉が隠されていた。
「はいはい、早く来て」
先に中へ入り、春馬を手招きして呼び寄せる。それに従って中へと入ると、ペテルは扉を元あったように戻した。
「これは石のような見た目だけど、実は木で出来てるんだよ。だから思っているより、ずっと軽いよ」
扉を戻したペテルが先行して奥へと進む。
「もし生きて帰れたら同じようにして外に出られるからね。……まあ、多分無理だけどさ」
暗闇でペテルの表情は見えなかった。だからペテルがどんな気持ちで言っているのか分からなかった。
「そうそう、賢者と姫は同じ場所にいると思うよ。多分、玉座の間だ。ただね、生きて出られてないだろう原因が、そこにいると思うんだよ。まあ、もしそうなったら運が悪かったと思って、死んでも恨まないでよ?」
相変わらず感情を読み取れなかったが、最後の件は笑っているようだった。
「安心しろ。この世に未練なんて無いからな。あっさりとあの世に行けるだろう」
春馬も笑って返す。
「それなら安心だね。まあ、俺なんて百人以上の亡霊憑かれちゃってるだろうから、ハルマが一人増えるくらい良いっちゃ良いんだけどね」
そんな冗談を交わしていると、城の廊下に続く扉へと着いたようだった。そこでペテルは壁越しに廊下の様子を覗っていた。
「多分、今なら大丈夫だよ。ここを出て左行くと直ぐ大きな扉が見えるから。そこが玉座の間だ。そこに居なかったら、その時は探してね?」
そう言ってペテルは入り口と同じように扉を引き、右へとずらした。
「じゃあ、幸運を祈ってるよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って春馬は廊下へと出て、それを見送ったペテルは隠し扉を戻す。戻し際にペテルは親指を立てて春馬に合図を送っていた。また新しい合図を知ったので、無事に出られたらマールかリリアンに聞こう、と春馬は思った。
※
ペテルの案内通り、隠し通路から左へと出て直ぐに大きな扉が目に付いた。ここが玉座の間だろう。
「生きて出られない理由、か」
ペテルの言葉を思い返し、少し緊張感が春馬を包む。大きく息を吐き、扉に手を掛け、力を込めて扉を開く。
赤い布を敷き詰めた床の先に、大きな椅子に腰かけるエルフがいた。豪華な装飾を身にまとい、長く白い髭を蓄え、頭には金色の被り物。おそらく、火の国の王だろう。
その近くには力なく横たわるリリアンが目に付いた。その隣には後ろ手に縛られたマールもいた。
ペテルの予想通り、ここに二人共いた。
――そしてそこには異質な存在もいた。
これがペテルの言う、春馬が生きて出られない理由。全身を金属の甲冑で包み、今まで見たことも無い巨大な両刃の剣を肩に担いでいる。大きさは持ち手と同等の長さで、太さも持ち手の胴くらいはありそうだった。そして柄の付近には何度か見た蒸気を吐き出す管が何本か付いていた。
そんな重量のありそうなものを異質な存在は片手で担いでいる。
春馬の登場に一番驚いたのはマールだった。
「ハルマさん⁉ どうしてここへ⁉」
マールに問われ、ふと春馬は思った。何故、自分はここに来たのか、と。二人とは出会って間もない。確かに仲良くはなって来ていた。だが、自分の命を掛ける程の仲だったか? それは有り得ない。春馬が自分の命より大切な存在なんてこの世には存在しない。もう死んでしまったのだから。それなら、何故ここに来たのか? それは単純に桜の面影を感じる二人を放っておけなかったのだろう。
――罪滅ぼしのつもりだろうか。かつて救えなかった桜と二人を重ねて、救われたいだけなのか。多分、間違っていない。人間に絶望した自分が、他人の為に命をなげうつなど有り得ないのだから。
だが、それは春馬の事情だ。今は不安そうな顔を浮かべるマールを安心させるべきだろう。
「送り先を間違えた。ここは帝国らしい」
そう肩を竦め、冗談めかして答える。春馬の言葉を聞き、一瞬驚いたマールだったが、悲しい笑顔を浮かべた。
「そうみたいですね。私も間違っておりました。ここは火の国なんかではなく、帝国の属国でした」
「聞き捨てならんな。我が国は帝国と同等の関係であるぞ」
マールの発言に玉座の王が憤りを露にしながら口を挟む。
「帝国とこの国が同等、だと? 笑わせるな」
「な、なんだと!」
「潰そうと思えば、こんな国直ぐに潰せるのだ。使えるものは使う主義である陛下によってお前達は生かされているんだよ」
王に向き直り、異質な騎士は口を開く。兜で声がこもり、中身が男か女かも分からなかった。
「そこの姫の王は帝国には屈しない、と協力を拒んだのだ。だから殺されたんだ。だが、敵国に尻尾を振る貴様より誇り高い王を私は尊敬するよ」
「き、貴様! 兵よ、こいつを始末しろ!」
騎士の発言耐えかねた火の国の王は立ち上がり、側に控える兵に指示を飛ばす。その命令に従って、十人近くの兵が騎士を取り囲む。
「犬は頭も犬って訳か。いいだろう、かかって来い。――そうだな、ハンデをやろう」
そう言って騎士は兜を脱ぎ捨てる。兜から零れるように長い茶色の髪が現れる。端正な顔立ちをした『ヒト』がそこにいた。騎士の中身は女であった。
女の武士なぞ、倭の国にはいなかった。帝国には女であっても騎士になれるのだろうか。だが、あんな大剣を片手で持っているのだ。並大抵の男よりは力持ちの筈である。
春馬は固唾を飲んで騎士の行方を見守っていた。ここであの女騎士がやられれば、マールとリリアンを連れて逃げ出せる可能性が上がる。いや、城には数百人近くも兵がいるのだ。どちらにしても脱出は難しい。だが、ペテルは城の兵については何も言っていなかった。ただ、生きて出られない存在がいる、と言っていたのだ。それならこれから起きることは予測出来るだろう。
城の兵達は円形の陣を作り、細身の剣を構える。城の騎士達が構えたのは片刃、両刃のどちらでもなく側面には刃がついておらず、細長く、釘や針のように先端の尖った剣を構えていた。あれは見るからに突くことに特化した剣だ。距離を取り、円形の陣を組み、一気に突き刺すつもりだろう。だが、その剣の長い形状も騎士の担ぐ大剣に比べたら劣ってしまう。ただ、騎士の大剣も長さは塀の持つ剣よりも優っているが、その重量のせいで早くは振れないだろう。四方八方を囲まれ、同時に突きを繰り出されたら回避することは難しい。
この勝負、五分か、と春馬は分析した。
空気が張り詰め、兵が動き出した。洗練された動きで、死角の無い突きが、まさに同時に繰り出される。
――その刹那、女騎士は口を釣り上げ歪に笑った。
女騎士は片足を前に出し、そして振り回すように大剣を振るう。円形の軌跡を描くように切り裂く。それが囲まれた時に有効な斬撃だ。だが、それは一周するまでに誰かの突きは届いてしまう悪手である。そう春馬が思った時、女騎士の大剣から蒸気が溢れ出した。スチームソードのように刃を回転させても状況は好転しない。だが、大剣の刃は回転などしなかった。考えてみれば女騎士の大剣の刃はのこぎりの様な形をしていなかった。では、あの蒸気は? と春馬が考える間もなく、兵は『全員』吹き飛ばされていた。兵の細い剣など砕け散り、数十人全ての兵が息絶えていた。
「情けない。これだけの兵が居て私に触れることも出来ないとはな」
「一体何を……?」
火の国の王は絶望した様子で言葉を漏らす。
「お前の目は節穴か? ただ噛み付こうとする狼の手綱を握っていただけだ」
春馬には辛うじて何が起きたか見えていた。女騎士の持つ大剣から出る蒸気が推進力を生みだし、それを飛んでいかないよう支えていた『だけ』なのだ。その『だけ』、という行為をするのにどれほどの力が必要になるのか、計り知れたものじゃない。女騎士は素手で岩をも砕くかもしれない。
細身とは金属で出来ている剣が南蛮の硝子のように砕けるなんて、凄まじい威力のはず。その暴風を受けた兵達が一撃を受けただけで絶命しているのが証拠だ。
――兵なんて問題ではない。この女騎士を倒せるのなら、城からの脱出なんて容易だろう。
ペテルの言っていたことは正しい。間違いなく春馬の生命を脅かすのは目の前の女騎士の他ならない。
「さて、余興はここまでだ。お前はこの娘たちに用があるのだろう? それは私も同じだ。お互いの利害が一致しないなら……答えは分かるだろう?」
春馬は大きく唾を飲み込む。あの暴風が、今度は自分を襲うのだ。
「お待ちください。私はどこへも参りません。ですからハルマは見逃して貰えませんか?」
春馬が恐怖に固まっていると、マールが女騎士に声を掛ける。
「ほう? それならば私はアイツと戦う理由は無いが。どうするんだ、ハルマとやら?」
マールは復讐の為なら何でもする、と言っていたのに、春馬を逃す為に自身を身代わりにしようとしている。そんなことをされて黙って帰れる訳がない。
「俺は姫さんの騎士じゃないからな。聞く気はない」
春馬は強気に答える。マールの気持ちに触れ、恐怖が少し和らいだ。
自分はどうせ死ぬ運命だったのだ。それがここになろうが分からない。少しでも可能性があるなら二人を救うために、この命を使う方が良い、と春馬は決意した。
何故、ここに来たのか。それは今でも分からない。だが、今は目の前の女騎士を倒し、二人を助けることだけを考えることにした。
「良い! 誇り高い男は好きだ。気高き誇りを抱いたまま、この私、グレーティアがあの世に送ってやろう」
そう言って大剣を再び構えた。
グレーティアは柄を高く持ち上げ、剣先を下に向ける特殊な上段の構えを取った。柄を右上部、剣先を左下部に交差させていた。倭の国での上段構えは同じように柄を高く持ち上げるが、刃先は持ち手の後ろに来る。担ぐような構えである。
春馬は見たこともない構え、見たこともない剣に自分から打って出ることは出来なかった。不意を突かれたら一撃で葬られるのは先程見ているからだ。
ここは顔を晒していることを好機と見て、こちらから不意打ちを仕掛けるべきか、と考えていた時だった。
「どうした? 貴様も構えるが良い。その傘に得物を仕込んでいるのだろう?」
グレーティアは春馬の和傘に刀が仕込まれていることに気付いていた。それならば得意の不意打ちは通用しない。春馬は観念して刀を抜く。
「ほう? 変わった得物だな? 帝国製でもなければエルフの武器でもないな。どこの生まれだ?」
「お前の知らない田舎だよ」
「フッ、そうか」
春馬が刀を中段で構えると、グレーティアの顔から表情が消えた。その顔は倭の国でも見たことがあった。ただひたすらに戦いを好む狩人の顔だ。自分が死ぬか相手が死ぬかするまで戦いを止めぬ狂人の目だ。
脂汗が春馬の額に浮かぶ。これはまともに相手をして勝てる相手ではない。
グレーティアは春馬が攻めて来ないことに痺れを切らしたのか、大きく右足を踏み出した。それに合わせて交差する剣の向きが逆になるように大きく振るう。
――袈裟切りか。
剣が長いため、一度の踏み込みで春馬の首を捕らえることが出来る軌跡だ。体を動かすだけでは避けきれない。慌てて弾くようにして打ち合う。蒸気による加速で威力、速度が増している。まともに打ち合ったら簡単に刀を砕かれてしまう。峰で大剣の僅かに逸らし、側面へと流れる。
受け流すために軽く受けただけなのに腕が痺れる。刀に視線を向けると、峰で受けたとはいえ欠けてしまうか、と心配したが刀身は綺麗なままだった。
「良い腕だな。我が一振りを無傷で躱すとは。それに良い剣だ」
「腕は知らんが、刀はそうだな。妹の形見だからな」
愛刀を褒められて悪い気はしなかった。
「試すような真似をして悪かったな。ここからは本気で行こう」
そう言うと再びグレーティアは特殊上段の構えを取る。そして再び足を踏み出し袈裟切りを繰り出す。
一度見た剣筋であれば、見切れる。春馬も受け流す構えを取る。速度、威力は桁外れだが剣筋は普通だ。落ち着いていれば躱せる。
グレーティアの振り下ろしに合わせて峰で剣筋を受け流し、側面へと流れる。大剣の弱点はここにある。受け流されてしまうと、その瞬間大きな好きが出来る。
受け流した瞬間、春馬はグレーティアの首目掛けて一閃を放とうと刀を横に構える。
――二撃目が春馬を襲う。
必死に転がり、命からがら逃れる。慌てて立ち上がり、グレーティアに刀を向ける。
――右肩に鈍い痛みが走る。左肩じゃなくて良かった。刀を握る軸である左手をやられたら、あんな大振りを受け流すことも出来ない。
「目が良い、いや勘か? ここで殺すには惜しいな」
「それなら見逃してくれよ」
「馬鹿を言うな。久しぶりに血が騒いでるんだ。私のような人間がこの楽しみをみすみす逃すと思うか?」
そう言いながらグレーティアは不敵に笑う。
「ああ、そうだよな。お前、危ない人間の目をしているもんな」
「そう褒めるな。――それでは、そろそろ終いとしよう」
再び表情が消え、狩人の目を春馬へと向ける。
踏み込みが始まると暴れた牛のように突撃して来る。一度始まるとグレーティアを止めるのは難しい。そうなれば先手を取るしかない!
春馬が先に踏み込み、剥き出しになっている生身の首を狙う。大剣の重さから振り上げるには時間がかかる。そう思った春馬の一撃はグレーティアによって弾かれる。春馬の考えは正しかった。だがそれは、『普通』の大剣の話しだ。グレーティアの大剣は蒸気が噴き出し、推進力を得ている。しかも蒸気の吹き出し口は両側に付いており、切り下ろす際の加速、切り上げる際の加速にもなる。これがグレーティアの斬撃に隙が無い理由だ。
「やはり目の付け所は良い。だが、一歩甘い。我が狼の牙は上顎だけでなく、下顎にも付いているのだよ」
弾かれた衝撃で腕が痺れ、切っ先にひびが入る。これ以上受ければ間違いなく折れてしまうだろう。その考えが刀で受けることを躊躇わせた。
振り下ろされる大剣を刀で受けず、回避することしか春馬には出来なかった。
「――愚か者が」
避ける春馬の背中を大剣の切っ先が綺麗な直線を描く。致命傷にはならなかったが、背中からの出血が酷い。
春馬の視界が霞む。何とか立ち上がり、構えるだけでやっとだった。
自分がここで死のうとも、桜を二度も死なせることは出来なかった。
春馬から力が抜けて膝を着く。
「少しは骨のある男だと思ったが、その程度の男か。ここで死ぬがいい」
グレーティアは大剣を振り上げ、止めの一撃を春馬へと与えようとしていた。
ふと春馬の視界にマールが映る。マールは悲しみと諦め表情を浮かべていた。春馬が死ぬことを悲しんでいるのだろうか。それともこの後に待つ、自身の死が見えているのだろうか。いや、その両者だろう。春馬が死ねばマールは処刑され、リリアンも一生帝国に仕えさせられる。
春馬の命が二人の命運を決めるのだ。
――自分の中に力が宿るのを感じる。
再び春馬に生きる気力、そして戦う意力が湧いて来た。反撃の好機はこの一瞬。この刹那を見逃してはならない。呼吸を止め、神経の全てをグレーティアの大剣に注ぐ。
振り下ろされる牙に合わせて、居合の一閃を放つ。グレーティアの一撃は春馬に弾かれ、体の横すれすれに落ちた。そして、刀の切っ先は折れ、宙を舞う。
春馬は二撃目をグレーティアに放つ。
「フン、良い技であるが……届かぬよ」
春馬から放たれる横一閃を軽々と後ろに下がり、グレーティアは躱す。だが、春馬の狙いはグレーティア自身ではない。春馬の一閃は切っ先を弾き、切っ先が矢のようにグレーティアを襲う。
「なにッ!?」
グレーティアの判断は正しかった。横方向の剣筋は下がることで容易に躱せる。だが、突きのような直線攻撃は横に躱さなければ避けられない。
春馬の放った反撃の矢はグレーティアの顔面目掛けて飛んでいく。
「くッ!」
辛うじて顔を逸らし直撃は回避したが、その一撃はグレーティアの右目を潰した。
大剣を落とし、片目を抑える。
「くっくっく。素晴らしい、素晴らしいぞ! 我が肉体に傷を付けたのは貴様が始めてだ!」
親愛なる相手に贈り物を貰ったようにグレーティアは喜んでいた。これでグレーティアを仕留められなかったのは痛手である。切っ先は折れ、春馬は満身創痍。打つ手はない。
「行くがいい。今日の殺し合いはここまでだ」
諦めかけた春馬にグレーティアは思いがけない言葉を掛けた。その真意を測りかねるが、見逃すと言っているのであれば、その言葉に甘えるべきだろう。ここでグレーティアが嘘を吐き、騙し討ちをするわけもない。春馬に止めを刺すなら、そんなことをしなくても容易に可能だからだ。
「貴様、何を言っている! 帝国はマールを殺せと言っているのだろう! 何故みすみすと見逃すのだ!」
「私は気分が良いのだ。邪魔をすると言うなら、お前を殺しても良いのだぞ?」
「くッ、この狂人が!」
そう言って火の国の王は玉座に腰を下ろす。もう春馬達を襲う相手はいないようだ。
マールは春馬の元に駆け寄り、体を支える。
「ハルマさん、大丈夫ですか? こんなに大怪我をして」
「大丈夫、と言いたい所だが、もう体に力が入らん。リリアンを起こしてくれないか?」
春馬の言葉に頷き、マールはリリアンの肩を揺さぶる。
「んんー?」
間抜けな寝起きに安心し、春馬の緊張の糸は切れてしまった。意識を失い、その場に倒れてしまった。
消えゆく意識の中、聞こえたのは慌てる二人のエルフの声だった。
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