第2章ー第3話 告白

 森の暗闇を無言で二人は歩いて行く。もう何時間も歩いた気もするが、数分しか歩いていない気もする。そんな不安定な精神状態で春馬はマールに付いて来ている。自分の騎士がいなくなっても変わらず歩けるマールが春馬には少し怖かった。出会って間もないのに、ジレスとの別れが辛く、胸が痛いののだ。マールなんて立ち直れない程落ち込んでも不思議じゃない。それなのに春馬に先に進もうと声を掛けたのはマールで、春馬より足取り確かに歩いている。そこには桜の面影は感じず、当たり前なのだが、やはり別人なのだと改めて思う。

 春馬は無言に耐えられず、マールに声をかけることにした。

「辛くないのか?」

もっと気の利いた言葉を掛けれれば良かったのだが、と口にしてから春馬は反省した。

「とても辛いですわ。それでもジレスの気持ちを尊重しています。私の騎士はやはり騎士であったと誇りに思います」

「そう、だな。確かに彼奴は正真正銘の騎士だ」

良い意味でも悪い意味でもな、と春馬は苦笑いを浮かべる。自分の命よりも大切なものがある、というこは春馬にも理解出来る。だけど、やはり残される側は辛いものがある。

 「それに私は成さねばならないことがありますから。ジレスの犠牲を無駄にしない為にも、ここで立ち止まる訳には参りません」

マールがここまで強くあれるのは、その成すべきことがマールを支えているからだろうか。だが、マールの決意は見たことある気がした。思い通りでないことを内心祈りつつ、春馬はマールに問う。

「成すべきこととは?」

「それは帝国への復讐です――」

喜怒哀楽のどれでもない、無の表情でマールは『復讐』と口にした。嫌な予感が的中し、春馬は口を挟まずにはいられなかった。

「復讐は何も生まないぞ」

相変わらず口下手な自分に嫌気が差す春馬だった。そんな在り来たりな言葉で復讐心を抑えられるはずがない。

「ええ、わかっておりますわ」

そう悲し気にマールは答える。そうなのだ。春馬も以前に復讐を宿した時に同じ言葉を言われ、もちろん理解は出来たが納得は出来なかった。一度復讐心に取り憑かれた者は鬼と化し、生きる意味や理由を全て復讐へと注いでしまう。鬼を払うには復讐を成し遂げるしか方法は無い。そんなことは春馬にも分かっていたはずなのに……。

 自分も昔はそうだった、と同情しても鬼は消えない。春馬も自身の鬼を最後の時まで消すことは出来なかったのだ。ならば復讐の手伝いをすればいいのか、と思うがそれは本当に何も生まず、精神の死をもたらす。己の全てを復讐に捧げ、それを成し遂げた時、鬼と共に心も消える。新たな世界に希望も無く、死すらもどうでも良くなる。

 それが分かっているからこそ、手を貸すことも出来ない。だからといって鬼を払う術も知らない。

 春馬に今出来ることと言えば、マールを無事に送り届けることしかなかった。

 黙って歩く春馬に、今度はマールが声を掛けた。

「ハルマさん、私の騎士になってくれませんか?」

その発言は春馬には衝撃を与えた。ジレスが命を賭して二人を逃がしてくれたばかりだというのに、もう春馬に新たな騎士となって欲しいとマールは言っているのだ。

 我に返りマールを見ると、悲し気な笑顔を浮かべていた。自分でも言っていることの意味が分かっていて、それでもその言葉を口にしているのだ。まだ心は完全に鬼に支配された訳じゃない。

 これが正解なのか春馬には分からなかったが、口下手な自分が変に言葉を凝らすより、自身の経験を言う方が意味を持つだろう、と春馬は思い口を開く。

「俺は昔、主君に仕える武士、つまり騎士だったんだ。俺の実家は先祖代々刀鍛冶でな。俺はその長男で、本来ならば俺は刀鍛冶の修行をして、家を継がなければならなかったんだ。だけど見ての通りの怠け者で、そして不真面目でな。親父の言うことを聞かず、刀ばかり振っていたんだよ。それを見た当時の主君様が俺を気に入ってな、騎士として俺を雇ってくれたんだ」

春馬の言葉を何も言わず、マールはただ黙って聞いていた。春馬は歩きながら言葉を続ける。

「俺には一人妹がいてな。その妹が俺の代わりに家を継いでくれたんだ。妹は『兄さんの好きなようにして下さい』と笑顔で俺を見守ってくれてな。俺の刀も妹が打ってくれたものなんだ」

大切に握る和傘に仕舞われた刀を見て春馬は笑う。桜を思い出し、懐かしい気持ちを春馬は抱く。

「俺が武士になって親父は嫌な顔をしていたが、妹は『良かったですね』と自分のように喜んでいたな。俺が真面目に働くようになって嬉しいと言ってたんだ。俺の昼飯はいつも妹が作ってくれていたんだが、ある日俺はその弁当を家に忘れてしまったんだ。妹は俺が腹を空かせては可哀想だと、持って来てくれたんだ。それが俺達の未来を決めた。主君が妹に一目惚れしたらしく、妾にしようとして妹に声が掛かったんだ。それを『私は兄を慕っております』と断ったんだ。それを聞いた主君様は大変怒り、妹を切り伏せてしまったんだ。それでも妹は『私を忘れて幸せになって下さい』と最後まで笑顔を俺に向けてたんだ」

形見である桜の刀を見て、胸を痛めながらも話を続ける。

「そこから俺の人生は変わった。ただ主君様に復讐する、と。妹は幸せになって欲しいと願っていたのに、俺はその真逆である復讐を選んだんだ。そこから俺は今までの自分が嘘のように、ただひたすら真面目に主君様に仕えて来た。俺は傘持ちとして側に居られるほどに地位を上げた。そしてこの仕込刀で主君を討ち、復讐を遂げた。主君を殺めた時、全ての想いが消え、残ったのは虚無感だけだった。俺は復讐に全てを捧げ、何もかも捨ててしまったからな、当然だ。俺は極刑として島流しにされた。そしてこの国、この世界に漂着したんだ」

 春馬の告白を聞き、マールは複雑な表情を浮かべていた。

「なぜだろうな。お前に妹の面影が重なるんだ。種族も見た目も全然違うのにな。だからか分からないが、お前に俺のように堕ちて欲しくないと思う」

「そう――ですか」

それきりマールは口を閉ざした。二人の間には再び沈黙が流れる。

 前方に光が見え始めた。森はもう直ぐ終わりのようだった。

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