第2章ー第1話 騎士
森の中は月の光も届かず、まさに一寸先は闇といった状態だった。春馬は転ばないように歩くだけで精一杯だったが、エルフの二人は足取り軽やかに進んで行く。
「どうして二人はそんなに易々と進めるんだ?」
春馬が抗議に近い問いを二人に投げかける。
「私達は風のエルフですから、進む道も風が導いてくれるのです」
マールの答えは春馬は理解は出来たが、納得は出来なかった。エルフには風という案内がついているが、春馬は二人の後ろ姿を目で追うしかない。目を細めてようやく二人の姿が見えるくらいなのだ。春馬の気持ちとは裏腹に歩みは遅くなる。
「どうしたんだハルマ殿。先程は目にも留まらぬ速さで帝国を切り伏せたというのに、今のハルマ殿は亀のようだ」
「仕方がないだろう。俺には風の導きなんて分からないんだ。それにさっきのは不意打ちをしただけだ」
「不意打ち?」
「俺が投げた傘に気を取られ、視線が上がっている隙に刀を振るっただけだ」
そう言って春馬は和傘に仕込まれた刀を抜いて見せる。
「つまりハルマ殿は騙し討ちを行った、と?」
「これを騙し討ちというなら、確かにそうだろうな」
王道ではなく邪道。ただの暗殺術で剣術なんかではない、と春馬は言った。それにジレスは憤りを見せた。
「そんな反則技など騎士道精神に反するぞ!」
「当たり前だ。俺に騎士道精神なんて高尚な物は持ち合わせていないからな」
「ハルマ殿に感激していた自分が愚かだった! そんなことなら助けて貰わず!」
「死ねば良かった、ってか。お前はそれでいいかもしれんが、お前の主人はどうなるんだ」
「それとこれとは話が別だ! 俺が言いたいのは志の話だ! やはりハルマ殿も帝国人と変わらぬヒトなのだな」
ジレスは軽蔑を浮かべた視線を春馬へと向ける。だが、そんな視線も主張も春馬は受け付けなかった。
「同じ話だよ。お前は主君と騎士道精神とやらのどちらかしか選べない時、どっちを取るんだ?」
「それはもちろん姫様に決まっている!」
「そうか。それなら俺の行動は正しい。いいか? 主君を守りたいならお前のプライドなんぞ、犬にでも食わせておけ」
そう冷たく言い捨てるとジレスは苦虫を噛み潰したように表情を曇らせた。春馬の言葉はジレスにとって、まさに苦虫だったのだろう。春馬の言っていることは正しい。ジレスの主張も間違っている訳ではない。ただ、それは力あるものが出来ることで、勝てない相手に正面からぶつかって主君を死なせては本末転倒である。
「確かに、確かに! ハルマ殿の言い分は理解出来る。だが! 俺はハルマ殿は嫌いだ!」
それだけ告げるとジレスはそっぽを向いた。そんなジレスに溜息しか出ない春馬だった。
「ふふふ、仲が良いですわね」
ケンカする二人を見てマールは堪えきれず笑いが零れた。
「どこをどう見て仲が良いんだよ」
マールに対して呆れながら答える。そんな春馬も面白いのか再び笑いが溢れるようだった。この姫様は笑いのつぼ、というか感性がおかしいのだ。そもそも計算高い腹黒だと、初対面の時に思ったな、と春馬は思い出していた。
「ご自身の言いたいことを相手にぶつけられる、というのは心を許している証拠ですわ」
「または相手が心の底から嫌いな場合、だな」
春馬の言葉を聞いて、無言で頷くジレス。ああ、そういう所が仲良いって言われるんだぞ、と春馬は苦笑いを浮かべる。
「ジレスはヒト嫌いなのです。正確には帝国人ですが。そんなジレスがこうしてハルマさんと同行している。これだけで仲良しと言っても過言ではないのですよ?」
「ああ、もう好きにしてくれ。仲良しでも親友でも、何でもいい」
この姫様は自分が思った通りになるまで諦めない性質だ、と気付き春馬は抵抗することを止めた。別に仲良しだと思われても支障はなかったのだ。
ケンカする気持ちも萎えた時、ふと春馬は歩くことが容易になっていることに気付く。マールだけでなくジレスも春馬に合わせて歩みを遅らせていたのだ。主従関係なんて糞食らえと思い、二人を見ていると腹が立ってしまう春馬だったが、何も言わずに歩幅を合わせてくれる二人を見ると穏やかな気持ちになるのだった。
森をしばらく歩いているとマールが春馬に尋ねた。
「ハルマさんは以前騎士でしたの?」
「騎士か。俺の国では武士という名前だが、確かに俺は武士だったな」
「やはりそうでしたか。ジレスとの言い合いを聞いていたら、きっとそうだったでしょう、と思いましたわ」
「昔の話だ」
本当はそこまで昔ではなく、ほんの数日前まで春馬は武士だった。だがそれは名目上武士であっただけで、主君に仕える心はずっと前に失っていた。
「それでは今はどなたにも仕えていない、ということですわね?」
「……まあ、そうなるな」
マールの言うことが予想出来て、春馬は口を開くのが重くなった。だから頼まれる前に春馬は断りを入れることにした。
「先に言っておくが嫌だからな? また誰かに仕えるなんて」
「まだお願いもしていないのに断るなんて。まあ、それでも言おうとしていたことはあっていますけど」
マールは不満気に頬を膨らませる。エルフは見た目と実年齢が伴わないが、それでも見た目相応の精神年齢であることがリリアンとマールからうかがえる。マールの頼みが友達になって欲しい、とか仲間になって欲しいなら春馬も聞いていたかもしれない。だが春馬にとって誰かに仕えるなんてことは有り得ないことで、主君を殺した自分が誰かに仕える権利など無いとも思っているからだ。
マールにそんなことを言っても仕方がない。そう思った春馬はお茶を濁すことにした。
「騎士ならジレスがいるだろう。そんなに何人も何人も増やしても仕方があるまい。ジレスも良い気はしないだろう」
「あら。私が誰にでも声を掛けていると思っております? 気に入った方にしかこんな話はしませんよ?」
そんなことを言うとジレスは嫌な顔をしているだろうな、と春馬は横目でジレスを見ると、思った通り苦虫を噛み潰していた。
「俺はジレスのように正面切って戦う力も技術もない。俺の不意打ちなんて一度しか通じないし、見破られたら終わりだ。それに騎士なんてものは心から忠誠を誓う者にさせるべきだ」
ある程度であれば春馬も真正面から戦うことは出来る。それは春馬の吐いた嘘だったが、誰を騎士にするか、というのは本心だった。
「マールが心から信頼の置ける相手を騎士にするんだな。じゃないと寝首をかかれるぞ」
「ご忠告ありがとうございます。それでも私はハルマさんを信じていますよ? 二度も助けて頂いた相手を疑うなんて私には出来ませんわ」
そう言って屈託なくマールは笑う。その純粋な笑顔が桜を思い出させ、春馬の断る気持ちが少し折れそうになった。だけど、それでも主従関係というのは好きになれない。
色んな思いが春馬の心を駆け巡り、悲しみや葛藤などが合わさった複雑な表情を春馬に浮かばせた。
「すみません。ハルマさんを追いつめるつもりはありません。ただ、そうなってくれたら嬉しいと、思ったのです」
そんな春馬の気持ちを汲み取ってか、マールは申し訳なさそうに謝った。マールの態度が春馬に良心の呵責を感じさせる。
「悪いな。別にマールが嫌いとかジレスが嫌だって訳じゃないんだ。昔のことがあってな」
それでこの話は終わりだと言わんばかりに会話が止んだ。三人は黙々と歩みを進め、森の中心部へとやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます