第1章ー第9話 旅の始まり

 「おーい、リリアン。来たぞー」

リリアンの家に到着し、春馬はいつものように声を掛ける。そういえば春馬は夜にリリアンの家を訪ねるのは初めて出会った。いつもならこの時間はアディの店を手伝っているからである。

 リリアンの家は明かりが一つも点いておらず、家中が真っ暗だった。

「おーい、リリアン。寝てるのか?」

声を掛けつつ手探りで箱型寝具を目指す。リリアンの家は何度も来ているので、前が見えなくてもある程度は進める。物に足を何度かぶつけながらも、何とか歩みを進める。

「今日来た時は片付いていたのに」

春馬と別れてから直ぐに散らかしたか、と苦笑いを浮かべつつ進んで行くと、ようやく箱型寝具に辿り着いた。だがそこにはリリアンの姿は無かった。

 「留守、な訳ないよな。正確な時間は伝えなかったが、夜に迎えに行くと言っていたんだ。すれ違いなるようなことはしないだろう」

そう独り言を言って頭を働かせる。しばらくリリアンが戻らないか待ちつつ考え事をしていると目が暗闇に慣れて来た。すると部屋の様子が段々と明らかになって来た。何度も足をぶつけたのはリリアンが散らかしたからではなく、リリアンが何者かと争った痕跡だった。

「くそ! 俺達の目論見が帝国に知られていたのか!」

慌てて家から飛び出し辺りを覗うが、近くには誰もいない。リリアンの家が町外れにあることが災いした。ここでは目撃者は望めない。

 「いや、待て。人さらいをするなら人目を避けるはず。それなら町の方へと向かうとは思えない」

そう考えた春馬は急いで町から飛び出して草原へと走り出す。そして町から出た時、草原の広さを呪った。ここから左に向かうと春馬は漂着した湖で、それ以外は何処へでも続いている。船を使えば湖すら渡れてしまう。背後以外の選択しか削除出来ていない。こんな状況で人探しなんてとてもじゃないが出来ない。それに何時リリアンが連れて行かれたのか分からない。リリアンを探し出すのは絶望的だった。それでも春馬は諦めなかった。ひたすらに走り周り、リリアンの行方を探す。きっとまた会えると信じて。



 夢中で探し回っていると金属音が微かに聞こえて来た。音のした方へと慎重に進んで行くと、一人の男が膝をつき、ボロボロになった剣を地面に突き刺してどうにか倒れないように保っていた。そしてその男の後ろには耳の形から察するにエルフが立っていた。どうやら男は後ろのエルフを庇っているようだった。

 「そんな貧弱な剣じゃ、このスチームソードには勝てんよ」

その対面に立つ外套に身を包んだ奴等が三人見えた。暗闇で良く見えないが、広場で見かけた外套の連中だろう。その男が持つ武器は異様であった。形は片刃の刀剣のようだが、鍔の付近に細い管が出ており蒸気を噴出している。それに連動するようにその太い片刃は回転していた。

 その時、雲に隠れた月が顔を出し、その姿を現した。膝をつき今にも倒れそうな男はジレスで、その後ろに立つエルフはマールであった。

 春馬が起きるきっかけとなった物音は二人が酒場から逃げ出した時のものだったのだ。

 二人に構っている時間は無い。こうしている間にもリリアンは遠くに連れていかれてしまう。だが春馬は和傘を開き、肩に掲げて両者の間に割って入っていた。

 

 「なんだてめえ」

「いやいや、今日は良い満月が出ているんでな。ついつい散歩を」

「はあ? 関係ねえヤツは引っ込んでな。だがまあ、見られたからにはお前も……」

外套の男が話している最中。春馬は思い切り和傘を上空に放り投げた。その和傘につられるように上方を見上げる。

――春馬以外は。

「こんな月の出る夜に傘って、お前はバカなのか?」

そう言って外套の男達は春馬を馬鹿にしたように笑っていた。

 落ちて来た和傘を宙で掴み、そして肩に担ぐ。

 ――小さく金属の音が響いた。

 春馬は背を外套の男達に向ける。

「いや、雨だよ。」

春馬が背を向けた刹那。男達の首が裂かれ、大量の血が春馬へと降り注ぎ、小気味良い雨音が辺りに響いた。



 和傘を閉じ、表面に付いた血を払うために春馬は大きく和傘を振るった。その手慣れた動作にマール達は少したじろぐ。それもそうだ。今の一瞬で目の前の帝国兵が死んだのだから。それにマールには春馬の意図が見えなかった。一度、アディの店まで案内してくれたことはあったが、それ以降会話もしていない。それどころか、春馬はマール達を嫌っている風であった。春馬の殺意が自分達を襲わないという保証はないのだ。

 マールとジレスの間に緊張が走る。だが、そんな二人を尻目に春馬は和傘を再び担ぎ直すとその場を後にしようとしていた。そんな春馬を見てマールは慌てて春馬に声をかける。

 「あの! ハルマさん!」

「ん? なんだ?」

「その、危ない所を助けて頂き、ありがとうございます」

「気にするな。通りがかりで目に入っただけだからな。じゃあ、俺は急ぐから」

そう言って駆け出そうとする春馬をマールは再び止める。

「お待ちください」

「なんだ? 悪いが俺は今、急いでいるんだ」

春馬は苛立ちを隠せない、といって様子でマールに向き直る。

「ハルマさんが急いでいる理由はリリアンさんのことですね?」

「なぜお前がそんなことを知っている⁉」

警戒心をマールへと抱き、無意識の内に和傘を握る手に力が入る。そんな様子を感じたジレスはボロボロな体に鞭を打ち、剣を持ち上げて春馬に対峙しようと腰を上げた。それをマールは手で制する。

「お待ちなさいジレス。それではハルマさんを刺激するだけです」

「しかし……」

「良いのです」

仕える主人にそう言われてしまっては剣を納める他なかった。ジレスは渋々構えた剣を下げる。その様子見て納得したように頷き、再び春馬へと向き直る。

「ハルマさんがリリアンさんと親しくしているとアディさんに伺いました」

「それだけで俺がリリアンを探していると分かって言うのか?」

春馬の問いに黙って首を横に振る。

「もちろんそれだけではありません。私達を襲った目の前のお三人。この方々は帝国人です」

「帝国⁉ じゃあ国王を殺した犯人っていうのも……」

「同様の格好をした帝国人です。どうやら私達がアディさんのお店に隠れていることを知り、わざと噂を流したようです。私達はまんまと帝国流した噂に流され逃げ出してしまいました。そして人気がなくなったこの場所で帝国人に襲われていたのです」

「なるほどな。だが、それとリリアンのことはどう繋がる?」

「先程のお三人が口にしていました。『隊長達はエルフの賢者を連れているから陽が昇らない内に森を抜けてしまう。遊んでいる暇はないんだから早く止めを刺せ』と」

「エルフの賢者はこの国にはリリアンしかいない!」

春馬の言葉に黙って頷く。それを聞き春馬は急いで森へ向かおうとするが、またマールに止められてしまう。

「お待ち下さい」

「まだ何かあるのか⁉」

「慌ててはなりません。森は日中でも陽が射さないような場所です。土地勘のない方が一人で入っても迷ってしまいます。それに加えてグリフォンという危険な森の主もいます」

「だとしても行くしかないんだ」

「わかっております。ですから私達に同行させて下さい」

マールの突然の申し出に春馬は目を見開いた。

「理由を聞いてもいいか?」

正直、春馬にはマールが同行する理由が皆目見当つかなかった。危険を冒してまで春馬を助ける理由はないはず。先程、助けられた恩返しのつもりなのだろうか。

 「森を抜けるとそこはファイヤーエルフの国があります。そこは私の叔父様が治める国なのです。私達は元々そこへ向かおうと考えておりました。国を失った私達が頼れるのはお父様のお兄様しかおりませんからね」

マールは少し悲し気に笑った。

「勿論、先程助けて頂いたお礼でもあります。しかし、本心を言うとハルマさんにご同行頂ければ心強いというのもあります」

春馬の顔を覗うようにしてマールは言葉を続けた。そんな風に頼られたら断れないじゃないか、と春馬は溜息を吐く。だが、それは嫌な溜め息ではなく、腹黒いやつだな、という呆れ半分、笑い半分だった。桜も春馬に何かをさせる時、外堀から埋めて断れなくしてから依頼する、という腹黒交渉術を使っていた。やはり、内面が少し似ているのだろうな、と春馬は思った。

「そうか。じゃあ、案内を頼もうかな」

「ええ、お任せ下さい!」

「森を抜ける間、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」

そう二人は言葉を交わし、『握手』をした。

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