第1章ー第7話 帝国の目的

 「戻ったぞ」

「はいはい、おかえり、ってアンタ誰拾って来たんだい」

春馬の後に続いてマールとジレスも酒場に入る。その二人を見てアディは驚いていた。

「あ、アンタ! 姫様を連れて来たってのかい⁉」

「すまん。成り行きでそうなってしまった」

「すみません。ご迷惑を承知でお願いしたいのですが、数日の間匿って頂けないでしょうか。勿論、お礼は差し上げます」

そう言ってマールは身に着けている指輪を外し、アディへと渡そうとする。

「これは王家の指輪じゃないですか⁉ そんな高価な物受け取れませんよ」

流石のアディも敬語を使っていた。それに指輪は受け取れないと慌てて返そうとしていた。

「私達がここに来ただけで帝国に目を付けられる可能性がございます。その代わりとしては安すぎるくらいです。しかし私はこれくらいしかお渡し出来る物はありません。ですから受け取ってください」

深く頭を下げながらマールは指輪を受け取らない、という姿勢を崩さない。

「はあ、最近の若者は頑固ですねえ」

溜め息を吐きながらアディは春馬を見る。俺は違うぞ、と言うように視線合わせる。アディは苦笑いを浮かべながら指輪を受け取る。

「わかりました。こういう態度の方に何を言っても仕方ない、というのは最近経験済みですからね。とは言ってもここは酒場です。エルフ達の出入りも多く、姫様がここに居られることが知られる可能性が高いですよ?」

「寧ろそれが狙いです。出入りの多い場所では情報も多く仕入れられます。そしてそんな場所だからこそ帝国の裏をかけると考えます」

「木を隠すなら森の中、という訳ですか。確かに外に居るよりはどこかに潜伏する方が見付かり難いでしょうね。わかりました。部屋に空きが少ないので一部屋しかお貸し出来ませんが」

「それで充分過ぎます。すみませんが、しばらくお世話になります。危険が迫るようでしたら我々は姿を消します」

マールとジレスは頭を下げお礼を言う。

「部屋はアンタの隣だ。案内してやんな」

そう言われ春馬は二人を二階へと誘導する。

「姫様、ここは危険過ぎます。ヒトにも我々の事が知られています。コイツが帝国に売らないという保証はありませんよ」

春馬に聞こえるようにジレスはマールに忠告する。

「ジレス。そんなことを言ったら誰も信用出来なくなります。それに帝国に私達を売りたいのなら、こんな手間を掛ける意味がありません」

「そ、それはそうですが!」

「それにハルマ様に失礼です。謝りなさい、ジレス」

「くっ……申し訳ない、ハルマ殿」

「別に気にしていない。それにジレス殿の言っていることは間違っていない。それに自分の主人を心配するのは当然だろう」

振り返ることなく春馬は答える。ジレスとマールは面を食らったのか、一度二人で顔を見合わせたが、春馬と距離が出来てしまったので慌てて追いかける。

「ハルマ様も国に仕えたご経験が?」

追いついた春馬にマールは興味深そうに顔を覗き込んでいた。春馬はちらりと視線をマールに向けるが、再び前を向く。

「昔のことだ……」

「そう、ですか」

もう少し聞きたそうなマールであったが、春馬の顔を見て聞くことを止めた。悲しみというより、それは憎悪を持った顔をしていたからだ。

 「ここだ」

部屋を案内して春馬は一階へと引き返す。いつもの日課であるリリアンの元へと向かうためだ。マールの隣を通る時、春馬は声をかけられた。

「ハルマ様は、王族が嫌い、ですか?」

「ああ。お前もお前に従う騎士様も嫌いだ。俺は関わらないから好きにやってくれ」

それだけ告げると、春馬は一階へと降りて行った。



 「おーい、リリアン。無事かー」

部屋に入るなり、春馬はリリアンに声をかける。

「ハルマか。良く来たな」

春馬は毎日来ているが、リリアンは毎回歓迎といった様子で春馬を迎え入れる。リリアンを訪ねるエルフも少なく、リリアンも春馬が家に来てくれることは内心嬉しいのだ。最近の二人のは気心しれた幼馴染にような関係になっていた。

 「帝国に城を取られたらしいが、リリアンは無事か? 賢者ってことは結構名が知れているのだろう?」

「はあ、そうなんじゃよ。帝国から招集がかかっておる」

「それは本当なのか?」

「本当も本当じゃ。帝国はウィンドクリスタルについて知りたいようじゃ」

「『うぃんど』……なんだ?」

「ウィンドクリスタル。風の力が込められた水晶と認識すればよい。ワシらがウィンドエルフという話は以前にしたな」

「あ、ああ。たぶん」

「多分、じゃなく絶対じゃ。ワシらが風の力を使えるのもウィンドクリスタルのおかげじゃ。帝国がこの国に攻めて来たのもそれが狙いのようじゃな」

「ウィンド……風の水晶ってやつは俺達のようなヒトでも扱えるものなのか?」

「お主、覚える気がないじゃろ……」

リリアンは物言いたげな視線を春馬に向けるが、春馬はそれを受け流す。はあ、と溜息を吐き話を続ける。

「まあよい。ヒトにも扱えるか。それはワシにも分からん。だが、ヒトが自然の力を使った、という記述は残されていない。ヒトはヒトとして工業的発展を選んだようじゃからな」

「工業的発展? 手作業の?」

「そんな訳なかろう。工業つまり機械じゃな」

春馬にはそれがどういうものなのか理解出来なかった。倭の国でも手作業による工業が発展して来ていた。だが、機械という概念が理解出来なかったのだ。

「機械ってなんだ?」

「うーん、お主の国は文明レベルどうなっているのじゃ?」

「そんなこと言われても」

「まあワシも具体的に何、と問われても答えるのは難しいが。エルフの国に機械は無いので見せることは出来ないしのう」

そうじゃ、とリリアンは何か思い出したようで、ふわりと高く飛んで行った。四階にある机から小箱を取って降りて来た。

「これは機械といえるか微妙じゃが、これに近いものだな」

そう言ってリリアンは小箱のに裏面に付いている金属の『耳』を回す。数回回した後、小箱の蓋を開いた。すると中に入っている円柱の金属が回り出し、音楽が流れだした。

「これは『からくり』か」

機械というのは「からくり」に近いものだろうか。倭の国にも「からくり」と呼ばれる人形があり、歯車や糸を使って個別の動きを繋ぎ合わせる。それによって人形が歩いているように見せたり、と一つの動きを生み出す。倭の国にもからくりの技師はいたが、それが発展するというのは想像出来なかった。

「『からくり』が何かは分からんが、歯車などを使って、手で行う作業を自動化させる。みたいなことを聞いたことがあるのう」

「運搬とかに使うのか? 歯車と歯車を布等でで繋ぎ、歯車を回転させることで布に乗せた物を運ぶ、みたいな?」

春馬はふと浮かんだ想像をリリアンに説明した。

「ほう、ハルマは意外に賢いのう。そういう機械もあるようじゃぞ。確かベルトコンベアとかって言うらしいぞ」

「べるとこん……」

「ああ、ワシが悪かった。お主は頭の切れは良いが、頭は悪いのう」

「うるさいぞ」

馬鹿にするリリアンの頭を春馬は満足するまでぐりぐりすることにした。


 「それで、なんで帝国はウィンドクリスタルなんてものを欲しがる?」

「おそらく機械の動力に取り組もうとしているんじゃろうな」

「動力?」

「ああ、このオルゴールの動力は手でネジを巻く。これが内部のバネに圧力を加えるのだ。そのバネが元に戻る力を動力に、ってお主聞いておらんな」

「分からぬ単語が出て来た段階で、俺の思考は停止した」

「つまりオルゴールを動かすには手で力を加える必要があるじゃろ? これをウィンドクリスタルを使って行う、みたいなことじゃろう。ワシも機械に詳しい訳じゃないが」

「なるほど。何か凄いやつってことは分かった」

春馬の答えを聞き、両手を広げて吐息を漏らす。

 「そんなことを知っても俺には役に立たんからいいんだよ。それで帝国による招集ってのはいつなんだ?」

「……明日じゃ」

「明日? いつ戻れるのだ?」

「戻れるか分からんのじゃ。そのまま帝国お抱えの研究者になれ、と言われる可能性が高いのじゃ。クリスタルに詳しいエルフは賢者くらいじゃからな」

諦めたようにリリアンは呟く。明らかに帝国に仕えるなんて嫌だ、といった様子だった。そんなリリアンを放っておけなかった。

「じゃあ、俺と逃げるか!」

「は、え? 何を言っておるのじゃ?」

「今日、この国から出てしまえばいいだろう? それでどこか違う国に逃げればいい」

「無茶を言うのう」

文句を言いつつもリリアンは笑顔を浮かべていた。そして腕を組み考えを巡らせていた。

 「帝国での一生と俺との逃避行なら、後者の方が断然魅力的だろう?」

悩んでいるリリアンの頬をつつきながら春馬は言う。

「それはもちろんそうじゃが、お主はいいのか? 帝国からは目を付けられ、ここには戻って来れなくなるんじゃぞ?」

「俺は構わんぞ。もともと流れ着いただけだからな。あー、アディには挨拶しないとな。世話になったからな」

「う、うむ。お主が良いなら、共に行こうかのう」

照れくさそうにリリアンは答えた。

「おう。なら早く出た方が良いな。今夜にでも出発しよう」

「今夜じゃな。分かった」

「じゃあ、俺は早速準備に戻る。夜には迎えに来るから寝るなよ?」

「子供扱いするでない!」

「ははは、すまんすまん。じゃあ、またな」

春馬はそう言ってリリアンの家を後にした。リリアンは春馬の後姿を嬉しそうに見つめていた。

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