第1章ー第3話 ここは異世界
事実を確認するため、春馬とリリアンの二人は春馬が乗って来たという舟を確認しに行くことにした。
歩いて海岸もとい、湖の畔に向かっていたが、会話は無く思い空気が漂っていた。リリアンは何かを考えているようで無言で、春馬は先程の衝撃が抜け切れておらず無言だった。
リリアンの家は町外れにあるため、湖は直ぐに見えて来た。
舟は湖に無い方が逆に良いと春馬は思っていた。それなら頭が混乱しているとか夢、幻を見たという事で話しは簡単に済む。
春馬の思いとは裏腹に、湖の畔には舟が打ち上げられていた。
「ああ……これだこれ」
見えて来た舟は間違いなく春馬が乗って来た舟だった。春馬は指をさして落胆した声を出した。
「この小さな舟で海を渡ったのか?」
リリアンの疑問はもっともだった。海を渡るにしては小さく、この舟は渡し舟のような形状をしていた。
「そうだ。海を渡った、というのは結果であって、実際は遠島の刑で島流しにされたんだ」
「島流し? なんじゃそれは?」
遠島の刑というのは倭の国の刑罰なのでリリアンは知らないようだった。どう説明したものか、と春馬は考えていたが、取り繕うことは止めて正直に話すことにした。
「島流しっていうのは死刑だな。罪を犯した人間をこういう舟に乗せて海に流すんだ。倭の国は海に囲まれているんだが、周辺の海流に一度捕まると遠くへと流されるので、本来であれば海上で死を迎える。首を切り落とす刑もあるが、島流しが一番重い刑だな。楽に死ねず、餓死を待つか海に身を投げるしかないからな」
あっけらかんと春馬は説明したが、要するに春馬は死刑にあって運良く風の国へとやって来た、と言っているのだ。春馬の説明を聞きリリアンは険しい表情を浮かべる。
「つまりお主は死罪を受けた罪人だと言っておるのじゃな?」
「ああ、そうだ」
「……何故、死罪を?」
躊躇い気味にリリアンは問い掛ける。
「俺は主君に仕える武士だったんだが、その仕える主君を殺したんだ」
「主君殺し、か。理由を聞いても良いか?」
春馬は苦い顔を浮かべ、話すことを躊躇ったが、死罪になるような人間が近くにいるなんてリリアンからしたら恐怖でしかないだろう。そう思った春馬は重い口を開いた。
「――俺の妹は主君に殺されたんだ。その仇討ちだ」
「妹君が……そうか。すまぬ、嫌なことを言わせてしまったようじゃな」
「いや、いいんだ。死罪だと話したのは俺だからな」
二人の間に沈黙が流れた。
春馬は視線を湖へと向ける。確かに湖面は穏やかで、波一つ無かった。これが海な訳が無いか、と春馬は思った。
「さて、用は済んだことじゃし、戻ろうかのう」
沈黙を破ったのはリリアンだった。
「そうか、時間を取らせて悪かったな」
そう言って春馬はリリアンを見送ろうとしていた。
「ん? お主も用は済んだじゃろう? 一緒に戻るじゃんろう?」
「用は済んだが、その自分で言うのもなんだが怖いだろう? 俺は罪人だぞ」
「お主が怖い? 面白い冗談じゃな。確かに殺しは良くないと思うが、ワシは仕方ないと思う。それに自分は罪人だ、なんて馬鹿正直に言う奴なんて怖く思えるか」
リリアンはそう言うと笑って歩き出した。リリアンの言葉に二の句を継げないでいた。確かに春馬自身は仇討ちをしたことに後悔も反省もしていない。だが、それは春馬個人の問題で、他人から見たらただの人殺しだ。そんな相手を怖くない、と思えるのだろうか。
リリアンの笑顔は自然に見え、そこに緊張や警戒は感じられなかった。それ以上に初対面の時よりも態度が柔らかくなったように春馬は感じていた。
「どうしたのじゃ? 早く行くぞ?」
「あ、ああ」
戸惑いながらも春馬はリリアンの後を追って歩き出した。
リリアンの家に二人は戻った。リリアンに勧められるまま腰を下ろし、その対面の席にリリアンも座った。
「お主の言っていること通り、舟はあったのう。それじゃあ海を渡って来たというのも本当なんじゃろうな」
「ああ。嘘は吐いてない」
「ワシも嘘を吐いているとは思っておらんが、信じられなくてな。じゃが、舟は本当にあったからのう」
春馬はふと浮かんだ考えをリリアンに聞いてみることにした。
「俺が言うのもなんだが、湖の対岸に町はないのか? そこから俺が流され来た、という可能性はないか? 記憶は餓死寸前だったから夢と現実が混乱しているとも考えられる。」
「ほう、面白いことを言うのう。じゃが、それは有り得ん。これを見るがよい」
そう言って、家を出る前に見せた地図を再びリリアンは広げた。
「見ての通り、湖の周辺にある町はこの風の都のみじゃ」
「そうか」
「それにもし町があったとしても、そこから来たとは考えにくいじゃろう」
「何故だ?」
「言葉じゃよ。意識が朦朧として国を勘違いしていた、としてもワシ等の間で起きている言葉の『ずれ』は説明出来まい」
「それもそうか……じゃあ、俺は一体どうなってしまったんだ」
「あ、そうじゃ!」
リリアンは何かを思い出したようで、慌てて上階へと向かい何かを探し始めていた。しばらく格闘する物音が聞こえていたが、目的の品を見付けたのか、リリアンは再び戻って来た。
「なんだそれは?」
「これは歴史書じゃ。特にヒトについて記述されたものじゃ」
そう言ってリリアンは歴史書を広げる。書かれている文字はやはり春馬には読めなかった。
「ヒト、つまり帝国が出来た経緯が書いてあるんじゃ。えっと……ここじゃ。ヒトはある日突然現れ、数を増やし国を築いた。その国が帝国の始まりである」
「ある日突然現れた?」
「そうじゃ。ヒトは昔からこの世界に居たのではなく、急に現れたと書かれておる。これは春馬の状況と同じじゃ」
「うーむ……」
「ヒトは別の世界からやって来たとされているのだ。つまり春馬も別世界の住人である可能性が高い。むしろその方が、今の現状を説明出来るじゃろう」
「別世界、か。良く分からんな」
自分の住む世界の他に、別の世界があるなんてこと、春馬は考えたことも無かった。それは海の向こうにある外国ではない、別の世界。
「うーん……」
春馬は自分の理解を超える考えを聞き、頭が痛くなって来ていた。
「焦ることはないじゃろう。ゆっくりと考えればよい」
「いくら考えても分からなそうだけどな」
苦笑いを浮かべながら春馬は答える。
「よっと。とりあえず今日はお暇するな」
「なんじゃ? 用事でもあるのか?」
「アディっていう料理屋の女に飯を世話になってしまってな。その借りを返すって約束をしていたんだ。あまり遅くなっても悪いだろう」
「律儀な奴じゃのう。アディなら知っておるが、借りとか気にするようなエルフじゃなかろう」
「俺が嫌なんだ。リリアンには話したから言うが俺は主君の事があってから人間不信なんだ。もう誰かと関わりを持つの嫌なんだよ。だから借りは返して、綺麗さっぱり関係を清算したいんだ」
「色々と思うことはあるが、敢えて言うまい。じゃが、一つ勘違いしていることがあるぞ? お主は人間不信かもしれんが、エルフ不信じゃなかろう?」
「それは、そう、だが……」
「まあ、しばらくはこの町におるんじゃろう? また来ると良い。お主は興味深いからのう」
リリアンは笑いながら言う。
「……分かった」
そう言って春馬は腰を上げ、リリアンの家を後にする。
春馬の後姿を見ながらリリアンは独り呟く。
「ワシを訪ねて来た時点で関係は出来てしまっておるんじゃがな。あやつはどこか抜けておるのう」
そう呟いて笑う。それは優しい笑顔だった。
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