第5話 愛
エーミルからの愛を受けて、エリックとヘルメスは眠った。
そんな二人を複雑な表情でミーナは見ていた。
エリックは誰かのために生きる。生きる理由はそれで良いと言っていた。確かに生きるということは自分一人では難しい。どんなに些細な事であっても誰かと関わって生きている。関わる相手が大切な人なら、その人に少しでも生きて欲しい、という気持ちはミーナにも理解出来た。
理解は出来ても感情が追いつかない。生理的嫌悪が先に出てしまう。
――そして、それは理解してはいけない。
ミーナは幽霊になる前ですら出来るだけ一人でいた。誰にも関わらず、誰かのためにもならない人生だった。
幽霊になってから生きることの理由に気付いたとしても、もう誰かのために何かをしてあげられない。
実態もなく、触れることも出来ない。
「幽霊になる前から私は死んでいたのかもしれないわね」
そう一人言ちて、ミーナは悲し気に笑う。
誰かのためにならないなら死んでいる。そういう意味ではない。だけど、ミーナが幽霊になる前から感じていた孤独や生きる意味が見付からないのは、きっと一人だったから。
ミーナは膝を抱えて頭を伏せる。誰かのためになれるのなら、私は生きているの?
「友達がいたら私も……」
小さく呟き、ミーナはそのまま静かになった。
翌朝。エリックは目を覚ますとミーナを探した。今日も同じように塀の上に座っている。
「おはよう」
エリックが起きたことに気が付いたミーナは声をかける。
「ああ、おはよう。もう起きてたのか」
「ううん、寝てないの。幽霊になってからは眠れなくて」
「そう、なのか」
力なく笑うミーナを見ていると、エリックは悲しくなってしまった。
ミーナは幽霊なのでお腹も空かない。エリックの考える、食べることの愛情を受けられない。
眠れない夜はミーナを更に孤独にするだろう。
自分より幼い少女が背負うには重すぎる、とエリックは考えた。
「俺達、友達になろうぜ」
だからエリックは自然とその言葉を口にしていた。
「友達?」
ミーナは再び頭を伏せる。そこには深い悲しみを感じる。
「そう、友達。こんなに喋ったんだ。そんなの、もう友達だろ?」
「そうかもしれないわね」
ミーナは頭を伏せたまま答える。ミーナはエリックの同情に気付いているのだろう。それが嫌だとか、そういう気持ちなかった。だけどもミーナには何も出来ない。それが酷く悲しかった。
「今日にはもうこの町を出ようと思うんだ。だからミーナ、俺達と一緒に行こう」
ミーナの態度に負けないようにエリックは言葉を続ける。悲しみから救い出すには強引にでも連れ出さないと駄目なんだ。そうエリックは思った。
「ありがとう。でも行けない」
「ど、どうして? 俺達みたいのは、やっぱり気持ち悪いか?」
それならそれで良い。こんな世界で生きるために得た価値観は誰にでも受け入れられるものじゃない。悲しいが、その気持ち分かる。『審判の日』さえ来なければエリックも、こんな考えを持たなかっただろう。
こんな世界でも絶望せず、生きていけるように、自分の中で見付けた心の拠り所。それは自分だけ、いや家族だけが理解してくれるなら、エリックは満足だった。
「私はエリック達の輪には入れない。それに、そもそも無理なのよ。私、幽霊は幽霊でも地縛霊。この私が育った家から離れることは出来ないのよ」
ミーナは後ろを振り返り、崩れかけの家を見つめた。
ただのお気に入りかとエリックは思っていたが、そこはミーナの家だった。
この町は羊達の餌が少ない。長いすればするほど羊達は空腹になる。それはもちろんエリックとヘルメスも同じ。
長居することはデメリットでしかないのだ。
出会ったばかりのミーナと家族であれば、もちろん家族を優先する。
だけど、それでも何かしてあげられないだろうか、とエリックは思う。自分はヘルメスという相棒と出会い、孤独を埋められた。羊達もいるが、意思疎通が出来る相棒にはどうしても勝てない。エリックにとってヘルメスは世界で一番の相棒で、世界で一番大切な存在。
そんな存在に出会えて、エリックは本当に幸運だった。ヘルメスもそうだと信じている。
だけども生きている頃からの孤独を今も引きずっているミーナが可哀想だった。
「私は行けない。だけど一つだけお願いがあるの」
エリックが言葉につまっているとミーナは静かに口を開いた。
「ああ。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
明日にはこの町を出る。それは変えられない。だからせめて願いを聞いてあげようと思い、エリックは即答した。
「いいの? まだ何も言ってないけど」
「うん。だって俺達は友達、だろ?」
そう言ってエリックはミーナに微笑む。
「ふふ、友達。友達ね。じゃあ友達に最初で最後のわがまま言っちゃおうかな」
ミーナの心に小さな光が宿る。ほんの小さな光だけど、それでも暖かい。それはエリックの情だった。それが愛情なのか、友情なのか、同情なのか。ミーナには分からなかったけど、そんなのどうでも良かった。
自分を見て来れる人がいる。ミーナはそれだけで十分だった。
「私の『愛』を貰ってくれる?」
「ミーナの愛……?」
エリックはミーナの意図が見えなかった。混乱するエリックにはミーナは続ける。
「そう。ついて来て」
「あ、ああ」
エリックが考える間もなく、ミーナは崩れかけの家に入って行く。
見失わないようにエリックも慌ててミーナの後を行く。足を踏む外さないように、壊れかけの家を崩さないように慎重にミーナを追う。
家の玄関から上がり、すぐ目の前の階段横の廊下を歩く。しばらくミーナに付いて行くと、『ミーナ』と書かれた札が掛けられているドアが見えた。そこでミーナは立ち止まった。
「ここがミーナの部屋か?」
「うん。きっとここに『私』がいると思う。怖くて一度も見れてない」
「それを一緒に確かめて欲しいってことか?」
「ううん、違うわ。私は『愛』を受け取って欲しいだけ」
そう言うとミーナは中に入るようにエリックを促した。促されるままエリックはドアを慎重に開けて中へと入る。
そこにはベッドで眠る『ミーナ』がいた。
綺麗な姿のまま『ミーナ』はそこにいた。
「良かった。腐ってたり、骨になっていたらどうしようって思ってた」
自分の姿を見てミーナは安心した表情を浮かべた。日当たりが悪い事、季節がら気温が低いことが幸いして、『ミーナ』は綺麗なまま眠っていた。もしかしたら『審判の日』によって腐食させる菌などが死んでしまったのかもしれない。
本当の理由は分からない二人だったが、そんなことはどうでも良かった。特にミーナにはどうでも良かった。ただ、綺麗なままで良かった、と。
「エリックの言うこと、全部が納得出来た訳じゃない。食べるとか、それが愛情なのか、とか今でも悩んでる。でもエリックには生きて欲しいと思う。死んでしまった私の分まで」
ミーナは初めて自分が死んでいると明言した。死んでいると認めることで先へと進める。
――私もこれで成仏出来るかな。そうミーナは思った。
「生きて。私の分まで」
「……」
エリックにはミーナの言っていることが分かっていた。ミーナは自分の身体を食べて欲しい。そう言っているのだ。
今までも人間を食べ来た。でもそれは自分に害をなした人間だった。ミーナのような友達を食べたことは一度もなかった。
エリックは迷っていた。自分なんかが食べていいのか、と……。
「私が誰かのためになれるのって幽霊になる前から一度もなかった。でもエリックに出会って、そんな機会が訪れた。私にも生きていた理由をちょうだい?」
エリックに抵抗はあった。でもミーナがここまで言っている。一人じゃないんだと示してあげないと。それはエリックにしか出来ないことだった。
「分かった」
だからエリックはそう力強く答えた。
エリックは『ミーナ』をお姫様抱っこで連れ出した。
「恥ずかしいから、私は向こう見てる。終わったら教えてね」
ミーナはエリックに背を向けた。そして自分の家をゆっくりと見つめていた。
エリックは頷き答えると、リュックからナイフを取り出す。羊達を解体するのに使った特別なナイフ。エリックの中で、このナイフは神聖なものだった。このナイフで解体することがエリックにとっての弔いだった。
無言で『ミーナ』を『食材』へと変えていく。エリックは心配になってミーナを見るが、痛みとか無さそうでホッとした。ミーナの身体だからもしかしたら、と心配したが杞憂に終わった。
解体を終え、痛まないうちにエリックとヘルメスは食べて行く。これが明日への糧となる。ミーナから命をいただく。
食べ終え、ミーナに声をかけようとしたが塀の上に姿は無かった。立ち上がり辺りを探すがどこにも見当たらない。 家の中か? と思い、ミーナの自宅に近付いた時だった。
ミシっという音がしたかと思うと、壁のヒビが大きくなった。それをきっかけにしてミーナの自宅は横に滑るようにして倒壊した。砂埃が舞い、ミーナの自宅は周りの瓦礫と同じになった。
「ヘルメス知ってるか? 家ってのは家族を守る存在なんだ」
骨を手で押さえながらヘルメスはエリックを見つめた。エリックはヘルメスから崩れた家へと視線を移す。
「きっとこの家がミーナの身体を守っていたんだろうな。その役目を終えたってことなんだろうな」
強い風が一度吹くと、舞っていた砂埃達を空へと連れて行った。
その風をエリックは見守った。
「エーミルによろしく言っておいてくれ」
小さな友達を乗せた風を、エリックは静かに見送った。
世紀末の羊飼い 野黒鍵 @yaguro_ken
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