第四話・「夢かデジャブかどっちなのかなこれは」

曇天。

そんな空のもとを彼女は走っていた。

ローブを頭までかぶっているため顔は見えないものの水色のくせ毛が揺れている。

振り向くと茶髪の少女が遠くから追いかけてきているのが見えた。


逃げ切れる。


そう確信し、事前に用意していた朽ちた遺跡の祭壇に駆け上がった。


「ふふっ、勇者だなんだと言ってもやっぱりただの馬鹿ね・・・!」


そう呟きながら、魔法陣を完成させようとした、瞬間、


「・・・・・・そうでもない」


白い何者かが彼女の認識を超える速度で突っ込んできた。

なんとか体にあたることは避けたもののローブを吹き飛ばされ、そのまま白い何者かは祭壇から距離を取る。


「・・・・・・思ってたよりいい反射神経。びっくり」

「Re:返答/相手を見くびった結果です。猛省してください」

「『そう怒る必要はないだろう。相手は世界転覆を図る魔女だ、どんな技を持っているかわからん』」


真っ白い忍装束で全身包む半眼の少女、

体の‘切れ目’から微かに機械駆動音をさせる幼い女の子、

更には深緑に輝く鱗を持つ翼の無いドラゴン。


「・・・なぁによ、あんたたちは。あの自称勇者のお仲間さんかしら?」


聞くまでもなくそうだろうと思ったが、時間稼ぎにはなると判断した。

後ろ手で彼女の唯一の武器である「鋏(ハサミ)」を構えながらも不敵な笑顔を崩さない。


「はぁ、まったく。どいつもこいつも‘自称勇者’って。私から勇者だって名乗ったことないってのにさ」


サイドポニーテールの茶髪に<せーらーふく>なる武装と異世界から召喚された際に天より授かったという神器<エクスカリバー>を持つ少女こそ、この世界に3人しかいない本物の勇者である。


(さてと、どうしたもんかな。祭壇の起動にかかる生命力を考えるとこいつら4人に使える魔法数は限られてるけど・・・)


この世界で言う魔法というものは、自身の又は他者から吸収した生命力を使うことで使用できるものである。生命力が枯渇すればその時点で死ぬこととなるため、魔法は使用数や規模を考えながら使うべきものだ。

しかし。


(この祭壇の起動さえできれば私の役割は終わる・・・。だったら遠慮なく4人をぶっ殺した後、祭壇に全生命力を注いでやればいい・・・っ!)


そう決意したところで勇者が口を開いた。


「追いかけっこはここでおわりにするの?」

「ええ。もう少し追いかけっこしたかったの?」

「いやいや、それはもうこりごりだよ。大体卑怯でしょ、私は走るしかないのにその鋏(ハサミ)で空間を切り貼りして転移するとかさ」

「ふふっ、ばれちゃってたかしら?」

「ばればれよ。ほんと、しゃべる暇すらありゃしないんだから」


イロカネという金属で作られた鋏(ハサミ)に生命力を込めて空間を切り裂き別の場所とつなげる。それが彼女固有かつ唯一の魔法だった。


「Re:断定/そしてその能力をその祭壇で増幅させ、空間どころか次元を超えるゲートを作る。それがあなたの目的ですね、ゾンビさん」


ゾンビと呼ばれた体中つぎはぎの縫い目だらけの少女は薄く笑う。

作戦はうまくいっているようだ、と。


「そうよ?そうすればこの世界から逃げ出す門が生まれる。この腐りきった世界から脱出する門がね」

「この世界から逃げるって、そんなことしてどうすんのよ。そもそも別の世界から生物がこっちに入ってくるでしょうが。その責任をゾンビちゃん一人でとれるの?・・・もういいからやめにして世界から逃げ出したくなるような理由を話してみてよ。その理由によっては私も協力するしね」

「・・・・・・恵(めぐみ)ちゃんは、ほんと甘い」


ゾンビもそう思った。実に勇者然としたセリフで実に・・・ぬるま湯で生きてきた者のセリフだ、と。


「結構よ。止められるもんなら止めてみなさいな自称勇者とその一味さん方。私はあなたたちほどやさしくはないわよ・・・っ!」

「『その心意気や良し。全力で止めさせてもらうぞッ!』」


その言葉とともに鋭いドラゴンの爪が襲い掛かってくる、が最早ゾンビはよけようともしない。

鋏(ハサミ)を垂直にふりおろす。

鋏(ハサミ)を振るだけのスピードと突っ込んでくるスピードのどちらが早いかは明白だった。

ドラゴンの爪はゾンビの前方、ぱっくりと開いた空間に突き刺さる。


「ggggggggggggggyaaaaaaaaaiaiaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」


空間から出てきた魔物はヤギの首を3つ持ち、仁王立ちするモンスターだった。

だが、それに気を取られている時間など無く、


「・・・・・・うしろ」


またも目にも止まらない速さで背後から白い忍装束の少女が迫り、ゾンビの腹部に脇差が刺さった。

ゾンビは白い忍装束の少女を右足で蹴りつつまたしても鋏(ハサミ)を振る。

出てくるのは爬虫類のような舌を伸ばす球体の浮遊した物体と岩が積み重なったようにしか見えないゴーレムであった。


「・・・・・・ゾンビちゃんには血が流れてない、っていうのはホントだったんだね」


白い忍装束の少女は脇差の刀身を眺めつつ呟く。


「ええ、そうよ。この体は死体のパーツを縫い付けて生命力を満たし、無理やり動かしているだけなの。だから刺されようが切り取られようが痛くもかゆくもないわ。私はモンスターを転移させることしかできないけれど、その私を殺すことが容易じゃないって理解してくれたかしら?」

「Re:返答/しかし空間を裂くのもただではありません。使いすぎればあなたの体を維持している生命力はなくなり動くことすらできなくなるでしょう」


ばかが、とゾンビは笑う。こんなどうでもいい問答のせいでお前たちはまた自分の首を絞めたのだと。

鋏(ハサミ)をびゅん!びゅん!と二振りし、出てきた鹿の角をもつ8本足のモンスターを、はじめに出した3つ首ヤギに、食わせた。


「こーんな感じに近場のモンスターを強いモンスターに食わせればパワーアップできて、ただ転移させるより費用対効果がいいのよ。さて、先に力尽きるのは、どっちかしらね・・・!」

「・・・・・・そういう傲慢さ、今は良くない」

「Re:肯定/その通りです。なぜなら今あなたが相手しているのは、世界を救うためにこの世界に召喚された方・・・」

「『一之瀬恵(いちのせめぐみ)、俺の弟子であり3人いる異世界人のなかでも最強の』」



「「「『勇者なのだから』」」」



「ありがとう皆、準備できたよ」


ゾンビは見た。

一斉に飛びのく3人と真正面でロングソードを掲げる勇者の剣が爆発的な閃光を纏う。

振り下ろした閃光纏いし剣は極光とすら言える輝きを残しつつ、



モンスターだけでなく、ゾンビの右足もろとも遺跡ごと大地を、真っ二つに両断した。



「う、そ・・・」


あまりにも生物を超越した力にゾンビは壊れてしまった祭壇のうえで腰を抜かし、呆然とするしかなかった。

 

「・・・・・・・相変わらず、ちーと、おつ」

「チートって言葉を教えたのは私だけど、なんかずるしてる気分になるからやめてってば・・・。で、ゾンビちゃん。今度は有無をいわさずついてきてもらうよ。相談にはのったげるからさ」

「『ふむ、これで一件落着だな』」


ここまではいつも通りの勝利だった。そう。

ここまでは。


バキリっ

と、致命的な音が響く。全員がそちらの方を見た瞬間、むちゃくちゃになったはずの魔法陣が黒く光り始める。


「ちょ、なによコレ?まさかここまでゾンビちゃんの仕組んでたことなの・・・?!」

「ち、違う、私はこんなの知らない・・・っ!!そもそも魔法陣は私の鋏(ハサミ)を使わないと起動しないはず・・・!」

「Re:推測/一致魔法検索中・・・。魔法効果の把握不可。データベースには載っていませんが、召喚の魔法の一種であると考えられます」


(つまり数多の霊脈が通うこの場所に作った未完成の‘召喚魔法陣’が勇者の一撃ではじけ飛んで、偶然にも別の魔法の条件をクリアしてしまったってこと?どんだけ不運なのよ!って、ちょっと待って)


魔法というものの大前提は、生命力を動力源とすること。しかしこの魔法陣はまだ・・・

そこでようやく気が付いた。死んだモンスターからどろどろとしたどす黒い液体が流れ出ていることに。


「・・・っ!!?」

「・・・・・・まずい、なにかわからないけど、この液体はまずい気がする」

「でもゾンビちゃんはまだ立てな、


ドバッッ、と濁流のように魔法陣からも黒い液体があふれ出し、ゾンビを瞬く間に飲み込んだ。


「がっがぼぼぼぼ・・・っ!!!!」


(こんな、こんな終わり方・・・?!私の、私の人生は・・・っ?!)


瞬く間に生命力を奪われていくのを感じる。そういえば太古の昔、周囲の生物の生命力を奪い取り自動的に起動する魔法陣の話を聞いたことがある、と柄にもなく現実逃避をしながらも、分かってしまった。

私はここで死ぬのだと。


・・・しかし、気が付くと祭壇の下に引っ張り出されていた。


「『ばっ、馬鹿者!!!生命力を食らう液体に手を突っ込むなど正気の沙汰ではないぞ!?』」

「あはは・・・まあ、助かったから許してよ」

「なん・・・で・・・?」


いくら一蹴されたとはいえ、命を懸けてまで殺し合った敵を助けるという意味が分からなかった。


「なんでって・・・うーん、助けたかったから?」

「・・・・・・・・・・・やっぱり勇者なんて馬鹿ね」


そんな会話を交わしている間にも事態は進行していく。


「Re:警戒/来ます、何かが・・・!」


ゴポゴポと不快な音を出しながら魔法陣の上に集まり、凝縮されるかのようにまるで人型になったかと思うと、爆発四散した。

中央に立つ、真っ黒な人物だけを残して。

黒い髪に黒い瞳、さらには服まで黒いその人物は、

中庭で気を失ったその人物は、

世界でたった一人にしか知られていない第四の異世界人たるその人物は、


「もうわけが分からないな。何処だよ、此処は・・・」


うんざりしたようにつぶやくのだった。

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