第2話 はこのなかにいる
「それで、何を確認する? 古事記の話か?
僕が言うと、映像の僕は首を横に振った。
「もし本物のフリをしてだまそうって魂胆なら、そういうことはいちばん調べやすい。古事記に関する基礎的な知識はもちろんだし、僕の論文だってインターネットで公開されている。それ以外のことだって、指導教官にでも聞けばいくらでも情報が取れる」
「じゃあどうするんだ」
「そうだな。例えば、昨日の夜は何を食べた?」
映像の僕が妙なことを聞く。
「コンビニのからあげ弁当」
深く考えず、僕は素直に答えた。
映像の僕が不快そうに
「ちょっと待ってくれ、なんだか息苦しくなってきた……一緒に買ったものは?」
それを聞いて、僕も少し不安になった。
「……ビールを一本」
「発泡酒だろう? おまけの袋の中身は缶バッヂで、そのままゴミ箱に捨てた」
その通りだ。こいつは僕が昨日何を食べたのかを知っている。
「おい、僕を監視でもしていたのか? それとも、
「馬鹿言え」
そう言いながら、映像の僕はどこか青ざめた顔をしている。見ると、右足をカタカタと動かして、貧乏ゆすりをしている。ふと気づくと、僕も同じことをしていた。
僕はわけのわからない怒りがわいてくるのを必死に押さえつけ、不安を払いのけるように言う。
「冗談じゃないぞ、はっきりさせよう。本人でないとわからないことを確認するんだ」
僕は考える。
本当の本当に、僕にしかわからないことは、何があるだろう?
「例えば、家族のことだ。家族の中で、僕がいちばん大切に思っているのは誰だ?」
「実家の猫。名前はチャーリー」
映像の僕が即答する。
「いや……」
「だってそうだろう? 親父はどこにいるのかわからないし、母親は口を開けば
彼が口にした印象は、まさしく僕のそれと同じというよりも、僕が言おうとしていた内容よりもさらに僕の実感に近く、僕は何も言い返せなくなった。
再び沈黙が生まれた。僕たちは、もう一歩踏み出せば何かが
もしも。
もしも、僕も彼も、ともにまったく同じ記憶を持っているとしたら、それはどんな場合があり得るのだろう。
CGや特殊メイクで顔だけ似せたにしても、クローンのようなものにしても、記憶まで共有はできない。それとも、本当に僕のことを調べ尽くしていて、僕をだまそうとしているんだろうか。そんなことをしてどんな意味がある?
無音の続く部屋に、突然、女性の声が響いた。
「議論が行き詰まったようですね」
最初に聞こえた、あの声だった。
「ヒントが必要ですか?」
その言葉に、僕たちは顔を見合わせる。
「出し惜しみするな! なんでもいいから教えてくれ!」
僕は天井に向かってそう叫んだ。
そして、返ってきた答えは、予想もしていなかったものだった。
「同じ人物が二人いるように思えるのは、そのように組み上げられたプログラムだからです。完全な人間に思えるほど、高度な人工知能なのです」
僕は、言われたことを理解することができず、一瞬硬直してしまった。
いや、そんなに難しいことを言われているわけじゃあない。けれど僕は無意識に、それを理解することを拒んでいた。
女性の声が続く。
「失礼、ミッションの答えを先に言ってしまいましたね。それでは続いて、『自分がプログラムかどうか』を考えてください」
その言葉に、映像の僕が反論する。
「なんだそれは、答えを言ってしまったら、実験の意味がないじゃないか」
「実験の目的は会話のログを取ることですから、問題ありません」
女性の声は、あくまで淡々としている。
「だいたい、どうして相手が映像なんだ。ここに呼んだらいいじゃないか」
とにかく何かいちゃもんをつけようと、僕がそう言うと、彼女は軽く笑うようにこう言った。
「だって、直接会うとあなたたち、殴り合いを始めるでしょう。さて、質問はここまでです。議論を再開してください」
「おい、待ってくれ、息苦しいんだ! 空気が薄くなっているんじゃないか!?」
映像の僕が、必死な表情でそう叫ぶ。
「異常はありません。気のせいです」
声はそう答えた。
「クソッ……なんで僕が……」
彼はそうつぶやき、立ち上がると、部屋の隅に行って壁を軽く殴り、そのまま座り込んでしまった。
そうだ、僕は強いストレスを受けたとき、よくそんな行動を取っていた。思い返してみれば、いつだってそうだ。それで何度も、ものにできるはずのチャンスを逃してきたんだ。
「おい、うずくまってないで、こっちに来いよ」
僕は彼に向かって、そう声をかけた。
けれど、彼はその声を無視するように、壁のほうを向いて、ブツブツと独り言をつぶやいている。その姿を見ていると、僕は僕に対する怒りが、ふつふつと沸き上がってくるのを感じる。いつからだったろう。嫌なことから目を背けるようになってしまったのは。あの時も、あの時も……
その時、僕の記憶の底から、思い出されるはずのなかった記憶が、鎌首をもたげるようにして掘り起こされてきた。それは、僕が二度と思い出したくない、脳みその奥の奥に押し込めてきた最悪の思い出だった。
僕は、恐怖におののきながら、それを押し隠して言った。
「おい、そろそろどっちが人間か決めよう」
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