A-2 メッサージュたちの音

 ミツカは不良少女と呼ばれていた。

「不良」という言葉は、私にとってどきりとする言葉だったが、私からすればミツカは不良なんかじゃなかった。突然動かなくなることも、「ぴぃーごぉー」と奇天烈な音を立てることもなかったから。

「ほれ、見ろ」

 ミツカは、廃線の瓦礫の奥に、彼女専用の秘密基地を作っていた。

 石灰と埃で化粧された、かつて機械だった塊たちを積み上げた秘密基地に、廃線のどこかからケーブルを引き込んで、簡易的な箱型のコンピュータを接続していた。電気泥棒というやつじゃないの? と尋ねたことがあったが、「どちらかというと墓荒らしかな」とミツカは得意げに笑ったのを覚えている。

 そこで日がな一日なにかを作っていたらしく、その完成式に私が呼ばれたというわけだった。ミツカも籍を置いているはずの学校だが、彼女はこそこそと忍び込むように私の教室に入り、たまにメモを置いては消えるのだ。

「ラムネ瓶? それも、こんなに……」

「そ。中に、ビミョーに違う量の、水が入ってる」

 案内された先には、数十のラムネの瓶が等間隔に置かれていた。

 秘密基地にかすかに差し込む太陽の光がそれらをキラキラと照らしている。よく見ると、瓶ごとに何やら記号が書かれており、瓶には小さな導線がつながれていた。

「これは、何?」

 ミツカは、ふふん、と鼻を鳴らした。

「これはなぁ、『受信器』だ」

「受信器?」

 そのとき、ガラス瓶の一つがティン、と高い音で鳴った。

「お、きたきた。ちょっと静かにしてな」

 最初の音をきっかけにして、ガラス瓶たちが一斉に鳴り出した。音の高さが一つ一つ違うのは辛うじて聴き取れた。ミツカは指を口に当てたまま、目を閉じてその音たちを聴いては手元の紙にメモしていった。

「て・す・と・つ・う・し・ん・て・す・と・つ・う……なるほどね」

「え、なになに?」

「テスト通信だな。たぶん、廃線からそう遠くはない上空の衛星か、飛行物体から発せられてる。今の人間がやってるわけじゃなくて、ずっと前に試験用に打ち上げられた衛星が、ほったらかしにされたままテスト信号を送り続けてるんだと思う」

 埃が目に入ったのか、ミツカが目をゴシゴシと擦った。

「いま生きている人間じゃないな」

 その後、ミツカは小さな冷蔵庫からラムネ瓶を取り出すと、この受信器の仕組みを教えてくれた。このコロッセオ、もとい廃線はすり鉢状の構造になっていて、パラボラアンテナの要領で信号を秘密基地で受信することができるのだという。過去に私たちを遺して宇宙へ旅立った鉄道の発着駅だったこの場所は、一本目が出発したあと、ミツカが基地を構えるここを中心にして完全に崩れてしまった。

「なーんつうか、最初から壊れるのが分かってましたって感じだよな」

「え?」

「最初から私たちをここに取り残して、自分たちだけ新しい場所で生きようとしたんじゃねえかってこと。一台限りの、一方通行の鉄道だったんじゃないかって」

 私は、何も答えられないまま瓶たちを見た。

 すると、ひとつ、足元の瓶が鳴った。

 低い低い、出来損ないの鉄琴みたいな音だった。

「お、ちょっと静かにしてろ」


――そら は くらい です

――あなた は だれ ですか

――のあ は


「ミツカ、なんて?」

 ミツカは首を傾げて片方のまゆげを器用に動かした。

「『空は暗いです。あなたは誰ですか』ってよ。あとは、途中で途切れてる」

「私にも音の法則、教えてよ」

「あいよ、まずはこれが……」

 そのメッセージがいつ送られてきたものか、誰から送られてきたものをかを知るすべは今のところないのだとミツカは嘆いていたが、大きく伸びをすると、ボトルに手紙を入れたり、風船に手紙を結んだりするようなものだな、と続けた。

「いつか、こっちから、あっちに信号を送ってやりたいな」

「なにを送るの?」

「ざまあみろ、って」

 私は『ざまあみろ』がどんな意味か知らなかった。

 ミツカがへへ、と笑ったから、私も笑った。

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