廃線にて

@katasumi

A-1 午後4時、廃線で待つ。

 書き殴る、という表現が好きだ。

 私には、殴るように書く機能が備わっていないから。

「午後4時、廃線で待つ。」

 机のうえに置かれたメモを二つ折りにし、ポケットにしまった。

 すでに3時を回っていた。風でたわむカーテン、ぐだぐだと延び始めた影、ぬるくなったサイダー、外で騒ぐ子供たちの声。煮込みすぎたスープに、街ごと溶けていくようだった。


 私は、街の中心部の「廃線」と呼ばれる巨大な円筒に向かっていた。

 前にミツカは「コロッセオみたい」と言っていたけれど、私には「コロッセオ」がどんな食べ物なのか分からなかった。響きだけで言えば、揚げ物のようだった。

「鯖缶」とも、ミツカは言っていたと思う。

 ともかく、そのずんぐりむっくりした円筒は、真っ白な石でできていた。

 待ち合わせ場所に向かいながら、ミツカとのやりとりを反芻した。

――ここはね、『駅』だったのさ。

――駅? どこへの?

 ミツカは「ん」とぶっきらぼうに空を指した。

――違う星。

――それって、どのへん?

 彼女は「はは」と呆れたような声を漏らして、私を馬鹿にした。

――おまえ、『ろぼ』のくせに、ホントになんにも知らないのな。

 ミツカの「ろぼ」はなんだか舌足らずで、可愛かった。

 私が、ミツカの言葉にどう言い返したか、覚えてない。

 たぶん、「その代わり、覚えたことは忘れないから!」とか?

 そんな機能、ついてないのに。


 数百年前、私たちは選ばなければならなかった。

「ここに残るのか、それとも宇宙鉄道に乗って、宇宙へ旅立つのか」を。

 駅からぐるっと螺旋状に、大きな蛇が巻き付くように線路は伸びている。

 今でこそ何かに引きちぎられたように断線したそれは、希望への、あるいは未知への一本道だったに違いない。誰かの喧伝か、はたまたコンピュータがはじき出した正確な結論か分からないけれど、地球は数百年後に「終わってしまう」らしかった。


――そんなこと、今言うなっての。


 初めて会ったとき、14歳のミツカはそう言った。

 それから、「あたしらが割を食う」とぼやいた。

 割を食う。数年前の私は、好きな言葉だ、と思った。

「お待たせ、ミツカ」

 廃線の入り口にもたれかかったミツカは、小さく手を振って答えた。

「来い。ようやく、あれができたんだ」

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