第5話 疑念

「──私を、助けて」


懇願するように、まっすぐな瞳を向けて彼女は言った。

意味が分からない。

彼女が何かに追われているようにも、何かから誰かを守らなくてはいけないようにも思えない。

圧倒的な優位な立場にいる彼女は、何から助けてと言っているのか。


「助けてって……学園の生徒を洗脳して自分の都合のいい舞台を作っておいて何から助けてほしいって言うんだ」


少なくとも俺が憧れていた生徒会長は全てにおいて完璧で、順風満帆な学園生活を過ごしていたはずだ。


「確かに、貴方からしたらそう思うかもしれない。でも私も囚われの身。好きで貴方達を洗脳しているわけじゃないの……。

 それに洗脳といっても私に対して好意的になるようにはしているけど、滅茶苦茶な命令を何でも聞くようにはしていない」


冷静に頭の中を整理する。

彼女のいう事はとりあえず本当だと仮定しておこう。


一つ、彼女は何故助けを求めているのか。

一つ、彼女は何故俺を選んだのか。

一つ、俺は彼女の為に何ができるというのか。


「……」


彼女は俺の解がでるのを待っている様子だ。

そして、一つの答えにたどり着く。


「……アンタのバック──アンタを操っているのは革命党かくめいとうか?」

「──っ」


息をのむ声が聞こえる。

どうやらビンゴだったらしい。


「……やはり貴方は開けてしまったようね。開けてはいけないパンドラの箱を」


パンドラの箱。

曰く、全ての災いが封じられた箱。

きっかけは間違いなくWEBページのショートカット。

そして、うっかり入力してしまったパスワードがヒットしてしまったこと。

そして、政治組織が集団催眠術について何かをしていることを知ってしまったこと。


「……なんで、俺がパンドラの箱を開けてしまったことを知っている?」


そう問うたものの、俺の中で答えは解っていた。

この学園の女王的存在の星影雫がネットワーク回線の監視をするぐらいは朝飯前だろう。


「ご推察のとおり。生徒会長ですから、生徒の悪事を監視することは当然のことでしょう?」


悪戯な笑みを浮かべる星影雫。

少し、空気が和らいだ気がする。


──が。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バックに例の政治組織がいる星影雫にネットワークを監視されていた?


額から冷や汗が流れ落ちる。

つまり俺は、星影雫を利用し、何かをしようとしている組織に目をつけられた──


「安心してください。貴方が彼らの秘密のページにログインしたことはバレていません。むしろ貴方が回線のケーブルを全切断なんていう目立つことをするから私に悟られたんですよ?」


確かに。

まさか学園の中に関係者がいるとは夢にも思わなかった俺は組織からの追跡を遮るためケーブルを物理切断した。

そしてそれはネットワークを管理するこの学園の上層部に気づかれても当然だったのかもしれない。


……ん?熊田君は秘匿回線だって言ってなかったっけ?


「……なるほど、協力しないとバラすぞってことか。なかなかのドSだな……」


俺がそう言うと星影雫は一瞬きょとんとした後、ゲラゲラと笑い始めた。


「あははははっは、面白い、面白いわ貴方!あはははは、その、ははは、発想は、なかったもの」


何なんだこの状況は。

とてもさっきまで銃を突き付けて殺されかけた相手とするやり取りとは思えない。

……まあ、結果的には殺傷能力のないエアガンだったわけだけども。


「それで、助けるっていってもごく普通の一般生徒に何ができると思ってるんだ?」

「ごく普通の一般生徒は短時間であれだけのデータを受信しないと思うのだけれど?」


HaltSystemによるWEBデータの収集はバレている。

隠し通せることが不可能だと悟った俺は重い口を開くことにした。


「俺ができることは情報をただ収集することだけだ。革命党の秘密に近づいたのは本当にたまたまだ」


ダメ元で入力したパスワードでログイン成功してしまっただけ。

あのログインが成功してなければ革命党の秘密に触れることもなかっただろう。


「戦いの大前提は相手を知ること。貴方の情報収集力に期待してコンタクトをとったのだけど、もう一つ面白いものを持っているようね?」


“おまじない”の事だろう。

咄嗟のことで使用してしまった事を後悔した。


「……その事には触れないという条件でなら協力してやるよ」


どの道逃げることはできない。

ならば、ここら辺が落としどころだろう。


「そう。なら交渉成立ね。よろしく、春都くん」


星影雫はそう言って手を差し出す。

俺はその手を強く握りしめ、精いっぱい冷静を装ってこう答えた。


「よろしくな。雫」


そういうと彼女の顔がゆでだこのように真っ赤になった。

案外、初心なのかもしれない。


こうして俺の日常は崩れ、新たな非日常が始まったのであった。


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