第3話 闇への階段

 「……では、早速ですが私の為に死んで頂けますか?」


殺気のない天使から俺という個体を消滅させる為の凶器が放たれる。

 その異様な光景に一瞬意識を奪われるも、咄嗟に“おまじない”を口にする。


──選択セレクト


 頭が焼ける様に痛む。

 得物はワルサーP38。有効射程50m。弾薬は9x19mmパラベラム弾。銃口初速は350m/s。対象との距離3m。発射後に回避する事はほぼ不可能。銃口の向きは俺の心臓。風なし。対象との間に障害物なし。対象がトリガーに指を添える。添えた指がゆっくりと動く。


 頭の中で冷静な計算を行っている最中もあまりの非日常感に膝の笑いが止まらない。


 計算結果──回避は不可能。

 案1:回避行動をとり急所を外し存命する(ただし、2発目の発射前に次の回避行動もしくは撃墜行動を即座に行う必要有)


 案2:案1による行動の結果の即時行動不能状態のリスクから成功率は極めて低いが弾丸を受け止める。

 受け止め先は口。上の歯と下の歯でタイミングよく弾丸を抑える。


 案3:相手が素人の場合、実弾が3m距離で命中する確率は極めて低いと予想される。特に何もしない。


 冷静に対応策を検討する中、もう1つの思考回路を使って前提条件を整理する。

 前提条件すら間違っているという可能性を、前提条件を正として考える思考回路とは別に常に考える。


 「……その銃が発射される事はない。アンタ、セーフティーの解除操作を行っていない」


 “おまじない”の代償で少しキザったらしい口調でそう答えると彼女は構えていた銃を床へ投げ捨てる。

 

 「……私、こういう一方的な暴力道具って好きじゃないんです」


 そう言ってニッコリと微笑みを向ける生徒会長。

 先ほどまでのシリアスな空気が少し和らいだ気がする。


 「ああ、アンタにはそういう物騒な物より美しい花こそ相応しい」


 中二病全開かよっ──!!

心の中で全力で突っ込む俺だが、おまじない中の俺の行動はもう1つの思考回路の俺だけではどうにも止められない。


 「……中二病というやつですか?」

 

完全に殺気は0になったようだが、“気でも触れたのかこいつは”とでも言いたげな表情を浮かべる生徒会長。


「セレクト……選択。貴方がそう呟いた瞬間から貴方は貴方でなくなった。

 一体どういうカラクリなのですか?」


“おまじない”を聞かれてしまったらしい。

生徒会長が言うように今の俺は俺ではなくなっている。

非日常に対応する異常な順応力・判断力が俺を俺たらしめる構成要素に含まれていない。


「……中二病のスイッチを入れる僕なりのスイッチですよ。

 それと、僕も1点お伺いしたいことがあります。

 確かに殺気を感じたのに貴方の笑顔の中には殺気が含まれていなかった。

 この矛盾は中々に気持ちが悪く、無視できないと感じています。」


殺気を感じて生徒会長を見た。

しかし、その笑顔には全く殺気を感じなかった。

“おまじない”を発動する前だったので“おまじない”による弊害ではない。

つまり生徒会長──彼女はただの美しい花ではなく、棘をもった薔薇なのかもしれない。


「“集団的催眠術”。この言葉に聞き覚えはありませんか?」


ゾクッとするとはこのことだろう。

背中を唐突な寒気が襲う。

“おまじない”の効果が切れかかっている頭がパニックを更に加速する。

効果が切れかかっている頭で必死に情報を整理し、一つの結論に至る。


──ああ、俺も集団催眠術にかかっていた一人なんだ。と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る