第2話 HaltSystem

 世間は大型連休で賑わう5月初旬。

プログラム研究部の部室ではエアコンが効いているにも関わらず額に汗が流れる。

 それは突発的に思いつき、色々な偶然が重なって出来てしまった物だった。


「これは、ヤバいな……」


 最初のきっかけは世界中の情報を永久的に保存してしまいたいという何とも中学校2年生ぐらいが陥りそうな病に罹った時に思い浮かびそうな理由からだった。

炎上すればすぐに消えてしまうブログ記事、ツイート、コメント。

 そんな賞味期限のある情報を即座に瞬時に収集するシステムを開発した。

 地域を日本のみに限定してはいるものの、システムで消費するリソースはテキストデータのみで1日500GBギガバイト

 3TBテラバイトの外付けHDDハードディスクが約6日で容量オーバーになってしまうという非常にコストパフォーマンスの悪い状態であった。

 世界で1番圧縮率の高い圧縮手法でも元ファイルの3割が限界で、それでも20日で容量がいっぱいになってしまうという計算だった。

 

 せめて画像ファイルだけでも圧縮してしまおうと利用したのが『スーパー画像変換君βベータ』という中学生の頃に開発したオリジナル圧縮プログラムだった。

 何がβなのかというと、BMPファイル以外の画像に対応していないからだった。

 その事をすっかり失念しており、誤って380KBキロバイトのJPG形式の画像データを変換すると不思議な事が起きた。


 ──画像が、0KBのファイルになったのだ。


 衝撃的だったのは更にそのファイルを再変換すると元のサイズ(380KB)に戻っていた事だった。

 そして、この衝撃のバグを内蔵した画像変換君は更に恐ろしい事をやってくれた。


 ──約3TBのファイルも、0KBのファイルにしてしまった。


 流れる汗が止まらない。

 バクバクする鼓動を抑えきれない。

 3TBを0KBにまで圧縮する超超高圧縮な圧縮ツールを生み出してしまったのだ。

 この超圧縮技術を応用すれば現代の保存システムの大革命となる事は間違いない。

 やり方によっては巨万の富を築けるかもしれない。

 独自に開発していた情報収集システムと組み合わせれば本当の意味での情報の永久保存が可能となる。

 この圧縮技術を利用すれば例えば今まで1時間に1回の情報収集のペースだったものが極論1秒に1回でも容量的には全く問題なくなるのだ。


 「本当に世界を制する事が出来るかもしれない……」


 サンタクロースが実在しない事もしっている俺だったが、そんな夢見がちな台詞がつい漏れてしまうほどの高揚感に包まれていた。

 優れた経営者、成功者、富を築いた者。

 そのいずれの者にも共通するのがアイディア、コネクション、市場サーチである。

 つまり、その全てをこのシステムが完成すれば取得できるのだ。


 その日から俺は、超圧縮・情報収集それらを複合したシステム──HaltSystemの開発に勤しんだ。


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 それから暫くしたある日。

 普段誰も寄り付かない我が部室に来客を告げるノック音が響き渡った。


 「はい、今開けます」


 そう言ってドアを開けると、熊のように大きく、汗を床下まで垂れ流し、興奮しているのかハアハアと息を切らせている様子の“いかにも”という容姿の学生が立っていた。


 「……っはぁ、はぁ。君でしょ!!ここ数日帯域占有してるの!!まじオコなんだが!!」


 息を切らせながら怒声を浴びせてくるこの男は確か、現代視聴覚研究部の部長『熊田くまだ 和男かずお』だった。


 「えっと、すいません。ちょっと仰っている意味が分からないのですが……」

 「インターネットで大きいサイズのファイルのやり取りをしてるって事だろJK。君が回線を占有しちゃって僕たちの活動に支障がでてる…っだが!!」


 噛んだ。

 そうか、HaltSystemの情報収集ペースを上げたからこの男が言うように俺が回線に負荷を掛けすぎているのだろう。


 「あ~……大変申し訳ないです。今開発しているシステムがネットワークを多用するシステムで……」

 「僕たちの聖なる活動──湯気なしバージョンのきららちゃんを最高画質で見守る会が開催できなくて困ってるんだが!何とかしてほしいだろJK」


 今時こんな人間が居るのだろうかという位のネットスラングを交えた大男。

 聖なる活動とやらはどうでもいいが、あまりここで目立つのは得策ではないだろう。


 「すいません。すぐに止めます。ご迷惑をおかけしました」


 そういって俺は頭を下げた。

 学生同士のコミュニティとして考えれば大げさな位かもしれないが、そんな俺の姿を見て彼は動揺していた。

 もっと俺が食い下がるかと思っていたのだろうか?


 「ま、まぁ。君があの有名な神代君だっていう事は僕もしっているわけですしおすし。すっ、すこっ……少しぐらいは協力してあげてもいいだろJK常識的に考えて

 「──協力、ですか?」

 「そそ。ぼっ、ぼきゅ……僕が特別に引っ張ってきた秘匿回線を使わせてあげるお。僕たちの普段の活動にはどうしても日本の回線を使う必要があるんだろJK」


 この男は常に常識的に物事を考えないと気が済まないのだろうか。

 しかし、今の俺にとって『秘匿回線』という言葉は非情に魅力的な単語だった。

 今の活動内容的に今回のように関わってくる者を増やすのが得策ではない以上、どの程度の匿名性があるのかは分からないが、学園が用意した既存ネットワークを利用するよりはいいだろう。


 「えっと、その秘匿回線というのは……?」

 「言葉通りの意味だっ……ぽよ。誰にも干渉されず、一切の制限のない。ぶっちゃけこの回線を使ってどこかに攻撃をしかけたとしても絶対バレないぐらいの神がかってる秘匿回線なんだお。今ここで君に恩を売っておくこちょで将来の利益につながる気がするから無償提供するだろJK」


 滑舌の悪さが目立つものの、言っている事はかなりの好条件だった。

 完全的な秘匿性と、制限がないというぐらいだから巨大なバックホーンを備えた回線。

 正直いうと断る理由はなかった。


 「──その申し出、有り難く受け入れさせていただいてよろしいでしょうか?」


 何という僥倖。

 帯域占有の事を考えていなかったのは迂闊だったが、思わぬ牡丹餅が落ちてきた。


 「りゅっ、了解。あ、僕の名前は熊田 和男だお。熊男じゃないから間違えないでほしいだろJK」

 「神代 春都です。よろしくお願いします」


 こうして、俺は当面の間問題なく開発が行える環境を手に入れたのだった。



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 現代視聴覚研究部の熊田部長から秘匿回線を間借りした俺は、特に問題なくスムーズに開発に専念する事が出来た。

 一体どうやって用意したのか、間借りしている回線は速度的にも申し分なく情報の収集感覚を狭めてもなお満足の行くデータ量を収集してくれた。

 実は収集・保存としてのシステムは既に完成しており、収集した情報ファイルはHLT形式という独自の形式に圧縮され、ハードディスクに保存する仕組みとなっている。

 現在はこの収集した情報をどう活用するかという所の開発というか、アイディアを出そうとしている所だった。

 そんな中、ある気になるテキストファイルを発見した。


ファイル名:■あ¥s@命:.url


  WEBページへのショートカットファイルのようだが、酷く文字化けしており何のページへのリンクなのかが全く分からなかった。

 もちろん、このように文字化けしているファイルは珍しくはないのだが、何となく「命」という文字に興味を惹かれてアクセスしてみる事にした。


──今思えば、この時このファイルに気づかなければ。

──このファイルを見ることが無ければ。変わっていたのかもしれない。


 ページを開くと『革命党』という政治団体のようなホームページのログインページだった。

 URLが「http://www.kakumeitou.or.jp/login?useid=serori」となっている事からも間違いないだろう。

 政治に疎い俺はこの『革命党』というのがどのような組織であるかは分からないが、国を動かす一団体が公式のページにログインページを設けるというのは不思議な感じがした。

 熊田から間借りしている『秘匿回線』というキーワードと『政治団体の不思議なログインページ』という2つのキーワードを原動力に自然と指先が動く。

 ほんの出来心だった。

 まさかこんな安直なパスワードを設定しているわけがない。

 絶対にログインできない。

 そんな事を言い訳に俺は──


 ──パスワード入力欄に『nagano』と入力しEnterキーを押した。


 まさかと思う気持ちと、成功したという達成感。


 「成功してしまったぞ・・・おい」


 表示されたページには渡利わたり 恭平きょうへいという名前が表示されており、その下にスケジュールや会議資料の一覧が表示されていた。

 いけないこととは分かっていながらスケジュールを眺めていると度々でてくるキーワードがあった。


 『集団的催眠術』


 「……っ」


 咄嗟に背後を確認する。

 見てはいけない物を見てしまった恐怖に膝が震える。

 心臓は五月蠅く鼓動を続け、額からは冷や汗がだらだらと流れる。

 国を動かす政治組織が集団的催眠術……?

何かの冗談ではないかとホームページアドレスを再度確認するが間違いなく存在する政治組織のホームページだった。

 これ以上踏み込んではいけない。

 今ならまだ日常に戻れる。

 何も知らない学生のままで居たいのなら──


 「……見なかった事に出来るかよ……!」


 俺はログイン情報が万が一バレて特定される事を恐れ、HaltSystemを起動しこのログインユーザーで取得できる全ての情報を保存した。

 そして、熊田から借りている秘匿回線へ繋がるケーブルを全て切断した。


 ──そして次の日、俺は衝撃の事実を知る事となった。




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