2-4 Warning!

 「はぁ。何で俺がこんな目に。」

 

 ジンたちは、ドルグから課せられた訓練という名の地獄を抜け出した後、久しぶりに出会ったドルグから放たれた言葉でゆっくり休む間もなく城の訓練場に来ていた。

 

 「ジンがドルグさんに力を見せるから僕たちまで勇者には向かわなきゃならないんだ。あぁ、考えただけで恐ろしい。」

 

 ジンが憂鬱になりかけていると、生還組の中でジン並に線が細く、唯一の弓使いであるエミールがボヤく。

 それに釣られてアルベルト、ベンダー、クラリスと、生還組の視線がジンに集まる。

 エミールは数百メートル離れた的に矢を当てることができたり、呼吸をするように曲射を決めるのだが自己の過小評価が過ぎ、上司にジンの地獄に放り込まれたかわいそうな奴だ。

 まぁ最後まで残ったメンバーの一人なのでかなり所じゃないレベルで優秀なんだが、もったいないな。と毎回ながらジンは思い、勇者とも戦闘矢面に立たせようと考えていたりもする。


 「あぁん?何か文句あんのか?元々俺は勇者召喚に巻き込まれた一般人だぞコラ。何でそんな俺が矢面に立たにゃならんのだ。」

 

 「天狗な勇者でも同郷の言葉は聞くかもしれないでしょ?自称一般人さん?」

 

 「誰が自称一般人だ。お前こそ趣味と称して刃物に名前を付けるの止めろ。」

 

 「まぁ。私にエリザベスを諦めろというのですか!?いくらジンの言葉でもそれは聞けません!ほら、エリザベス。だいじょうぶだよー。あなたを見捨てたりしないからね。」

 

 クラリスはそういうと腰に提げた愛剣に頬ずりする。

 彼女の腕前は確かだが、如何せんこの性格が災いし、装備を指定される近衛騎士から追い出された経験がある。

 加えて、頻繁に剣に頬ずりするため、その顔には無数の切り傷が刻まれている。

 善意で治療しようとした 治癒士も、エリザベスの愛情表現なんです!邪魔しないでください。斬りますよ?と脅す始末。

 いろいろ災いし、彼女がジンの地獄について行ったのもある種の厄介払いであった。

 ジンとしては有能な仲間なので重用しているのだが。

 

 「あー、ありゃクラリスの奴、数十分は戻って来ませんぜ?」

 

 クラリスにいらないことを言ってしまったと天を仰ぐジンの隣にヌッと、熊と見紛うほどのガタイを持つベンダーがよってくる。

 

 「あぁ。ついうっかりしちゃってたよ。残念ながら勇者の説得にクラリス話で望むことになるな。」

 

 「勇者30人相手に俺たち4人で立ち向かうのか。たぎるねぇ。騎士団がおいそれと手を出せないレベルの勇者相手に孤軍奮闘。まさに勇者様様だ。はっはっは。」

 

 勇者との接触を前にテンションをあげるベンダーにブルータス、お前もか。とジンは心の中ごちる。BGMはエミールのひぇぇーという悲鳴だ。

 ベンダーもその生まれ持った巨躯を武器に白兵戦では騎士団副団長レベルの実力はあるのだが、残念なことに脳みそまで筋肉が詰まっており、如何に己の肉体のみで多数を圧倒するかということしか考えていない。

 騎士団指定の武器や鎧は一切身につけず、常に上半身タンクトップのような蜘蛛型魔物の糸で作った服に、長ズボンという質素な服装であり、無理に着用させようにも、目に見えてテンションが下がるので面倒だと好き勝手させてもらっていたどちらかというと今の勇者状態に近かった厄介者だ。

 

 「仲間にまともな奴がいないってどうなんだ、これ。」

 

 「まぁまぁ、こういう奴らじゃなきゃあの地獄は抜けられねぇよ。寧ろ何の個性も持たずにジンがあれを乗りきったことが驚愕だわ。」

 

 「やかましい。何の個性も無いとか言うなし。地球にいた頃から薄々気にしてんだから。」

 

 「これはすまないな。ジンでも気にすることがあったんだな。」

 

 唯一会話からは変人さ加減が伝わらない斥候のアルベルト。

 だがジン的にはこいつが一番厄介だと思っている。

 理由は単純でアルベルトはそこそこイケメンの癖してその卓越した隠密の威力を発揮し、気になる女性を陰から見守るのだ。

 そう、アルベルトは重度のストーカーであり、それでも騎士団長が目をつぶらざるを得ない程優秀な騎士だった。

 だった。というのも、彼らはドルグに盗人を引き渡したと同時にジンについて行くことを告げ、ついでとばかりに騎士団を辞任した。

 彼ら曰く、騎士団は居心地が悪く自分の能力をフル活用できない。だがジンの元で冒険者にでもなればその能力を余すことなく発揮でき、めぐりめぐって国のためになる。

 と、ドルグを粘り強く説得し、ジンの「こんな変態を受け入れられるのは多分俺だけですよ?」という鶴の一声?でドルグを渋々納得させ代わりに勇者を頼むと言われた次第だ。

 

 「まぁぐだぐだ言うなって。なんだかんだ言って俺たちゃみんなジンが気に入ったんだ。ほら、さっさと勇者を捩じ伏せて酒場で今後の方針でも決めようや。」

 

 バンバンと、ベンダーがその剛腕で会話しているジンとアルベルトの背を叩く。

 アルベルトはその威力にぐふっと肺から空気を吐き出し、ジンは地獄で培った能力を余すことなく発揮し、すべての衝撃を地面に流す。まさに能力の無駄使いである。

 いや、アルベルトの歪んだ表情を見るに無駄ではないのかもしれないが。

 ベンダーはビシビシと地面に自分の力を受け流されること慣れているので気にしたようすもなく、訓練場へ一足先に向かう。

 

 「はぁ、仕方ない。ベン、戦闘は最終手段だからなっ。」

 

 ジンは一つため息を吐き、恨めしそうな視線を送るアルベルトを無視してベンダーを追う。

 

 

 

 

 

 「うわぁ。」

 

 訓練場についたジン達(未だに愛剣に頬ずりしている変態クラリスを除く。)は訓練場の惨状を見て、ジンは説得は無理そうだと天を仰ぎ、アルベルトは地面に一人残ることなく臥せる騎士達に情けないと侮蔑の目を向け、ベンダーは肉体言語の時間だと目を輝かせ、エミールはこれから自分たちがこの光景を生み出した現況と対峙する恐怖に涙目になる。


 「たったこれだけかよ。他はどこだ?」

 

 ジンは訓練場で倒れる多数の騎士とその光景を生み出したと思われる5人の勇者を見て、訓練場を見渡した結果他の勇者がこの場にいないことを確認する。

 

 「あん?また追加のサンドバックさん?ん、違うか。よく見たら俺たちに巻き込まれた一般人さんじゃないですか。」

 

 偉人の声に反応したのは倒れている兵士と勇者達を後の方で見ていた男子生徒だ。

 その男子生徒の声に反応して、兵士を足蹴にしていた男子生徒達もこちらを見る。

 

 「どうしたんですか?ついにこの国の兵士がいなくなっちゃったから貴方が?」

 

 「いや、メイドさんが俺たちにビビって兵士を連れて来ることを拒否したんじゃね?で、変わりにあの人が連れて来たんじゃ?」

 

 「なんだよぉー、またあの美人さんの巨乳に触りたかったのにー。」

 

 「お前がすぐするからコロコロメイドが変わるんだよ。」

 

 「でも色んなのを見れて良いだろ?」

 

 「まぁ否定はしない。」

 

 男子生徒A~Eはドルグさんの言う通りだいぶ好き勝手しているようだ。

 

 「はぁ、こんなしょうもないガキに良いようにやられてお前達は騎士として恥ずかしくないのかよ。」

 

 ベンダーさんは勇者の前に力無く倒れる元同僚達にため息を吐く。

 

 「いやいや、それは違うよオジサン。彼らは彼らなりによくやってくれてるよ。まぁ俺たち勇者の訓練にはちょっといや、かなり力が足りないけどね。オジサンも訓練手伝ってくれる?それとも、その筋肉はハリボテ?」

 

 プチッと何かが切れる音がジン達には聞こえた気がした。

 

 「おう、ジンよぉ。こいつら、もう会話は通じねぇよな?やっていいんだよな?」

 

 ベンダーはもう噴火寸前といった風に筋肉に血管が浮き出るほど力を込めている。

 それを見てこの場の勇者達の行く末を予見したジンはせめて勇者に最後の警告をしてやろうと息を吸う。

 

 「あー、お前ら。優しい一般人からの警告だ。好き勝手やるのはもうやめて打ちのめすのは魔物か魔族だけにしとけ。な?」

 

 「はぁー?何言ってるかわかんないっすよー。俺たちはこの国から勇者がいなくなった後のことも考えて彼らを鍛えてあげてるんですよぉー?メイドの件はほら、俺たち勇者と関係を持つ切っ掛けですよ。」

 

 ぎゃははと、勇者達は典型的な雑魚的笑いをしているのを見て、ジンはダメだと悟る。

 

「はぁ、捻る程度でやりすぎんなよ?」

 

 ベンダーはジンの回答に満足なのか「わかってるさ。」と言いながら勇者に向かって歩いていく。

 

 「さて、ここでこいつらがやられるとこを見ててもいいが、時間の無駄だな。他の勇者を探すか。」

 

 「ひぇぇ、ベンダーさんを待ちましょうよー。彼がいれば全部任せられるのに。」

 

 「ダメに決まってんだろ?次はエミールの番な。」

 

 「ひぇぇー!!」

 

 「でも他の勇者達はどこにいるんですかね?」

 

 「こいつらのことだ。どうせ食堂でだべってると思うぞ?それか待ちに繰り出してナンパか。」

 

 「ふむ、なら私が待ちを見てきましょう。ジンとエミールは城内の勇者をお願いします。あと、クラリスも借りますね。彼女、見目だけ・・はいいですから。」

 

 アルベルトはそう言い残して訓練場を去っていく。

 

 「このぉ!離しやがれっ!!」

 

 カッ

 

 ジンたちの作戦会議中もベンダーは勇者達を着々と沈めており、槍使いはベンダーに捕まれた槍から炎を放ちベンダーを燃やそうと企むも、

 

 「なっ!?俺の劫火槍フレイムランスを受けて無傷だとっ!?」

 

 「こんな生半可な火力じゃサウナにもならねぇぜ。俺を燃やしたきゃ火竜でも連れて来るんだな。」

 

 あー、あれは熱かったなぁ。とジンは地獄で出会った炎龍を思い浮かべる。

 

 「ここはもうじき終わりそうですから、もう少し待ちましょうよ!」

 

 「却下。ここは勇者捕縛場にするからベンはその見張りにしよう。ほら、行くぞ。」

 

 ジンはここぞとばかりにベンダーにすべてを任せようとするエミール首根っこを掴んで城内へ歩いていく。

 

 「ひぇぇー許してぇぇぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジン達がいなくなった訓練場、改め勇者捕縛場に勇者の8割が集まった頃、ついにここから脱出しようと企む勇者はいなくなった。

 というのも、着々と運ばれて来る勇者は20名を超えているにもかかわらず、彼らはここの看守、ベンダーを突破出来ないでいた。

 これまで勇敢にベンダーに立ち向かっていた最後の勇者もついに体力切れで膝をつく。

 

 「はぁ、はぁ、くそっ、この化け物め!」

 

 体力の尽きた勇者はベンダーを恨みがましく睨む。

 だが、ベンダーは全く気にしておらず聞き流していた。

 

 「俺が化け物ならジンの力を見たら何て言われるんだろうな?悪魔?」

 

 と、ベンダーが馬鹿なことを考えていると、街を見回っていたアルベルトとクラリスが1人の勇者を連れて帰ってくる。

 

 「遂に勇者も脱出をあきらめましたか。」

 

 アルベルトは連れてきた勇者を離すと、ベンダーの近くに陣取る。

 クラリスはすでに逆サイドで勇者を監視する体勢に入っている。

 

 「お?何だもう街に出た奴は全部捕まえて来たのか?」

 

 再度街に向かわないアルベルトたちにベンダーは尋ね、アルベルトは軽く頷く。

 

 「えぇ。今は・・・24人ですか。ドルグさんの話では傲慢でない6人はギルドの依頼を頼んでいるといっていましたからこれで全員揃いましたね。」

 

 「もうそんな集めたのか。」

 

 「楽しめました?」

 

 もう戦闘は終わりだと肩を落とすベンダーにアルベルトが聞くと、ベンダーは首を振る。

 

 「残念ながら・・・このレベルならエミール都遊んでる方がまだ楽しめるぜ。んじゃ、ジン達に戻るよう伝えるか。」

 

 そういってベンダーは息を吸い込む。

 

 「あ、待ちなさい!ここは街中・・・えぇい!耳を塞ぎなさいっ!!」

 

 アルベルトはベンダーの行動を止めようとするが、間に合わないと悟り、しっかりと耳を塞ぐ。

 突然のことに反応できたのは、似た経験を何度も地獄内で体験したクラリスだけであり、勇者達は行動する間もなく・・・

 

 「終わったぞぉぉぉぉ!!!」

 

 ベンダーはスピーカーでも使用しているのかという程の声量で叫ぶ。

 その余りの声量に、ベンダーの近くにいた勇者数人は意識を失い、訓練場内の勇者も数分耳が聞こえないという事態に陥った。

 後に国王や兵士達と共に城から飛び出してきたジンに叱られ、ドルグに叱られ、街では少なくない混乱が生じたが、ベンダーは気にした風もなく軟弱な奴らばかりだと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ、ベンダーの奇行は今に始まったことではないが、まさかこの短時間で勇者のすべてを集めて来るとは・・・」

 

 ドルグさんは訓練場で未だに呻く勇者達を見て、ジン達の成長に驚愕する。

 何せ騎士団長は干渉しなかったとはいえ、騎士団総出で翻弄されっぱなしであった勇者を彼らは相談を受けて1時間も経たないうちにこうして一カ所に抵抗の意思無く集めてしまった。

 

 「流石だな。たった数ヶ月で俺の“異界“から抜け出しただけはある。・・・で、俺は勇者を説得してくれ、といったんだが、この戦闘痕は?」

 

 ドルグは集められた勇者だけでなく、周りの光景もしっかりと視界に入れていた。

 その言葉でついて来ていた騎士達も改めて訓練場だった荒れ地を見渡す。

 

 日々の訓練でしっかりと踏み固められていた地面は亀裂や何かを引きずった跡などでボコボコになっており、訓練場を囲うように立つ壁際の植木などはプスプスと煙りをあげている。

 

 「いやぁ、勇者達が思いのほか強情で逃走を重ねやがりますからちぃーっと力の差を見せてやりましたら、こいつら自棄になってスキルを撃つわ撃つわ。一応俺も城に被害が出ないよう注意はしたんですが・・・」

 

 「はぁ、まぁいい。で、当の勇者は・・・」

 

 この光景を生み出したベンダーがドルグに何とか説明をしていると、訓練場に十数名の騎士と残りの勇者達が慌ただしく入ってくる。

 

 「やっと、国王様、報告いたします!我々が遠征中に多数の魔族がこの国へ向けて進行しているところに遭遇。斥候と思われる魔族と戦闘になりケンヤ殿が負傷致しました。魔族は尚もこの国へ向かっている模様。至急対策・・を・・・・・?」

 

 騎士は報告しながら訓練場の惨状に気づき、言葉が尻すぼみになっていく。

 

 「報告ご苦労!回復魔法を使用できる者は今すぐ勇者の手当を!騎士団と勇者は街の外で魔族を迎え撃つ。儂の護衛はルイスだけで良い。今すぐ全軍を以って魔族を迎撃せよ!!」

 

 

 

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