2-3 Eat in.

 ユウスケが鳥の胃壁に触手を突き刺して数日。遂に魚が落ちてこなくなった。

 魚が落ちてこなくなって数時間、ユウスケは胃酸で溶けて消化されることはなく、HPも称号のお陰で0になることはないが、命の危機にあった。


 すなわち飢餓の危機に。


「あーーーー、まずい。死ぬ。冗談抜きでまじで死ぬ。もう体感時間で一週間はこいつのHPとST以外口にしてないんだけど。こいつも結構限界なんじゃないのか?我慢比べ?って言うかなんで僕こんなところで死にかけてるの?あの女神のせい?・・・よし、会ったらシバこう。」


 ユウスケは滔々と愚痴を垂れながらチュウチュウと鳥のHPを吸い取る。

 この作業も始めてから既に100時間近く、手慣れたものだ。


「っていうかこの鳥中々にHP高いな。早くHP0になって僕のレベルの糧になってくれないかな。」


 そう言ってユウスケは吸血速度を上げた。




 一方、仲間の不調を感知して群れの長である魔鳥・ヘイズルーンの元へと向かった若鳥がようやく長の元へと辿り着く。




 *以下、鳥たちの会話を人間の言葉に翻訳しています。鳥の会話なので一部おかしなところもあります。



「長っ!大変・・だ!」


「ほぇー?どうしたえ?」


「トリーの様子が変なんだ!降ってきた貝を食べてから狂う一方で。」


「貝が降ってくる?そりゃあ大変・・じゃな。儂は貝より魚の方がいいんじゃが。」


「そろそろ脂が乗ってくる頃だしな!」


「・・・脂か。もうそんな時期か。」


「あぁ、最近の魚は脂が乗りまくって食事制限が大変・・だぜ!」


「そうじゃなー、儂はもう付く肉もないからそろそろ潮時かもしれんなー。」


「そんなっ!それこそ大変・・じゃないか!まだ長の代わりが出来る奴なんていないぞ。」


「んー、トリーなんてどうじゃろかな?」


「トリー?あぁ、あいつは漁の天才だから群れを飢えさせることはないな。よしっ、このことをトリーに伝えてくるぜ!長が大変・・だと!」


「まかせたえー。そんで何の用じゃ?」


「ん?最近の魚は脂が乗りまくって食事制限が大変・・って話だろ?」


「おぉ、そうじゃったな。儂はもう付く肉もないから・・・」

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

「じゃあちょっくらトリーの奴に会ってくるぜ!」


「きぃつけてなー。」


 若鳥はこうして何の解決策も得ず、今も苦しんでいるトリーの元へと戻っていった。




「ぐぇぇぇぇ!ぐぁぁぁぁ!」


 その頃、ユウスケを食べたトリーの苦しみの鳴き声は周りの生物にある印象を与える。

 こいつは弱っている!と。


 そこから始まるのは弱肉強食、熾烈な生物たちの牽制合戦。


 空を飛べない生物はいつ落ちてもおかしくないトリーの下を着いて行き、空を飛べるものは他の生物を牽制しつつ自分も機を狙う。


 だが、そんな牽制にもすぐに終わりが訪れる。


 変化は地上の生物から起こり始める。地上を追いかける生物が次々に足を止め、走ってきた方向に我先にと逃げかえる。トリーは、いや、トリーを追う空飛ぶ生物も含めてまだ地上の変化に気づかない。

 次に変化したのは空飛ぶ生物の中でも危機察知能力が高い生物。高いと言っても制空権を持つ驕りで随分と低下しているそれは、既に手遅れな事態に遭遇していることを気付かせるだけの死神の宣告だった。


「きゅぁぁぁぁ!」


 空飛ぶ生物すべての耳に届くある生物の鳴き声。

 その声を聞いたすべての生物が羽ばたくことを忘れる。


 ヒュパパパパッ


 その瞬間、誰の目にも止まらない何かが空の群れを縦横無尽に駆ける。


「きゅぁぁぁぁ!」


 トリーを追うのに夢中になった生物はある生物の縄張りに侵入してしまった。

 エメラルドグリーンの羽毛に所々に走る稲妻。雷速で空を飛ぶ世界最速の魔鳥・サンダーバードの縄張りへと。


 バサッ


 全ての生物・・・・・を腹に収めたサンダーバードは巣へと戻っていく。

 だが、サンダーバードは考えなかった。何故、何者も近づかない自分の縄張りに大量の餌が飛び込んできたのか。何故、先頭の鳥が衰弱していたのか。


 サンダーバードは自ら死神を招き入れてしまった。









 ユウスケがチュウチュウとトリーの命を吸い取っている頃、地獄から抜け出し、一時は二度と戻ることができないと覚悟したウェルブルク王国の城門を潜るジンと、興味本意でジンに付いて行き巻き込まれた兵士4人は久しぶりのウェルブルク王国の活気に生を実感する。


「あぁ、戻ってきたんだな。」


「そうですね。ようやく、ようやく嫁に会えます。」


「この活気、前までは気づかなかったですけど、ウェルブルク王国は素晴らしい国ですね。」


「そうですね。人々がこんなに笑顔だ。」


「「「「「何より命の危険がない!」」」」」


 5人は地獄から抜け出した安心感から久しく見せていなかった笑顔を浮かべ、ドルグの居るであろう城へと向かう。


「ん?」


 その途中、異変に一番に気がついたのは5人の中で唯一斥候経験の有る兵士だった。


「どうした、アルベルト。女でも、「誰かそいつを捕まえるんじゃぁ!」っ!」


 アルベルトの変化にジンが茶化そうとすると、何処からか年老いた男性の声が聞こえてくる。


 アルベルト以外の4人も声の方に目を向けると、そこには店の店主らしき老人と、その老人から逃げる大量の品物と剣を持った二人組がこちらへと走ってきていた。


「はぁ、戻ってきて早々トラブルとか。一体どこのアニメの主人公だよ。って話だよ。」


「ん?ジン、何か言ったか?」


「いや、何でも。さて、さくっと捕らえるか。」


「「「「任せた。」」」」


「って、おぉーい!」


 ジンの言葉に兵士は揃って道の左右へと離れていく。

 二人組が剣を持ち、振り回しているため大通りの中央にはモーゼの十戒の如く人混みの割れた道が出来ていた。


「おい、小僧!斬られたくなきゃ黙って道開けろぉ!」


 通りの中央に一人立ち尽くすジンに向けて、走ってくる二人組の一人が叫ぶ。


「いやいや、そう言うわけにはいかないでしょ。一応兵士だし。」


 ジンは届かないと知りながらも走ってくる男たちに返事をし、後半は完全に観戦モードになった仲間たちに向けて放ったのだが、無視されたので覚悟を決める。


「はぁ、俺が5人の中で一番特殊技能・・・・に恵まれなかったの知ってるのに丸投げとか。あれでも年上かよ。」


 ぶつくさ言いつつもジンは二人組から目を離さない。


「おい、あいつ退く気が無いようだぞ。」


「構うな、警告はしたんだ。斬れ。」


「ってことで、悪いな小僧。恨むなら行動を起こせなかった自分を恨め。あの世でな!」


 動かないジンに痺れを切らした二人組は斬り捨てることを選択し、先行した一人が剣を振りかぶる。


 ヒュッ


 男の剣筋は、走ってきた勢いも上手く乗せられ、素人目に見てもそこそこの実力者であることを伺わせる。


「はぁ、何でそんな腕がありながら盗人なんてするかなぁ。」


 ジンは剣筋を完全に見極めつつも動かない。

 その場の皆が二人組の予想外の腕前に動くことが出来ないのだと考え、目を逸らす。

 いや、正確にはこの場で7人・・は目を逸らすことはなかった。

 ジンと共にこの3ヶ月間過ごしてきた兵士の4人、盗人の2人、そしていち早く異変を察知し、この場に駆けつけた騎士団副団長・・・・・・


「とったぁ!」


 男の剣がジンに触れる瞬間、いや、正確には触れた瞬間・・・・・、剣はジンの体を透過する・・・・


 ギィン、ゴッ


 数秒の静寂。

 いきなり消えた喧騒に目を逸らしていた者たちが恐る恐るジンの方へ視線を戻す。

 そこには地面に刺さった剣に前に立つジンと、重なり合うように昏倒する盗人二人組がいた。


「えっ、何が起こったんだ?」


「何で二人が倒れて・・・」


 周囲の人々はジンが斬られる未来を、いや、体に剣が触れる瞬間を見ただけに、目の前の光景が信じられないといった風に目を見開く。


「さて、おいお前ら。縛るのは手伝えよ?」


 そんな周囲の困惑を知ってか知らずか、ジンは見ていた4人に呼び掛ける。


「はぁー、何時見てもジンのそれ・・は見事だな。」


「本当だよな。からくりを知っていてなお剣が体を透過したように見えたぞ。」


「俺たちの中で最強の癖して一番特殊技能に恵まれないとか言ってたけど、」


「俺らから言わせりゃ今のも十分特殊技能だよな。」


 そんなことを言いつつ4人は人混みからゾロゾロと出てくる。


「全く、待ちくたびれたぞ、お前ら。ちゃんと成長してきたようだな。」


 そこに聞こえる5人目の声。その声にジンを含めた5人は動きを停止する。


 ぎ、ぎぎぃ


 そして5人は壊れたブリキ人形のように、ゆっくりと、アホほどゆっくりと振り返る。


「ド、ドルグさん。」


「おぅ、久しぶりだな。それにしてもジン、見違えたな。今のなんだ?」


「なんだ?と言われても、剣を持った男から剣を奪って前蹴りをかまして後ろの男を巻き込んだ。としか。」


「へぇ、俺の目には男の剣が体を透過した・・・・・・ように見えたが?」


「まさか。目の錯覚なんじゃないですか?手品じゃあるまいし。」


 ジンはドルグの言葉にとぼけつつ、昏倒する男二人を縛りにかかる。


「ほぅ。」


 そんなジンの様子にドルグの目が怪しい光を帯びる。


「あ、あの、ドルグ副団長?」


 その変化にいち早く気づいたのは、やはり斥候経験のある騎士、アルベルトだった。


 だが、アルベルトが声を掛けると同時にドルグは抜刀する。


「ふっ!」


 ヒュッ


 そしてあろうことかドルグは刃引きもしていない真剣で後ろからジンに斬りかかる。

 喧騒を取り戻した周囲の人々もその光景に再び息を飲む。


(おかしい。捉えた?)


 ドルグは元よりジンを斬る気はなく、先程の技をもう一度見ようと斬りかかったのだが、ジンはその殺気にすら反応しない。


 そしてドルグが剣を止めようとした瞬間、ジンの輪郭に違和感が現れる。


 ガッ


 ドルグほどの達人をして僅かに感じる事が出来た違和感。

 ジンの体に刃が届く寸前にその体が陽炎のように歪み、剣はジンの体を透過し・・・、剣先が地面を抉る。


「・・・なるほどな。タネは足さばきか。」


 力一杯地面を叩き痺れる手を振りつつドルグはポツリと呟く。


「はぁ、正解です。っていうかドルグさん。いきなり斬りかかってくるとかどういう了見ですか?周りの人たちも驚いちゃってるじゃないですか。」


 ジンはトリックを一発で見抜かれたことと、そんなことを確認するために大衆の面前で勇者に真剣を振り下ろすドルグにため息を吐く。


「はっはっは。みんな、すまんな。今のちょっとしたショーだ!さぁ、解散してくれ!」


 そんなジンの態度に僅に周囲を見回したドルグはすぐに大声で嘯く。


「なぁに。ただの遊び心だ。許せ。さて、この様子だと他の面子もそこそこできるようになったんだろ?そいつら運ぶついでに一つ頼みがある。」


 ドルグの前置きに彼の性格をよく知る騎士4人が息をのみ、ジンは1人盗人を縛り上げる。


「なに、たいしたことじゃねぇ。一丁天狗になった若者勇者たちを揉んでやってくれや。」










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