1-7 唯野臣②

「はっ!ふっ!はぁっ!」


翌日、ジンの姿は訓練場を使用している第三騎士団の中にあった。


「基本の型やめっ!

ではこれより、打ち合いを始める。

各自実力の近い相手と組むように!」


第三騎士団団長、ガーランド・ビリオンの掛け声と共に全員が行動に移る。


「流石騎士団、か。

団長の指示から行動に移るまでが素早いな。」


「そうでしょうとも。

何しろこの国を守護する騎士団ですからな。

このくらいの連携、お手のものですよ。」


ジンの声に背後からドルグが現れる。


「うぉっ!

ドルグさん。脅かさないで下さいよ。」


突然現れたドルグにジンは飛び上がるほど驚く。

元々ビビりなジンからしたら普通の反応だが、その光景を初めて見たドルグは若干済まなそうな顔をする。


「おぉ、これはすいません。

気配を消していなかったので気が付いているものとばかり。

ジンさんの元の世界では気配感知は程度の差はあれ習得していなかったのですかな?」


「いやいや、気配感知なんてそんな。

俺の世界はそこまで物騒なんかじゃなかったですよ。

気配感知なんて極一部の要人警護の護衛しか使えないんじゃないですかね?」


「ふむ、勇者さまの世界はどうやら危険が全くなかったようですな。

この危険だらけの世界の住民として羨ましい限りです。」


そういってドルグは訓練場の一角に目を向ける。


「そうです。

剣の握り方はこう。

もう少し指を開いて。

そうそう、そんな感じです。

振り方は腕振りではなく体重を剣先に乗せて相手を叩き潰すように。

では、やってみましょう。」


そこには第一騎士団団長が剣の基本から勇者に指導していた。

勇者の数は15人。

残りの12人は魔法の適正が高かったので別の場所で魔法隊の訓練に参加している。

勇者の数は30人。(ジンを入れると31人。)訓練に参加している勇者は合計27人と3人足りない。

その3人は何をしているのかというと、3人とも何らかの武道を嗜んでいた為、勇者補正による感覚的、身体的強化が付くと軽く騎士団副団長クラスの実力を発揮した。そのため、ここでの基礎訓練は時間の無駄だという判断の下、第一騎士団の野外演習に参加していた。


「まぁ、俺たちの元居た世界では人的な危険より事故や自然災害の方が巻き込まれるリスクが高かったですからね。

自衛の手段なんて持ってなくて当然でした。

その分、今あの子達は楽しくて仕方ないんじゃないですかね?」


ジンの言葉にドルグは眉をしかめる。


「楽しいとは訓練が、ですか?

それとも・・・」


「俺たちの居た世界ではこういう戦闘訓練、実際の魔物との戦闘なんかは映画の、いや、作り話って言った方がいいか。

お話の中の世界だったんですよ。

それに高校生でしょ?

まだまだ大人になりきれない彼らが、貴方は勇者です。

訓練すれば才能に関係なく誰よりも強くなれます。何て言われたらテンション上がりますよ。

それが現実では血生臭いものだとわかっていても、ね。」


ジンは少し羨ましそうに勇者達を眺める。


「ジン殿も年は離れていないでしょう?

やはり、楽しみですか?」


「いや、俺はそうでもないですね。

勇者としての力は無いですから。」


「でも訓練には参加してるでしょう?」


「そうですね。

確かに少しワクワクはしました。

昨日の晩も寝付きが良くなかったのも事実です。

でも訓練に参加したのは力がいるからですよ。自衛のための。」


ジンの言葉にドルグは再び眉をしかめる。


「ジン殿、まさかこの国を出ていかれるおつもりで?」


「すぐに、というわけにはいかないですけどね。

友達もこの世界に居るかもしれないので探さないといけないですし、仮に友達がいないとしてもこの国で一生呑気に過ごす気にはならないですよ。」


「この国は居心地が?」


「いやいや、勘違いしないでください。

居心地はいいですよ。

メイドさんは美人だし、料理は美味しいし。

それに召喚に巻き込まれたからといってタダで寝る場所も用意してくれてます。

でも正直申し訳ないんですよ。

毎日何もしてないのに安全と生活が保証されてるのが。」


「なら騎士団に入ればいい。

戦闘が苦手というなら自警団でもいい。どうですかな?

このウェルブルク王国にいれば友達の情報も集まりやすいと思いますが・・・」


「すいません、もう決めたことなので。」


ドルグは僅かに肩を落とす。


「そうですな。

去るも留まるもジン殿の自由。

非は我々にある。ジン殿の意思を尊重するべきですな。」


そういってドルグは顔を上げる。


「ではジン殿。

この私が持てる全てをかけてジン殿に自衛の手段をお教えいたしましょう。」


その日から、勇者と別行動のジンは、騎士団とも別行動となり、第三騎士団副団長、"赤鬼"ドルグ・リードベルトの個別指導を受けることになる。

興味本意でその個別指導に参加した兵たちの数名は二度とあの訓練・・には参加したくないと口を揃えたそうな・・・











「では報告を聞こうか。」


ウェルブルク王国の執務室。

書類整理を終え、部屋に入ってきた近衛兵へと声を掛けるのはこの部屋、いや、この王国の主。

白い髪に白い髭。

体型は運動不足としか思えないほどふくよかだが、その鋭い瞳から放たれる眼光により歴戦の兵士ですら身をすくませるほど。

マクベス王の眼光を受けつつ、その表情を崩さないのはマクベス王を護る近衛騎士団団長、ルイス・メルディア。

後ろで纏めた長い金髪。

切れ長の細目に常に絶やさない微笑み。

身長は高いが線は細い。

一見騎士には見えないがその実力はウェルブルク王国の住民のみならず、世界に轟くほど。


"不抜"ルイス・メルディア。

彼と対峙した者は彼が剣を抜いている姿を見ることなく、その不可視の斬撃により血に沈む。

これまでその神速をもって阻止した王の暗殺は数知れない実力者。


そんな彼がマクベス王に持ってきた情報。

勇者達の成長の報告。

ルイスは勇者が召喚されてから王の護衛を他の近衛に任せ、自分は勇者の成長を見届けていた。

勇者召喚後、数ヵ月。

もう十数度目かの定期報告だ。


ルイスも手慣れたもので、事前に要点だけをまとめてある。


「まず成長著しいのは、ケンヤ・ウエスギ、ノゾミ・ナカチ、ゴウ・ケンドウの3名ですね。

先日、第一騎士団の野外演習にて災害指定種の魔物をそれぞれ単騎で討伐しています。」


「ほう、あの3名に関しては期待していたが既に歴代勇者の代表クラスとは。頼もしい限りだな。」


「はい。

しかもケンヤ・ウエスギについて言えばまだ甘さも目立ちますが、実力的には過去の"剣聖"クラスかと。

その他、騎士団の訓練に参加している勇者たちは皆一様に騎士団上位と渡り合えるレベルまで力を付けています。そろそろ実戦に投入していくべきかと。

魔法隊と行動を共にしている勇者の方は、ちらほらと上級魔法を扱えるものが出てきていると。」


「そうか。

ではそろそろ勇者を引き連れウェルブルク東部の国境付近にいる魔族を間引きに向かわせるか。」


「わかりました。

では近日中に第一騎士団と共に勇者を向かわせましょう。」


「うむ。

・・・それで、だな。」


勇者の話を聞き終わりマクベス王は歯切れの悪い言葉を続ける。

普段、娘の前以外でこのような姿を見せるのは珍しいとルイスは内心思う。顔には出さないが。


「なにか心配事でも?」


ルイスは内心をマクベス王に悟らせぬよう気を使い先を促す。


「いや、な。

騎士団との訓練と言えばあの者も参加しておったであろう?」


そこまで聞き、ルイスはマクベス王の言いたいことを理解する。

マクベス王が何をここまで口ごもるのか。

恐らく、あの男のことだろう。

本来ならばここまであの男、勇者召喚に巻き込まれた異世界人、ジン・タダノのことを一国の主であるマクベス王が気に病むことはない。

だがルイスの主であるマクベス王はどんな些細なことをも気にかける。

この王らしからぬ優しさこそ、マクベス王がウェルブルク王国の国民、騎士達、またルイス心から好かれる理由なのだ。

そのことに内心苦笑し、ルイスは口を開く。


「ジン・タダノのことは分かりません。」


「なに?お前はジン殿を軽視しているのか?」


ルイスの報告にマクベス王の纏う雰囲気が、優しい王のそれではなく他者を寄せ付けない唯一王のそれに変わる。

そんなマクベス王の変化を見て、いや、変化を見たからこそルイスは誤解を重ねることを良しとしなかった。


「いえ、軽視しているために監視を怠ったわけではありません。

彼、ジン殿は第三騎士団副団長、ドルグ・リードベルトの個別指導・・・・を受けています。

これは興味本意で同行した第三騎士団の兵数名からも証言を得ています。」


「なるほど。

あのドルグの個別指導を受けているというならお主が監視を継続できないのも頷ける。

あの男は普段は温厚なくせしてこと個別指導サバイバルに関しては手を抜かんし、抜かせんからな。」


「えぇ、流石"赤鬼"です。

私も彼らが東部の街道外れの林に入ってすぐに見失いました。」


「あれの"惑わす者"は魔王であろうと見失うだろうよ。

疑ってすまなかったな。」


「いえ、こちらこそ。

言葉足らずで申し訳ありませんでした。」


マクベス王の謝罪にルイスは更に深い謝罪で返し、執務室を去る。

一人、執務室に残ったマクベス王はいすに深く腰掛け肩の力を抜く。


「ふぅ、勇者たちは順調か。

この調子なら今代も魔王の復活を阻止できるな。

願わくば勇者の誰かに結界に関する称号が付くことを祈るばかりだ。

・・ジン殿。

こちらの勝手で呼び出してすまないが、それは・・・この国からの手向けだ。

生き延びることができたならばこの国を出ても・・・・・・・・生きていけるだろう。」


マクベス王の言葉は誰に届くことはない。

だがマクベス王は口に出さずにはいられなかった。











「ふぅ、全く。

ドルグさんの訓練、扱き?虐め?キツすぎ。」


「「「「確かに。」」」」


「これはあの"赤鬼"を一発殴らないと気が済まないな。」


「いや、それはちょっと・・・」


「やるならジン一人で。」


「俺を巻き込むなよ?」


「殴れたら俺の分も頼むわ。」


「おい、ちょっ、俺たち一緒に地獄を抜け出した仲間だろ?

最後まで一心同体って誓っただろ?」


「「「「それとこれは別!」」」」


勇者召喚から90日。

地獄から這い出てきた一般人・・・と興味本意で同行し、地獄に巻き込まれた4人の男達が89日ぶりにウェルブルク王国の城門を潜る。




チローン


この瞬間、このT.M.Vの世界に6つの星を繋ぐPentagonが完成する。

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