1-6 唯野臣①

「成功した?」


「成功だ。」


「姫様、やりましたなっ!」


「これでこの国、いや、この世界が救われる。」


そんな会話がジンの前で繰り広げられている。

だが、その言葉の出所をジンは特定することはできない。


何故なら、ジンの目の前には30人ほどに学生たちが同じように立っているからである。


「勇者様、いえ、勇者様、突然の事に驚いていることでしょう。

ですがどうか落ち着いてください。

ここではなんですから、そうですね、食堂の方へ移動いたしましょう。

軽く何か食べながらの方が勇者様方も落ち着くでしょう。」


声から判断するに若い女性にそう言われて部屋に立っていた制服姿の学生たちが、不安の声を上げながらもゾロゾロとこの部屋を出ていく。


「どうされました?どうぞお進みください。

・・・そういえば貴方はお一人だけ皆さんと服装が違いますな。

勇者様方とは、いえ、この場合貴方も勇者様でしょうからこの言い方はおかしいですな。

揃いの服を着ていた彼らと貴方は同じ所属ではないのですかな?」


学生たちの背を見送りながら立ち呆けているジンに壁際に立っていた髭面だが威圧的でなくどこか人当たりの良さそうな兵士が声を掛けてくる。


「あ、いえ、多分住んでいた場所は同じなんでしょうけど彼らとの関わりはないですね。初対面です。」


「なんとっ!これはどういったことでしょうか。姫様の魔法が失敗?それとも元々文献が間違っていた?いや、それにしては・・・」


ジンの返事に兵士は顎に手をやり首を捻る。


「・・・そうですなぁ。ここで考えていても回答は出ませんな。取り敢えず貴方も皆さんとご一緒に食堂の方へ。恐らくそこで国王様と姫様のご説明があるでしょう。」


ジンはそう言われ少し遅れながらも学生の後に続いて食堂へ向かう。


先程の声の主、兵士いわく、姫様の先導の元、学生たちとジンが食堂に着くと既に待っていた兵士たちにより学生たちは次々と席へ案内される。


見たところ、この食堂の広さは500とまではいかないでも、2、300人なら問題なく座れそうだ。


その広い食堂の中央付近に円卓のようにテーブルを丸く、中央を向くように設置された場所に幾人かの兵士が整列して待っていた。


「では、勇者様方、直ぐに王をお呼び致しますので暫しお待ち下さい。」


学生たち全員が席に付いたことを確認し、兵士の中でも一際鎧が豪華な、それでいて若い男性が大きくはないがよく通る声でそう告げる。


待つこと数分、ジンたちが入ってきた扉とは別の、仰々しく飾られた扉から一人の壮年の油断ならない雰囲気をもつ男性と、その男性と似た雰囲気を持ちながら、だが、どこかフワフワとした空気を纏った少女が出てくる。

男性の方は50歳、少女の方は16、7歳といったところか。

ジンからしたら学生たちと同じ年頃のように見える。

といっても、ジンもまだ21歳なのだが。


「ごほんっ、勇者の皆様、儂はこの国、ウェルブルクの王、マクベス・ウェルブルクじゃ。

此度は急な召喚、すまないと思っている。

言いたいことはあるだろうが、まずは儂の話を聞いて貰えると有難い。」


そういって壮年の男性、マクベス王は一度勇者たちを見渡す。

そこで皆が取り敢えず話を聞くと言う空気であることを確認し、続きを話す。


「まず、何故儂たちは勇者、つまり君たちを召喚するに至ったかについて説明しよう。」


そこからマクベス王が話した内容は、


曰く、千年以上前に施した魔王の封印がここ数年の魔族の活発な動きにより弱まっている為、魔王の封印が解ける前に魔族達を倒滅してもらいたい。


曰く、封印は過去の勇者30人の内、28人もの犠牲を出した上で、不意を付いて施したものであり、この封印が解けると次はない。


曰く、魔族は一体一体は勇者一人で十分に太刀打ちできる程度でしかないが、数が多い。


曰く、魔族は倒滅してもらいたいが、勇者はいざという時のために一人として欠けて欲しくない。


曰く、勇者は一度の召喚で30人と決められており、一度魔族を全滅させこの世界の悪意、所謂魔族の放つ魔力を0に近づけないと次の勇者召喚は行えない。


ここまで長々と話したマクベス王の元へ、さっきジンに話しかけた兵士が近より耳打ちする。


始めはマクベス王の表情に変化はなかったが徐々にいぶかしむ様な表情に変わっていく。

そしてマクベス王は勇者舘を見渡し一人服装の違うジンのところで視線を固定する。


「ふむ、勇者様方、申し訳ないが誰か彼のことを知っておる者はおるか?」


そういうマクベス王の示す先には当然のごとくジンがいた。


「ん?誰だ?」


「誰かのお兄ちゃん?」


「見たことないな。」


「そこまで年は離れてないから誰かのお父さんってことはないよね?」


等と学生たちからは知り合いだと言う声は上がらない。


「おかしいな。文献では召喚される勇者は30人と決まっておるはずなのだが彼はどうやら31人目のようだ。

それに勇者は特殊な絆で結ばれているため赤の他人など入りようがないはずなのだが。

仕方ない、すまないが君、ステータスの称号に勇者と言う文字があるか見てはくれんか?」


そう言われジンは行動しようとして固まる。


「あの、ステータスってどうやって確認するんですか?ゲームじゃあるまいし。」


そこでふと、ジンは思い出す。

そういえば周りの学生たちの反応がやけにリアルで忘れていたがここはTMVの中であったな、と。


そこまで思い出し、質問したにも関わらずマクベス王の話を無視してステータスを確認する。

ゲームだと思い出せば後は視界の隅に映るメニューという文字に意識を向けるだけで簡単に確認することができた。




ジン

人間Lv.1


HP 60/60 MP 60/60 ST 20/20


腕力 10

体力 10

魔力 10

知力 10

速力 10

器力 10


スキル

入門赤魔法(人)Lv.1

入門青魔法(人)Lv.1

入門黄魔法(人)Lv.1

入門緑魔法(人)Lv.1


称号

一般人

器用

巻き込まれた者




「おぉ!本当に俺の称号に勇者ってあったぜ!」


「まじでかっ!うおっ、俺もだ!すげー。」


「私たちも魔法をドカーンと撃てたり剣で鉄をズバッと斬ったり出来るのかしら?」


「もう、裕美ったらゲーマーの本音が出てるよー。」


「そういう美佳だって、目がキラキラしてるよ?」


「だってテンション上がらない?」


「そうだよな!本当にゲームみてぇだな!」


そんな学生たちの盛り上がる横でジンはマクベス王に向けて小さく首を振る。


するとマクベス王は兵士に何かを耳打ちする。

兵士がこちらに向かってきている辺り何か伝言のようだ。


「すいません、王は恐らくこちらの手違いだろう、と。

お詫びに帰る手段が整うまでは城の中での生活を保障すると。」


「それはありがとうございます。では取り敢えず俺はこれ以上ここにいても関係ないようですから部屋に行っててもいいですか?」


ジンの言葉を聞き、兵士がマクベス王へ視線を向けるとマクベス王は首肯で返す。

どうやらジンが何を言ったのか分かっていたようだ。


ジンはマクベス王に一礼すると兵士に連れられて食堂を出ていくのだった。


「ここを使ってくだされ。何か必要なものがあれば適当なメイドに声を掛けて貰えれば用意致しますので。」


そういってジンに用意された部屋は12畳ほどの一人で過ごすには少しだけ広い部屋だった。

部屋の中には人一人が寝ても余裕があるベット、机と椅子二脚のワンセット、高級そうな照明に間接照明と流石お城といった風な質素だが品のある部屋だった。


「あー、時間を潰したいときは例えば何がある?書物とか何か娯楽施設とか。」


「そうですな、書物の方はこの城にある書庫への許可を貰ってきましょう。娯楽施設はー、ありませんな。体を動かしたいのであれば訓練所に来てもらえれば訓練に参加させてもらえると思いますが・・・」


「そうですか、ありがとうございます。えーと、」


「おぉ、申し訳ない。まだ名乗っていませんでしたな。私はウェルブルク第3騎士団副団長、ドルグ・リードベルトと申します。」


唯野臣ただのじんです。いや、ジン・タダノかな?」


「ジン殿ですな。では、書庫の件は明日にでも入れるよう言っておきましょう。今日はもう遅いのでお休みください。」


そういうとドルグは一礼して部屋から去っていく。


「20時でもう寝ないといけないのか。まぁ設定的に中世っぽいから酒場くらいしかこの時間やってないのか。

あー、ゲームしたい。ってゲームの中でゲームしたいってなんだよ。ははっ。」


一人残されたジンは、何時もならまだ遊んでる時間であるにも関わらず休めと言われ戸惑いつつメニューを開く。


「取り敢えずあいつらはあの中に居なかったみたいだしメッセージでも送って合流するか。ん?」


ジンはこの世界に同じく辿り着いているだろう四人に向けてメッセージを送ろうとして気づく。


「ログアウトボタン、なくね?」


ジンは急いでメニューにあるボタン全てを片っ端から開いていく。


「無い、無い、無い。ヤバい。

もしかしてこれってライトノベル的な展開でデスゲーム?どうする?

ここから出るか?いや、城の外がどうなってるかわからない。

まず力を付けないと。」


そう考えジンはもう一度ステータスを確認する。




ジン

人間Lv.1


HP 60/60 MP 60/60 ST 20/20


腕力 10

体力 10

魔力 10

知力 10

速力 10

器力 10


スキル

入門赤魔法(人)Lv.1

入門青魔法(人)Lv.1

入門黄魔法(人)Lv.1

入門緑魔法(人)Lv.1


称号

一般人

器用

巻き込まれた者




「ステータスは全て10か。この世界の基準が解らないけど称号が一般人ってことは多分この世界の一般人レベルってことなんだと考えるか。

なら明日から書庫に行ってる場合じゃないな。

確かドルグさんは訓練所に行けば訓練に混ぜてくれるって言ってたし。本当は体を動かすの嫌だけど、行くか。」


チリンチリン


ジンはそう考え部屋に備え付けの呼び鈴を鳴らす。

程なくして扉をノックする音が聞こえる。


「勇者様、お呼びでございますか?」


扉を開けたその先に居たのは女盛りの美人なメイドだった。


「明日、訓練所に行こうと思うんだけれど訓練って何時頃から始まるか知ってます?」


「騎士団の訓練は日の出からお昼休憩を挟み、日暮れまで第一訓練場で。

兵士の訓練は日の出から日暮れまで自由参加で、第二訓練場で行われております。

また、騎士団によっては訓練を訓練場ではなく街の外で行うところもございます。」


「わかりました。じゃあ明日の日の出前に起こしてもらってもいいですか?

第3騎士団の訓練に参加しようと思うので。」


「かしこまりました。ではおやすみなさいませ。」


メイドは優雅に一礼すると部屋を去っていく。


「さて、とにかく明日からやれることをやっていくか。くそ、光司こうじ悠介ゆうすけが一緒ならどうするのが一番なのか考えてくれんたんだけどな。」


そういってジンはメッセージを確認する。

もちろん返事はない。


「ふぅ、みんなは普通にTMVをプレイしてて俺だけ異世界にってことないよな?」


ジンは一抹の不安を抱きながら横になるのだった。



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