第5話 エクスの迷い

 東の敵を倒すのはかなり厳しかった。全ての敵を倒し終えた後、エクス以外の調律の巫女のメンバーがその場でしばしの休息を取る中でエクスだけは問いの時間を確保するために素早く黒い男の待つ家に戻り彼と対面する。


「……割と早かったな」

「僕からの質問です。あなたは【導きの栞】を作った張本人なんですよね? だったらロキのことは知っているはずです」


 ロキ、北欧神話において世を乱す悪戯の神の名だ。その名前を冠する男が各想区の世界においてこれまでの物語と異なる秩序を生み出そうとカオステラーを生じさせている。エクスたちはその男とその男が崇める巫女、カーリーを追って世界を旅している最中だったのだ。

 その名を出すと男は頷いた。


「知ってるよ。私が【導きの栞】をあげたしね……もっとも、アリスが作るオムレツよりふわふわしている程プレゼンが下手だったから試作品しかあげなかったけどね。まぁそんなことはいいか。知ってるから何だ?」

「どうして、彼らに【導きの栞】を……?」


 予想外の答えに少し黙ったエクスは間違ったことをしていると思っている連中にも力を与えた男に不信感を持ちながら恐る恐る尋ねた。それに対する答えは笑顔だ。


「彼らがやってることも彼らがやってることで俺は好きだからね。寧ろ、可能性を広げるという点では好ましいと言い切ることさえできるし、だれも救われない世界何かに対しても彼らは己の絶対的な主観における幸せを送り込むことで少なくとも誰かが救われる世界に創り変えることもできるんだ。いいことじゃないか」

「でも、やり方ってものが……」

「やり方はいくらでもある。だがそれを選ぶのは個人だ。彼らは彼らが生きている間に彼らの考えるより良い世界をより多く創りたいがために効率を重視した。それを誰が責められる?」


 言外にお前に彼らを責める権利はないと言わんばかりのことを言われてエクスは言葉に詰まった。しばし、沈黙が場を支配する。先に口を開いたのは男だ。


「まぁ、さっきどこにも肩入れしたくないって言っておきながらロキくんたちに肩入れしているんじゃないかと言いたいかもしれないね。だが、君たちは少々強くなり過ぎたんだよ。動きたくないと思ってる俺が一方的過ぎて面白くないと思うくらいには。このままだと困ったけど全部力押しで何とかなるよねみたいな愚にもつかない展開を招きそうなくらいにね……」

「……僕らはみんな悩んでます……このままでいいのか、どうすればいいのか……」

「悩め悩め、足掻け足掻け、もがけもがけ、苦しめ苦しめ……それだけ私が楽しくなる」


 底意地の悪い笑みを浮かべて煽る男にエクスは単刀直入に答えを求めて男に尋ねた。


「僕はレイナにたくさんの恩があるんです。でも、色んな世界を見て来てこれでいいのかって、悩み始めた……あなたは【導く者】なんですよね? なら僕たちはどう」

「俺に答えを求めるなよ? アドバイスもだ。そんなもの最っ低の行為だからな?」


 男はエクスに先手を打つかのようにして鋭く言った。エクスが返答に窮すと彼は続ける。


「……物語において【導く者】は越えなければならない壁だ。俺たちが示した問題は自らの力で切り拓くことが物語が進むには必要になる……そういう建前を一応述べた後に俺は言おうか。いや、その前に問おう」


 男はおよそ人間が浮かべるものではない邪悪な笑みを浮かべ、息苦しい威圧感を身に纏うとエクスに問いかける。


「お前たちがいるこの世界、童話や物語の世界において主人公を簡単な道へ、好ましい道へと導こうとするのはどんな役だ?」

「えっと……?」

「悪魔だよ。無個性モブ剣士」


 男の物ではない声が空から降って来た。エクスにも聞き覚えのある声で、男の方もくすりと笑って威圧感を解くとイスに深く腰掛け、家の天井を開くとその上に止まっている真っ赤に燃え盛る炎を身に纏った巨鳥を見上げる。


「焼き鳥、戻って来たのか」

「……戻って来ねーとあんたに何されるかわかったもんじゃねぇからな」

「フェニー! 何でここに!?」


 エクスが声を張り上げたとほぼ同時に敵の襲来かと巨大な影を追って急いでここにやってきた調律の巫女一行が声を上げる。


「何か最近よく会うな……」

「ストーカーですかね?」


 タオとシェインが見上げながらどこか呆れた様子でそう呟くと男が笑いながら口を開いた。


「まぁ顔見知りだと思うが一応紹介させてもらおう。ウチで保護してる焼き鳥だ。今年の春ごろかな? ひな祭りの準備をアリスと一緒にしていたら、着物を強請りに来た赤ずきんが変なのを見つけたとか言って何かやたらと背中に傷を作っておきながらやせ我慢で飛んでたらしいこいつを連れてきた。話を聞くとひな祭りが邪魔されると思った赤ずきんにお仕置きされてやせ我慢も虚しく力尽きたらしいから仕方なく保護して……君らの主な噂はこいつから聞いてる」

「え、やだぁ……本当にストーカーしてたの……?」

「そう言えばエイダさんとも仲良さ気にしてましたからね……彼女も情報を流してるのですかね?」


 シェインは白い女騎士エイダのことを思い出して僅かながらその整った顔を顰めた。それに追随するようにタオも口を開く。


「おいおい、こいつがパーティに入るとか勘弁してくれよ……」

「暑苦しさ倍増ですからね」

「どういう意味だ……」


 登場するなり大不評を買う火の鳥フェニー。それを見ていた男は忍び笑いを漏らしながら不死鳥に話しかける。


「жар-птица、この世界じゃお前は不評だな。クックックック……」

「うっせぇよ……そんな事よりテメーら! さっきから黙って聞いてりゃぐだぐだぐだぐだ情けねぇな! そこにいる奴は悪魔だぞ! 自分が楽しけりゃ世界が壊れてもなんとも思わねぇような奴だ! そんなもんに頼り始めるなんざ落ちぶれすぎて落ち武者になってんじゃねーのか!?」

「あぁん?」


 以前、二度ほど彼と対峙した際、両方とも完勝している調律の巫女一行は火の鳥には強気で対応した。元々、今笑っている男の所為で機嫌が悪かったのとそうしなければ火の鳥は口が悪く言いたい放題されてしまうからだ。

 しかし、そんなことお構いなしに火の鳥フェニーは翼をはためかせてエクスを指して喚く。


「特にそこのモブキャラ! テメーは俺様に説教かましてきたくせに何だその体たらくは! 何が羽があるなら飛べばよかっただ! 短いけど割と深いと思って納得して飛んで行った俺様が馬鹿みたいじゃねーか!」

「いやいや……」

「正直新人さんのあのセリフだけで飛んで行った時馬鹿だなぁとは思いましたけど意外と色々考えてたんですね」

「シェイン!」


 その後もしばらく文句を言ってくる焼き鳥さん。その殆どをスルーされたがとうとう煮え切らない態度を続けるエクスたちに不死鳥フェニーは激怒した。


「おい、テメーら俺と戦いやがれ! 腑抜けた根性に焼き入れてやる!」

「勘弁してくれよ……この場所だと俺らはお前と戦えるようなヒーローたちとコネクト出来ねぇんだ……」

「そうですよ。大体こんな場所で戦ったら町や家に被害が出ます。あなたがビビってる悪魔さんとやらに怒られますよ?」


 シェインの方から不死鳥を煽り返すと悪魔と呼ばれた男の方は苦笑しているように見せつつまさしく悪魔のような笑みを楽しげに染めて聞こえるように返した。


「【導きの栞】を使ってる間、同士討ちしないように設定したのを誰だと思ってるんだ? こいつは治療費返すまでウチの労働力だ。こいつの攻撃はこの世界の殆どの物を傷つけることはない」

「げ……」

「ハッハァ! ぼっこぼこにしてやる! ついでに赤ずきんの女郎に狼でもねぇのに『オオカミさん御用心』とか言う技でボコられてる恨みも晴らしてやる! あいつの炎喰らい過ぎたせいで俺の炎も燃え盛ってるぜ!」

「逆恨みじゃねぇか!」


 タオの叫びもフェニーは無視した。騒がしい場に導きの悪魔と呼ばれた男が告げる。


「あーここで暴れられたら迷惑だから外でやってくれ。じゃないと銅の剣最強バージョンを装備させたアリスを召喚してやる。しかも分化してないオリジンだ」

「あれぇ? うさぎさん、どこかなぁ~?」


 不吉な声が聞こえたので調律の巫女一行は急いで外に出てフェニーと戦うことにした。それにのこのこと着いて来る男は外に来るとティーセットを出して観戦を決め込む。


「……アリスは?」

「知らん。どっかの世界の狭間に落ちて行った」

「大丈夫なのかよそれ……」

「今落ちて行ったアリスにはよくあることだから一々気にしてられんな。夕飯時になったら勝手にそろそろ帰らなくちゃとか言って戻ってくる」


 そんなことよりと男は続けた。


「焼き鳥のスペックが上がってることを一応伝えておこうと思ってな」

「おい! 余計なことを「どうやら全員で赤ずきんフルセットと戦いたいらしいな」……どうぞ」

「……赤ずきんフルセットってなんだよ……」

「分化というものがよくわかりませんが、赤ずきんに関する英霊たち全員ってことじゃないですかね……?」

「そんな甘いもんじゃねー……いや、もうさっさと戦いたいからこれ以上横道にそれないように説明に入るぞ」


 不死鳥フェニーは実演を交えて攻撃方法を教えてくれた。


 元々の彼の攻撃方法は滑空での体当たり、火の玉を吐き出すこと、そして巨大な炎の玉を創り出すことだった。しかし今度はそれに加えてブレスのように炎を吐き続けること、また設置型の貫通レーザーのような炎を出すことが加えられており、凄まじい程のドヤ顔を見せてくれたのだ。

 しかし、そのドヤ顔は如何に不死鳥とはいえ鳥なので相手に伝わりにくく、強くなったとはいえその過程を少しだけ聞いていた彼ら、彼女らにとっては不憫にしか見れない。


「……こいつ、どんだけ赤ずきんに炎を喰らわされたんだ……」

「可哀想過ぎませんか……?」

「赤ずきん……そんな子には思えないのだけど……」

「でも、確かに剣を持ってる赤ずきんとコネクトした時にはそんな節が感じられなくも……」

「えぇい、何ひそひそ言ってやがる! 後、別に赤ずきんは俺が憎くて炎をぶつけてる訳じゃねぇよ! 炎の鳥なんだから炎食べるんだろうなっておやつをあげる感覚で燃やされてるだけだ!」


 より一層不憫な目でフェニーは見られた。大体の元凶である悪魔的な男は欠伸交じりに空を眺めつつふと思ったことを言ってみた。


「早く始めねーと全員に調律掛けて外に放り投げて『はっ! 夢か!』って言わせてやる。後その前で無意味にラ夫妻にいちゃつかせる」

「……そーだな。意味わかんねーけどさっさと始めるか!」

「あ、その前に片付けてない空のヴィランたちの掃除やってくれよ」


 この後の戦いは熾烈を極めた。






「……はーっ! 終わった……おっと、これで【詩晶石】25個たまったな、ガチャ出来るぞ」

「……ガチャって……何かまた微妙に調律し損ねてるみたいだな……その表現はあんまり面白くないから『英霊召喚の儀』と呼ぶようにしていたはずだが……まぁいいか。賢いレイナよ。調律してくれ。俺には効かないから全力でな」

「えっ、は、はい……えぇと……『混沌の渦に呑まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし……』」


 レイナの持つ力によってヴィランたちとの戦闘痕が消えて行く。それを見ながら男は再び声を漏らした。


「……え? また微妙な所で調律が効いてないみたいだな……ちゃんと調律の詠唱終わってないのにそれで終わってる感じ出してるし……まぁ詠唱とかしない奴に言われたくないだろうけど……」

「えっ!? 間違ってるんですか!?」

「……いや、別に……何か切るところが変なだけで……『開始せしめん』とかならまだしもねぇ……」


 そんな会話をしている間に倒されていたフェニーが蘇って元気にこちらに飛んできた。


「やるじゃねーか……そしてやられた俺様から言うのもなんだが……エクス。何やらごちゃごちゃ悩んでるらしいが……お前に前言われたセリフ、そのまま返させてもらうぜ? お前は【空白の書】を持ってるんだ。俺様みてーに飛ぶことは出来ねーが好きに生きてみるのが大事なんじゃねーか?」

「……あ、ちょっとミスった」

「え?」


 今いいことを言っている最中だったのにもかかわらず空気を読めない男の声がして一行の視線が男に戻る。その直後、この辺りは眩い閃光に包まれた。


「……ちょっとレイナの表現が変だったから記憶から修正しようと調律をかけたんだが……前は効きが悪かったからな、それでちょっと強めにかけたんだがそれだと強過ぎたらしい。全員気絶したわ。ついでに記憶もなくなってそうだな……うん。ないわ」

「はぁっ!? せ、せっかく俺様が少し前にあいつらと会って何やら悩んでるらしいから結構頑張って考えた台詞を言ってたのに!?」

「しゃーない。『はっ! 夢か……』をやるようには調律しておいたから大丈夫だ。外に運んでくれ。起きたらそこでもう一回やり直せばいいだろ」

「出来るか! 空気ってもんがあるんだよ!」

「運べ。そろそろお前におやつを与えるやつがお茶会目当てに来るぞ」

「くそっ!」


 白く靄がかった意識の中、エクスはそんな声を聞いた気がするがそれも次第に薄れていった。





「はっ! 夢か……」


 エクスが目を覚ました時、辺りはまだ暗かった。他にいる面々もまだ目覚めていない中、眠る気になれなかったエクスは立ち上がって空を見上げる。


「……夢の中だったけど……フェニーには励まされたな……何でフェニーだったのかは謎だけど……いや、レイナだったらよかったとかじゃなくて……」


 誰も聞いていない言い訳をしながらほとんど覚えていない夢の最後の部分だけ思い返し少しだけ明日からも頑張ろうと思えたエクスは小さく笑うと再び明日からの旅に備えて眠りにつくのだった。



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怠惰なる導師 迷夢 @zuimokujin

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