第4話 レイナの質問

「んっ、んん……それじゃ、私から質問いいかしら?」

「どーぞ」


 シェインの奮戦によって大分楽をしてヴィランの群れを倒すことに成功した一行は再び男の家に戻って来て質問をしていた。今度はレイナの番らしい。先程までの雰囲気から一転して重い口調でレイナは尋ねる。


「……どうして、私の記憶をなくしたんですか?」

「そういう役だったから」


 これ以上ない端的で簡潔な答えにレイナは黙ってしまう。それを見ていたファムが間に入って続けた。彼女は彼女なりに訊きたいことがあったのだ。


「えーと、ウチのお姫様にカオステラーは悪と教えたのはあなたということでいいんですよね?」

「……んー……まぁ、そうなるだろうなとは思ってたが直接的に私がなにかした訳ではないな。王国を滅ぼしたカオステラーが憎くてそこにいる麗しのレイナは勝手にそうなったんだろうし」

「そうなるだろうなと思ってたのに放置したんですよね?」

「いかにも。視野狭窄のままにしておいたから間接的な影響は私が与えたといってもいいだろう」

「ふざけるな!」


 軽薄な笑みを浮かべた男にエクスが怒った。それを制したのはレイナ本人だ。彼女はファムも手で制して男の前に一歩出る。


「質問を戻させてもらいます。あなたは自由に生きる【空白の書】の持ち主の象徴とも言える人であり気に入らない役なら投げ捨てるはず……そう、今回みたいに……」


 レイナの指摘に男は笑みを深めた。しかし、それは到底人間が浮かべるものではない悪魔の笑みだ。


「あなたはあなたの意思で私の記憶をなくした方が良いと思い、役を引き受けたんですよね? それは、何故ですか?」

「いいねぇ……ちゃんと育ってるみたいじゃないか……」


 男は悪魔の笑みを浮かべたまま立ち上がった。瞬時にファムがレイナと男の間に入るが男は気にした素振りも見せずにレイナを見て告げる。


「記憶が戻ってるなら俺の話も覚えてるはずだ。問いへの答えには少々遠回りになるが付き合ってもらおうか」


 そう前置きを付けて男は語り始める。


「……想区は何度も繰り返される世界でありそれにより物語の純度を高める……例えば、シンデレラ」


 男はファムを一瞬見て反応を確かめる、笑うと続けた。


「その想区が始まった時、彼女は灰かぶりだった。屋敷で魔力を封じられていてもハシバミの木を媒介にして魔力を高めてドレスなどの物体を生み出し、動物を使役し、自らが魔術を扱えた邪眼の魔女であり、彼女のシンボルとも言える靴は金の刺繍が入った革靴だった」


 男はレイナを庇うようにして立っているファムを見て少し手を動かし、過敏な反応を楽しんでから薄く笑い、続ける。


「その物語は差異ある螺旋状の繰り返しが続くことによって少しずつ形を変えていく。より人に好まれるように、より人が憧れるように。現在の灰かぶりはシンデレラになった。自らは動くことなく、何もせずとも全てを与えられる幸運のシンボルのような女性に。これが調律を行った先にある未来だ。与えられた役を忠実にこなすことでより良い世界を織り成すであろう未来を作る」

「……そう、教えてもらったわ。でも! 私たちはそれだけじゃ済まない人々の、そこに住む人たちの願いを知って……」


 男の言葉に苦しげに反論するレイナに男は更に楽しげに答える。


「その通り。世界が良くなる過程においてシンデレラが全て与えられることを望んだかどうかは関係ない。これが調律の描くナチュラルな未来だ。それに対抗するのがカオステラー……個人の幸せを追求する道だ」

「それについて、教わったことがないのよ……私は、もしかしたら……」


 レイナは少し潤む瞳を男に向けながら震える口調で告げる。彼女が問答無用で調律してきた世界には調律しない方が良かったかもしれない未来があったかもしれないのだ。罪を懺悔するかのようなその先を言わせないかのように男は席に戻って口を開いた。


「カオステラーは物語の可能性を広げる存在だ。調律が世界をよくするものだとすればカオステラーが描く世界は皆が幸せになれる世界だ」

「……何が違うんだ?」


 それまで黙っていたタオが真剣な表情で男に尋ねる。男はタオの方を見て口の端を吊り上げた後レイナの顔を見て答えた。


「例えば、桃太郎の話といこうか。勧善懲悪の物語だ」

「おい……」

「タオ兄、ここは少し黙っておきましょう……」


 タオが険しい顔になるがシェインが宥め、男は続ける。


「桃太郎は善であり必ず勝つ。鬼は悪であり必ず負ける。正しい世界の流れでこれが覆ることはない。例え、鬼が本土から迫害された流民の集まりで、生きるために仕方なく悪事を行っていたとしても悪は悪として粛清される」

「何が言いてぇんだ……!」

「タオ兄!」


 シェインが止めるがタオは止まらず、エクスと二人掛かりでタオを止める羽目になる。男はそちらのことを意にも介さずに続けた。


「……だが、カオステラーが描く未来は別だ。新たな秩序の下では新たな世界が生み出される。よくあるパターンだと鬼の娘と桃太郎が恋仲になって相手も同じ人間なんだとか、そんな感じで仲良くなって新たな敵を倒す……とかな」

「……それなら……私のしていることは……」

「ただし、そのためには今ある世界にいる全員を殺して植え替える必要があるんだけどな。物理的に殺さなくても精神は総入れ替えすることが最低条件だ。そいつらは新しい世界にいる皆の中に含まれていないんだから」


 これまで以上に、殊更楽しげに男はこの場にいる面々に視線を向けて嗤ってそう言った。


「カオステラーの描く幸せはカオステラーの主観による幸せだ。本当に全員が幸せであるかどうかは関係ない。それをどう取るかはそれこそ個人の自由だ。しかし救われるものは確実に居る」


 一拍置いて彼は結論に入る。


「俺は調律の導く世界とカオステラーの描く世界、どちらも楽しくていいと思うが自分で動くのは面倒でね……勝った方の世界を楽しむことにした。だが、どちらかに肩入れするのは嫌でね……役としての責務を果たした上で俺の影響を残さないように記憶は貰った。それが答えになるかな」


 地響きが鳴る。敵の襲来を告げる音がする。


「……さて、今回の問いの答えはこれまでみたいだな。問いは記憶をなくした理由とカオステラーについての説明だった。最後は無個性モブ剣士の問いに答えようとするか」

「……僕の問いには時間制限はないんですか?」


 未だ混乱しているレイナを支えつつエクスは男を軽く睨むようにして尋ねた。南の道から来てヴィランたちを倒してきた上、西、北、東の敵を倒しに行くのだ。そうなると彼だけ時間制限がないように思われる。

 しかし、男は頬杖をついて軽い口調でその言葉を否定する。


「時間制限は普通にあるよ。最後は空から来るということが分かってる。私が逃げないようにするために見張りをしていた彼らがやぶれかぶれになって特攻してくるまでが君の持ち時間だ。さぁ、その時間を多く生むために戦って来るといい」


 やり場のない憤りを覚えながらエクスは進み、それに伴う形で全員が東から来る敵へと向かった。



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