第3話本当の真実
「はっ…! 」
目覚めるとそこは真っ暗な場所で、自分の手足の感覚はあるものの全く何も見えない場所だった。
「そうか…。俺は自爆したのか…」
だが、感覚として自分の肉体がマッサージチェアの様な物に横たわり、手足は何かに包まれて拘束されている他、頭には何か被っている様な感じはあったが、アマテラスのコックピットのそれとは感覚が全く違った。
「まさか。自爆しても助かったのか? 」
この状況ではその様な声がつい漏れてしまう。
だが、誰かが聞いている訳ではない。
ただ、その声がどこかで反響して自分の耳に入って来るだけだった。
「本当に、何なんだよこれは…」
そう声を漏らすと、目の前に凹型に光のすじが入り始め、そこから一気に目の前が明るくなった。
光に包まれたかと思えば次は真っ暗闇で、再び急激な光が入って来るこの状況においては何が何だかわからないだけでなく目が付いていけない。
目が光に順応してきてようやく目の前は扉が開いて光が差し込んできたのだと理解した。
手足に目を向けると、カバーの様な物で固定されていたが、拘束具という程のものではなかった。
状況が飲み込めず茫然としていると、数人の男たちを引き連れ見るからに研究者といった外見の白衣の男が現れた。
「“五感体験型シアター”の体験はいかがでしたかな? 」
「“五感体験型シアター”? 」
その瞬間、俺は思い出した。
雑誌で募集されていた新発明の体感型シアターの体験に何気なく応募して、それに当選して体験会に参加していた事を。
その新開発された装置は器具を通して脳と五感に働きかけ体験者自身が仮想現実の中で架空の物語の主人公となってその世界を体感するという物になっており、大まかなストーリーはあるものの、ストーリーの流れは体験者の選択で変わって来る。
言わば映画というよりはコンピューターゲームに近いものである。
今回俺が体験した仮想現実での話の大元のストーリーはここの研究員たちが既存のコンピューターゲームや映画、書籍を元に筋書きを描いたもので、見てきた世界は頭部に被せられていたヘッドギアに自動収納式になっているバイザー越しに見ていた様だった。
白衣の男と共に現れた男たちによって身体に取り付けられている器具を外されたので時計を見る。
日付はこの施設に来た日のままだったが時間は体験開始から見て150分程度と長編映画のそれと変わらなかった。
器具が外されるのと同時に横たわっていた椅子の姿勢が自動で起き上がる。
足を床に付けて立ち上がろうとすると白衣姿の男に制止された。
「まだ、解除が完全ではないので座ったままでお願いします」
「どういう事で?器具は全部外れてますけど? 」
「この設備は脳と五感に直接働きかける物であるという話は覚えてますか? 」
「はい」
「つまり、感覚が一度、幻想状態に離れてしまうので10分ほど回復に時間を要します」
「なるほど」
言われるがまましばらくそのままでいた。
普段10分などと言う時間はあっという間に経過するが何もしないで待つのはかなり退屈である。
しばらくすると白衣の男が再び現れて椅子から起き上がる許可を得たので、そのまま立ち上がり目の前の扉から外に出た。
外から見ると自分が入っていた装置は卵型をしており、大きさとしては高さが2m程度といった感じか。
装置から出るとそのまま別室に案内された。
そこは刑事ドラマなどに出てくる取調室の様な簡素な部屋で部屋の中央と奥に机と椅子が備え付けられており、奥の机には書類やファイルが積み上げられていた。
促されるままに中央の机の椅子に座るとホッチキス止めの書類と小学校で読書感想文を書く様な一般的な原稿用紙に、ボールペンと修正テープが渡された。
「これに目を通して、こっちの書類に簡単でいいので感想を書いていただきたい」
「わかりました」
書類を渡すと男は部屋から出て行く。
扉などは無い部屋ではあるがあまり居心地はよくない。
とりあえず渡された書類に目を通すとそこには3D酔いの様に、帰宅後万が一体調不良を起こした際の対処法やそれで何かあって病院に言った場合、医師にこの研究所の緊急連絡先を伝える事、その際の補償についてなどが図解付きで解り易く事細かに記されていた。
3D映画もそうであったが、開発中にいくらテストを繰り返していたとしても3D酔いの様に実用化されてから見つかる現象もある為、念を押しての事だろう。
説明の書類に一通り目を通すと原稿用紙を手に取り自分が仮想現実で体験してきた話と、機械がどれだけリアルな体験を自分に与えていたか、仮想世界での時間と実際の時間の大幅なズレなどの感想を書いた。
書類に目を通し感想の記入が終わるタイミングで再び男がやってきた。
「書類の方はご覧いただけましたかな? 」
「はい。感想も記入し終わりましたよ」
「そちらの書類はそのままお持ち帰りください」
「これが感想です」
感想を書いた原稿用紙を渡すと今度は別の書類を渡してきた。
「この2枚はどちらも同じ内容で、先ほどの書類をこちらからお渡ししたのと、こちらが真田様より感想を頂いたという確認書になるので2枚ともご確認の上、ご署名をお願い致します」
言われた通りに見比べてみるのだが、上の割印と署名欄以外は書いてあるのはたった2行で特にどうこう言うほどの事はないのだが。
新開発で特許の塊の様な装置であるが故、法的に効力を持つこういった書類を作成するなど細かい事にも気を使わざるを得ないのだろう。
手早く署名をし、1枚を控えにもらうと男が再び口火をきった。
「確認の方は以上です。それと今回の体験会への参加と感想を頂いたのでお礼として弊社のカタログギフトを後日郵送させて頂きますのでお受け取りください」
「わかりました」
入ってきた時と同じく男に促されるままに部屋を後にする。
出入り口で預けていた手荷物の入った金属製の箱が渡される。
箱は銭湯やスポーツジムにある電子ロック式の貴重品ボックスと同じ暗証番号式のもので預ける時に決めた暗証番号を入力して開けた。
荷物を受け取り建物を後にする。
建物のドアを開けた時に感じた風は日本の気候のそれであり、外の空気も今までの日常のものと全く変わらない。
施設の敷地を出て夕焼けを眺めながらしばらく進むと幹線道路に出る。
ひっきりなく通る自動車の排ガスの臭いといい道路を挟んで広がる街並みといい、いつもの光景のはずなのに何故か懐かしさを覚えた。
幹線道路を進んで駅に向かって電車に乗ると時間の関係もあるだろうが日本特有の混雑で車両の出入り口の上の液晶モニターには次から次に広告が映し出され隅には時刻と次の停車駅が表示される。
ほんの小一時間前までいた仮想世界とは全く違う。
そう、まさしくその光景は自分が生まれ育った“日本”という国のそれであった。
自宅アパートの最寄り駅に着くと辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
途中、夕食を買いに寄った全国チェーンの弁当屋もいつもと変わらずこれが本来の“日常”だったと再確認した。
自宅に戻ると買ってきた弁当を電子レンジで温め夕食を済ませた。
そして、シャワーを浴びるとそのまま床に就いた。
自宅に戻ってからの行動は仮想世界で目覚める直前の記憶と全く同じで気味が悪いが、次に目覚める時はいつもの日常が待っているはずだ。
少なくともこの場に一条はいないのだから、彼に起こされる事は無いだろう。
―――その頃、施設では…。―――
「彼の感想文を読んだ限りまだ記憶の操作は完全では無さそうだな。」
「まぁ、こちらの調査員が民間人に紛れる形で交代で監視していますから、何かあれば今回同様にまた適当な理由を付けて連れてくれば大丈夫でしょう」
「問題は記憶が復活してしまう事だな…」
「先の記憶操作では例の機械で過去の記憶を仮想世界での出来事だという事にしてあるのでフラッシュバックなどを起こしても空想世界で見た物と考えるでしょう」
「確かに、脳波やその他のものは異常が見当たらない以上、科学的な問題は無さそうだが…。にしても、あの戦争からもう3年か…。本来なら真田亮二と一条総司は“戦争を終結させた英雄”であるべき存在なのだがな」
「いたしかたありませんよ。“アマテラス計画”はそもそも存在が無かった事になってしまったのですから」
「政治家という生き物は本当に嫌いだね…。奴らは自分の面子ばかり気にしてめちゃくちゃな事を素知らぬ顔でやってのける」
「まったくです…」
「一条総司の方はどうなってる? 」
「彼も現状は問題無く生活しております。記憶操作は順調でこちらが用意した心療内科へ通院させながら偽の薬と“ドクターストップ”と言う形での就労制限をかけて監視していますし、彼の父親名義で毎月10万円程度を彼の口座に生活資金は入れていますので、生活保護水準以下ではありますが、何とか生活出来ているようです。現状では戦場での記憶は消去出来ているであろうと主治医から報告を受けています」
「そうか…。他のアマテラス関係者が元々自衛官だった事は幸いだったな」
「はい。自爆攻撃を行った彼ら以外の“関係者”は皆、特殊部隊就きになった事で色々と好都合に物事が運びました」
―――彼は知らなかった。―――
先ほど“仮想世界での出来事”だとされた事が実は現実だった事を。
彼が体験した機械が新開発された記憶操作装置だった事を。
―――彼が仮想世界で見せられたとされる“現実”には続きが存在した―――
本当の真実は彼が自爆装置に手をかけた時、実は爆発までに若干の時間が存在していた。
アマテラスに搭載されていた自爆装置の本来の目的は、万が一最前線で活動限界時間を迎え、回収が不可能と判断された場合に機密保持の目的で自爆するものだった。
それ故に搭乗員が脱出し、安全な場所まで避難出来るだけの時間が設けられていたのだ。
そして、その時間を利用して一条は装備していた“刀”で彼の機体をこじ開け彼を救出していた。
彼の機体の自爆によって不発だったミサイルやコントロール施設の建物も誘爆した。
その爆発はコントロール施設の建物があった場所を中心に巨大なクレーターが出来る程の巨大なものであった。
だが、アマテラスの装甲はそれをもろともせず、二人とも無事に生還した。
防衛目標を失った共産枢軸の兵士たちは次々と投降し、多国籍軍の収容施設に収監された。
ナビ―・シュアイブのコントロール施設の建物は共産枢軸の最後の砦でここを破壊された事は事実上の敗北を意味していた。
その為、共産枢軸は無条件降伏する以外の道は無く、指導者たちの半数以上が自殺という選択をした一方で残党の暴走を防ぐために投降を呼びかける者もいた。
元々“共産枢軸”の参加者の大半は特定の宗教団体の過激派やその国の政府に不満を持った政治団体の関係者ではなく、大規模な外資の参入で職を失った失業者であり、特定の宗教団体の過激派組織や反政府勢力の構成員は皆無だった。
指導者の中に投降を呼びかける者が出てきた事で無条件降伏は混乱なく行われた他、戦後の処理は亡命政府の帰還で無事に行われていった。
ただ、戦後混乱を極めたのは多国籍軍の側で、ナビ―・シュアイブによって多大な損害を被った事やアマテラスの存在は戦場を大きく変える物である為、危険視された他、国連でもその問題は持ち上がっていた。
だが、アマテラスの技術の公開は同じ様な紛争が起こった際に裏で支援している国家がそれを持てばそれこそ最終戦争だ。
そう言った国際情勢に配慮し、日本国としてはアマテラスの存在を“最初から存在していない存在”として扱い、関係資料の抹消と関係者の徹底的な監視が行われた。
その中でも徴兵で兵役に就いていた一条総司と真田亮二は最後の攻撃の当事者であり、もっとも重要な機密情報を知っている為に共に記憶操作を受けて退役となり、その後もなお監視対象とされていた。
一条の説明では大部分が省かれていたが、この戦争の少し前に時の内閣による憲法解釈の変更と強行採決に因った安全保障関連法の改正で自衛隊(JSDF=Japan Self Defense Force)は日本国防軍(Japan Defense Force)と名を変え、国防軍の陸・海・空軍に日本国特殊作戦国防軍(JAPAN Special Operations Defense Force)という統合軍を加えた4軍体制となった他、関連法案の法改正を根拠にNATO(北大西洋条約機構)や他の同盟関係各国が武力介入を行った紛争に堂々と行う様になり、軍備拡張に伴う増員及び、兵員不足を補う為に徴兵制度の復活などが起こっていた。
そういった事情から彼らも徴兵されて軍属となった。
―――それがこの戦争の真実である。―――
だが、そういった事は全て報道管制で秘匿されていたし、徴兵に関しても表向きは“志願制”という建前で運用されていた。
さらに、自衛隊が国防軍として4軍体制に移行した後も表向きはそれまでと同じ“自衛隊”という呼称を使っていたが故に、一般人は“自衛隊が紛争に介入するようになった”という情報しかなく、大規模な紛争に巻き込まれた事で多大な犠牲を払う事となった時の内閣の失態という認識であった。
しかし、いくらこの戦争を終わらせたのがこの国であったとしても、アマテラス計画の抹消の為にはその事も秘匿される結果となってしまった他、多大な犠牲を払ったという事実が国民感情をより一層反戦に傾け、大規模な学生運動や世論の変化で暴力は伴わなかったが、クーデターに近い形で政府は転覆し、大半の議員は失脚する事となった。
その後、樹立した制度では“専守防衛”という観点から国防軍は解体され、再び自衛隊として再編が行われた他、徴兵制度は撤廃された事で、志願した者以外は完全に除籍出来たというのが国内事情である。
一方“アマテラス計画”はその存在が新たな火種になりかねない危険なものでもあった事から新政府関係者からしても“アマテラス計画”の存在は否定せざるを得なかった事で、全ての事実を黙殺し、計画時の司令官であった古谷と渡に特権を与える形で計画の存在を抹消する事になった。
それ故にアマテラス搭乗員には特に機密情報の保持の為に、除隊した者には一層の記憶操作や徹底した監視が行われていた。
さらに安全保障の観点から国連でも共産枢軸との戦闘に関していわゆる“テロリストとの紛争”という形での記録に改竄がなされていて、世界規模で徹底した情報管理が行われた。
その結果、記録は殆ど残されず、ナビ―・シュアイブも単なる太陽光発電施設という事に改竄されていた。―――
そういった事情からインターネットでいくら検索しても、その紛争に関しては詳細な事は不明となっていた他、各国のメディアでも一切が報じられない為に、彼らが“戦争を終結させた英雄”である事以前に、紛争の終結は“指導者の殺害によるもの”という事になり、教科書を始めとした各種文献にもそういう形での記載に留まる事になっていた。
事実の隠匿などの事は戦後の世界での事態の収拾に一役かったのか“アマテラス計画”や4軍体制下での出来事を関係者の記憶操作において矛盾が生じない事もあってか“アマテラス計画”の関係者を除くと本音と建前の矛盾以外で何かの問題は殆ど無く、事実の公表は表向きに“空想の話”としか捉えられなかった。
ただし、アマテラス計画の関係者においては、それこそ“知りすぎた存在”であり彼らの存在自体が世界に影響を与えてしまう可能性は否定できず、当初は“何らかの事故に見せかけて抹殺する”という各国の諜報部隊が得意とする方法での黙殺も視野に入れられていたのだが、計画に関係していた者の数が多く、その方法では俗に言われる“ファラオの呪い”の様に後年に何らかの寓話として話が流布された挙句、話に尾鰭、背鰭が付いて回り、研究者によって何らかの調査が行われてしまう可能性が過去の事例からも否めなかったが、アマテラスに搭載された“脳波接続機構”の技術がここでも一役買う事になった。
“脳波接続機構”は本来、操縦者の思考を直接機体に反映させるもので、操縦に高度な技術を必要としなくなる為のシステムとして開発されたのだが、一方で重大な欠陥を秘めていた。
―――それは開発者の渡ですら開発時には知りえないものだったのだが、操縦者の脳波を読み取り機体の制御を行うというシステムの仕様がもたらすもので特定の条件下では、機体から脳内に電気信号が逆流し、機体の負荷が幻覚として発現し、場合によっては脳が機体ダメージを身体の異常の様に錯覚してしまうという危険極まりないものだった。
そのため、実戦投入された機体ではリミッターを設ける事でそういった欠陥によるダメージが搭乗者に伝わらない様に配慮されていた。
だが、この欠陥は逆に技術転用で記憶操作に使用する事が容易となるということでもあり、そういった事で除隊した関係者には、記憶操作と監視という方法がとられる事になった。
その為、諜報機関のお家芸の様な“事故死に見せる謀殺”の必要性も無くなり、あったとしてもそれは本当に最期の手段になっていた。
―――“脳波接続機構”の本来の用途での存在はアマテラス計画と共に抹消されてはいた。―――
だが、本来なら欠陥であった部分を技術転用という形で記憶操作のためにその欠陥部分だけは残される事になっていた。
昔から記憶操作というのは色々な方法で行われていたものであったし、記憶操作の副産物として、記憶のデータ化がある程度可能になった事から派生して新型の嘘発見器の発明にも一役買う結果となっていた。
―――本来なら欠陥であったこの部分の技術の転用が、様々な恩恵をもたらした事は本当に皮肉だろう。―――
だが、それによって“国家によって謀殺”されていたかもしれない関係者が救われた事実は否めない。
―――この先、もしもまた、共産枢軸の様な組織が現れこの様な戦乱が再び起こった時、また彼らの様な被害者となる英雄が出ない事を切に願う。―――
~完~
幻想狂詩曲 皐月芽依 @MaySatuki
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