第2話新たなる力

―――けたたましい電子音のアラームで叩き起こされる。



 入院中もそうだったのだが相変わらずうるさい。

 だが、この位うるさいアラームでも鳴らさないと疲労困憊の兵士は起きないのだろう。

 ベッドから起き上がり一条の方に目を向けると既にもぬけの空だ。

 どうせ彼の事だからとっとと着替えて寝起きの一服でもしに向かったのだろう。

 分煙化が徹底されている事はこういう時にありがたい。

 元の世界で彼の部屋に泊まった事は何度かあったが、彼の起きぬけの一服の煙の煙草臭さが目覚まし代わりになっていた。

 そういう事からしても寝起きに煙草臭くないのは気分的に良い。

 勿論、煙草の臭いの問題と一条総司という男に対する評価は全くの別問題であるのだが。

 それにしても一条総司を含め喫煙者の中でも一日に20本以上喫煙するヘビースモーカーと呼ばれる部類の人間の行動はいまいちわからない。

 暇さえあれば煙草をふかし、寝起きはもとより食後などの区切りのタイミングで必ず一本は毎回吸っている。

 俺が知る一条総司はそれに輪をかけた様な男で、紙巻き等の煙草が無くなり買いに出かけるのが面倒となると自身の部屋の吸殻をほぐしては吸殻から取り出した煙草葉をパイプに詰めて吸っていた。

 魚のマグロが常に泳いでいないと呼吸が出来ずに窒息するという話は有名であるが、一条の場合は煙草を吸っていないと何か問題でもあるのではないかとさえ思える程のヘビースモーカーであり、どこか街中ではぐれても大概の場合は公衆の喫煙所で見つかるのが常だった。

 そういう面では行動パターンはわかりやすいと言えるのだが、全く吸わない俺からしたら理解に苦しむ。

 着替えていると案の定一条が煙草臭い臭いをその身に纏いながら戻ってきた。

「おう。起きたか。起床アラームより早く目覚めたから一服しに行ってたぞ」

「そんな報告されなくても、そんなのいつもの事だし臭いでわかるよ」

「そんなに臭うか? 」

「喫煙者にはわからないだろうが吸わないとすぐわかるよ。一度禁煙したらどうだ? 」

「ハハハッ。お前は知らないだろうが、禁煙なら何度も失敗してるんだよ。最高記録は半年くらいだったかな? 」

「逆に半年禁煙できたのに何でまた吸い始めたんだよ」

「ふっ。禁煙始めた理由も禁煙やめた理由も忘れたよ。まぁ。そんなことより食堂に行くか?」

「そうだな」

 二人で部屋を後にし、そのまままっすぐ食堂に向かう。

 朝食のメニューは学生相手の合宿施設等で供されるそれと大差ない物であったが、相変わらずここが最前線であるとは思えない内容である

 食事を終え一条の一服に付き合っていると館内放送が流れ、召集が掛かる。

 どうやら“新兵器”の到着前に点呼を行う様だ。

 とりあえず一条の後について建物の外の隊列に並ぶ。

 士官と思しき屈強な面構えで俺たちとは違った軍服の上に白衣を着た男が列の前に立つと全員で一斉に敬礼をしたのでおれも合わせた。

「全員揃ったか?私は本日よりこの隊で指導教官を務める事になった中佐の“渡弘”だ。これより点呼をとるから呼ばれた順に並び直せ! 」

 そう言うと渡中佐は階級の低い者から五十音順に呼び始め、隊列を変えたので、俺も一条も指示通りに移動する。

 運が良いのかこの隊で伍長以上の階級の人間が少ない事もあってか、隊列を変えても一条とは隣同士に並ぶ運びになった。

 全員の名前と階級を呼び終わると渡中佐はそれを見渡し手元の名簿を脇に抱えて一歩前に出た。

「全員、問題無さそうだな。まだ私が指導教官に本日付で着任したという事以外は極秘事項である為に詳しい話は出来ないが昨晩の通達通り本日15:00時より航空機ハンガーにて行われる“新兵器”の発表会でもこの隊列で並ぶように。他の事は追って通達がある事になっているからそのつもりで。以上!解散! 」

 中佐の敬礼に合わせて一斉に敬礼をする。

 そして、中佐がその場を後にするのを確認すると全員が建物内に戻っていく。

 俺たちも同じ様に建物に向かうのだが、周囲の空気が何故か先ほどよりピリピリしている様に感じた。

 建物に戻るや否や一条は煙草に火を点けた。

 そして、空になった箱を握りつぶすとゴミ箱に投げ込んだ

 一体どうしたのだろうか。

 召集が掛かる前とはまるで様子が異なる。

「畜生ッ…」

 煙を吐きながら彼はそう呟いた。

「一体どうしたんだ?さっきと様子が真逆じゃないか? 」

「どうしたもこうしたもねぇよ! 」

 一条の突然の怒号に場が静まり返り、俺も一瞬怯んだ。

「悪い。お前は“記憶が無い”んだったな…」

「いや。謝らなくていい。お前がそんなに苛立つって事は何か訳ありなんだな。」

「あぁ。あの“渡弘”って中佐は軍全体から“あの世への渡し船”って渾名されててな。元は科学者だったって話らしいが、中佐の設計で造られた兵器はその性能こそ一級品で一騎当千の無双兵器だが、それ故に扱いが酷く難しく、兵器の暴走で自軍の一個小隊全滅って噂も度々あるんだ。先の戦闘でも暴走した戦闘機がフル装備のまま友軍に突っ込んだ事故があってな。最新型だから故に起きた整備不良による事故って事で処理されたが、一説では中佐の発明したシステムにパイロットが耐えられずに味方に突っ込んだんじゃないかって言われている」

「要するに“マッドサイエンティスト”って話か…」

「あぁ。そんな人間が指導教官に着任したって事は今日到着の“新兵器”とやらは中佐が開発したんだろう? 」

「それで皆ピリピリしてるってわけか…」

「ここにいる人間の大半が徴兵だ。好き好んで戦場に来る傭兵や職業軍人と違って皆、故郷の人間の為に、生きて帰る為に戦ってる。新兵器の実戦運用部隊は数あれ、同じ新兵器の実戦運用部隊でもこの隊は完全なモルモット部隊だ。さっきまで詳細が伏せられていたのもそれを隠して士気の低下を防いでいたんだろう」

「そういうことか…」

 一条の話を聞いてから俺も生きた心地がしなかった。

 と、いうよりもここが最前線である事を再認識させられたと言った方が適当なのかもしれない。

 そのせいで冷や汗が止まらず、昼食も味がわからず食べた気にならなかった。

 だが、時間は黙っていても進むのが常だ。

 他の事は追って通達があると聞かされてはいたが、航空機ハンガーへの集合時間まで一切の通達は無かった。

 その間に、見た事も無いほどの大型の輸送機が数機、この基地に飛来し、中から巨大なコンテナが現れてはハンガーに搬入されていた。

 時間通りに航空機ハンガーに着くと身分確認が厳重に行われ、常備していた機関拳銃を含め認識票以外の所持品は一時預かりとなった。

 スパイ対策といえば納得だが、護身用レベルの支給品すら一時預かりになるとは余程の事だろう。

 朝方の指示通りに整列して待っていると次々に上級士官と思しき人間がハンガーに入ってきた。

 それを見た誰かが話す声が聞こえてきた。

「おい、見ろよ。大隊長自らお目見えだぜ? 」

 大隊長が自らこの場に現れると言うのは確かに異例だ。

 そういう場合、普通ならそういったお偉いさんの為にパイプ椅子くらいの用意はあって当然なのだがこの場にいたってはそれすらない。

 彼らが俺たちの前に整列すると号令がかかり一斉に敬礼する。

 敬礼がとかれるとそのまま大隊長の古谷秀一大佐がそのまま話を始めた。

「諸君。本日集まってもらったのは他でもない。先に指令書でも説明した通り、新兵器と我が大隊に新設した君たち“第12特務戦隊”の詳細の発表である。先の“共産枢軸”との拠点攻略戦では、かなりの抵抗を受けた為に全軍を通じて甚大な被害を被り、戦略的撤退を強いられる形になったが、今回配備される“新兵器”は今まで何処の国でも開発されていない正真正銘の“新兵器”だ。この兵器は今までにないコンセプトのもとに開発され、操縦システムに“脳波接続機構”を搭載した事で自家用車の様に最低限の使用訓練さえすれば、特殊な訓練を受けずに誰でも使用でき、どんな状況下にあっても対応出来る代物である。故に実戦使用まではこの部隊内だけの極秘扱いとなり、最低限の訓練も極秘で行う。まず、その兵器の説明を訓練教官の渡弘中佐に行ってもらう」

 大隊長の説明が終わると訓練教官の渡中佐が前に出てきた。

「今回新たに投入される新兵器の概要であるが、この兵器は今までSF映画等の中でしか存在しなかった空想の産物と思われるかもしれない。だが、このコンテナの中のそれは確実に作動できるように何度もテストを行ったもので、その能力は未知数である。では、見ていただこう。型式番号STK‐05M特務機動兵装システム“アマテラス”であるっ! 」

 そういうと後ろに配置されていた大型のコンテナが開かれ中から“アマテラス”と名付けられた兵器がその姿を見せた。

 テストパイロットと思われる姿の兵がハッチから乗り込み起動させ、デモンストレーションが始まる。

 コンテナから出てきた古の神の名を冠したその“新兵器”の見た目は今までSF映画やアニメの中でしか見た事が無い二足歩行ロボット兵器そのもので、サイズは立ちあがった状態で10m程度と言ったところか。

 ただ、人間で言うと腕に当たる部位は肘から先が無く、その先端はコネクターの様な形状をしている他、人間なら頭部がある筈の部分にはアンテナが乱立しており、胸部は拳銃弾の様な丸みを帯びた球状の張り出しにスリットが入っていた。

 恐らくそのスリット部分がカメラになっているのだろう。

 アマテラスのデモンストレーションに合わせる形で渡中佐による説明が続く。

「この兵器は新技術の塊の様な物で動力源には新型のエンジンを搭載し、新開発の装甲材は既存の戦車砲程度では傷一つ付かないどころか砲弾の方が砕け散る。この“アマテラス”には既存の12.7mm重機関銃をベースにした固定武装が2門搭載されている他、腕部に専用の各種火砲を搭載する様に設計されているだけでなく、各ハードポイントには様々な武装が可能な上、見ての通り二足歩行以外に格納式の無限軌道による移動やバックパックのバーニア噴射による高速ホバー走行が可能であり、水上での運用も可能になっている。その為、既存の戦車、並びに対戦車武器はその存在自体がこのアマテラスには意味をなさない。アマテラスに対抗出来るのはアマテラスだけであるっ! 」

 その“アマテラス”と呼ばれるロボットは区分では車両扱いとなっているらしいのだが、どう見ても二足歩行ロボットとしか見えない。

 二足歩行ロボットであるアマテラスはその特徴故に万が一脚部が損傷したり、歩行不能となったりした場合は腰部から分裂し、その際には格納されている車輪により戦闘の継続や戦線離脱が可能な様になっているそうだ。

 その機能によって搭乗者の生残性を高めている他、核となる新型エンジンの機密を保持出来るらしい。

 この部隊に配備されるアマテラスは先行量産型の64機と指揮官用8機の72機で指揮官機1機を中心に各小隊9機1編成の8個小隊で運用をされる様だ。

 そうなるとこの戦隊の規模から考えて約30%がアマテラスの搭乗員に充てられる。

 残りの人間が整備やその他の支援要員だとしてもアマテラスの運用に対して整備や補給に少々の不安が出てしまうのだが、そこは最新鋭機と言う事なのか、機体自体が幾つかのブロックで構成されている為に、不良個所や損傷個所はブロックごと交換する様になっていて整備要員も少数で間に合う様だ。

 アマテラスの公開と同時に配布された資料によれば、武装面に関しては今までの歩兵武器をスケールアップした様な物が中心で、通常の歩兵武器の整備がわかっていればだいたい問題無く行えそうだ。

 機密保持の為か詳しい記載は無かったものの、資料には簡単なスペックと腕部に武装をした状態のイラストが書かれており、簡潔にまとめると次の様になる。



【特務機動兵装システム“アマテラス”】

・型式番号:STK‐05M

・乗員1名

・全高:10.8m

・本体重量:50.2t

・最大全備重量:75.4t

・装甲:人工ダイヤモンドコーティング新型超硬合金複合多重装甲

・機関出力;1500kw

・推力:260t

・最大速力:二足歩行時100km/h無限軌道走行時120km/hホバー走行時220km/h

・武装;12.7mm機銃×2(カメラ下部固定武装)、57mmリボルバーカノン/100mm口径専用散弾砲/216mm無反動砲/40mmガトリング砲、127mmカノン砲、70mm30連装ロケットランチャー、142mm15連装ミサイルポッド/ハーモニクス・バヨネット(腕部兵装用銃剣)/他多数―――

・補足:“脳波接続機構”使用時には専用ヘッドギアを使用



 武装に関しては新開発の砲が幾つかある様だが、既存の戦闘ヘリ等で使われている物を転用した物や艦載砲を元に作られた物が多く、基本的には既存の弾薬をそのまま使える物が中心である様だし、他にも腕部兵装に追加装備する銃剣や移動式の長距離ミサイルを転用した大型の連装ミサイルランチャー等の様々な武装が用意されている様で今後さらに複数追加予定である様だ。

 艦載砲の弾薬や対艦ミサイルを転用する発想はまだ理解出来るのだが、銃剣の必要性に関しては疑問である。

 敵軍に同様のロボット兵器が存在したら白兵戦もあり得るだろうが、歩兵や戦車相手に果たして有効な武器と言えるのか疑問である。

“ハーモニクス・バヨネット”というその名称が示す様にこの銃剣はブレードを高周波振動発生装置によって超高速で振動させて物体を斬り裂くという物らしく、仕組み自体は模型製作で使われる市販の超振動カッターや医療用の超音波振動メスと同じ物のスケールアップ品と言って差し支えない代物ではある様だ。

 資料の図面を見る限り、その形状はサバイバルナイフの様にも使用できる片刃の多目的銃剣のそれと似通った形である。

 ここは砂漠地帯である為、殆ど関係無い話になるのだが、密林を進軍する場合にこの銃剣を鉈の様に扱って木々を薙ぎ払うという使い方もありそうではあるが、アマテラス自体の質量をもってすれば余程の大木でもない限りその必要性は無いと素人目でも言える。

 だが、弾詰まりや弾切れを起こした際の予備兵装と考えても戦車の装甲に対しての有効性に疑問が残る。

 一方で、その存在感は充分に威嚇用途としては作用しそうではあった。

 ただし、そうだとしても1940年代に使われていたドイツの急降下爆撃機“Ju87スツーカ”が装備していた“ジェリコのラッパ”とか“悪魔のサイレン”と呼ばれた威嚇用吹鳴機と同じで心理的効果は一過性の物だろう。

 まぁ実戦での使用もまだであり、その用法は開発時に考えられた物と別の物が戦闘中に発見される事も考えられるし、言ってしまえば『使ってみないとわからない』という話になるのだが。

 大雑把な説明とデモンストレーションが終わるとこの“第12特務戦隊”の戦隊長に就任した“藤原克典中佐”の挨拶や戦隊内での配属小隊と小隊長等の発表が行われ、その場で各小隊に召集された。

 全部で8つの小隊に振り分けられ、俺と一条は同じ“第05小隊”のアマテラス搭乗員という配属の様だ。

 小隊長に着任した“霧島純一”少佐の弁では、今回の配属では個人のコールサインも一新された他、この戦隊内では各小隊にコードネームが割り振られていて、その名称は“冬のダイヤモンド”と“冬の大三角”を構成する恒星の一つに由来するものだそうで、俺の所属する“第05小隊”のコードネームは“アルデバラン”となっていた。

 アマテラスの搭乗員には戦闘機パイロットに割り当てられるコールサインは霧島少佐が“ミスト”で一条が“カタナ”そして俺が“ミッドフィールダー”と言う事だ。

 恐らく名前や過去の経歴から安直に付けられた物だろう。

 俺が知る限り空軍のアクロバットチームや特殊部隊なら小隊毎にコードネームや愛称が付くが一般的な小隊ならそう言った事は無いのが普通である。

 つまり各小隊自体が独立した扱いとなっているのだろう。

 他のアマテラス搭乗員は“大橋俊介(ブリッジ)大尉”“湯沢透(ゼロ)中尉”“石川隆志(ストーン)少尉”“松崎彰(パイン)曹長”“篁雄一(ファースト)軍曹”“星嶋周平(スター)軍曹”の9名で通信担当や整備担当などそれ以外の人員を含めるとこの小隊は70人規模となる様だ。

 俺と一条を含めた下士官はアマテラスの存在自体知らされていなかったものの、尉官達は配備前の訓練を積んだ熟練であるそうで、搬入されたコンテナにはシミュレーターも入っていた様だし、整備班にも尉官が着任している事からして実地訓練は問題無さそうではある。

 だが、見た事も聞いた事も無い兵器の搭乗員にいきなり任命された所で使えるかどうかといった問題はやはり残る。

 だが、現実的にそんな事を言っている余裕は無さそうで、大隊長の説明によると停戦合意の破棄は時間の問題と言えるほどに事態は深刻化している様だ。

 それ故に一通りの説明が終わるなり、その場で食事が配られ食事休憩をはさんですぐにそのまま各担当で別れて訓練が開始された。

 シミュレーターは各小隊に5台用意され、訓練は士官にテストパイロット1名を加えてマンツーマンで行われる下りとなった。

 いざその中に入ってみると一般的な自動車の運転席程度の広さで、足下にはいくつかのペダルがある他に2本の操縦レバーが配置されているレイアウトになっており、脳波を読み取る特殊なヘルメットを被って操縦する様だ。

 モニターには一般的な戦闘機のヘッドアップディスプレイとよく似た物が表示されている他に疑似的な映像が投影されていた。

 まずは第1段階として基本操作の指導を受けるのだが、2本の操縦桿とそれに付随したスイッチに足下のペダルの組み合わせで操作する性格上、一般的な自動車とは勝手が違うのだが、ヘルメットで読み取った脳波を元にして動きの補助が行われる為、極端な話をすると考えれば操縦は可能になっており、開発者の言葉通り誰でも扱える兵器と言える。

 その日はそのまま操縦訓練で1日が終わり、訓練後はまともに風呂に入る時間も無く部屋のシャワーで済ませ、就寝前に昼間の説明で初めて聞いた敵の名前“共産枢軸”について一条に聞いてみた。

「なぁ総司。昼間、大隊長が言ってた“共産枢軸”って何だ? 」

「それも忘れてるのか?“共産枢軸”ってのは、俺たちが戦ってる敵の名前だ。元々はイエメンで武装蜂起した集団なんだが、どういうわけか最新の軍備を備えててな。インターネットを駆使した宣伝戦略で協賛者を世界中から集めてて、武装蜂起してから数カ月で紅海周辺国をその勢力下に置いた上に、国家樹立を宣言してる。代表者や外交窓口はあるが、元がテロ組織故に、国連でも国家承認はされていない。ただ、今までの武装組織との大きな違いは特定の宗教の過激派組織が母体となった物ではないし、言ってしまえばクーデターみたいな形で国の政府を追いやったって所だ。公になって無い話だと裏では様々な共産国と手を組んでると言われてる。長射程ミサイルや最新火器等の軍備はそっからの支援だって話らしい。そう言うわけで俺ら多国籍軍は各国の亡命政府からの要請に基づいて派遣されたって話さ」

「なるほど…」

「とりあえず、解説はこんなもんでいいか? 」

「あぁ。すまないな」

「いいって事よ」

 一条の話が本当なら俺は別の世界に飛ばされたというよりも数年間の記憶が欠如してしまったという状態に置かれていると自分でも思えて仕方が無い。

 俺が高校までの必修科目で学校の教科書で学んだだけでも今で言うテロ組織が国家を自称して戦争状態を引き起こした例はいくらでもあった。

 とはいえ、そんな事を気にしていてはきりが無いので今は眠りに就く事を優先し、明日に備えた。

 翌日は朝食を終えるなりすぐ召集が掛かり再びハンガーで訓練が行われた。

 さすがに二日目ともなるとシミュレーターでも訓練内容は基本的な操縦方法に留まらず、様々な装備のシミュレーションや模擬戦闘となった。

 そして三日目には実際に“脳波接続機構”を使いアマテラスを操縦する運びとなり、各自に専用機とその整備員が割り振られ、四日目には空砲を用いた実戦演習を行うまでになった。

 五日目からは実機訓練以外は各自シミュレーターで行い、個人で装備を選択し実機にもそれが反映される様になっていった。

 その後は個人の選択した装備の機体で慣らす訓練を中心に行って数日が経過していった。

 その頃になると身体が勝手に適応しており、最初の頃とは比較にならない程、実機でもその性能を引き出し、万が一アマテラスが奪取された場合に備えたアマテラス同士の模擬戦闘も容易く行えるまでになっていた。

 そんな矢先、食堂で昼食をとっていると突如として基地に警報が鳴り響き、第12特務戦隊にも出撃命令が下った。

 状況としてはおおかたの予測通りに一方的な停戦合意の破棄がなされ防衛ラインが再び攻撃に曝された様だ。

 既存の陸軍防衛部隊と空軍による航空支援で第12特務戦隊の出撃までの時間が稼がれたのだが、攻め込んできたという状況柄、敵はかなりの戦力を投入してきた様で、第一防衛ライン上ではかなり激しい攻防となっている事が通達された。

 戦隊の誰もが不安を抱えたままであったが、第1小隊から順に出撃し、戦場に向かう。

 第12特務戦隊の初陣は迎撃戦となり、緊急出撃でしかなかったが故に、作戦等は一切指示が無く完全にその場の状況での戦闘となる事になった。

 不安を抱えて皆、迎撃任務を遂行するという危険な状況ではあったものの、アマテラスの力は凄まじいもので数十倍に及ぶ数の最新型の敵戦車や航空機の大群による力押しも、すぐに形勢逆転となり、押し返す形になっていた。

 その為、5番目に出撃した俺たちが戦場に着く頃には敵軍は敗退していた。

 先発部隊で弾薬等の消費が多かった第01小隊“シリウス”第02小隊“プロキオン”第03小隊“ポルックス”第04小隊“カペラ” は補給の為に補給部隊と合流する為にその場で一時待機となったが、後発にあたる第05小隊“アルデバラン”第06小隊“リゲル”第07小隊“ベテルギウス”第08小隊“カストル”は陸軍機動部隊と合流次第そのまま進軍し、攻略戦に移行せよとの指令が出された。

 作戦の指示は特になく、攻略戦に移行したとなると話が大幅に変わってきてしまうのであるが、先発隊による大きな戦果を目の当たりにすると不思議といくらか不安は解消されていた。

 実機訓練で様々な装備を使用するようになってからアマテラスの装備は各自の裁量に任されていて好きなものが装備出来るようになっていた為、俺の機体は汎用性を重視して今回は武装をハーモニクス・バヨネット付き57mmリボルバーカノン(左腕)、216mm無反動砲(右腕)、127mmカノン砲2門(両肩)、70mm30連装ロケットランチャー(両脚部)といった具合にして出撃したのだが、先発隊はもとより同じ小隊内でも皆、火力一辺倒だったり、機動力を最大にする為に軽量の装備だったりなど様々だ。

 一条機にいたっては武装が40mmガトリング砲(両腕)、70mm30連装ロケットランチャー2基(両脚)、142mm15連装ミサイルポッド2基(両肩)と言った具合で俺たちの機体が一番バランスが取れているかもしれない。

 しばらく進んで行くが、先行していた第04小隊“カペラ”によって撤退中の残党や基地の防衛線は突破されていた為に戦闘にならずに敵軍の基地まで到達した。

 先に到達していた第04小隊“カペラ”は弾薬をだいぶ消耗していた為か敵側の最後の防衛線で膠着状態になっていた。

 戦場に到達すると、小隊長の霧島大尉から一斉通信が入る。

「こちらミスト、全機に告ぐ。これより戦闘態勢に入るが敵基地最終防衛線故に前回の作戦時以上の抵抗が予想される。先行している第04小隊“カペラ”と交代で攻撃に移る。後続の部隊が来る前にけりを付けるぞ。各機散開して攻撃開始せよ」

「ミッドフィールダー了解! 」

 すぐにそれぞれが散開し先行していた機体と各自で入れ替わる。

 前回の戦闘では通常弾頭型多弾頭長距離ミサイルの使用などという敵味方問わない攻撃をしてきたという事であるが、そんな攻撃もアマテラスの装甲と機動力を持ってすれば焼け石に水であった。

 弾薬の雨と形容出来る様な集中砲火を浴びてなお、アマテラスの装甲や内部構造は無傷であったし、最新鋭の戦車でも57mmリボルバーカノンの直撃を至近距離から数発受ければ鉄屑と化し、対空砲としても有効で航空機も次々に撃墜していく。

 57mmリボルバーカノンも127mmカノン砲も元々は艦載用速射砲がベースで弾薬も共通の物を使用する為、弾薬自体は従来の艦載砲の物と同じである。

 艦載用途の砲弾となると対戦車用には少々威力過多ではあるかもしれないが、威力不足よりは良いだろう。

 一方、一条はというとまるで固定砲台の様に1か所に留まっては弾幕を形成し、一気に焼き払ってはホバーによる高速移動で前進し、面での制圧をして辺りを焼け野原に変えていた。

 ただ、俺との通信が繋がっていたのを忘れているようで

 「やっぱりこの機体は“風林火山”を具現化してるぜぇ!」

 と叫んでいた。

 その様相はもはや一方的な虐殺と言っていい程に凄まじく、文字通りに面での制圧に他ならず彼に狙われた敵の部隊が気の毒にも思えてくる程に激しく、彼の砲火に曝された場所は鉄屑の山が残っていただけになっていた。

 ここまでの攻撃を受けては敵軍も白旗を上げそうなものだが、一向にその気配は無い。

 仮にこの基地に爆弾が仕掛けられていて自爆する目的なら相当な損害を受けても、白旗が上がらないというのは納得出来るのだが、多弾頭長距離ミサイルによる後方からの支援やひっきりなしに飛来する航空機の数からしてそれは無さそうである。

 むしろ基地後方、こちらの射程外では輸送機から戦車が投下され次々に向かってくる。

 素人目でも自爆を前提にしていたら追加派兵は行わないのが普通だろう。

 ただ、この基地がいかに敵軍にとっては重要な拠点となっているかがその抵抗からは覗えた。

 だが、いくら増援を送ろうが、いくら抵抗しようがこのアマテラスが相手になってしまったのは敵ながらやはり気の毒に思える。

 先行していた第04小隊“カペラ”でハーモニクス・バヨネットを装備している機体は弾切れを起こしてなお、ハーモニクス・バヨネットを使い、敵戦車をまるで薪を鉈で叩き割る様に撃破していた。

 小隊長の霧島少佐は後続の第06小隊“リゲル”の到着前に戦闘終結としたかった様だが次から次に飛来する航空機や増援によってそういうわけにはいかなかった。

 だが、それでも第06小隊“リゲル”が到着する頃にはいくら増援が送られていても地上部隊は壊滅状態でカトンボの様に飛び回る航空機ぐらいしか相手になるものはおらず、その影だけ見ると人間が蜂等の害虫を駆除している様にしか見えなかった。

 そんな折、めちゃくちゃな戦い方をしていたからか一条機はすぐに弾切れを起こしてしまった様で通信が入る。

「くそ!弾切れだ!一旦、補給の為に退くから援護してくれ! 」

「仕方ねぇな。弾薬は計画的に使えよ」

「腕の砲を鈍器にして壊すよりはいいだろ!小言は後でいくらでも聞いてやるからとりあえず退くぞ! 」

「仕方ない。援護する」

 とは言ったものの、俺の機体も弾薬の消耗がそれなりにあり、後方に到着している補給部隊まで援護する間に弾薬が持つか際どかったのが本音だ。

 新型エンジン等についての説明は本当に極秘扱いだった為、一切聞いていないのだが、これだけの距離を移動したりバックパックのバーニアを吹かしてホバー走行を繰り返していたら燃料切れを起こしたりするのが普通だろう。

 内部タンクの燃料に限りがあると言う理由から戦闘機の場合は戦域への移動時の燃料として使い捨ての増設外部タンクを装備している訳だし、戦車の場合も単独行動は行わない。

 だが、アマテラスの場合は燃料メーター等の表示は無く、代わりに武装の残弾数と残り何時間連続稼働出来るかというデジタルカウンターがあるだけで、訓練ではそのカウンターの表示が燃料計の代わりという説明だったが、その表示はカウント開始時の300時間に近い残り275.56時間という表示だった。

 弾薬の補給の為に退く事は全体通信で一条が報告していたのでその辺の問題は無かったし、後続の部隊も到着していた為にそつなく行えたのだが、ホバー走行での高速移動を持ってしても、補給部隊との合流にはしばらくかかった。

 さらに、入れ替わりで先に補給を受けていた部隊の機体に対する弾薬の補給にも時間が掛かっていたのか合流後もしばらく待たされてしまった。

 ただ、そのお陰でしばらく休憩出来た事は言うまでも無い。

 いくら残弾があったとは言っても、前線に戻るには明らかに不足していたので俺の機体も弾倉の交換等を受ける事になった。

 SF作品によく登場する人型のロボット兵器はアマテラスと違って“手”が付いている為に、歩兵の持つ手持ち武装をそのままスケールアップした様な武装は予備の弾倉を携行していて、戦闘中に自力で弾倉の交換を行っている描写がある。

 だが、アマテラスの場合はそれが無い為、無反動砲や散弾砲等の着脱式弾倉になっている物くらいはそういう形で弾倉交換が可能な様にしてもらいたいと思えてくる。

 ただ、そうした場合は予備の弾倉を何処に携行していくのかという問題があり、一般的な歩兵がベルトのケースに入れているのとは話が異なる。

 もし、そういった場所に予備弾倉を配置した場合は万が一被弾した時に誘爆の危険が高い為に、空想作品の中のロボット兵器の多くも腕部や肩部に装備した盾の裏側などの安全な場所に装備している。

 そう言った面でもアマテラスは一線を画しており盾の装備等は一切無い。

 もっとも現状においてアマテラスの装甲は開発者である渡中佐の話の通りの物で最新鋭の戦車砲の直撃を受けても傷一つ付かなかった。

 つまり現状は防御用の盾は不要であり、装備すればかえって余計な重りになりかねないのだ。

 教本から得た知識によると、防御面に関して言ってしまえば、被弾しなければ問題では無いという考えで防御は度外視して機動力を上げた零式艦上戦闘機とは逆の設計と言える。

 ただ、全体的に見ると高防御、高火力、高機動の三拍子で過去に存在した戦闘機や戦車とはその設計思想すら異なる。

 むしろその三拍子揃った兵器は今まで存在していないと言うか、どうしてもどれかを犠牲にしなければならなかった。

 防御面に関してはレーダーの反射面積を抑えてレーダーに映らないステルス機にするという思想もあったが、ステルス機はその設計思想からして弾薬を全て内部スペースに収納する為、同程度の機体サイズならペイロードは非ステルス機に劣り、それは火力にも直結する。

 これも教本で得た知識だが、歴史上実戦使用された最大の口径のカノン砲で一撃の火力は最強とされたドイツの80cm列車砲は運用に4000人以上の人員が必要であり、機動面で実用的とは言えない代物だったそうだ。

 アマテラスのエンジンや装甲材については極秘事項が非常に多いのだが、そのエンジンと装甲故に三拍子揃った理想的な兵器が出来たと言えるのかも知れない。

 着脱式弾倉の兵装は薬室に弾を装填した状態で新たな弾倉と交換し、リボルバーカノン等は専用の給弾装置で弾薬の補給を行った。

 ただ、物が物である為に、基地以外の場所での弾薬の補給には建築用の重機にも似た専用の車両を必要としている。

 それでもアマテラスの有効性は非常に高い物があり、補給から戻った頃にはおおかたの拠点は制圧され、第07小隊“ベテルギウス”第08小隊“カストル”と陸軍機動部隊による掃討戦に移行していた。

 そしてしばらくすると掃討戦も終わり、作戦目標であったこの基地の制圧に成功した。

 体感時間では相当なものがあったのだが、実際に時計を見て見ると出撃してからここまでにかかった時間はたったの6時間だった。

 制圧が完了すると一斉通信でアマテラス部隊は元の基地への帰還命令が下された。

 ホバー走行で一気に駆け戻る為、2時間程度で戻れただろうか?

 基地のハンガーに戻り機体から降りる。

 すると、基地で待機していた自機専属の整備兵が駆け寄ってきてアマテラスの搭乗員は帰投次第、順次宿舎のエントランスに向かう様に指令があったと伝えられた。

 戦闘中と言う事もあり食事をしている暇も無かったのだが、食事の用意がされていると言う事なのだろうか?

 一条機の方を見ると彼は整備兵と何やら話していた。

 ハンガー内は音が響くので少し耳を傾けるだけで会話が聞き取れた。

「いくら“機内が禁煙では無い”といっても伍長殿は吸い過ぎですよ」

「かたい事言うなって。歩兵と違って戦闘中は吸いたくても吸えないんだからよ」

「いくら灰皿持って乗ってても毎回足下が灰だらけなのは困ります」

「悪かったよ。後で自分で掃除するから堪忍してくれ」

「ちゃんとやって下さいよ。掃除機置いておくので」

「終わったらあそこの物置きに入れとけばいいか? 」

「はい。とりあえず食堂へ行って下さい」

 一通りのやり取りを終えると一条は駆け足でこちらに寄って来る。

「待たせたな相棒」

「別にお前を待ってたわけじゃない」

「相変わらずだな」

「というかお前、戦闘中も煙草吸ってたのか? 」

「それなら実機訓練の時からだよ。休憩中にこっそりハッチ開けて吸ってたら少佐に見つかっちまってな。怒られるかと思ったら少佐も同じ事してたらしくその場で許可は貰ってる。たぶんアマテラス搭乗員で吸う人間には話いってるんじゃないか? 」

「そうか。それはそうと戦闘中に通信切るのを忘れて叫ぶのはやめてくれないか? 」

「え?そうだったか? 」

「上には黙っておくがね。個別通信だったから良かったものの、一斉通信だったら今頃大目玉じゃないか? 」

「そいつは悪かったな」

「とりあえず宿舎に向かうとしよう。飯はまだだしな」

「あぁ」

 宿舎のエントランスに着くとテーブル等は撤去され片隅に追いやられていた。

 そして、そこには戦隊長の藤原中佐を筆頭に帰還した順にアマテラス搭乗員が小隊毎に集まって待っていた。

 どうやらアマテラスの搭乗員だけが召集されたようである。

 互いに敬礼を交わし、“第05小隊 アルデバラン”の集まりに入る。

 この“第05小隊 アルデバラン”のアマテラス搭乗員の中の階級では俺と一条が一番下っ端なので本来なら一番早く着いていないと叱責されても文句は言えないのだが、小隊長を含め、他のメンバーも軍隊式の階級に従った縦社会が嫌いなタイプで、小隊内、特にアマテラスの搭乗員同士においてはそう言った過剰な上下関係の構築を禁止されていた他、階級は違えどお互いに援護しあう戦い方を優先して実行するということが小隊長権限で徹底されていたほか、今回は階級の高い順にハンガーに戻った事もあって搭乗員内で一番下の階級の俺たちが一番最後に入るのは当然といえば当然の話で、常識的には叱責の対象にはならないのだが。

 しばらくすると残りの小隊も集合した。

 そのタイミングを見計らってか大隊長の古谷大佐と開発者の渡中佐が側近を連れて入ってきた。

 全員敬礼で出迎え、彼らもそれに返礼すると大隊長の古谷大佐がすぐに切り出す。

「アマテラス搭乗員諸君。今回の活躍は見事であった。迎撃に留まらず敵軍の拠点を制圧出来たのは諸君の活躍があってこそである。その功績は初陣とは思えないものであると同時に賞賛したいものであると先ほど上層部からも通達があった。同時に諸君らの階級も昇進となるそうだ」

 昇進の話にその場にいた全員がざわめいたが、そんな事には構わず、古谷大佐は話を続ける。

「今回の実戦テストではアマテラスの有効性がハッキリと証明された事で上層部はアマテラスの正式採用と量産、並びに旧来の戦車からの更新を決定する意向にシフトする方向で調整を始めるらしい―――」

 彼の話通り、アマテラスが地上軍での正式採用となる運びになると言う事が本当であれば戦場での戦い方は一気に変わる。

 初陣では数日の訓練しか受けていない素人が乗った機体が殆どであったにも関わらず、何日もかけて攻略出来なかった敵軍基地をたったの63機という少数でも数時間で陥落させるなどという初陣とは思えない活躍を見せた。

 実際にアマテラスで戦場に出た身の上として言えば既存の戦車や戦闘機の兵装ではアマテラスの装甲に傷一つ付けられなかった事や、その兵装は元々信頼性のあった個人携行火器をスケールアップした様な物が殆どで、使用弾薬は大半が従来の艦載砲等と共通である事からして、新たに専用の生産ラインを作る必要が殆ど無い。

 そうした事からしてコスト面でも新兵器としては採用しやすい部類に入ると素人目でもわかる。

 そういった事からして正式採用の方向で話が進行するのは当然と言えば当然だ。

 古谷大佐の話が一通り終わると続いて開発者の渡中佐が話を始める。

「諸君。今回の作戦、御苦労であった。今回、諸君らの活躍によりアマテラスの実戦使用時に於ける一次データが収集出来た他、補給等の改善点が判明した。データを元に近日中に改修等を行う予定である」

 やはり弾薬の消費量が搭載量を圧倒的に上回った先の戦闘では弾薬の補給の問題が顕著であり、いくら再装填を簡潔に出来る様に取り換え式の弾倉を採用していたとは言ったところで、サイズが一般的な人間のサイズのおおよそ6倍である事から考えて人力だけでの交換は困難である為、専用の設備を必要とする。

 改良策として資材の乏しい最前線で行える事があるとしたら素人目で思い浮かぶ辺りでは弾倉の大容量化と言った所だろう。

 歩兵の持つ自動小銃も戦場では通常の取り外し式の弾倉一本ではすぐに弾切れになる事から、専用の結束器具やビニールテープなどで並列に二本並べて繋いで使う事が多い他、通常の30発程度の物とは別に100発入る物が作られる等の実例もある。

 ただ、個人的な憶測になるのだが、現地改修で現行の物を元にした大容量の弾倉を作るとしたら上部を切断した物に同じく底部を切断した物を直列に溶接する位しか無いだろう。

 弾倉の弾の送り出し機構が歩兵の持つ小銃等と同じく、バネ式なのかどうかといった所でその辺りもまた変わって来るし、単純に溶接して用量を増やした所で送弾面等での信頼性の問題が出てくる。

 だが、いくら俺が考えた所でどうにかなる様な問題ではなく、全ては渡中佐を中心とした開発チーム次第と言える。

 渡中佐の話しが終わると、再び大隊長の古谷大佐が前に出た。

「渡中佐の話にもあったが一部改善点が露見したものの、諸君の活躍によりアマテラスの有効性が証明された事以外に、我が国防軍だけでなく同盟軍の士気向上に大きく貢献した。本日は祝勝の意味も込めて、諸君たち“第12特務戦隊”全員に特別な食事を用意してある。我々はこれにて戻るので、後は戦隊長の藤原克典中佐の指示に従う様に」

 そう言うと大隊長の古谷大佐は敬礼してその場を後にする。

 彼に続く形で開発者の渡中佐と彼らの側近達も宿舎から出て行った。

 彼らと入れ替わる形で整備に当たっていた担当人員も集合してきたのでタイミングを見計らって戦隊長の藤原中佐が話を始めた。

「まず、各小隊の人員の確認を行う。各小隊で確認の後、報告してくれ」

 指示通り各小隊で全員の点呼が行われ、報告が上がった。

 全員集合していた事を確認すると再び藤原中佐が口を開いた。

「よし。全員いる様だな。私を含めアマテラスの搭乗員には繰り返しになるが、本日の祝勝を兼ねて特別な食事が用意された。今回の召集は祝勝会と考えてくれ。では食堂に移動しよう」

 藤原中佐の後を追う形で各小隊が番号順に中に入っていく。

 中に入ると何処から用意したのか解らないほど豪勢な食事が用意され、通常はあり得ないアルコール飲料もあった。

 本当に“特別な食事”である。

 各自に飲み物の容器が配られたのを確認すると藤原中佐が乾杯の音頭を取った。

 それに合わせて容器を掲げる。

 祝杯を挙げると戦隊の大宴会となり、辺りを見渡すと互いの戦果を讃え合う者や整備員と機体の調整の話を熱心にする者など多種多様な状態であった。

 まぁ、何かあれば戦隊長の鶴の一声で収集は付くだろうし、俺も流れに任せて並べられた料理に手を付ける。

 そんな中、何気なく一条のいた方に目を向けると、何やら賑わいを見せていた。

 そこにいる一条が俺の知る一条総司と同一人物だとすると、何となく嫌な予感がするが近づいてみる。

 やはりというか何というかではあるのだが、戦隊長の目の前で公然と賭けごとが始められていた。

 どうやら一条と第07小隊所属の村上裕伍長が大食い対決を始め、それを見た周りの人間が勝負の結果に賭けを始めたらしく、戦隊長の藤原中佐も勝者には景品を出すと乗ってしまったらしい。

 娯楽の無いこの場所ではこういう賭けごとは普通よりも白熱してしまうのが当たり前の話でかなり白熱している。

 小隊長の霧島少佐ですら

「一条!第05小隊の威信に賭けて負けは許さんぞ!これは小隊長権限での命令だ! 」

 とまぁこの有様である。

 それに触発されたのか第07小隊隊長の錦戸信五少佐も叫ぶ。

「聞いたか村上!第07小隊も負けは認めん!負けたら全員の機体のコックピット掃除だ! 」

 そんな具合に白熱した勝負が繰り広げられており、戦隊長の藤原中佐はそれを見て大笑いである。

 俺が知る一条総司なら一般人としてはかなりの大食いであり、時間制食べ放題の飲食店に行くと店員から嫌な目で見られる事が常だったので、遠目で見てもこの勝負においては一条が有利に見えた。

 勝負の方は中盤までは拮抗していたが、景品の上乗せで途中から一条が本気を出し一気に形勢が一条に傾き、予想通り一条が勝利した。

 ただ、村上伍長には悪いが今回の対決は完全に相手を見誤ったと言って差し支えない。

 一条総司という男を超える大食いはそれこそ大食い大会で上位に入る様な猛者くらいで、一般人ではそうそう太刀打ち出来る相手ではない。

 むしろ彼の様な大食いが世の中に溢れていたら食べ放題の飲食店は商売として成り立たなくなってしまう。

 実際、一条が通い詰めた事で廃業になったという噂の店も数件知っている。

 勝負が終わると賭けの品になっていた大量の景品が一条に渡された。

 現金がない為、ここでは認識票で購入出来る煙草や菓子類の嗜好品が賭け金の代わりになる。

 そう言った所は現金で賭けごとをするよりはまだ健全と言えよう。

 むしろ子供の頃にジュースや菓子を賭けて勝負をした経験は多かれ少なかれ誰しももっているし、この場ではその延長にすぎないのだから。

 勝利の美酒に酔いしれた宴は戦っていた時間と同じくらい長時間にわたって催された。

 ただ、勝利を祝した宴とは言っても小隊間の垣根を越えた懇親会と言った面もあってか、別の小隊であっても同じ職種同士の者は意見交換や先の戦闘で得た情報の共有などを話している様で、交流の仕方は様々だった。

 

 

 ―――俺達が勝利の美酒に酔いしれ、宴の中にいた頃、敵軍の本営では…。―――

 

 

「一体、どういう事だ!あれだけの犠牲を払ってまで死守した基地をものの数時間で陥落させられるとは! 」

「戦力を整えて攻勢に出たのに返り討ちに合うとは情けないねぇ…」

「撤退時に通常弾型多弾頭長距離ミサイルによる支援攻撃まで行ったにも関わらずかえって攻め込まれた揚句に陥落させられたとあっては停戦合意を一方的に破棄した意味が無い!一体どれだけの人員と費用を食い潰したんだ! 」

「ついでに報告によると紅海を挟んだ場所にある“例の基地”からも相当数の増援を送ったが殆ど喪失とは、それも情けない話だな… 」

 会議場と思われる場所では幹部クラスと思われる者達が作戦の失敗に加え、重要拠点を一つ喪失し、それによる損害と勢力圏の縮小の問題について討論していた。

 返り討ちにあった揚句の損耗の激しさと数時間で陥落したという常識では考えづらい結果から議場はかなり紛糾していた。

「報告にあった写真に写っていた人型兵器。これはかなり厄介かもしれんな」

「この状況になるとさすがにこれは予定をいくつか立て直さねばなるまい」

「こちらから停戦合意を破棄した手前、次は無いだろう。少なくとも“例の基地”にだけは陸・海・空軍全ての軍備増強が必要ではないか? 」

「本国の最終決戦ラインにも“例の基地”に建設中の決戦兵器は着工済みだが、数を増やさねばなるまい」

「唯一の救いは紅海に於ける制海権はまだ確固たるものだから“例の決戦兵器”の建造は間に合うのではないかな? 」

「まぁ。どうあれ設計通りの物が出来れば、それによる迎撃だけで相当な損害を与えられるだろうし、核でも持ち出されない限りは写真にあった人型兵器など気にする事はないだろう」

「とにかく今は“例の決戦兵器”の完成を急がせねばなるまい」



―――



 その会議は途中休憩をはさみながら夜明けまで行われ、喪失した兵力の立て直しよりも先に建造が決定していた“兵器”の建造に予算を投入し“例の基地”での逆転を狙う算段は決定されるとすぐにそのまま現地の建造部門に通達された。

 その結果が戦局をどう変えるのか?

 敵の状況など知る由も無い俺たちはともかく、上層部も敵軍がその様な決戦兵器の建造に着手している事や建造計画が加速した事など一切知らなかった。

 勝利を祝した宴が終わり、翌日は各自休息を取る様に口頭で伝えられ、二人で部屋に戻って交代でシャワーを浴びて眠りに就く。

 ここ数日、特に今日という日は非常に慌ただしく、出撃したのがつい先ほどの事の様に感じた。



 ―――STK‐05M特務機動兵装システム“アマテラス”―――



 先の戦闘で、この最新兵器の有効性が証明された事は同時に既存の戦車や自走砲を一気に旧式化させた超兵器だとも言える。

 そしてそれは、敵軍にもアマテラスの様な新兵器が登場する可能性だけでなく、アマテラスに対抗する為の火砲が登場してくる事は容易に想像できた。

 もしも、それが現実となれば、今までは万が一にもアマテラスが強奪、鹵獲された場合を想定した“対アマテラス訓練”で行われた物が現実になる。

 二足歩行ロボットという物の研究は古くから行われており、俺の記憶でも西暦2000年頃から電動式の人間サイズの物は様々なメーカーが自社の技術力の証明で見本市にて公開していた。

 今が西暦何年の何月何日かなんて聞かされていないし、そんなものは今の俺には何の意味も無い話でしか無い。

 むしろ、知ってしまったらそれはそれで不都合があるだろう。

 西暦何年かわかってしまえば俺の記憶が欠如した部分が何年あってその間に何をしていたのか気になって今の様に適応出来なかっただろう。

 久しぶりに酒が入ったからか、それとも戦闘による疲れからかは不明だが、いつも以上に熟睡していた様で起床アラームで起きられず、一条にかなり乱暴な起こされ方をして起きる羽目になった。

「俺と真逆で朝は強いお前が起きないとは珍しいな」

「あぁ。少し疲れが出たのかもしれない」

「まぁいいさ。どうせ今日は休息をとれって命令だしな。とりあえず食堂に行くぞ。休息日とはいえ朝飯食い損っちまうのは勿体ない」

「そうだな…」

 一条と共に食堂に向かう。

 昨夜の宴が無かったかのようにそこはいつもと変わらない様相の宿舎の食堂だった。

 一日通しでの訓練では缶詰のレーションでの食事だったが、それ以外の時はここでマトモな食事が出来た事もあってかこの食堂の存在は非常にありがたいものだった。

 金属製のトレーに入ったそれは栄養士が監修しているかの如く毎回バランスの取れたもので、そのお陰で体調も良かった。

 勿論、ドクターストップを除けば『体調不良で戦えません』などという言い訳はここでは認められないのだが。

 食事を終えると相変わらず一条は煙草を吸いにエントランスに残ったので放置して部屋に戻る。

 ベッドに寝転ぶと支給されている端末にイヤホンを挿し、インターネットの動画サイトに接続し、公式のミュージックビデオを再生した。

 昔から聞いているアーティストの物でこのアーティストの楽曲はその歌詞がとても哲学的なもので、聞くといつも前向きになれる。

 今のこの状況においても、彼らの歌詞にある一節を切り取って考えるというやり方をして順応してきた部分は否めない。

 同室の一条も音楽好きで聞くジャンルやアーティストは違えども、よく歌詞を引用した話し方をしていた。

 こういう極限状態にあっても音楽が聴けるという事は精神衛生上ありがたい。

 一条総司と言う存在がいた事も大きいのだが、この状況は普通なら発狂してもおかしくはなかっただろう。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 つい、うたた寝してしまった。

 起き上がって時計を見ると12時前でほっとした。

 あと数十分起きるのが遅ければ昼食抜きになっていたかもしれない。

 額の辺りに違和感を覚えたので触ってみると付箋のメモが貼られていた。

 剥がして読んでみるとそこには

 

 

 ―――

 よく寝てる様だったから起こさなかったが、俺はハンガーに行く。

 昼には飯食いに食堂に戻る予定だ。

 ―――



 いかにも彼らしい。

 そう言えば昨日、帰投した際にコックピットの掃除をするとか言っていたからその為にハンガーに向かったのだろう。

 アマテラスのコックピットは宇宙船の技術を転用した物で気密性が高く、そのまま真空中に出ても問題無い代物らしい。

 それ故、毒ガスの煙幕の中でも、チェルノブイリや福島第一原発の様な放射線汚染地域でも搭乗員の生命は安全に保たれるだけに留まらず、内部の空気は常に浄化されている為、コックピット内での喫煙も問題無い。

 それ故に一条達はコックピット内で喫煙しているのだが、なにぶん彼はヘビースモーカーであり操縦が荒い為に灰皿の中身を足下にばら撒いてしまう様だ。

 通常の被弾ではコックピットに衝撃が伝わらない様に設計がされているのだが、彼の場合は急な操縦が多いため、それ故の粗相といった感じである。

 とりあえず居場所がわかれば問題はないので食堂に向かう。

 適当な場所に座り食事をしていると、彼が食事のトレーを持って横にやってきた。

「おう。相棒。昼飯を食いそびれずに済んだか? 」

「あぁまぁな。それにしてもデコに付箋を貼るなよ」

「いや、さすがにデコに付箋を貼れば起きるかと思ったんだが、全く微動だにしなかったからそのままにしてみたんだよ」

「そんなに熟睡してたか? 」

「あれは昼寝ってレベルじゃなかったな」

「そうか。で、お前はその間にコックピットにブチまいた煙草の掃除してきたってところか? 」

「相変わらず勘が良いな」

「まったく。解りやすい奴だよお前は」

「そうか?そう言えばハンガーで伝言を頼まれたんだが、アマテラスの調整終わったら確認の為に一度試乗して様子見って話で調整終わったら全員呼び出し掛かるそうだ。予定では明日の午前中までは呼び出しは掛からないって話だがな」

「わかった」

「にしても、今日の昼飯はハズレだな」

「何がだ? 」

「俺が食い物の好き嫌いは基本的に無い事はお前も知ってるだろうが、このニシンの昆布巻の味はともかく、独特の臭いが後にひくからな。しばらく口臭が気になっちまうんだよ」

「煙草臭いのは気にしないのにそこは気にするのか? 」

「言ってしまえばドリアンと同じだ。ドリアンも“果物の王様”って言われてるだけあって味が良い割に臭いがキツイだろう?それと同じさ」

「そんなにニシンの臭いって気になるか? 」

「個人的な好みだよ。まぁ“世界一臭い缶詰”と言われるシュールストロレミングの原料もニシンなんだけどな」

「そうなのか?そんなゲテモノに興味は無いし、気にした事は無いな」

「まぁ、酒のつまみにすれば酒で臭みは消えるから一時期は缶詰と安い濁り酒で晩酌してた時期もあったんだけどな」

「その情報は俺には不要だよ」

「相変わらず手厳しいな」

 いつもなら食後すぐに一服する彼も珍しく臭いを気にしてか煙草ではなく自販機から牛乳を出していた。

「そんなに気になるか? 」

「ニシンの臭いと煙草の臭いが混ざったらとてつもなく臭いんだよ。煙草の臭いは吸ってる人間には解らないというが、その臭いは俺も気にする」

「それにしても臭い消しに牛乳とは古典的だな」

「古典的だからこそだよ」

 確かにどんな事でも言える話だが、新しい方法よりも長年に渡って使われてきた古典的な方法はそれだけ効果がある事が証明されているとも言えるし、確実性は高い。

 そういった事から見ても彼の判断はベターと言っていいだろう。

 個人的には食べ物の臭いよりも普段の煙草の臭いにそれくらいの気を効かせてもらいたいのが本音なのだが。

 その日一日は特に変わった事は無く、翌日の昼過ぎに搭乗員全員が召集された。

 召集時に渡中佐から伝えられた話では、初めての実戦運用が奇襲に対する防衛任務というかなり急な話で、そこからなし崩し的に攻略戦に移行したという状況からして想定されていた運用方法や作戦は意味をなさず、機体各部への負荷は相当あったとされる。

 その為、何機かは内部のダメージが酷くあり、整備するよりも早いという理由で何箇所かブロックごと交換する事になったそうだ。

 いくら頑丈な装甲で機体が守られ、コックピットには衝撃が伝わりにくい設計をしているとはいっても、内部フレーム等に伝わる衝撃は完全に打ち消す事は不可能だ。

 被弾しても表面上の損傷は無いにしろ見えない部分でのボルトの歪みや、ケーブルの断線が被弾率に比例して大きく、特に先発の小隊所属機は装甲を外すと内部の損耗が激しかったのだろう。

 俺たち後発隊は先発隊よりは被弾率が低かったとはいっても剥き出しになってるセンサー類に関しては爆風による損傷はそれなりに全機あったわけで、メインカメラは無事でも、レーダー等に多かれ少なかれ損傷はあった。

 とにかく次の出撃に備える目的で整備が完了した機体のテストを行う。

 色々と部品の交換が行われたせいで、ペダルが少し重く感じられたが誤差の範囲だろう。

 この先の予定では、実戦時に兵装の弾薬補給の問題が露呈したからか、機体に一部改修が行われ、収納式のアームが追加されるそうだ。

 3Dプリンタで造られた見本の模型がハンガーで公開されたのだが、このアームは先端部が工具のウォーターポンププライヤーの様になっており、弾倉の交換の他に、ハーモニクス・バヨネットを持たせる事も可能で、継戦能力は大きく改善されそうだ。

 予備の弾倉は脚部のスカート裏側に収納出来る様に改修するそうだが、空間とハードポイントの増設だけで済む為、すぐに終わるだろう。

 改修完了までは暫く待機という事だが、シミュレーターのプログラムは既にアップデートが完了しており、隠し腕を使った弾倉の交換の訓練はそこで行う事になった。

 歩兵が持つ反動利用式やガス圧作動式の着脱式の弾倉火器は弾倉が空になった場合の交換時には薬室に初弾装填を行う必要がある事が多いが、アマテラスの場合はその辺りにも配慮がされ、残弾が0になった状態で弾倉交換を行うと自動的に初弾が装填される仕組みを取っている。

 その為、隠し腕には弾倉の固定器具の解除と取り外し、新規の弾倉の挿入さえ出来れば問題ないのだが、ハーモニクス・バヨネットの有効性が実戦で証明された事でハーモニクス・バヨネットの取り扱い機能が付与される結果となった。

 ハーモニクス・バヨネットの材質はアマテラスの装甲材に劣るが、最新の技術で開発されたチタン系合金で造られており、非常に高い硬度と靭性を誇り、かつ安価に製造出来る優れたもので、それ故に高周波振動を与えなくとも鉈の様に物体を叩き割る使い方も出来る為、本体の高周波発生装置がエネルギー切れを起こしても戦車程度が相手であれば問題の無い唯一の兵装である。

 その為、初の実戦でも火器類が弾切れを起こした際に多くの機体がハーモニクス・バヨネットで戦車を撃破していた。

「弾倉交換用の腕くらい最初から付いてても良かったのにな…」

 模型を見ながらつい呟いた。

「まぁ。訓練でやった様に戦闘機みたいな一撃離脱戦法を取り入れてたから弾切れ前に戻る事が前提だったんだろう? 」

 質問した訳でもないが隣にいた一条がそう答えた。

 しばらく出撃予定は無いという事と制圧した敵の拠点周辺を完全に勢力圏に収めた事で戦況は膠着状態から一気にこちらに傾いた。

 紅海の制海権は枢軸側にある様だが、海洋戦は現状でアマテラスの出番は無い。

 それ以前にアマテラスを運用出来る艦艇が無いのだ。

 いくらアマテラスがホバー走行で水上での運用が可能でも洋上作戦を行う為には母艦が必要になるし、元々は河川や湿地帯での移動を想定したもので洋上作戦は考慮されていない。

 地上戦では重機の様な専用の車両で弾薬の補給は出来たが、洋上作戦ともなるとそう言うわけにもいかないだろう。

 いくら、新開発された装甲材をもってすれば深海3000mの高圧環境下にも対応可能であって水中を歩く事は出来ても泳ぐ事は出来ない。

 さらに、そういった運用をした場合に万が一海底で行動不能となれば回収は不可能である。

 ついでに言うとアマテラスの火器で水上の艦艇の撃破は出来ても、対潜水艦戦は不可能と言える。

 仮に、対潜攻撃が出来たとしても浮上している所を砲撃して沈める程度で、対潜用の探査装置を持たない為に、もしも対潜ミサイル等を装備出来たとしても潜られたら全く手出しが出来ない。

 そう言う事で現状は制海権の掌握は海軍の機動艦隊次第と言えそうだ。

 現在までに俺が聞かされてる話ではスエズ一帯までは奪還出来ている為、スエズ運河経由で地中海から機動艦隊を紅海に回し始めている様だ。

 その一方で、紅海の南半分とアデン湾周辺海域の制海権はかなり強固に固められ、インド洋側からの侵攻は不可能に近いものがあるらしい。

 そうなって来ると挟み撃ちには出来そうもない。

 だが、こちらが時間をかければかける程、敵に軍備を整える時間を与える事に他ならず、紅海の制海権掌握は急務だろう。

 アマテラスの試乗と軽い訓練を終えると宿舎に戻った。

 それから数日間はシミュレーターでの訓練が基本で他に何か変わった事は無かった。

 さらに数日が経つと、アマテラスの改修が全機完了し実機訓練が再開された。

 増設された腕は全体が装甲と同じ材質で出来ているらしい。

 元々、関節部などの装甲が無い部分のフレームには装甲材と同じものが使われている他、装甲を全て外したフレームだけの状態でも稼働出来る設計をしているのだが、この増設された腕は言わば二重装甲と言える。

 もっとも、現状ではアマテラスの装甲をどうにか出来るのはアマテラスの装甲を加工した工場にある機械くらいだろう。

 実機訓練前に装甲の性能のデモンストレーションでアマテラスの装甲と同じ素材で出来た板と既存の戦車等で使われる装甲と同じ素材の板を的に試射等を行った時、どの兵装でもアマテラスの装甲材は無傷だった。

 その為、対アマテラス戦闘においては、全兵装を無力化し、2機以上で組みついて奪還するという戦法が採用されていた。

 兵装の無力化さえしてしまえばそれこそ装甲が頑丈なだけの二足歩行ロボットであり、2機以上で組みついたらどうあがいても脱出は困難だろう。

 そうなればいずれ活動限界時間となり、ただの金属の塊になる。

 それだけがアマテラスの唯一の弱点で活動限界時間を迎えたら専用の設備が無ければ再起動出来ないのだ。

 分離機構以外にも脱出装置は一応存在するのだが、それは既存の材料と技術で造られた物でそれで脱出してもアマテラス本体の機密箇所が一部でも奪われない限り、アマテラスの情報は何一つ流出しない。

 それだけ強固な装甲に包まれたアマテラスだが兵装面では現行火器を元に開発されているが故に、現行の火器では最強の火力を有しているとは言っても、所詮は現行火器がもとで、地上戦に主眼を置いた設計である為に、防水機能は一切無く、海岸線から艦艇への攻撃は射程圏内に入って初めて可能であるといっていい事実上の移動砲台でしかない。

 そう言った事情もあってかシミュレーターでの訓練は沿岸からの対艦攻撃と対空砲火訓練が主なものになっていった。

 俺たちが訓練を受けていて頃、多国籍軍の海軍はかなりの大規模機動艦隊を編成し攻勢に転じるべく準備し、制海権確保の為の作戦を計画していた。

 作戦としては共産枢軸の海上戦力の掃討と最重要拠点へのアプローチを容易にする為の制海権、並びに制空権確保が主軸とされた。

 その艦隊規模はかなりの物で、空母を始めとする大型の艦艇を中心に各国の最新鋭艦で構成された言わば無敵艦隊と言って過言ではないレベルのものであった。

 そして、艦隊編成完了から二週間ほどで第一波の攻撃が発令された。

 第一波攻撃には大規模艦隊の中から選抜された中規模艦隊を連続して送り込み波状攻撃をかけるというプランが採用され、先遣隊の艦隊から随時侵攻を開始した。

 ただ、ここで不思議なことが起きていた。

 通常は制海・制空権争いとなるとそれ相応の防衛行動や反撃が予想されたのだが、通常ではあり得ない程に共産枢軸側の艦艇や航空機の数が少なく、予想より早く防衛線を次々と突破していく。

 予想に反して作戦は順調そのもので作戦開始から2週間程度で第一陣の艦隊が共産枢軸の最終防衛ライン手前まで迫っていた。

 そして地中海からスエズ運河経由で入ってきた艦艇のおおよそ60%が最終防衛ライン付近に集結した頃、一瞬にして艦隊が眩い光に包まれた、それは突然の事で何の前触れも無く、音も無く本当に一瞬の出来事だった。

 光に包まれた艦隊の約半数が消滅しており、残った艦艇の一部には、まるで高熱に曝されたかの様に変形し、乗組員はその場に影すら残さず消えていた物さえあった。

 辛うじて難を逃れた艦艇の搭乗員達は何が起こったのかその場では全く理解できず、ただ茫然と立ち尽くしているだけだった。

 この状況下で唯一間違いない事実があるとしたらそれは、そこにいたはずの艦艇が全て消失していたという事だけである。

 後方にいた事で状況の一部始終を目撃した艦艇の乗組員達は“核”による攻撃ではないかと恐怖した。

 だが、動力に原子力機関を用いている空母や潜水艦の放射線測定器では“核分裂反応”に由来する“放射性物質”は観測されていない。

 本当に“核攻撃”が行われたのなら“核爆発”という“急激な核分裂反応”で大量の“放射性物質”が爆心地から周囲に放出されるし、核爆発が起こったならば“光”だけでなく爆発に伴う“爆風”や“衝撃波”に“きのこ雲”が観測される筈である。

 だが、それもなく“凄まじい光”が見えただけであった。

 浮遊機雷に核弾頭を搭載していたというなら未だしも艦隊が光に包まれた時、航空機や大型ミサイルはもとより水上艦艇はおろか潜水艦すら電子機器でも目視でも確認されていない。

 それ以前に“核兵器”という物は扱いが非常に難しく、歴史的に見て、実験を除くとその使用はたった2回、まだそれがどれほどの威力を持つ“悪魔の発明”だと認知される前の1945年8月6日の広島と同年8月9日の長崎だけである。

 核兵器はその凄まじい威力故に保有国内での厳重な管理に留まらず、その開発と保有自体が国際機関によって監視されていた事からして、武装組織が保有出来るとは到底考えられない。

 紅海に集結していた艦隊のおおよそ30%を一瞬で喪失するという大打撃を受けてはひとたまりも無く、一時撤退を余儀なくされた。

 その知らせはすぐに全軍に通達され、多国籍軍の統合司令部は混乱状態になっていた。

 裏で支援している国家にも核保有国は存在するものの武装組織に売り渡したとなれば国際的な非難にさらされる事はもとより国内の政治基盤に大幅なダメージとなりかねない、

 現物を売り渡さずに技術提供をするにしても同じ事であるし、核開発には大規模な施設と人員が必要だ。

 そう言った事から考えて“核攻撃”は考えづらい。

 というよりは、多国籍軍艦隊の約30%を一瞬で消滅させた攻撃が“核攻撃では無い”と結論づけたいのがこの事実を聞いた大多数の人間の思うところであろう。

 もし、裏で支援していた国家から“核兵器”やその“技術”が武装集団に流出したという事であれば、多国籍軍内の“核保有国”から多国籍軍に非参加で、裏で支援している“核保有国”に対する“核による報復攻撃”で全面戦争に発展し、それこそ“亡命政府”からの要請による武装集団に対する多国籍軍の武力介入の域を通り越して第3次世界大戦を引き起こしてしまう。

 常識的に考えて裏で支援している国家もそれは避けたいだろうし、それを避ける為に武装集団に裏で支援を行っている筈だ。

 偵察衛星の情報では消滅した艦艇のいた場所の延長線上に位置する沿岸部と地上の最終防衛ライン後方に鉄骨を組み合わせた物に板を付けた様な形の建造物は確認出来るが、それは見た目で言えば大規模な太陽光発電施設以外の何物でもない。

 しかし、攻撃が行われたとしたらこの場所から以外は考えられないのだ。

 もし、偵察衛星が撮影した画像に映されていた物が本当に大規模太陽光発電施設だったとしてその電力を使った兵器がそこに存在したのなら全て説明がつく。

 よくSF映画等で盛んに持ち出される“荷電粒子砲”は原理的には20世紀の技術で実現可能だし、俺が眠りに就いた2015年の世界では兵器としては実用化されていなかったものの医療分野に置いて同じ原理の物が“重粒子放射線治療”で使われていた。

 兵器として実用化されていなかった背景には、兵器として使う為には粒子の加速に必要な電力が最低でも10ギガワットというとてつもない電力を必要とし、それだけの電力を得るという部分が障害となっていた。

 衛星写真のものが太陽光発電施設でその電力を全て使っていたなら理論上は可能かもしれない。

 だが、それで艦隊の約30%を消滅させるだけの出力が得られるのかという疑問は残る。

 それでも多国籍軍艦隊の約30%が一瞬のうちに消滅したのは紛れも無い事実として通達され、再編と次の作戦立案が急がれた。



 ―――艦隊が大打撃を受けたその頃、共産枢軸のとある施設では―――



「“ナビ―・シュアイブ”最大出力の70%で照射完了。射程圏内の敵艦隊の殲滅に成功しました。」

 忙しなく動き回る技術者と思しき人間の中で幹部と思しき男が司令官と思しき軍服の男に報告をする。

「そうか。もう少し引きつけてからでも良かったが、テスト無しでの実戦投入ではこれでもなかなかの戦果だな」

「第2射まではレンズの交換に時間を要します」

「問題無い。これだけの打撃を受けては敵艦隊も後退せざるを得まい」



 ―――“ナビ―・シュアイブ”―――



 アラビア半島における最高峰と同じ名前のそれは太陽炉の仕組みを応用し巨大な鏡で集めた太陽光を巨大なレンズに集約させてレーザーの様に放つ兵器である。

 多国籍軍の艦隊を襲った光はそのレンズを通して照射されたもので原理的には虫眼鏡の様な凸レンズで太陽光を集光し焦点を紙等に合わせると発火するそれと同じである。

 そのため、技術的にはかなり簡単な物である他、施設自体の建造もさほどかからない。

 さらに、偵察衛星などから見た場合、それは一見した限りではとてもではないが大量破壊兵器には見えず、大がかりな偽装などせずとも太陽光発電所に偽装が可能である。

 この“ナビ―・シュアイブ”は“大量破壊兵器”といえども“NBCR(Nuclear/核・Biological/生物・Chemical/化学・Radiological/放射能)兵器”には該当しない故に建造が容易く行えたとも言えるだろう。

 本来、核などの“大量破壊兵器”という物は実戦での使用が目的ではなく、その存在を公にする事で抑止力とする物であり、この様な実戦使用は稀である。

 しかし、この“ナビ―・シュアイブ”を開発し、その照射を行ったのは“自称国家”であっても所詮は武装組織である。

 国際的に国家としての承認を受けていない以上、いくら共産枢軸が“共産枢軸国”という自称国家を名乗った所で他国から見れば武装集団が武力で支配地域を増やして勝手に自治政府を樹立しただけである。

 そういうところから見ても、共産枢軸が国際法を適用するとは考えられないし、むしろその適用があればこの様な大量破壊兵器の使用は行われなかったであろう。

 さらに言ってしまえばこの様な兵器のノウハウが裏で支援している国家に渡ればそれこそ“第3次世界大戦”の火種になりかねないという話になるのだが、少なからずこの“ナビ―・シュアイブ”には支援国家の技術者や出資金が絡んでいるのは明白でありそれは“時すでに遅し”という問題である。

 この施設は“ナビ―・シュアイブ”のコントロールセンターであり、大画面のモニターの一部には、この“ナビ―・シュアイブ”の射程圏内以上の広域をカバーするレーダー網の情報が映し出され、艦隊の撤退していく様子が見て取れた。

 その情報を見ながら軍服の男は言う。

「行動不能の敵艦艇は射線から退避させてた潜水艦隊で随時雷撃処分しろ」

「司令。捕虜などは取らないのですか? 」

「これだけ打撃を与えたんだ。潜水艦隊が雷撃する頃にはとっくに脱出してるだろう。それに捕虜なんぞ取っても身代金は望めんからな。脱出した兵士は放っておけ。念のため警告してから雷撃するように伝えろ」

「了解しました」

 先ほど“ナビ―・シュアイブ”の照射を受けた海域は瞬間的に海水が干上がって、そこにいた生物も海水と共に蒸発した。

 そこに再び海水が流入した事で海水の塊同士が衝突する事になった為、非常に波が荒く、潜水艦隊もその煽りを受けて航行に支障をきたしていた。

 辛うじて“ナビ―・シュアイブ”の照射の直撃は避けられたもののその高熱で乗組員が蒸発し幽霊船と化した軍艦は操舵者がいない事で波に流され、その様子はまるで水に流される木の葉を彷彿とさせた。

 潜水艦隊が到着した頃、偶然で沈まずにいた艦艇は数隻といった具合であったが、潜水艦隊の司令官は本部からの指示に従い、警告の後その幽霊船を雷撃して沈めて行った。



 ―――その頃撤退した艦を含めた残存艦隊の旗艦のブリッジでは、多国籍軍海軍艦隊司令部と艦隊司令官がテレビ電話を使用した通信で被害状況の把握と今後について会議していた。―――



「今一度確認するが、艦隊の約60%が集結ポイントで合流した時に一瞬でその約半数、すなわち全艦隊の約30%が消失したと? 」

「その通りです。残存艦で最も最前列にいた艦の乗員からの報告では音や衝撃等は一切無く、今までに見た事が無い程の光が見えたのと同時に海が荒れてそれより前列にいた艦はレーダーからも視界からも一切消え去り、最前線で残っていた艦と無線通信を試みるも全周波数帯で応答なく波に呑まれていったとの事です」

「なるほど…」

「威力的にはNBCR兵器と捉えるべきか…」

「いや。だとしたら音や衝撃が無かった事の説明がつきませんな」

「そもそも“共産枢軸”という武装勢力が大量破壊兵器を保有出来るとは思えん」

「仮にNBCR兵器だった場合どの程度の物かコンピューターで現在計算中だが、少なくとも広島型原爆の比ではないだろう? 」

「しかし、それだけの威力の兵器だったならかなりの衝撃波や振動が観測される筈だが、その報告が全く無いのは不思議でならないな」

「ですから、最前線からの報告ではレーダーに飛行物体等も無く、先行していた掃海艦からの最後の通信でも機雷の反応は無かったとの話です」

「そうなると核弾頭型の機雷と言う線も薄いか…」

 会議が紛糾する中、艦隊の約30%を一瞬で殲滅するのに必要なエネルギーを計算し、どの程度の破壊力を持った兵器による攻撃だったかというデータが多国籍軍海軍艦隊司令部と旗艦に届いた。

 そのデータが印字された用紙を見てその場にいた全員が言葉を失った。

 そこに書かれて数値はおぞましく、簡単には納得できる様な物とは言えなかった。


[TNT換算で150メガトン級=広島型原爆の10,000倍相当]


 過去に大気圏内核実験で使われた史上最大の水素爆弾“ツァーリ・ボンバ”ですら出力は50メガトンであり、爆発の火球は1,000km離れた地点から確認され、その衝撃波は地球を3周してもなお空振計に記録される程で、日本の測候所でも衝撃波到達が観測されたと言われている。

 もしも本当に、その3倍の出力の兵器ともなると相当な衝撃波が観測される筈である。

 しかし、実際には衝撃波や爆風等のそう言ったものは一切無く光が見えたと同時に艦隊の30%が消滅したのだ。

 それにもし、この計算が正しかったとしたらテロリストが大国の持つそれと同じだけの力を持ったという事に他ならない。

 ただ、これはいわゆる“爆薬”に換算した物であるため、勿論爆弾以外の兵器である可能性は残されている。

 そう。

 現状、計算の上では最大級の爆弾を遥かに凌駕した威力の兵器で紅海における艦隊の約30%を喪失する大打撃を受けたとは言ってもまだ地上ルートが残っている事は間違いない。

 そして、地上戦という事であれば一騎当千の戦闘力を持つアマテラスの存在がまだ残されている。

 もっとも、その場合、輸送手段や攻略ルートなど戦略の立て直しが必要であるのだが、共産枢軸の使用した兵器の実態が不明である事から見ても相当な時間が必要であるだろう。

 だが、核兵器を凌駕する兵器を保有している相手に対してそれだけの時間的猶予が保障されるのだろうか?

 それ以前にアマテラスの重要部分は日本の固有技術のみで開発された物であり、現状でその技術は日本しか保有していない。

 当然、アマテラスの初陣での活躍から多国籍軍に参加している各国では導入が検討され、首脳陣から購入依頼が舞い込んだのは言うまでもないが、日本という国は元々“専守防衛”の立場を取っていたし、技術の流出による新たな戦争の火種にならない様にする目的から完成時に国内法で貸与すら禁止する様に定めて、それを根拠に全て断って、その代替案にアマテラスの火器で使用されている弾薬と共通の物を大量に購入するという姿勢を貫いていた。

 もしも、アマテラスと同じ様な物を多数の国が無制限に持つ様になったら、過去に飛行機や潜水艦が辿った歴史を繰り返す事は想像に容易い。

 つまるところアマテラスと同じロボット兵器の類を他国が保有したら戦場の姿は全く別物になる。

 言ってしまえばその核心技術の公開は開発競争を助長し、新たな火種を作りかねないのである。

 二足歩行ロボットの技術自体は20世紀末から世界中に存在しているし、個人が趣味で0から創りだした例も多々あるために、基本的な部分での開発自体はそれなりの技術水準さえあれば、何処の国でも可能だろう。

 しかし、アマテラスに搭載された新型のエンジンや装甲材は全て新開発の発明で極秘事項の塊である。

 仮に同じ様なロボット兵器を開発出来たとしてもアマテラスの様なパフォーマンスを実現するにはアマテラスのエンジンが必須である。

 代替案で弾薬を大量に購入するという形を取ったのは補給の問題も考えての事である一方で他国からの武器や弾薬の購入は生産国の軍需産業に大幅な利益が出る事で国内における経済的な利益は計り知れない。

 そのため政治的な判断では、技術の開示を求めない見返りに弾薬の大量輸出で貿易黒字を出す方が賢明だ。

 アマテラスに搭載されている武装が既存の艦載砲や航空機の機関銃と同じ弾薬の規格の物を用いていたり出来るだけ既存の技術で造られている背景にはそういった事情もかなり大きいだろう。

 多国籍軍という都合上、この会議場にいる者たちは各国の代表者の代理という一面もあるが故に、様々な利権や既得権益、ひいては自国の利益や面子を立てるという思惑が交差し、かなり紛糾していた。

 テレビモニター越しに参加した艦隊総司令官からの報告など途中から蚊帳の外の話となり、艦隊総司令官は途中退場する形となってしまった。

 艦隊総司令官が外した後もなかなか話がまとまらず、多国籍軍艦隊が受けた損害と共産枢軸の新兵器の存在の公表は一切伏せて次の作戦を立案するという形で一応の決着は着いた。



  ―――その一方で俺たちアマテラス部隊の人間はというと…。―――



 初陣からは新たな作戦や任務の指令が無かった他、軍事行動の中心が海軍に移行した事もあって、航空機や艦艇用の装備を転用した新しい装備のテストやその訓練に追われていた。

 増設された隠し腕による着脱式弾倉の交換が可能になった事は継戦能力が大幅に向上した他、新しい運用方法も考案され、それを想定した訓練が行われていた。

 その一方で開発者の渡中佐によって秘密裏にアマテラスの行動エリアを拡大する計画と、それに並行してアマテラスの戦闘データを元にした新型の開発が進められていた。

 現状でアマテラスの分類が車両扱いなのは、車両か航空機か艦艇の他に区分が無い事もあるのだが、いくらアマテラスがホバーで浮遊し、水上も移動出来ると言っても、二足歩行ロボットである事が基本設計であるため、湿地帯の湖沼や河川程度なら未だしも、大規模な湖や海上での運用は基本的に考慮されていない他、まだ非公開な部分も多くあるが故に海上等での運用試験が行えていない。

 かといって、いきなり海上で実戦使用するというわけにもいかず、陸上での運用のみに限定されている部分が大きいのだ。

 開発時に考案されたアマテラスの海軍仕様機のプランでは下半身を双胴船の様にした物もあった様だが、母艦や汎用性の問題から没案となっていた。

 本土沿岸での運用であればその様な機体でも問題は無いのだが、離島部などの防衛となると母艦が必要になる。

 現行の艦艇で上陸艇用のドックを備えた物を母艦に転用するとしてもサイズの問題から搭載出来ない。

 その為、当初の設計の物を運用する為には専用の母艦を新規に建造する必要があり、予算や様々な利権絡みの問題で、没案となっていた。

 しかし、アマテラスの行動能力拡大の為には地上以外での戦闘を可能にする装備を開発する必要があった。

 そこで、その没案を元に海洋戦闘装備として背面と脚部のハードポイントに専用のユニットを装備する事で水上、水中を問わず活動出来る様にした他、海洋戦装備として既存の潜水艦発射型ミサイルを転用した装備をする他、固定兵装の機銃の銃口に専用の防水カバーを取り付ける形で、海戦に対応できるユニットが開発される運びとなった。

 コンピューターによるシミュレーションの結果はかなり有効なものではあったが、やはり実弾装備である以上は携行弾数に制限がある為、どうしても母艦の必要性は残ってしまい、試験用に数機分の試作ユニットが生産されるに留まってしまった。

 だが、外付けで新たな活動領域を追加するというシステム自体は採用され、そこから派生する形で専用のフライトユニットがすぐに発明された。

 元々アマテラスのバーニアはホバー走行の為の物としては推力がかなり過剰であった為、リミッターがかけられており、試作機ではリミッター無しの状態で最大出力噴射使用した際に一瞬で高度数百メートルの上空まで垂直に飛び上がった。

 それだけの推力が元からあったのだが、航空機の様に使用するとなると人型である必要は無く、同じ素材とエンジンの航空機を開発すれば済んでしまう為、当初、飛行型は見送られていた。

 実戦でアマテラスの有効性が示された事から展開能力の向上を図る為、このフライトユニットは開発された物でアマテラスでの空中戦を意図した物ではない。

 あくまでも、輸送機を使わずに長距離を移動する事に加え、電撃戦を想定した設計であり、デッドウエイトにならない様にする為、当初は使い捨て型の開発だったが、機密保持と補給の為に後方に素早く戻る目的で可動式翼を採用した。

 その結果、計算上は長距離作戦においても母艦は不要になった他、フライトユニットには多目的ミサイルと20mmガトリングガンが固定装備されており、それは対空戦以外でも使える物である為に火力の向上にも繋がっていた。

 ただ、元々が地上戦用に開発された兵器である為に当然ではあるのだが、空中戦には向かない設計で、フライトユニットの追加装備は懸念通りに重量増加を招く結果となっていた。

 それでもなお試作機における実機テストではアマテラスのパフォーマンスは低下せず、空中戦もそれなりにこなせるという結果が示された。

 ただ、航空機と比較するとやはり機動力や最高高度などの面で劣るのは当然の話で迎撃、防空任務は難しいだろう。

 要するにあくまで戦場に移動中に航空機に発見された場合でのみ自衛程度に空中戦が行えるといった具合だ。

 これもまだ実験機やシミュレーションでの結果に過ぎず、実戦投入した際にどうなるかはこの時点では全く不明と言える。

 そういった追加装備の開発が行われている最中に海軍では紅海艦隊の約30%を喪失するという大打撃を被っていた。

 艦隊の再編が完了次第再び、攻略戦が開始されるという事が参謀本部の決定で艦隊司令部には通達されたのだが、共産枢軸の新兵器を破壊しない限りは再び大打撃を被るのは間違いない。

 艦隊の再編中にフライトユニットの実装化が完了し、実機訓練が始まった事によりアマテラスの戦略機動力が向上した事で長距離作戦時に母艦の必要はなく、基地から直接向かう事が出来る様になった為、また違った作戦が立てられるだろう。

 ただ、再編が完了次第、攻略戦の再開となっていても艦隊に大打撃を与えた新兵器の正体が判明しない限りは下手に動けないのが実情である。

 俺たちアマテラス搭乗員が、フライトユニットによる飛行訓練を行っている頃、多国籍軍参加国はその国家の優位性を確保する政治的な意図から、共産枢軸にスパイを送り込み、様々な諜報戦を独自に展開して艦隊の約30%を消失させた兵器の正体を掴もうと画策していた。

 その結果、それぞれの国が独自に収集した断片的な情報だけがその国の諜報機関に集約されるに留まってしまっていたのだが、その兵器の実態を完全に把握出来ている国はまだ無く、しばらくの間は事態に進展も無く、膠着状態が続いていた。

 そんな折、民間人のクラッカー達が非合法な手段ではあるが、多国籍軍参加国の諜報機関にクラッキングを行いその情報を統合する試みが秘密裏に行われていた。

 民間人による行為は様々な国の思惑など無視して事が進むのがいつの時代も常である。

 その結果、各国が集めた情報がジグソーパズルのピースの様に合わさって行き、その新兵器の正体が露呈していった。

 情報を集めたクラッカー達はその完成したパズルというべき情報の集合体に恐怖した。

 それは設計上の数値での最大出力がTNT換算で250メガトン級の威力を持つ熱照射兵器で、防衛に特化した運用方法や射程こそ脅威にはならないがそれは、究極の矛であると同時に究極の盾である他、単純な構造故に建造、修復が容易である他、本拠地のコントロールセンターを破壊しない限り完全な無力化は不可能なものだった。

 さらに、多国籍軍内では政治的な意図が交錯し合うことによって、その全貌が把握されていない為、それが存在しうる限り現状では本拠地の制圧は事実上不可能であった。

 それに業を煮やした多国籍軍参加国のクラッカー達は、非合法な手段で集めた情報であったが、その情報を出元が解らなくなるように工作し、様々な場所にリークするという手段に打って出た。

 運が良い事にアマテラスの情報こそクラッキングでの流出は免れたものの各国の諜報機関の持つ情報が共有されていないという問題が完全に白日のもとに曝されてしまった。

 そして、それに端を発する形で、各国の国内では反戦活動が活発化してしまい、一刻も早い武力介入からの撤退が要求される事態となった。

 いくら亡命政府からの要請という大義名分の元に始まった戦争だとしても、政治的な意図が絡んで多国籍軍の参加国内で足の引っ張り合いが起こっている事が露呈した以上、複数の同盟関係国だけで構成された軍隊での対処より国連直轄の国連軍による武力介入に変更せざるを得なくなる。

 それは即ち、裏で共産枢軸に支援を行っていた国々からも軍事力が供給される事であり、そうなれば共産枢軸側に作戦内容がダダ漏れになるということは容易に想像できるだろう。

 多国籍軍海軍艦隊が大打撃を受けてからここまでの7週間でここまで事態が動いた事で、指令部の中でも仲間割れ状態が起こってしまった。

 その結果、海軍艦隊はもとより実戦部隊は全く身動きが取れなくなってしまったため、ナビ―・シュアイブの増設を行う機会を与えた事に他ならず、それは全体としてみれば自分で自分の首を絞める結果で、末端の兵士達からすれば上層部の失態で混乱するという事態になっていた。

 その為、一刻も早いナビ―・シュアイブの攻略が求められる事となり、その作戦にはアマテラス部隊が投入される形になった。

 その作戦の立案、実行は全て日本側に一任される形になったが、いくらフライトユニットの実装化で行動範囲や機動力が強化され、300海里以内の作戦行動なら母艦の必要がないとは言っても、搭乗員の負担を考えると配備されている基地からの出撃でナビ―・シュアイブを攻略するとなれば、紅海を越えなければならず、アマテラス単独での作戦の遂行は困難を極めるが故に、海上の移動には現存している輸送艦や大型空母を使わざるを得なかった。

 その為、現存している大型空母数隻から航空機を撤去し、代わりにアマテラスを搭載するという形で紅海を横断し、スエズ方面から陸路で侵攻する陸軍機動部隊と共に奇襲をかけるという形で攻略戦が立案された。

 クラッカー達によって集められた情報では、ナビ―・シュアイブは一射毎に集光レンズの交換が必要な為に連射が効かないという事と、ミラーが損傷するとそれだけ出力が低下するという欠点があった。

 さらに言えば、艦隊に大打撃を与えた一号機は紅海にしか照射出来ない他、アデン湾側に増設された二号機も海上にしか照射出来ない。

 つまり、内陸側には死角が存在した。

 そこを突く事でなら何とか攻略出来る可能性はあったが、そこは共産枢軸側も想定している様で、偵察衛星の情報ではかなりの数の防衛戦力が配備されている様だった。

 勿論この防衛戦力は裏で支援している国家から供給されている物であるのだが、針山の様に並べられた対空防衛網や旧式とはいえ戦車を転用した固定砲台の数々は通常戦力で易々と攻略出来るレベルの物ではない。

 それこそ現状、アマテラス部隊を全て投入してそこに風穴が開くかどうかといったレベルのものだ。

 だが、他に打開策などあるわけでもなく、無謀とも思える作戦を実行せざるを得なかった。

 作戦の開始日時の通達は秘密裏に行われ、アマテラスの輸送に使われる艦艇には移動型の弾薬補給設備が搭載された。

 隠し腕と予備弾薬の追加によってアマテラスの継続戦闘力は大幅に向上した他、フライトユニットの実装で艦載機のような運用が可能になった事が無ければこの“無謀な作戦”が選択肢に入る事は無かっただろう。

 だが、現状ではどこまでいってもアマテラスだけがこの戦争に終止符を打てる存在である事に変わりは無い。

 もしフライトユニットの実装がなされなければスエズを経由して陸路からという形で、長時間の作戦行動を強いられる形であっただろう。

 作戦に先立ち一時徹底していた艦隊の空母から航空機の撤去とアマテラスの整備、補給設備の搭載が順次行われた。

 用意された空母はアマテラス輸送用に“エベレスト級原子力航空母艦”4隻と護衛の航空機を艦載した空母8隻だった。

 アマテラス輸送用にあてがわれたこの“エベレスト級原子力航空母艦”は米軍が新造した世界最大の大きさを誇る超巨大空母で7隻建造されており、その大きさ故に全ての艦名に七大陸最高峰の名が与えられていた。

 今回の作戦ではその中からネームシップの“エベレスト”2番艦“アコンカグア”3番艦“デナリ”4番艦“キリマンジャロ”の4隻が乗員を除いた状態でそのまま貸与される事となった他、護衛の航空機を艦載した他の空母なども同じ様に今回の作戦指揮下に加わることとなったらしい。

 アマテラスは“エベレスト級”にそれぞれ2個小隊搭載される他、護衛の航空機を艦載した8隻の空母以外に予備の弾薬を満載した輸送艦2隻と護衛艦12隻に加え、潜水艦が6隻随伴するという事だった。

 最新の大型原子力航空母艦を4隻も貸与し、護衛の航空機を艦載した空母8隻を日本側の指揮下に編入する事自体かなり異例である。

 政治的な何かが働きかけたのか不明だが、通常であればあり得ない事だ。

 だが、配備が完了してから編成と作戦の開始は驚くほどに早く、万が一のナビ―・シュアイブ対策として悪天候を狙って開始された。

 俺たち“第05小隊 アルデバラン”は第06小隊“リゲル”と共にエベレスト級原子力空母3番艦“デナリ”に搭載されることになった。

 いくら“世界最大の航空母艦”とはいっても格納庫にアマテラスが収容出来る造りではない為、飛行甲板にそのまま係留するという形での搭載である。

 ただ、アマテラスのフライトユニットは垂直離着陸機と同じで滑走路が不要である為、着地スペースさえ確保できれば何ら問題ない。

 しかし、フライトユニットを付けた状態のその重量は乾燥重量でも70トンは軽く超え、全備重量ともなれば100トン近くなってしまう他に予備の弾薬や武装を搭載するとなればそれこそ大型の艦艇でなければという話になる。

 そのために一般的な輸送艦や強襲揚陸艦では1隻で一個小隊全てを艦載する事は難しかったし、世界最大の空母をもってしても2個小隊艦載すれば予備の武装や弾薬の搭載スペースが充分とは言えず、輸送艦2隻を要する形となった。

 作戦の発令で陸軍機動部隊との合流を考慮して出港し、数日で作戦海域に到達した。

 陸軍機動部隊の攻撃開始のタイミングに合わせて次々に発艦していく。

 飛行訓練で対航空機戦や対空砲火に対応する訓練は受けていたがこの防衛拠点の航空機の数は非常に多く、対空砲火はまるで形容できない程に激しかった。

 アマテラスの装甲を持ってすれば通常兵器による攻撃は意味をなさないが、それでもここまで激しい砲火は飛行姿勢制御に支障をかなりきたしていた。

 何とか航空機を追い払い着地点を探るのだが。悪天候と爆炎による視界の悪さでなかなか地上に降下出来る機体はいなかった。

 俺も例外ではなくコックピット内にはミサイルの接近を知らせるアラート音が常時響き渡り、集中力を奪われていた。

 その為、着地した際も訓練通りのものではなく、墜落したと言っても過言ではない様な着地の仕方になっていた。

 ただ、隠し腕の装備が付いた現状では何かの拍子で転倒したところで、機体の立て直しは容易かった。

 地上に着いても爆炎で視界はかなり劣悪なものとなっており、レーダーが頼りの状態だった。

 同時に発艦した一条機の方を確認すると何とか確認出来たのだが、この視界の悪さと弾幕で同じ様な状態での着地でむりくり立ち上がった状態であった。

 着地すると小隊長の霧島少佐から一斉通信が入った。

「こちら“ミスト”!“アルデバラン”各機応答せよ! 」

「こちら“ブリッジ”。着地完了」

「こちら“ゼロ”。着地完了」

「こちら“パイン”着地完了したものの現在姿勢の立て直し中」

「こちら“ストーン”!“パイン”と同じく姿勢立て直し中」

「こちら“ファースト”立て直し完了」

「こちら“スター”無事着地。“ファースト”と合流に向かう」

「こちら“カタナ”着地完了」

「こちら“ミッドフィールダー”着地完了」

「“ミスト”了解。姿勢立て直し完了後“ブリッジ”と“ゼロ”は私と“パイン”“ストーン”“ファースト”は私の左翼に“スター”“カタナ”“ミッドフィールダー”は右翼にトライアングルフォーメーションでそれぞれ展開せよ」

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 姿勢立て直し完了した機体から順に小隊長の指示通りに展開する。

 9機で三角形の布陣の陣形で侵攻を始める。

 今回の作戦が如何に危険でアマテラスと言えども完遂出来るか疑問がある事は作戦のブリーフィングで念入りに説明されていたが、着地してしまえばこちらのものだ。

 初陣で得られたデータから拠点の制圧にはどういった装備が有効でそれをどのように運用するのがベストであるかは機体にフィードバックされていた。

  この陣形もその為に発案された物で、3機ずつで三角形の布陣を取る事で三点からの同時攻撃が可能となっていた。

 それによって撹乱、並びに弾薬の節約、ひいては被弾率の低下を生みだしていた。

 いくら頑丈な装甲で守られていて、単独で大型駆逐艦に匹敵する火力を保持していると言っても、剥き出しになっている兵装には装甲が無く、そこに被弾すれば火力の低下は免れない。

 腕部の火器は既存の物を流用して開発された物である為、破損などで使用不可能となった場合デッドウエイトにならない様に投棄出来る。

 開発段階では外装火器に盾を付けるプランも存在したが、それでは投棄出来ない為、弾切れを起こした際にデッドウエイトになりかねない懸念から不採用となった。

 そういった経緯からいくら被弾しても壊れない機体ではあるが、兵装に被弾して火力を失えばただの二足歩行ロボットでしかないのだ。

 他の小隊も同じ様に着地してから順次陣形を整え、トライアングルフォーメーション以外にもブイ字型に並ぶブイフォーメーションや一直線に並ぶストレートフォーメーションなど、それぞれが置かれた状況に応じて使い分けていた。

 指揮官用に通信能力などを強化した小隊長機以外の機体は基本的には2機以上での行動が基本と訓練で決められていたが、トライアングルフォーメーションやブイフォーメーションは3機での陣形である為、戦闘中の行動に迷いが生じた際に、意見が別れることは無い為、行動しやすくなる。

 2回目の実戦運用とはいっても同時に72機のアマテラスの投入というのは少々無謀な気がしなくもないのだが、攻撃を受けている共産枢軸側からしても相手がアマテラスの大群に加えて航空機までいるとなるとかなり厳しい状況には違いないだろう。

 だが、その抵抗は凄まじいもので、初陣で見た光景とは全くの別物だ。

 アマテラスの初陣での活躍を見た事でそれに対する対策を考慮していたのは間違いないだろう。

 ましてこれが、決戦兵器であるナビ―・シュアイブのコントロール施設へ通じる唯一の道であるなら尚更抵抗は熾烈なものになる事くらい容易に想像できた。

 故に、ここではアマテラスの性能を過信して戦闘に及ぶのは危険極まりない。

 それは、戦場の空気から誰もが感じ取っていた様で、弾切れで母艦に戻る機体はなかなかいなかった。

 いくら隠し腕や予備の弾倉のハードポイントが追加された事で継戦能力が飛躍的に上昇したとは言っても、これだけの乱戦になれば弾切れを起こす機体が1機や2機出てきてもおかしくは無い。

 だが、現状被撃墜された航空機こそあれど、弾切れで撤退するアマテラスは1機も出ていない。

 つまり3機でのフォーメーションがかなり有効であったと言えよう。

 アマテラス小隊全72機による攻撃はすぐに決定打とはならなかったのだが、それなりに有効打となった様で航空隊や陸軍の機動部隊の支援もあって、弾切れの機体が出始める頃にはかなり押す事に成功した。

 だが、それでも尚、抵抗は続き海上においても、ナビ―・シュアイブが2基共に最大射程にむけて最大出力での照射準備を整えていた。

 最大射程圏内に多国籍軍の艦艇は一隻も存在しなかったのだが、コントロール施設の防衛が最終決戦になると踏んでの事だろう。

 長時間の戦闘で双方共に疲弊していた事で、アマテラスの弾薬補給などの都合から一時的に離脱する小隊が出ても何とか押し返されずに作戦は遂行された。

 だが、作戦開始から36時間が経過しても尚、状況は予断を許さず、陸軍と空軍の大規模な増援を待たなければアマテラスの完全な補給はままならなかった。

 増援の到着までの間は小隊毎に交代で母艦に戻り、休息と補給を行う事で何とか場をしのぎ、前進に成功した。

 それでもなお何処から湧いてくるのか、敵部隊の殲滅には程遠く、最終防衛ラインに押し込むのがやっとであった。

 ただ、これにより通常兵器の攻撃だけで戦線の維持が可能になった事からアマテラス部隊は一時撤収し補給と一時的な休息を得る事が出来た。

 多国籍軍の圧倒的な物量攻めにあって尚、共産枢軸側は抵抗を続けた。

 戦域が狭くなった事でその抵抗は日に日に激しさを増して行き、戦力差が5倍に達してなお進軍出来ずにいた。

 そう言った背景もあってアマテラス部隊に再び出撃の命令が下るのに時間はかからなかった。

 装甲には傷一つ付かなかったものの連続活動可能時間ギリギリまで酷使した為、機体の内部にはだいぶダメージがあり、部品交換や整備に時間を要してしまった。

 整備が完了し、出撃準備が整った小隊から再び戦線に戻って行く。

 その際に新たに発令された指令は



 ―――全機個別行動で防衛部隊を撃破し、コントロール施設への突入が可能であれば各自の判断で突入し、破壊せよ。―――



 という形であった。

 その為、かなりの大混戦となった他、指揮系統が無い事もあってか、先行していた部隊が道を切り開き、後発の部隊がその隙を突いて侵攻していく形になっていた。

 だが、それでもコントロール施設までは遠く、なかなか辿りつかない。

 抵抗する戦闘車両や航空機を薙ぎ払いながら進むがキリが無い。

 それでも現状は突っ込んで行く以外方法は無かった。

 そんな折、一条の機体がすぐそばにやってきた。

「聞こえるか?ここさえ突破出来ればコントロール施設はすぐそこだ。今お前の機体が装備している大型ミサイル4発全部撃ち込めば確実だろう。俺が援護するから一気に斬り込むぞ!」

「わかった。露払いは任せる」

 今回、上からの命令で俺の機体は大型連装ミサイルを2基装備し、腕部にはハーモニクス・バヨネットを装備した散弾砲が装備されていた。

 散弾砲の仕組み自体はハンティングなどで使われる様なガス圧作動式のセミオートマチック式の散弾銃をスケールアップした様な物であるのだが、そこから放たれる散弾は鉛玉などと言う物ではなく、タングステン系の合金で出来た貫徹力の強い物で拡散したうちの一発でも当たれば大抵の戦車は鉄屑と化すため、密集している戦車部隊が相手となれば一射でまとめて破壊可能なものらしい。

 実際、一射で数両を撃破出来た事で侵攻は楽だった。

 一方で一条はミサイルの代わりに弾薬ベルト付きの給弾タンクを装備し、かなり長い刀身でアマテラスの装甲材と同じ材質で試験的に作られたハーモニクス・バヨネットを付けたガトリング砲を装備していた。

 その見た目は言うなればSF映画等に出てくる個人携行型のガトリング砲の銃身の根元の回転しない無可動部位に日本刀をくっ付けた様な物だった。

 バヨネットの本来の和訳は“銃剣”であり、その発祥や用途はどちらかと言うと槍に近いのだが、彼の機体に装備されたそれは銃火器付きの刀で、言うなれば“ハーモニクス・ソード”であり、どういう運用を想定したのか全くもって疑問である。

 大昔の日本の陸軍には自動拳銃に軍刀の刀身を取りつけた騎兵用刀剣拳銃と呼ばれる変形拳銃の一種が存在したが、刀としても自動拳銃としても中途半端で、それは試作のみで終わってしまっている。

 そう言った過去の例から見ても彼の機体に装備されたそれはかなり異端だと言っていいかもしれない。

 先ほどの通信で確認した通り、一条機にエスコートされながらコントロール施設を目指す。

 フライトユニットのおかげか途中で他の小隊の所属機も次々に合流し、コントロール施設までの道を切り開いていく。

 だが、いくら撃破しても共産枢軸の戦闘車両や航空機は次々と現れる。

 そんな状況にあってはいくらアマテラス部隊の能力を持ってしていても普通であれば中々前進出来ない。

 だが、一条の切り込みは凄まじく、それをものともしていない。

 弾薬の節約の為か不明だが隠し腕に通常型のハーモニクス・バヨネットを持った4刀流状態に移行していた。

 それだけでなく、フライトユニットで飛行して戦闘車両のみならず、戦闘ヘリも真っ二つにしていた。

 彼はフライトユニットとの相性が相当良かったのか、実機による模擬戦闘訓練中に本来想定されていない運用の仕方を発見し、開発部からはかなりの評価は得ていたのだが、この様な戦い方は初めて見る。

 恐らくは彼がこの状況で突発的に編み出したものだろう。

 そして、その鬼神のごとき活躍は共産枢軸の兵士に恐怖心を植え付けた。

 炎に照らし出されたその機体の姿は煤やオイルで汚れ、まさしく怪物というに相応しい形相となっていた。

 カメラ越しにその姿を捉えるが、いくら味方であるとはいえ、恐ろしさを感じた。

 黒煙の中でフライトユニットの翼を広げたまま、煤やオイルで汚れ破壊された戦車の残骸の影と共に燃え盛る炎で照らし出されたその姿は友軍で同じ機体に乗っている俺から見てもおぞましく共産枢軸の兵からするとそれは悪魔そのものに見えただろう。

 その様な姿を目にしてしまえば確実に士気は低下したのだろう。

 自爆攻撃もためらわないテロリストでも、相手が人知を超えた存在であることを目の当たりにすれば、その姿に恐怖を覚えるのは当然の話だと言える。

 初陣でも火力と装甲に物を言わせ、一方的な虐殺に等しいような戦い方をしていたが、今回のそれとはわけが違う。

 防御面は完全に装甲任せで戦っているが、面による制圧の様に弾幕を形成するのではなく、装備を効率よく使用し、共産枢軸の兵器を撃破していた。

 彼の活躍に加え、続々と合流した他の機体による増援も相まって先ほどより侵攻ペースは少しだけ上がった様に思えたのだが、俺の機体周辺に集まり過ぎた事もあって集中砲火の対象となってしまい、かなりの数の戦力が差し向けられた。

 いくらアマテラスの装甲が高強度の物で通常兵器の攻撃はものともしない造りをしているとは言っても四方八方からの集中砲火を浴びせられたなら衝撃が原因で内部フレームや計器類に支障をきたしてもおかしくない。

 だが、そんな心配はどこ吹く風で他の機体が俺を囲う様に展開し、道を切り開く。

 地上部隊に関しては、増援が後方や他の拠点から送られてくるとしても時間がかかる為にどれだけの数が残存兵力として存在していても一気に斬り込んで行けば何とかなる可能性はあった。

 だが、超音速航空機となると話は変わってきて、巡航速度で飛来したとしても出元によっては数十分でここに飛来してくる。

 それ故に空軍の支援があっても対処しきれず、進軍速度は思う様に上昇しなかった。

 アマテラスに対する通常兵器による攻撃は無意味と言って差し障りの無い事はここまで戦ってきた身として納得している。

だが、それによる足止めは地上部隊の増援を容易にする効果をそれなりに出していた。そう言ったことからしても一体どこにこれだけの兵力が残っていたのか疑問である。

 無人機自体は珍しい物ではないため、半数以上が無人機だったと仮定しても資源の問題でこれだけの数を揃えるには相当な年月が必用な事くらい素人でも簡単に想像できる筈だ。

 本当に次から次に湧いて出られては、いくらアマテラスが無事でも搭乗員が疲弊してしまう。

 この状況でなお、奮戦している自軍のアマテラス搭乗員のタフさには驚かされる。

 空軍の護衛でフライトユニットでの移動時は自動操縦に切り替えていたとしても、この状況の中でまともに戦闘を継続出来るか甚だ疑問である。

 だが、実際は自動操縦など使える様な生易しい状況ではないのだが、それでもアマテラス部隊は獅子奮迅の活躍をみせていた。

 コントロール施設に到達するまで、時間はかなり掛かった

 この状況に食事をとる時間など一切無く、水分補給するのがやっとの状況だ。

 他の機体が残弾不足になり始めた頃、ようやくコントロール施設の建物が見えてきた。

 その建物は非常に大きくまるで山の様に見えた。

 だが、臆している暇は無い。

 現状で残っている機体ではこの巨大な建造物を一度で破壊出来る可能性がある兵器は俺の機体の装備している大型ミサイルの一斉射撃のみだ。

 友軍の援護のもと、建物に向かって一気に突き進み、射程圏内に収めた。

 そして、建物の中心部を攻撃目標に定めて発射トリガーを引いた―――。

 

 

 ―――だが、何度トリガーを引いてもミサイルは発射されない。―――

 

 

「亮二!どうした!?早くぶっ放せ!! 」

「お前に言われなくてもとっくにやってる!何回トリガーを引いても発射されないんだよ!! 」

 何らかの不具合なのか何度トリガーを引いてもミサイルは発射されず、モニターには赤い文字で“ERROR”という表示が繰り返されるだけだった。

「くそっ!作戦失敗か…! 」

「いや…。まだ終わってない!総司!お前の機体は残弾どの位残ってる? 」

「掃討戦を考えて節約してたからガトリング砲はタンクの半分以上残弾があるが、どうする気だ? 」

「そうか…。アマテラスの装甲で体当たりすれば建物内に突っ込んでいけるよな? 」

「確かにそうだが…。まさか中からやろうってのか? 」

「そういう事だ…」

「アマテラスの装甲と同じ装甲だったらかなり厳しいぞ? 」

「お前の機体が装備してる刀ならアマテラスの装甲と同じ素材で出来てるから何とか出来る筈だ! 」

「わかったぜ…相棒…よっしゃあ!いっちょやったるか!! 」

 他の機体は残弾があまりない為、俺たちの周りを囲って盾となり建物への突破口を開いていく。

 コントロール施設の建物は近づけば近づくほどにその巨大さに圧倒されるものがあった。

 突破口が開けると助走を付けてフライトユニットを最大出力にして、その巨大建造物に突っ込んで行く。

 その様子は傍から見れば特攻にしか見えなかっただろう。

 敵の航空機の猛追を受けるがここまで護衛してきた友軍機の最後の対空砲火にさらされては俺たちの機体に近づく事すらままならなかった。

 建造物に体当たりすると思いの他簡単に風穴が開いた。

 内部は広い空間があり、そこには見た事が無い巨大な水晶の結晶の様な物が存在し、そこから太いケーブルが延びていた。

「何だこいつは? 」

「ケーブル延びてる辺り、恐らく蓄電池みたいな物じゃないのか? 」

「だったら…! 」

 そう叫ぶと一条はガトリング砲をその物体に向けて乱射した。

 弾丸の雨で爆炎が上がった。

 彼が砲撃を終え、煙が落ち着くのを待つ。

「何だとっ…! 」

 だいぶ削れてはいたものの、相当な被弾をしてもなお、その物体の完全破壊には届かなかった。

「あとはこのミサイルだけか…」

「ミサイルは発射出来ないんじゃないのか!? 」

「総司!お前は早く脱出しろ!爆心地にいなけりゃあアマテラスの装甲でなんとかなる! 」

 そう言って一条機を突き飛ばすと自爆コードを入力した。



 その瞬間目の前が眩い光に包まれ意識が遠のく―――。

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