トゥルディオス

 青天の霹靂。


 今、カケル達のいるオリュゾンの状況は、その表現がピッタリである。


 オウガのスタンピードを短時間で鎮めたカケル。そしてスタンピードの原因の調査を行い、それがわかった直後に暴風雨がこの村に襲い掛かったのだ。雰囲気的にも嫌な感じである。


「カケルくん。今からでも遅くはない。逃げよう」


 いつもの高い声が発されるフェレイラの口から、今は脅すような低い声が出ていた。呼び方も「~っち」から「くん」付けになっている。


「トゥルディオスを倒しに行くってのは?」

「絶対にダメ」


 断固とした拒否。


 トゥルディオスは接近禁止種に指定されている魔物で、並の人どころか腕利きの冒険者や騎士でも逃げることを推奨する程だ。その脅威度は計り知れず。天災竜出現の兆候である突発的な大嵐で避難勧告が出される。現在の悪天候がまさにそれだというフェレイラ。


「何より。カケルくん達は私の護衛。指示を無視することは依頼放棄と見做すよ?」


 そうなってしまえば、間違いなく冒険者資格の剥奪になるだろうね。というフェレイラの脅しを受けるカケル。二人の睨み合いが続き、しばらくすると、カケルがニヤリと悪知恵が働いた笑みを浮かべる。


「なら、織音とダイキを残していく。この依頼は俺個人じゃなく、“ラクテウス・オルビス”が受けた依頼だ。そのメンバーが残れば依頼放棄にはならない。理屈としては間違ってないだろ?」

「なっ……」


 カケルの言葉にフェレイラは絶句する。確かに、カケルの言うことは理屈としては正しいだろう。しかし、それは確実に屁理屈というものだ。


「依頼内容にも、途中で一部のメンバーが欠けたら依頼放棄と見做す、なんてものはなかったからな」

「ぅぐ……」

「行かせてくれ」

「……どうして? 理由が知りたいよ。何がカケルくんをそこまで突き動かすの?」


 フェレイラの質問に優しげな表情で農業ギルドのある方を見遣るカケル。そして、フェレイラに視線を戻す。


「少しとは言え、子供達と遊んで絆された。何より、俺らで何とかするって言っちまったしな」

「それはオウガのスタンピードのことじゃ……」

「そのスタンピードの元凶がまだいるわけだろ? 同じことが起こらないとは言いきれない。なら排除するしかないだろ」

「死ぬよ?」

「誰がそう決めたんだよ?」

「今までだって何人もの冒険者や騎士が挑んでいった。結果はもう知ってるでしょ?」

「そいつらと俺達を一緒にすんな。少なくとも、そいつらを一掃できるくらいには実力あるぞ? それがわかってて指名したんだろ?」


 カケルの言葉に引く気がないと見たフェレイラは、辛そうに拳を強く握りしめている。


 フェレイラは商人だ。場合によっては奴隷を取り扱うことすらあり、その時は心を鬼にして商売に当たる。だが商人である以前に一人の人間。人との触れ合いがあれば楽しいと感じることも多い。二日という短い時間とは言え、カケル達と接して情が湧いたのだ。


 カケル達が異常に強いのはセトを降した時点で百も承知している。だからこそ護衛を頼んだのだ。おそらく、騎士が何千人と集まってもこの四人には敵わないだろう。しかし、天災竜はそんな生ぬるい相手ではないのだ。


 厄災そのものとして認識されてるトゥルディオスの強さは、人の軍隊等とは比べものにならない。この世界の長い歴史の中で十や二十じゃ済まない程、都市を破壊し尽している。まさに破壊の権化。


 そんなものに、目の前に立つ白髪赤目の少年が挑もうとしている。自分はそれを止めたい。死んで欲しくないのだ。それでも彼は引く気がないし、ひょっとしたらなんて考えている自分もいる。村を救って欲しいと。フェレイラは今、葛藤していた。


「逃げる気はないの?」

「ないな。子供達と米を守りたい」

「ぷっ」


 カケルのストレートな言葉に吹き出してしまうフェレイラ。そこで葛藤は解けたようだ。


「わかった。もう止めない。好きにしちゃってよ」

「あぁ」

「でも、行くのはさっきカケルっちが言った通り、カケルっちと夕姫っちだけだからね? 残りの二人には護衛として残ってもらう」

「そのつもりだ。いいよな?」


 最後にカケルが夕姫達へ顔を向ける。その視線を受けて強く頷く三人。


 そうして、カケルと夕姫の二人で、ゥルディオスの討伐に向かうことになった。過去最少人数で無謀なことをしようとしている。だがそれを止める者はもういない。


「カケルっち」

「何だ?」

「天災竜の討伐が終わったら、カケルっちの知りたかったこと教えてあげるよ」

「何かあったっけ?」

「フェイのことだよ。フェイの力、教えてあげる」

「そうか」

「うん」


 若干死亡フラグっぽいものを立てつつ、カケルと夕姫は村から出ていく。死なないよね?




 織音に教えてもらった通りに森を進む。


 シンとした森の中。虫一匹すら存在しておらず、不気味な静けさがカケルと夕姫を不安にさせる。


 二十分程歩くと、織音に教えられた場所に着く。そこは森の中でも開けた場所。木々はなく、焦げた地面だけが広がっていた。その中央にそれはいた。というか、寝ていた。


 カケルの五倍はあろうかという程の巨体。蜥蜴のような体をしており、その表面は漆黒の鱗で覆われている。六本角の厳つい頭部はまさしく竜そのものだ。何より特徴的なのは、バチバチッと音を鳴らす体の倍程の大きさがある翼だ。常時帯電しているようで、その影響で地面が焦げているらしい。



トゥルディオス Lv150


種族:太古竜

職業:‐‐‐

HP:35860/35860

MP:28300/28300

AP:20580/20580

STR:32470

VIT:29850

INT:31490

MEN:27630

AGI:21600

LUK:100


スキル:《魔力操作Lv10》《生命感知Lv10》《魔力感知Lv10》《雷霆魔法Lv10》《大嵐》


アーツ:《ロアリング》《ライトニングスフィア》《ライジングボルト》《サンダーブレス》《サンクションズ》


称号:《天雷竜》《大災厄》《虐殺者》

 

BP 19034pt



 絶句ものだ。カケル達がこれまで戦った中でも最も強かった麒麟すら余裕で越えている。天災竜と恐れられるのも当然だろう。だが、もっと看過しかねるものがある。


『称号。《天雷竜》になってんぞ?』

『属性毎にいるわけじゃないでしょうね?』


 これクラスの竜種が他にもいると考えただけでゾッとする。こんなものがいて、よくもまあ人類が生きているものだ。カケル達の内心はそんな感じだろう。


『どうする? 勝てるかどうかわかんねぇぞ?』

『アタシが聞きたいわよ』


 ぶっちゃけ、カケル達のステータスすら遥かに凌駕しているのだ。並の竜種であればカケルだけでも普通に勝てる(経験済み)が、これはもう格が違った。


 カケルですら若干躊躇う程だ。そこらの騎士団や冒険者パーティが勝てないのは当たり前だろう。


『仕方ねぇ。気は進まねぇが、スーペルノーヴァを使う』

『マジ?』

『マジマジ。これはさすがに、一気に片付けないとこっちがヤバい』

『そうね。けど、大丈夫なんでしょうね?』

『試射はしただろ? 麒麟で』

『あれ試射!?』


 味方にもそれなりの被害を出しておいて試射はないだろう、試射は。いくらカケルガスキーな夕姫でも、アホかお前はと叫びたいレベルだ。


『とりあえず、スーペルノーヴァで開幕ブッパだ。夕姫はそこら辺の木――だと不安だから、俺に掴まっとけ』

『え……』


 予想だにしていなかった展開である。カケルが精一杯夕姫の安全を考え、導いた結論だ。まあ確かにあの威力はそこらの木に掴まってるだけじゃ、木ごと吹き飛ばされてしまうだろう。間違いなく根っこから抜ける。


 夕姫は少しの間指と指をちょんちょんと突き合ったり、手を組んでモジモジしたりしていたが、何か決意したかのように気合を入れ、カケルにしがみ付く。この時点で幸せ一杯である。末永く爆発しろカケル。


 しかし、カケルは既にスーペルノーヴァを構え、トゥルディオスに狙いを定めている。そっちに意識が持っていかれているため、夕姫にしがみ付いてもらっているというこの状況に嬉しいという感情は生まれていない。むしろ、一発で死ぬかなアイツ? という思考で頭が埋め尽くされている。


 感知妨害を発動しつつ身体強化、剛力、金剛と重ね掛けし、最後に限界突破。これで相当なダメージが見込める。そして豪快でド派手な発射音。トゥルディオスはその音で起きてしまうが、気付いた時にはもう遅い。既に着弾した。


 前回と同様、爆発と共に付与された破壊魔法が発動。黒球がトゥルディオスを呑み込み、周囲に破壊の限りを尽くす。


 凄絶な衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒し、地面が抉れていく。


 カケルはその場に全力で踏ん張り、その腰には夕姫の腕がきつく巻き付けられていた。


 三十秒間の破壊魔法。それが終わり、カケルが目を開け周囲の状況を確認する。前後左右には何もない。では空は? カケルは上空を見上げ、言葉を失くす。


 少しして顔を上げる夕姫。何も言わないカケルを怪訝に思い、カケルの視線を追うと、


 紫電を纏い、上空から二人を見下ろすトゥルディオスの姿があった。


 起き抜けの不意打ちととんでもない威力によるダメージ。表情こそわからないが、二人には感じ取れる。確実にブチ切れていると。


 天雷竜の纏う紫電が迸り、嵐はなお強くなり、天を雷が駆け抜ける。

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