いざ鬼退治
「スタンピードだぁああああああああっ!!!」
カケル達の入った方とは反対にある村の出入口から切羽詰まった声が聞こえてくる。
スタンピード。わかりやすく言えば、魔物達の予期せぬ進軍の事だ。これが起こる原因は様々である。最も多い理由は強い魔物の出現により、これまでそこに生息していた魔物が住処を追われパニックを起こすというものだ。
そんな説明をフェレイラから受けたカケル達。話しながらも走って出入口を目指したため、すぐに到着する。そこには、既に多くの村人が集まっており、村の外を見ていた。
そちらを向けば砂煙が天に昇っていく様子が見て取れる。間違いなく魔物の大行進だ。
状況を把握するために村人達の会話を聞く。そこでは、村の外の見回りをしていた兎人が魔物の大群が村に向かってきていることやどんな魔物かを口早に捲し立てていた。
迫っているのはオウガの群れ。オウガとは、鬼のような外見を持ち、人間より大きく、力も強い。人間を取って食べると言われている魔物だ。ただ、頭は良くないようだが。
カケル達が聞けたのは、魔物の情報だけだ。それ以外はほとんど「もう終わりだ」等と言った絶望の声や諦めの声ばかり。
「諦めんな」
カケルが静かに放ったその言葉。村人達が一斉にカケルを見て、そして驚く。
「白髪赤目の英雄……?」
「まさか……」
「セトちゃん以外にも本当にいたのね……」
子供だけでなく大人からも英雄と呼び称される。カケルとしては心底気になるが、今はそれよりも優先度の高い問題が目の前にあるため、その疑問は棚上げだ。
「俺達が何とかしてやる」
「し、しかし、砂煙の大きさから見ても、魔物の数は三百はいます。例え、英雄様であっても……」
「何だ三百だけか?」
「は?」
「三百程度なら俺一人でどうとでもできる」
「ですが!」
「アンタは俺の事を何も知らない。そんなアンタに俺の実力を評されたくはないな」
「っ……」
カケルの言葉に、息を詰まらせる老年の男兎人。他の兎人達も似たような反応をしており、一つ溜息を吐くカケル。
「ここは危険だからギルドにでも避難してくれ。後は俺らで何とかする」
「よろしいのですか?」
「むしろ、戦闘力の低い奴がここに残ると足手まといになる。何より、村の中にはまだ子供がいるんだ。そっちを守ってやってくれ」
「わ、わかりました」
老年の男兎人が他の者達に避難を促し、カケル達以外の全員が農業ギルドへと向かった。フェレイラは何を思ったか、その場に止まる。
「行ったな」
ギルドへ向かう村人を見遣り、静かにそう漏らすカケル。視線を外し、夕姫達の方を向く。その顔には不敵な笑みが浮かぶ。
「さて、あれは俺一人でやる。お前達は後ろで見といてくれ」
「わかったわ」
「オッケーだよ」
「今日は俺の出番なしかぁ。しゃぁねぇ、村くれぇは守ってやるよ」
「頑張ってねカケルっち」
「ついでにフェレイラも守ってやってくれ」
「ついで!?」
夕姫達三人が頷くと、カケルは反転。既に先頭のオウガの姿が見えるようになっていた。
村から飛び出し、オウガの群れへと突っ込んでいく。その両手には既にアルタイルとヴェガが握られている。
オウガ共の目の前まで辿り着いたカケルは銃撃する。ただし、一発のみ。その一発が手前にいたオウガ共の内一体を貫き、光の粒子に変える。
時蝕の森のように一対一の戦いではなく、一対多の戦いだ。同部位への連続攻撃によるダメージの増加よりも手数を優先するのは当然だろう。
カケルに気付いたオウガ共は拳を振り上げ、その膂力をもってカケルを打ち砕かんと拳を突き出してくる。だが、その拳は届くことなく霧散する。ヴェガから射出された弾丸によって。
次から次へと途切れることなくカケルに拳を打ち込んでくるオウガ共。それを近いものから迎撃していくカケル。
左右から攻撃を仕掛けてくるオウガ。腕をクロスし引き金を引く。直後には目の前に迫るオウガに左のヴェガの、左前方のオウガには右のアルタイルの銃口が向けられる。その動きは恐ろしく素早い。動作の途中が目視できない程に。そして、応射。撃ち抜かれたオウガが命を散らす。
今度は右のアルタイルを大きく動かし右後方へ、左のヴェガを左前方上空へ向ける。火を吹く二丁の銃。銃の射線上にいた二体のオウガがまた消える。アルタイルを右横へ、ヴェガを左後方へ。発砲。
まるで精巧な機械仕掛けの人形が踊るかのように無駄のない動き。カケルは一度止まったその場所から一歩も動かず、三百六十度、更に跳び上がって上からも襲い掛かってくるオウガの群を的確に、瞬時に銃口を向け、一センチでも一ミリでも近い敵から、戦闘の隙を縫って村へと向かう敵から、順繰りに屠っていく。
その腕の動きは余りにも早く、しかし、撃った瞬間にピタリと向けられた様はよく見える。腕と銃と硝煙が作り出す光景は、一種の芸術だ。
「…………」
フェレイラは何も言わず、その姿に見入る。
その隣で、夕姫達はこっちに向かって飛んでくる流れ弾から身を守っていた。音もなく淡々と魔法で弾道を捻じ曲げているため、カケルの戦闘を見るのに夢中なフェレイラは、自分が守られていることには気付いていない。
襲い掛かるオウガと、それをバリアのように塞ぐカケル。
そこでアルタイルの弾丸が尽きる。すかさずガンスピンして一瞬で装弾。射撃を再開してオウガを消していく。それが四回程続いた直後、ヴェガが弾切れを起こす。刹那―――マガジンリリースを押して、空の弾倉を落とし、ストレージにしまう。別の場所に新たな弾倉が現れ、ヴェガをくるりと回す。寸分の狂いもなくグリップに収まり、再び猛射が始まる。カケルに隙はなかった。
時間にして三十分程。
銃声が止み、アルタイルとヴェガが両腿のホルスターへと戻される。硝煙が立ち込める中、カケルが直立不動になった時、オウガは影も形もなくなっていた。ドロップアイテムはそこら中に散らばっていたが。
「す、凄いんだねぇカケルっちって」
「アタシ達は見慣れたけどね」
夕姫の言葉にうんうんと頷く織音とダイキ。カケルは粛々とドロップアイテムを拾い出す。
「いつも通りのカケルくんだよね」
「いつ見てもかっけぇんだよなぁ、あれ」
腕を組みながら「確かに」と首肯する夕姫。カケルは黙々とドロップアイテムを拾い続ける。
「見慣れてても、やっぱりちょっとだけドキドキしちゃうのよね」
「そうだよねぇ」
頬を紅潮させた夕姫の言葉に同調する織音。カケルは淡々とドロップアイテムを拾い続ける。
「カケルっち、ホント格好良かったぁ!」
「俺らの幼馴染だからなっ!」
フェレイラの称賛に自慢げな表情のダイキ。カケルは――
「手伝えやこらぁっ!!」
我慢の限界になったらしい。
カケルがキレて他の四人が笑う。笑いつつもドロップアイテムの回収は手伝い、そこら中にあったドロップアイテムは全て拾いきる。
回収作業が終わった後、五人は一所に集まり今回のスタンピードについて考え始める。
「カケル。今回のスタンピードの原因って何だと思う?」
「逃げてきたんじゃないのか?」
「まあそう考えるわよね」
基本的にスタンピードの起こる要因は魔物が住処を追われたからというのが多い。例外として確たる意思を持って人里を襲うこともあるが、極稀にしか起こることはない。
「わからないなら調べちゃえばいいんだよ」
全員で考えている中、織音がそう提案する。
「そうだな。織音の“使い魔”に調べさせた方が早いか」
「お願いできる? 織音」
「任せてよ。元よりそのつもりで言ったんだから」
夕姫の頼みに、心得たとばかりに胸を叩く織音。ゲホゲホゲホッ。強く叩き過ぎだ。
「それじゃ――――――従魔召喚“ノワールコルボー”」
虚空に魔法陣が現れ、そこから漆黒の鳥が飛び出す。上空を旋回するその魔物は、HGOで使い魔として重宝されるカラス型の従魔。
ノワールコルボーは、周辺の探査や魔法罠の解除等で役に立つサポート従魔だ。五感共有ができるため、従魔が見た景色、聞いた音、感じた匂いや空気等を詳細に調べることもできる。
織音が使い魔に指示を出し、使い魔はオウガがいたであろう森の方へ向かって飛んで行く。感覚共有のために織音はその場で立ち尽くす。この時だけは、織音も無防備になってしまうため、カケル達三人で織音を囲むように守る。
二十分程調べた使い魔が戻ってくる。織音が用意していた魔法陣の上に降り立つとそのまま消える。
「どうだった?」
カケルが織音にそう訊く。
「結論から言えば、逃げてきた説が正解」
「そう。で、その原因は何?」
夕姫の問い掛けに、一度息を吸って、吐く。
「森の中にドラゴンがいた」
「外見は?」
「細長い蜥蜴みたいな体と紫色に発光する膜のある翼。遠目だったから詳しくはわからないけど」
「それ本当!?」
その報告に食い付いたのはフェレイラだ。フェレイラの鬼気迫る表情に、さすがのカケル達も面食らった。
「知ってるのかフェレイラ?」
カケルにそう訊かれ、神妙な面持ちで深く頷くフェレイラ。
「オリネっちが言った外見的特徴が確かなら、この世界に一体だけそれが当てはまる魔物がいる。それが――」
“天災竜トゥルディオス”。
フェレイラの放ったその言葉が、村の静寂に吸い込まれていく。
雨が降り出す。ポツポツと雨粒が落ちてきたと感じた直後に豪雨となる。天には光の筋が走り雷鳴を轟かせ、森の木がしなる程の暴風が吹き荒れる。
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