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「始めましょうか。いつでもどうぞ」


 セトの開始の合図によって、試合が始まる。


 セトは会場に来る途中で得物を取ってきている。手に握られているのは細身の剣。見た目に似合わずそれなりに重く頑丈に作られている。刺突に優れた所謂レイピアという剣だ。


「じゃあ、遠慮なく。“ウォーターボール”」


 その一声で、現れた水球は四十程。数えるのすら面倒くさい。セトは驚きながらも微笑んでいた。


「おいおいマジかよ。詠唱破棄して、しかも多重発動とか」

「どんだけすげぇ魔術師でも、初級とは言え、あんだけの数の水球とか出せねぇよ」


 織音の卓越した技術に会場が驚嘆の声で埋め尽くされる。かなり言うのが遅くなったが、この世界の詠唱というのは、待機時間だ。魔法スキルの使用から発動までの待機時間は魔法によって異なる。レベルの高い魔法程、待機時間が長い。勿論、長い分、発動した時の効果は絶大。


 この時間を稼ぐ為にパーティを組んで前衛と後衛にわかれるのは一般常識だ。しかし、それを覆すのがスキル《無詠唱》。このスキルがある場合、待機時間が一切なくなる。魔法スキルさえ育っていれば、魔術師単騎で戦闘を行うことができる。その分、スキル《無詠唱》の取得はかなり難しいし、面倒だが。


「行っくよ~!」


 幾つかの水球がセトに向かって飛んで行く。そして、セトは一気に突っ込んでくる。


 水球を次々と避けながら速度を落とさず突進してくるセト。織音が五つの水球を操作し、前方から襲わせる。セトはその内の一つにレイピアを突き出す。レイピアに貫かれた水球は爆散し、それによって出来た隙間からまたしても進撃してくるセト。


 今度は後方からも水球が追随し、前方からも水球がセトに飛来する。セトはそれを跳んで躱す。そこに狙いすました水球が五つ飛んでくる。レイピアを横薙ぎに振るい見事に水球をぶった切る。水球は全て消え去る。


 着地。一瞬も隙を作らず、腰を屈め一息に加速。


「《チャージボルト》!」

「アーツ!?」


 雷を纏ったレイピアを突き出しながら高速の突進をするセト。


「“ロックウォール”!」


 岩の壁が織音とセトの間に出現する。セトは問答無用で突っ込み、レイピアで岩壁を破壊する。その向こう側には驚愕の表情を浮かべる織音。


「おいおいマジかよ」

「アーツで織音の“ロックウォール”を破壊したの二人目じゃない?」

「織音の魔法センスはずば抜けてるからなぁ。カケル以外に破れる奴がいるとは思わなかったぜ」

「人を化け物みたいに言うな」

「「…………」」

「何でそこで黙るんだよ二人共」


 そんなしょうもない会話をしていても織音とセトの試合は続く。


「“メイルストロム”! “ボルト”!」

「っ!?」


 セトの足元から発生した水の渦がセトを呑み込む。


「あぁあああああああああっ!?」


 渦潮に電気が走り、セトに容赦のない魔法攻撃を仕掛ける。メイルストロムは海水が使われているため、電気の通りは通常の水よりかなりいい。織音が対人戦で使う魔法の組み合わせの中では十八番だった。


 そこで、セトが結界の外に弾き出される。要は死んだということになる。


 これこそが不死結界の効果である。この結界内で致命傷ないし致死の攻撃を受けた場合は自動的に結界の外へ弾き出される。


 元々カンビオで活動していた冒険者にとっては異例の出来事だったらしく、ギャラリーは騒然としていた。よっぽど驚いたのであろう。全くざわめきが収まる気配がない。


 そんな中、織音はゆっくりとセトに近付いていく。セトは織音に微笑みかけている。


「お疲れ様でした織音さん。お強いんですね。純粋な魔術師に負けたのは初めてです」

「それはどうも。でも、セトさんだって全然本気出してなかったよね?」

「…………バレちゃってました?」

「バレバレだよ。貴女から感じる強さはカケルくんと同じくらいだからね。そんな人があれだけで負けるとは思えないもん」

「とんでもない魔術師にここまで言わしめるカケルさんって一体どんな方なんですか……」

「試合すればわかるよ」


 その後、夕姫、ダイキ、カケルと試合を行い。その全てに見事セトは負けた。




 今、カケル達は冒険者ギルドの受付前にいる。カウンターの向こう側には誰もいないが、それは奥の方で作業をしているからだ。


「で、カケルはセトとやり合ってみてどう思った?」

「強ぇよアイツは。俺と戦う時も、本当の意味での本気はまるで出しちゃいなかったぞ」

「ウソでしょ。それであそこまでカケルと渡り合えるって化け物じゃない」

「さらりと俺を化け物扱いしやがったな?」

「え、自覚無かったの?」

「お待たせしましたー」


 カケルが文句言ってやろうと口を開いたところでセトが水色で半透明のカードのようなものを四枚手に持って奥から出てくる。右上と左下の角に金縁がしてあった。


「こちらが冒険者カードとなります」

「ありがとな」

「いえいえこれが仕事ですので。それでは説明の方をさせて貰いますね」


 四人はセトからカードを受け取り、セトが仕切りなおすように一つ咳払いをする。


「皆さんは文句なしのSSランクからのスタートとなります」

「いいのかよ?」

「はい。私を下せる程の方々ですから」

「本気出してない人に勝ってもね……」

「それに関しては触れない方向でお願いします」


 SSランクスタートは受ける依頼に制限がない。かなり下のランクの依頼を根こそぎ受けるという暴挙さえしなければ、ある程度は受けに行ってもいい。SSSランクの依頼というのは基本的に出ないため、事実上の最高難易度はSSランクとなる。SSSランクに昇格したという話は無い。それはこれが主な要因だ。


 そして、事実上最高ランクのSSとなると、依頼に指名されることがある。この場合、拒否することもできるが、拒否した時は相応のペナルティが科せられる。最低でも罰金。依頼者の立場や依頼内容、理由等によっては最悪冒険者資格が剥奪される。そうならないように、極力指名依頼は受けた方がいい。


 他にも、魔物の大量発生や接近禁止種に指定される強大な魔物に対する大討伐への強制参加。これに関しては義務として規約に存在するため、無視すれば問答無用で冒険者資格の剥奪がされる。旅をするつもりのカケル達も例外ではない。自分達がいない場所でのことは気にする必要が無いが、自分達がいる場所のギルド支部の指令は守らなくてはいけない。


 その分、メリットも一応ある。名誉云々はカケル達にとってメリット足り得ないが、街の公共施設でそれなりの待遇をして貰えるというのはカケル達にとってはありがたいことである。金銭的余裕がないわけじゃないが、安く済ませられるものは安くしたいし、何より、カケル達自身が日常的な不愉快に晒されたくないというのがある。周りの視線とか視線とか視線とか。


 セトからの説明を受けて全てに同意。こうしてカケル達は冒険者となった。

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