王都脱出 中編
メルラーク王国王宮。国王の執務室。
国王バンスと、その娘プリム。そして、一人の少女がいた。小豆色のセミロングの髪、長い前髪は顔の左半分を覆い隠し、伺えるのは淡褐色の右目だけだった。小柄でありつつもしなやかな体躯をしており、妖精という感じを受ける少女だった。
「隷属の腕輪は用意できたか」
「勿論ですお父様。明日にはあの二人に渡せるでしょう」
「うむ。ならばよい。しかし、何故あの
「私を疑っていたのではないでしょうか?」
プリムが持っている奴隷術は、最高レベルにならない限りは抵抗ができる。抵抗するにはプリムを疑っている必要があり、かつ、ステータスが彼女を上回っていなければならない。どちらかが欠けてしまえば隷属化される。そして、一度隷属化されると、自分の力で解除することはできなくなる。
勇者召喚でこの世界に呼び出されたクラスメイト達はステータスでは全員がプリムを上回っていた。しかし、疑うということができなかった。それは誠一が彼女の言を否定しなかったことが原因の一つでもある。誠一がカリスマを遺憾なく発揮したために、彼女をちょっとは疑っていた他のクラスメイトも彼女を信じ、結果、端から疑って掛かっていたカケル達四人と、夢佳とアリスの二人以外は全員隷属されてしまった。
「だがそれでも、夢佳殿とアリス殿以外の四人はステータスが低いはずではないか? だとすれば、その四人にプリムの奴隷術が効いていないのはおかしいと思うのだが?」
「言われてみれば確かにそうですね。何故効かなかったのでしょう?」
「発言よろしいでしょうか?」
鈴の音のように澄んだ声が執務室に響く。その声の主は顔の左半分を隠した妖精のような少女だ。
「えぇ、構いません。発言を許可しますレミエル」
「ありがとうございます」
コホンと咳払いを一つし、唯一見える淡褐色の瞳でバンスとプリムを見据えるレミエルと呼ばれた少女。
「まず、王女様にお聞きしたいのですが。その四人は、本当にステータスが低かったのですか?」
「えぇ。間違いありません」
「本当の本当ですか?」
「しつこいですよ? 私の言が虚偽だと?」
「いえ、一つ確認をしたかっただけなのです。王女様。本当に彼らのステータスを見たのですか?」
「見てません。そもそも、ステータスが低すぎて表示されなかったのです」
「やはりそうでしたか」
考え込むように口元に指を寄せる。自分だけが納得したようなその仕草で、こんこんと怒りが湧いてきたプリムが声に怒気を混ぜて「何か?」と問う。
「国王様、王女様。御二人は《超越者》という称号を御存知ですか?」
「いや知らぬ」
「知りません」
レミエルの問い掛けに否と答える二人。こ全く聞いたことのない称号だった。
「《超越者》とは、この世に生を受けた時、ステータスが一定値を上回っていた場合に付く称号です」
「ふむ。それがどうかしたのですか?」
「その称号の効果の一つに、他人にステータスが見えないという効果があるのです」
「え……」
「あくまで私の意見ですが。もしかしたら、その四人は《超越者》の称号を持っているのではないかと」
「「…………」」
「つまり、王宮にいる勇者達よりも圧倒的に強い。そうであれば、王女様の奴隷術が効かなかったことに納得がいきます」
自分達の知らなかった称号。それによる効果の事実に絶句してしまう二人。それと同時にとても貴重な戦力を自ら追い出してしまったことに憤り、そして後悔する。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
バンスとプリムが様々な感情の渦中にいるその時、執務室の扉が強めにノックされる。
「入れ」
「失礼致します」
バンスの許可を受け扉を開けて入ってきたのは、騎士甲冑を身に纏った一人の男だった。その騎士は扉を静かに閉めると、金属同士が擦り合う音を鳴らしながらバンスの座る執務机の目の前まで歩いていく。
「どうかしたのか?」
「は。陛下にお伝えしなくてはならないことが」
「何だ?」
「例の隷属化できていない二人の少女。ユメカ・ヤタとアリス・ミロワールが王国からの脱出を企てているようです」
「何だと!?」
夢佳とアリスの会話を盗み聞いていたのはこの騎士だった。逸早く国王にこのことを知らせるため、王宮の廊下を走りメイドに怒られてもいた。一切お構いなしだったが。
「それで、どのように脱出しようとしていたのですか?」
「申し訳ありません。そこまでは。偶然、部屋の前を通り掛かった時に聞こえただけでしたので」
「脱走ですか。彼女達は
プリムは自分達の考えている
「いえ、恐らく
「
バンスもプリムも、近々、隣国の魔人領を奪うために戦争を仕掛けようとしていたのだ。そこは自分達の考えている
勇者達は全員が高いステータスを持っており、魔人族ジン・ヒューマンを圧倒できる。それを確信しているが故に、戦力が無くなることが惜しいのだ。二人いなくなったところで問題ないと考えてはいるが、戦時に死んでしまう者も出るだろう。それを思えば、二人分であろうと戦力が無くなるのは不都合だ。
「如何いたしましょうか?」
「あの二人は脱出した後に何をしようとしているのですか?」
「は。勇者召喚を行った初日に追い出した四人を探し、合流するつもりのようです」
「なるほど」
夢佳とアリスの、脱出後の行動を聞き相好を崩すプリム。
「構いません。逃げたいのであれば、逃がしてしまいましょう」
「しかし、貴重な戦力ですが」
「その二人の行く先にはもっと貴重な戦力がありますよ」
「そういうことか。プリム、よく考えたな」
「いえいえ、穴だらけの考えで恥ずかしい限りですが」
「えっと?」
バンスとプリムのやり取りの意味が全く分からず首を傾げる騎士。まあ、そりゃ自分の知らない内容の会話なんてされてもわかんないよねフツー。騎士くん、君は君が来る前の会話を知らないから気にすることはないよ。
「ロウバスト。その二人を逃がした後、尾行を付けなさい」
「それでよろしいのですか?」
「構いません。いいからやりなさい」
「は。それではそのように」
ロウバストと呼ばれたその騎士は、ハッキリと返事し、それに対して満足そうな顔で頷くプリム。ロウバストが部屋を後にしようと回れ右をしたその時。
「あら? 何だか、とても眠く……」
「むぅ……何故だ……抗えぬ睡魔が……」
「これは一体……」
「っ…………」
バンスは机に突っ伏し、他の三人は床に倒れ込み、全員が寝息を立て始める。しばらくして、ゆっくりと執務室の扉が開く。そこには茶髪半眼の美少女と、金髪に翡翠色の瞳の美幼女がいた。夢佳とアリスだ。
「全部聞きましたよ。貴方達のくだらない考えにカケルさん達を巻き込ませはしません」
「……そもそも。あの四人の居場所を知ったところで貴方達にはどうすることもできない」
夢佳とアリスは無遠慮に執務室へ入り、王女の右手薬指に嵌められている指輪を取る。
「……それにしても、アリスの《魔香之風》はよく効くね」
「自慢のユニークスキルですから」
ユニークスキル《魔香之風》。MPを消費することで対象に様々な状態異常を引き起こす風を起こせるスキル。MPの消費量に比例して状態異常の掛かり易さや継続時間が変わってくる。今回はMPを有らん限りに込めたため、掛かりやすさも継続時間も最大・最長だ。
執務机の向こう側にある本棚の前に行き、真ん中にある一冊の本を抜き取る。いや、傾けると言うべきか。その本を傾けた直後、執務室の入り口から見て右奥の本棚が奥側に向けて扉のように開く。そこには下へと続く階段があった。その前まで来た夢佳とアリスは互いの顔を見合わせて一つ頷く。
「待ちなさい」
「「っ!?」」
踏み出そうとした足を戻し、部屋の方へ振り向く二人。そこにはさっきまで地面に倒れて眠っていたはずのレミエルの姿があった。
夢佳もアリスも何故彼女が立っているのかわからないが、それでも、邪魔するならと夢佳は腰の剣に、アリスは魔法を撃つ準備をする。
「ちょっと待った。攻撃はナシナシ!」
攻撃態勢を整えた二人に対してわたわたと両手を振って、その後に万歳の状態になる。こちらに攻撃の意思はないというレミエルなりの考えでした行動だ。それでも、夢佳とアリスの警戒心は抜けない。
「……何?」
「夢佳さん。あまり話しかけない方が、一思いに殺ってしまいましょう」
「ちょっとぉ!? そこの金髪幼女! サラッと物騒なこと言わないでよ!」
「“ウォーターボー――」
「ストォーップ! ホントに攻撃の意思はないから! アタシは二人の味方だよ!」
「信じられません! “ウォーター――」
「わかった! なら、その先にある
「必要ありません! “ウォー――」
「それなら…これでどう!」
そう言ってレミエルは左半分を覆い隠していた前髪をどけて取り出したピンで留めて顔を顕にする。
「なっ!?」
「……どうして、ここに?」
その容姿は二人の知っている少女と全く同じだった。唯一違うのは髪の色位だ。レミエルは二人のその反応を見て、髪を先程までのように戻す。
「うん。止まってくれて良かった」
よく聞けば、二人の知っている少女と声まで同じだった。毒気を抜かれ、二人は攻撃態勢を解く。
「一応言っておくけど、アンタ達が知ってる
「「…………」」
「でも、攻撃の意思がアタシに無いのは本当よ? だから、ここは穏便に。ね?」
「……わかった」
「仕方ありません」
「良かった」
そう言って見える右目を細めて笑うレミエル。まあ左目も細めているだろうが。むしろ、右目だけ細めて左目はそのままなんて想像するだけでも恐ろしい。
「……それで、何故引き留めたの?」
「そうですよ。私達の敵ではないというのなら、このまま逃がしてもらいたかったのですが?」
「それを理解した上で引き留めたの。アンタ達に話しておきたいことがあったから」
「……それは?」
そこから先、レミエルから語られたことはこの王国の完全な闇であった。世界の終焉すらも迎えかねない恐ろしい
「……そんな」
「そんな馬鹿げた話を信じろと言うのですか?」
「それはアンタ達の自由よ。信じるも信じないも。信じた上でどういう行動をするかもね」
「「…………」」
「これ以上話してたら国王達が起きるわ。上手いことごまかしておくからさっさといきなさい」
「……恩に着る」
「一応お礼は言っておきます。ありがとうございました」
そう言って夢佳とアリスは階段を下りていく。その途中でレミエルの声が聞こえてくる。
「南門側には番犬がいるから、それ以外の場所から出なさい」
その言葉に心の中でお礼を言う二人。そのまま本棚の扉が閉まり、そこには二人の足音以外が聞こえない暗闇が広がった。
~~~~~~~~~~~~~~~
夢佳とアリスが去った執務室。そこでレミエルは先程まで開いていた本棚を見つめていた。
「気を付けなさいよ。そして出来れば、あの方達を連れて帰ってきて。あの方達でないとこの王族の暴走は止められないから」
『レーちゃん。聞こえる?』
そこでレミエルの頭の中に声が聞こえてくる。念話だ。
『どうしたのマーリン?』
『うん。
『ありがとう。どのくらい止められる?』
『一週間が限界かな。これ以上は無理』
『それで十分よ。多少とは言え時間ができた。その間にできることはしておきましょう』
『レーちゃんは愚王達の傍にいて監視を続けてよ。できることはこっちでやっておくから』
『わかったわ。じゃあよろしくねマーリン』
『任されました。愚王達の暴走度合いが過ぎないように気を付けてね』
『えぇ』
そして念話が途切れる。
(お願いします。メルラーク王族の野望を阻止してください。カケル様)
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