王都脱出 前編
カケル達が王宮から出て行って二週間が経った日の十五の刻。
メルラーク王宮のとある一室にて。
その部屋は広く、日本式で表すなら本間二十畳といったところだ。その部屋には不思議な程に物がない。あるのは、無駄に大きな天蓋付きベッドと無駄に大きいタンスと無駄に大きい机だけだ。ちなみに言うと、タンスの中は空っぽのスッカスカである。本格的に物がないこの部屋に人がいた。
年の頃は十代半ばの少女。艶やかな茶髪は肩口で切り揃えられている。眠そうな半眼が特徴的な色白の美少女。カケル曰く三種の神器の一人、八咫夢佳だ。
勇者召喚にてガゼットルシアに召喚された勇者の一人。そして、現在王宮に残っている勇者達の中で最強の勇者である。尤も、それを知る者は本人ともう一人以外におらず、その一人を除き全員が最強は草薙誠一だと思っているが。
コンコンと静かに扉をノックする音が静かな室内に響いた。
「……誰?」
「アリスです」
「……入っていいよ」
ノブを捻る音がし、それ以外は音も立てずに扉が開く。そこにいたのは明らかに小学生とも言える程の小さな少女だった。
絹糸のような柔らかいロングの金髪。つぶらな瞳は翡翠色。いとけなさしかないその顔立ちはとても整っていた。将来は間違いなく美人になるだろう美少女だった。否、この小ささは完全に美幼女と言った方が正しいだろう。
彼女はフランスからの留学生。だが、挨拶程度の日本語をカタコトで喋ることしかできず、日常的な会話は仏語や英語くらいでしかできない。そして、現代の若者が使うような略語や独創的な言葉を全く理解できなかったため、夢佳とカケル達を除き、誰も彼女の相手ができなかった。
夢佳は英語が堪能で、英話であれば日常会話程度ならできるため、それで彼女とコミュニケーションを取っていた。じゃあ、通訳すればいいじゃんと思うだろうが、夢佳はそれをしなかった。どうしてかというと、夢佳はかなりカケル達に近い考え方の持ち主なのだ。要するに、面倒くさい。それが理由であり、それ以外の理由など存在しない。この金髪碧眼の少女も夢佳以外とはほとんど喋っていなかった。しいて言えばカケル達くらいだ。
この少女。アリス・ミロワールこそ、夢佳がこの王宮内で最も強いと知っている一人だ。知っていたのは、偶然でも何でもなく元から知っていただけだ。
「……どうしたの?」
「いえ、そろそろ潮時だと思ったので夢佳さんに伝えに来たんです」
「……もうバレたの?」
「そうではありません。ただ、
メルラーク王国の勇者召喚。魔王を打倒してもらうためという理由で行ったそれによって召喚された者達は、夢佳とアリスを除いて全員が隷属化されていた。カケルはこの二人を視ることができなかったためにクラス全員が隷属化されていると思ってしまったが。
ちなみに、この世界に来てからアリスの言葉が他の人にもわかるようになり、アリス自身も他のクラスメイトの言葉がわかるようになったため、結構談笑とかしている。それでも、若者言葉には対応しきれていないようだが。
「……確かに、潮時かも」
「はい。ですから、予てより計画していた脱出を今夜実行しませんか?」
「……そこまで急ぐの?」
「急ぎます。王族達は明日の訓練時には強制隷属のアーティファクトを押し付けるつもりです」
「……行動が早いね」
「仕方ありません。他の皆さんが順調に鍛えられているんです。すぐにでも隣国の魔人領に攻撃を仕掛けるつもりなんですよ」
現状、一番弱いと言われているクラスメイトでも既にステータスは三百を超えている。つまり、戦力としては全員申し分ない。それは戦争が開始される一歩手前ということでもある。
「……明日になったら私達も隷属させられる」
「確実に。目の前で着けなければおそらく敵対意識があることにも気付かれます」
「……ことは一刻を争う。そういう解釈で良い?」
「はい。もはや一刻の猶予もありません」
そこで、夢佳アリス共に黙り込む。熟考し、夢佳が顔を上げる。
「……うん。今夜、この王宮を出よう」
「では、そのように。それと――」
「……諸星くん達の居場所だよね?」
「心当たりはありますか? できれば、カケルさん達と合流したいです。その方が心強くもありますし」
夢佳もアリスも、カケル達のことを知っている。勿論、クラスメイトとしても知っているが、それ以上にゲーム内での知人として四人を知っている。カケル達の方も二人を知っている。これが、カケル達と夢佳達が比較的仲の良かった理由だ。
ゲームとは勿論、《Heavens Gate Online》のことだ。夢佳とアリスの二人もプレイヤーだったのである。当然、このメルラーク王国をよく知っている。だからこそ、この王宮からの脱出計画を練り、何通りものルートを考えた。
脱出するまでは何とかなるということを二人は確信している。だが、その後の行動方針はまだ決めていなかったのだ。二人としては、HGO内でトップクラスの実力だったカケル達と共にいたいと思っている。その方が今よりも確実に安心できる。尤も、それだけが理由ではないが。
「……ごめん。あの四人は何を考えているかがよくわからなくて」
「行動が予測できない。ということですか?」
「……うん」
「探し回るしかありませんね。まあその途中で色々と楽しむのもいいですし」
「……そうだね」
「では、とりあえず、最初の目的地だけ決めておきましょう。それによっては、また新たなルートや脱出方法を考えなくてはいけませんし」
「……最初はティスターナがいいと思う。この王国内では一番まともな街だから」
「そうしましょうか」
そして、脱出後の行動をあれこれと話し合う二人。
その部屋の扉の前に、その二人の会話を聞いている者がいるとは気付かなかった
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