王都脱出 後編
レミエルから見送られた夢佳とアリスは現在真っ暗闇の中にいた。
「……真っ暗」
「そうですね。あの王様は階段を下りれば一定間隔で魔力ランプを灯していると言っていたので、ゆっくりと階段を下りていきましょう。最悪“ライト”を使います」
「……わかった」
暗過ぎてお互いの位置関係すらわからないため、適度に声を掛け合いながら壁に手を付き、少しずつ下りていく。
一時間程すると、斜め下方に明かりが見えてくる。オレンジ色のそれは間違いなくランプの火による光だろう。ようやくと、二人が最下層に立つと、目の前には真っ直ぐに伸びる煉瓦で作られた通路があった。
王都の地下深くに広がる巨大迷路。王宮内まで敵が攻め込んできた場合に王族の者達が脱出するためのものだ。迷路になっているのは敵が来てもそう簡単に自分達に追い付かせないためだ。
「……道はわかる?」
「はい。さっきこの迷路の地図を王様の机の中から見つけました。鍵の掛かっている引き出しだったのでこれであってると思います」
「……鍵?」
「針金さえあれば三十秒程で開けられます」
「……それって犯罪なんじゃ」
「ふっ。夢佳さん。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「……色んな意味で不味いと思う。その言葉」
「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。夢佳さん」
「……大切なことではないから二回言わなくていいと思う」
「さ、先取りされてしまいました……」
割と緊迫した状況であるにもかかわらず楽しそうな二人だった。
しばらく迷路を進んでいると、アリスが夢佳に話しかける。
「さっきレミエルさんが言っていたことは本当でしょうか?」
「……王族の考えてる
「はい。俄かには信じ難いことなのですが」
「……でも、もし本当だとしたら、あの四人くらいのレベルじゃないと対応できないと思う」
「カケルさん達を王国に連れ戻すための虚言の可能性は?」
「……無きにしも非ず。でも結局、この話をあの四人にしてどう行動するかは、四人次第だと思う」
「そう、ですよね」
「……どっちにしても、まず合流できるように頑張らないとね」
「はい。一先ずこの迷路を抜けて王都を脱出することだけを考えましょう」
話を終え、アリスの案内で慎重に進んでいく。しばらく歩くと、割と大きめの空間に出る。上から見れば五角形になっている空間。そこには何もなく、あるのは二人が出てきた通路とは別の通路に行くための穴だけであった。全ての壁に一つずつあり、どの通路もどれだけ目を凝らそうと先は全く見えなかった。
「……どの道を通るの?」
「どの門の方へ行くか次第ですね。東門であれば右前の通路、南門であれば右後ろ、北門であれば左前、そして残り一つが西門です」
「……じゃあ、南門側に行く」
「レミエルさんが番犬がいると言っていた方ですね。いいんですか?」
「……構わない。ティスターナに行くには南門側から出ないといけないから」
「目的のために敢えて茨の道を選択する。ということですか」
「……そう。忠告してくれたレミエルには申し訳ないけど」
それでも二人は行く、南門へ続く道へ。
二人が通路を進んでいると、横の壁に突然魔法陣が描かれる。迷路の魔法罠。追手が来た場合、それを自動的に撃退するために仕掛けられたものだ。
夢佳がその魔法陣に右拳を向ける。正確にはその薬指に嵌っている指輪だ。
魔法陣は効果を発揮する前に解除される。王族の指輪は迷路に仕掛けられた罠を全て解除するためのアーティファクトでもある。そのため、二人は王女の指から指輪を取ったのだ。この情報は、王族に近い位置にいる騎士に《魔香之風》を使って聞き出した。脱出するためには手段を選ばないんですよ。
ちなみに、偽の指輪をレミエルが作って王女が目覚める前に指に嵌めたことは、夢佳やアリスが知る由もないことだ。さらに、偽の指輪を作るという考えに至らなかった二人を思って苦笑いしていたのもまた、二人の知る由もないことだ。
如く魔法罠を解除しながら、地図通りに進み、思い返すのも億劫な程の時間が経つ。そして、ようやく出口の目の前まで来た。
「……やっぱりいるね」
「レミエルさんの言った通りですか」
「「「グルルルルルルルルル」」」
二人の前には三メートル程の巨体を持った犬がいた。頭は三つあり、黒い体毛と竜の尾を持っている。
ケルベルス Lv73
種族:魔物
職業:---
HP:987/987
MP:702/702
AP:318/318
STR:837
VIT:724
INT:471
MEN:276
AGI:685
LUK:50
スキル:《毒生成Lv4》
アーツ:《ポイズンファング》
称号:《地獄の番犬》
BP 0pt
「……見た目通りだね」
「音楽を聞かせたら眠るんでしょうか?」
そんなに甘くはありません。
「……支援魔法と治癒魔法だけ使ってもらっていい?」
「一人で相手をするんですか?」
「……うん。最初はね。危ないと思ったらすぐに手伝って欲しいけど」
「わかりました。気を付けてください。“リーインフォースメント”“アクセレレイション”」
これにより夢佳はSTRとVIT、AGIが一定時間強化される。腰の剣を引き抜き、一気に駆け出す。
「「「ガァアアアアアアアアアッ!!」」」
「……《ダブルスラッシュ》!」
夢佳がケルベルスの右頭を斜め切り下げ、切り上げと、二回斬り付ける。ダブルスラッシュを使った時は自由に二回切ることができ、その二回に補正が掛かって威力が増す。
「ギャインッ!?」
切り付けられた頭がその衝撃で仰け反る。すると、真ん中の頭が夢佳を噛み砕かんと大口を開けて迫ってくる。その牙にはねっとりとした毒々しい粘液が付いている。毒々しいというか完全に《ポイズンファング》を使っている。
「……《アームチェンジ》――リフレクションシールド」
右手に持っていた剣が消え、夢佳とケルベルスの間に白銀の盾が現れる。ケルベルスはその白銀の盾に噛み付き、その強靭な咬筋力を持って破壊しようと力を籠める。
「グルァアアアアアアアアッ!?」
突然その頭は盾を離し、だらだらと涎を垂らしながら悶え始める。
リフレクションシールド。相手の攻撃をそっくりそのまま相手に返す魔法装備。今回の場合はケルベルスの《ポイズンファング》によって発生するダメージや毒効果をそのままケルベルスに返したということだ。その盾チート過ぎじゃない?
「……《アームチェンジ》――
盾が消え、右手に黒光りのする太刀が握られる。
天御柱。刀身には風が渦巻いており、魔力操作で操ることができる。ただし、魔力操作のレベルが7以上でないと使えないようになっている。それより下のレベルだと制御しきれずに自分自身が風で切り刻まれるという、使い手が限定される武器だ。当然、夢佳の魔力操作のレベルは7を超えている。じゃないと使わない。
逆袈裟の太刀筋で残り一つの頭を切り付ける。直後、竜巻状の風の刃が追加斬撃を加える。
「ガルォオオオオオオオンッ!?」
夢佳の直接の斬撃で右目が潰れ、風刃の追加斬撃があらゆる個所を切り刻んでいく。地獄の苦しみを味わっているケルベルス(左頭)。地獄の番犬なのにね。
「……《アームチェンジ》――トゥオーノ・エルツィオーネ」
天御柱が消え、深紅の刀身と白金の刀身を持つ二本の剣が両手に握られる。
トゥオーノ・エルツィオーネ。深紅の剣は炎、白金の剣は雷を纏わせることができ、攻撃力の増強と共にそれぞれの属性を追加効果として攻撃に活かせる剣だ。勿論、別の剣を組み合わせることもできる。状況によって切り替えられるため、夢佳は大攻撃をする時に重宝している。
そして、二本の剣それぞれに炎と雷を纏わせ動かす。右の炎剣を袈裟の太刀筋で左に切り下し、華麗に回転し左の雷剣を左上に向けて切り上げる。
勢いを殺さず振り上げた炎剣で先程とは別の高さから浅い角度で左下に切り下げる。またしても、一回転し雷剣をさっき雷剣を切り付け始めた位置から左上に先程よりも浅く切り上げる。
極めつけは炎剣での横一閃。炎と雷が五角星形の太刀筋を残し、ケルベルスに追加攻撃を加える。
「「「ルォオオオオオオオオオオオオンッ!!」」」
「……《ペンタグラムスラッシュ》」
残心した状態で静かに言い放ったそのアーツ名がとてもカッコいい。
ケルベルスは断末魔を上げ、そのまま光の粒子となって消えていく。完全に夢佳のワンサイドバトルだった。
夢佳は見た目のおとなしさに似合わず派手好きだ。HGOで定期的に行われていたPvP(プレイヤー同士のバトル)のトーナメント大会では、その派手な剣舞で人気のあるプレイヤーだったのだ。
夢佳はトゥオーノとエルツィオーネをストレージにしまい、アリスの元に戻る。
「本当に一人で倒してしまいましたね」
「……レベルが150だったらギリギリだったと思うけど、《覚醒者》の称号のおかげでレベル上限が無くなって、どんどん強くなれる。今の私ならアレくらいの魔物は一人で倒せる」
「《覚醒者》。《超越者》はレミエルさんの言う通りであれば破格の効果を持っているはず。少なくとも他人にステータスが全く見えなくなる効果だけでもとんでもない称号。《覚醒者》はその劣化版といった感じでしょうか?」
「……多分。効果はレベル上限の解放だけだから。それに鍛えれば色んな人がこの称号を得ることはできる」
「上限解放だけでも十分過ぎる効果ですけどね」
上限解放。それは色んなプレイヤーが求めて止まないものではあった。HGOは徹頭徹尾そのシステムを取り入れることはせず、レベル上限に達したらそのままの状態でゲームをプレイしなさいというスタンスだった。無限に強くなるのを許さないということだ。
しかし、この世界に来てそれは変わった。《超越者》、そして《覚醒者》。この二つの称号がレベル上限を解放するという世界なのだ。無限の成長を愛してやまない夢佳にとっては素敵システムだった。
「それにしても、アーツ《アームチェンジ》。カケルさんと同種のアーツを持っているのが羨ましいです」
「……そう言われても、手に入っちゃってたんだからどうしようもない」
「運営は意地悪です。私にも交換系のアーツをくれても良かったじゃないですか」
「……私に言われても」
その後もしばらくアリスの呪詛のような独り言が続く。夢佳は「どうしようもない」とアリスがクールダウンするまでメニューを操作したり、剣で素振りをしたり色々と暇を潰していた。
「さて、こんなことばかり言っていても仕方がありません。早く王都から出ましょう」
「……うん。そうだね」
ようやくアリスが正常になり、二人はケルベルスのいたその部屋。その奥にある通路を進む。少し歩けば階段があり、それを上っていく。四十分程で階段の一番上に到着する。そこは行き止まりのようになっていた。
「ここから先は完全にサバイバルになります」
「……うん。頑張ろう」
「はい。そして、必ずやカケルさん達と合流しましょう」
「……王族が考えてる危険な
二人はこの迷路へ入った時と同じように互いの顔を見合わせて頷く。そして、夢佳が罠を解いた時のように壁に向けて指輪を向ける。
「王族の紋を刻みし陣よ 我王紋を持つ者なり 呼び掛けに答えその扉を開け」
夢佳がそう言うと魔法陣が浮き上がり、ゆっくりと目の前の壁が内側に開いていく。
その先には街道が伸びていた。そこは二週間前にカケル達が通った街道でもある。
「行きましょう」
「……うん。あの四人を探そう」
決意を固め、外に踏み出す。自動的に開いていた岩の扉が閉まる。二人はそれに構うことなく城壁を背にして力強く歩いていく。
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