不死不朽

 ディレツィオーネアルベロ。時蝕の森を象徴する東西南北を司る大樹の総称。

 その一つであるスッドアルベロ、南の大樹にて。


「ようやくね。けど、疲れた……」


 暗闇の中、一人の少女が大きな扉の前で座り込んでそんなことを言う。

 その少女はかなりの美少女だった。軽くウェーブのかかった漆黒の髪を頭の左右にふわっと流して黒と白の地のリボンで留めている。髪が黒い分、白い肌が際立っている。そして、淡褐色と青色の目立つオッドアイ。だが、もっと目立つのは頭にちょこんとある三角の耳と尻尾だろう。元の世界でこんなものは生えていなかったこの少女こそ白河夕姫である。


 彼女は種族がヴォルペ・ヒューマン。即ち狐人族なのだ。

 狐人族の特徴としては、まず身体能力が高い。機動力があり、敏捷性・跳躍力に優れている。何より聴覚がかなり良く、小さな足音すら拾うことができる。得た情報を総合的に判断し、自分にとって危険なものを察知する能力。これが危機察知というユニークスキルだ。


 ユニークスキル。特定の種族に存在する特殊スキル。ゲームではアバター設定の時に種族を決めることができ、それに応じてユニークスキルがついてくる。普通の人種を選んだ場合はユニークスキルが付くかはわからない。完全にランダムで統一性はなく、持っていないプレイヤーも少なくない。カケルは持っておらず、その代わりにLUK値が高い。そうやってゲーム内でのバランスが取られている。


 夕姫はその種族選択で狐人族を選び取った。索敵と近接戦闘に特化した種族なのだが、それと同時に魔法を高いレベルで使いこなすというゲーム内公式チートな性能を持ったプレイヤーになったのだ。初期のBPを魔法的ステータスに振り、そちらを大きく成長させている。


 狐人族はそこまで魔法に秀でた種族ではなく、どちらかというと通常のヒューマンの方が魔法的ステータスが高い。それを覆したのは夕姫が初めてであり、彼女はその自分自身の頭脳や能力を活かして最強の狐人族としてゲーム内で有名だった。カケルパーティは基本リアルハイスペックだ。


 夕姫は自動回復で全てのポイントを回復させて扉を向く。


「よし。多分これで最後。早く皆と合流しないと」


 扉を開くと、そこは。


「え? 外? ていうか空中?」


 辺り一面が真っ青だった。というよりまんま空だった。

 夕姫が中に入っていくと中空にある円形の小さな足場がある。それ以外はもうただただ広がる空だけだ。


「なんでぇっ!?」

「ここに人が来るとは驚きましたよ?」

「あぁ、そういうことね」


 突如として聞こえた声。その声のした方を向くと、夕姫は今の状況に納得がいったらしい。


 それが羽ばたきする度に火の粉が舞い落ちる。

 翼開長は確実に十メートルは超えているだろう。全長は五メートル程。羽毛は朱く、尾羽は七色だ。

 悠然と滞空するその姿は王者の如き圧力がある。



朱雀 Lv150


種族:霊獣

職業:‐‐‐

HP:6032/6032

MP:2371/2371

AP:1185/1185

STR:1406

VIT:1618

INT:2674

MEN:2273

AGI:4098

LUK:100


スキル:《魔力操作Lv6》《蒼炎魔法Lv3》《神癒魔法Lv3》《HP自動回復Lv10》《MP自動回復Lv5》《AP自動回復Lv9》《神速Lv10》


アーツ:《イモータル》《ホーリー・ファイア》《フレイムシャワー》


称号:《神霊》《守護者》《不死不朽》


BP 18174pt



「中国神話。四方角を司る霊獣。南の朱雀」

「その中国神話というものは知りませんが」

「……」

「私は朱雀。不死の霊獣」

「ホントに?」

「……」

「まあいいけど。じゃ、始めましょうか?」


 朱雀がその顔を天へと向ける。


「?」


 一瞬、天に複数のきらめきが瞬く。


「げ!?」


 数十にも及ぶ炎の塊が落ちてくる。夕姫の立つ足場に向かって。


「その限られた足場の中で全てを往なせますか?」


 まるで隕石群かと思うような炎の塊は夕姫の立つ足場へと落ちていく。次々と着弾し、轟音を生み出し、足場には人が立てる余地もない程の爆発が幾度も起こる。


 数十秒にも続いたであろう爆発の嵐。濛々と立ち込める煙が晴れると――


「所詮はこの程度ですか」


 クレーターが幾つもできた足場があり、そこに夕姫の姿はなかった。


「がっかりしましたね。最初の攻撃すら躱せないとは――」

「まあそう勝手な自己判断はしないでいいんじゃない?」

「ッ!?」


 朱雀の後方から声がする。

 朱雀がそちらを向けば、さっきまで足場の上にいたはずの夕姫がそこにいた。


「なぜ!?」

「転移魔法って知ってる?」

「獣人の身で魔法が使えるなど聞いたことがありません」

「ただの思い込みね。いい? 世の中は現存する知識が全てじゃない。何事にも例外は存在する」


 そこで夕姫の右手に武器が握られる。

 夕姫の身の丈程の武器だ。銃把のようになっている部分を握り、そこから前方に一メートル強の銃身と刀身が伸びている。遠近両用の夕姫専用武器クロチェデルスッド。


「それを今から思い知らせてあげる」


 ズドンッ!


 銃口が火を吹く。弾丸が朱雀に向けて飛び、朱雀はそれを上昇して躱す。弾丸は真っ直ぐに足場まで飛んでいき着弾。直後に大爆発を起こす。爆裂魔法の付与された特製弾だ。


「これは」

「よそ見するなんて余裕じゃない」


 朱雀が爆発に気を取られている間に夕姫は肉薄し、水を纏わせリーチも伸ばした刀身部を左下から斜め上に向けて逆袈裟に斬り上げる。

 間一髪で攻撃範囲から離脱した朱雀が夕姫を向く。


「なかなかやるようですね。ではこれでどうですか?」


 朱雀の背後に魔法陣が展開される。それが光り炎の球が夕姫に向けて走ってくる。


「弾幕避けは好きよ?」


 空中を縦横無尽に動き回り炎の弾幕を危なげなく躱していく夕姫。その内、朱雀に向けて発砲して反撃もするようになる。


「くっ……」


 十発を撃ち尽くしても弾幕を避けながら装填する程余裕のある夕姫。一発一発が致死性である弾丸は朱雀にとっても当たることのできないものであり、炎弾を形成しつつも避けるという行動をとっていた。

 完全に夕姫優勢だった。


「ヒット」

「っ!?」


 見事に弾丸が朱雀の腹部に着弾し炸裂する。

 凄まじい爆発が起こり、朱雀の腹を抉り飛ばす。そこからドクドクと血が流れ出し、朱雀がそちらに意識が持っていかれ、炎の弾幕が無くなる。


「ぐぅ……」

「終わり」


 無慈悲にトリガーを引き、銃口から吐き出された一発の弾丸が朱雀の頭部を爆ぜさせる。

 腹部を抉られ、頭部を吹き飛ばされた朱雀が夕姫が最初にいた足場の上に落ちる。そのままピクリとも動かなくなった。


「ふぅ。で、ここからどうすればいいのかしら?」


 夕姫は辺りを見渡す。何もないし何も起こらない。夕姫が視線を別の方に向けると、目の前が炎で埋め尽くされ、そのまま夕姫はその炎に呑み込まれる。


「どうです? 思い知りましたか?」


 朱雀の問い掛け。しかし、それに答える者はいない。朱雀の口から放射されている炎はしばらく続く。そして、火炎ブレスが途切れると、そこには無傷の夕姫がいた。


「初撃といい今のといい。不意打ちが過ぎるんじゃない? それが聖なる炎の鳥がすること?」

「何をしようとも、最終的に勝てばいいでしょう?」

「大分ゲスい考えを持っていたみたいね」

「そこまでのことをしても、貴女は倒しきれなかったようですが」

「不意打ちには慣れっこなのよ」


 練習ではあったが夕姫はカケルと戦闘をすることが多く、カケルは夕姫が相手であろうとも情け遠慮容赦一切なく不意打ちや騙し打ちを常日頃からしていた。それの対応をしていれば慣れるのは当然だ。



朱雀 Lv150


種族:霊獣

職業:‐‐‐

HP:6032/6032

MP:1131/2371

AP:0/1185

STR:1406

VIT:1618

INT:2674

MEN:2273

AGI:4098

LUK:100


スキル:《魔力操作Lv6》《蒼炎魔法Lv3》《神癒魔法Lv3》《HP自動回復Lv10》《MP自動回復Lv5》《AP自動回復Lv9》《神速Lv10》


アーツ:《イモータル》《ホーリー・ファイア》《フレイムシャワー》


称号:《神霊》《守護者》《不死不朽》


BP 8174pt



 朱雀のアーツ《イモータル》。APの全損及びBPの一万消費で死に戻ることのできるアーツだ。ただし、前述したとおり、発動にはかなりのデメリットを背負うため、基本的に戦闘中の死に戻りはしない。


「本来であれば、不利な戦闘を終わらせた後に使うようなものですが、貴女にはこれを使う必要があると思い使わせていただきました」

「随分高く買ってくれてるじゃない」


 そのまま睨みあう一人と一体。

 どのくらいの時間が経っただろうか。数分、いや数十分かもしれない。それだけの時間が経った後、朱雀が声を発する。


「もう十分溜まりましたよ」

「そう。じゃ、最後の一撃よ」


 夕姫はクロチェデルスッドの銃口を朱雀に向け、朱雀は長い嘴を開きそれを夕姫に向ける。


 クロチェデルスッドのチャンバー部に魔力が集束していき、高密度の魔力弾が出来る。魔弾と違い、魔力そのものが弾丸の役目を果たすため、実弾を必要としない射撃ができる。


 これこそ夕姫のアーツ《ハイマジックガン》。チャージに時間が掛かるが、発動すれば必滅の高密度光線となる。カケル達をもってしても止められない終焉の一撃だ。


 対する朱雀は先程も使った《ホーリー・ファイア》。ただし、さっきの不意打ちの一撃よりも魔力が込められている。炎の色は紅蓮を通り越して蒼炎になっている。


「狙い撃つわ!」

「喰らいなさい!」


 同時に発射。


 お互いの丁度中間地点でぶつかり合う。凄まじい衝撃波と爆音によって空間がまるで怯えているかのように震える。


 二者の光線が鬩ぎ合うこと数十秒。軍配が上がったのは――


「行っけぇええええええええええええっ!!」

「くぁああああああああああああっ!?」


 夕姫だった。


 夕姫の放った光線が朱雀の炎を呑み込み、朱雀へ向けて直進する。朱雀ごと夕姫の最初に立っていた足場まで巻き込み、どれだけ下まで続いているかもわからない空を突き抜ける。


 跡には何も残らなかった。消滅したのだ。


「相変わらず凄い威力。カケルが俺に向けて使うなよって言った意味がわかるわね」


 そもそも現状がリアルである以上、誰に向けて使っていいものでもない。今の一撃で都市一つ消滅させられるレベルなのだから。そんなものを人に向けて使ってしまえば血一滴すら残らないだろう。


 朱雀がいたであろう位置にドロップアイテムがあった。アイテムは水晶玉のような形だった。夕姫はそれを手に取り看破する。



名称:生命の宝珠

レア:神級

効果:使用すると死者を一度だけ蘇生することができる。

説明:不死を司る朱雀より入手できる宝珠。ありとあらゆる生命を蘇らせることができる神力が込められたアイテム。各対象一度まで使用でき、それ以降は同じ対象には使用できない。



「おぉ……いい感じにチート……」


 生命の宝珠をストレージに仕舞い込む夕姫。すると、空間に魔法陣が描きだされ凄絶な光をまき散らす。


 一瞬の浮遊感。直後に何もなかった足下に硬い感触。


 ゆっくりと目を開いていく夕姫。光が収まった先には――


「何してんのよ……」

「……」


 一心不乱に武器製作に励むカケルの姿があった。


「ま、無事合流できたってことでいっか。ホント相変わらずなんだから」

「……」

「でも、そういうアンタも結構好きよ。バカケル」

「……」


 夕姫のその小さな呟きは、周囲を一切合切お構いなしに生成を続けているカケルには聞こえなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る