時蝕の森

 ウマシカ亭を後にしたカケル達一行はティスターナを軽く観光しながら出口まで歩いていた。


 昨日入った街門とは正反対の方向にある街門。そっちの方が王国領を出るにはいいのだ多分。また戻ることになっちゃうし、今のカケル達としては入ってきた街門に向かうという行為を全力回避したいのだ。


 街門を抜ける時、その街門の門番を務める兵士が止めようとしていたが四人は意に介さず出ていった。


 雑草などが無く踏み固められ綺麗に整地された道。人の手が加わっているのは明らかだ。ティスターナから出てその道を歩きしばらくすると、道の左右が森の木々で囲まれてしまう。最終的には本格的に道が無くなった森の入口に到着する。


「ここって『時蝕(ときしょく)の森』?」


 夕姫がそう言うと、他の三人も多分という感じで頷く。


 時蝕の森――HGO内に実際あったダンジョン。この森は人の手が加わった道を挟むように広がり、進んでいく内に森の中に入らざるを得なくなる森だ。


 この森で何か不思議な現象が起こるというわけじゃない(罠はある)。森に生息している全ての魔物が時間に干渉したり、瞬間的に気絶させたり、幻惑させて迷わせたりという厄介な固有スキルを持っている。まさしくプレイヤーの探索時間や戦闘行為を蝕んでいく森なのだ。


 故に、HGOでは上位プレイヤーでもデスペナルティや時間が惜しくないと考えている無謀プレイヤーか、レベル上げのために無茶するプレイヤーくらいしかこの森に来ることはない。カケル達は後者だ。


 時蝕の森に関してはこんなところだが、カケル達が訝しんでいるのは何故かと言うと。


「時蝕の森って大陸の端にある高難度ダンジョンだよな?」


 そういうことである。


 HGO内で時蝕の森というのはメルラーク王国領内にあるダンジョンではない。もっと高いレベルを要求するような場所にあったのだ。制限があるわけじゃなく、エンカウントする魔物が他の場所よりも数段強いというだけだ。


 カケル達からすれば時蝕の森は何度も経験値稼ぎに訪れた場所であり、その場所が街から出て数十分の場所にあるなんて全く思わなかった。


 どうにもフィールドついてはHGOの記憶は当てにできないようだ。まあその事に関してはカケル達からすれば嬉しい誤算でしかない。HGOと全く同じなんてつまらない。それが四人の総意だろう。


「ま、いいんじゃないか? 行こう」

「そうね。アタシ達ならどうとでもなるでしょ」

「そうだよね。後は罠に気を付ければいいよね?」

「あぁ。転移系の罠とかに嵌らなけりゃいいんだろ?」

「「「ダイキ(くん)が一番踏みそうだな(ね、だよね)」」」

「酷くねっ!? 俺だって罠避けるくらいできんぞ!!」


 伏線って言葉、知ってます?


 意気揚々と森に踏み込んでいくカケル達。


 時蝕の森は地面が全て雑草で覆われているが、まるで通路のように他草丈が低い場所がある。まるでではなく完全に歩くための道だ。とは言っても脇に入って草丈の高い場所を進むこともできるし、木々が生い茂る場所を歩くこともできる。


 かなり広い森で普通に歩いて抜けるだけでも半日は掛かるはずだ。尤も、それがHGOと同じと仮定したならの話ではあるが。


 遠目に見える魔物の姿にカケル達は見覚えがある。その姿は間違いなくHGOで時蝕の森にいる魔物と同じだった。


 しばらくまっすぐ歩くと、目の前に黒毛赤目の狐が現れる。


 カケルも夕姫も織音もその姿を見て、やはりHGOと一緒だと思いつつ離脱するために走ろうとしたところでダイキが一歩踏み出す。魔物に向けて。


「俺に任せろ!」

「あ、バカ! 止めなさい!」


 ズパンッ!


「キュイィィィィィィィィィッ!」


 夕姫の制止も聞かず走り出し狐の魔物を一刀両断するダイキ。


 響き渡る狐の断末魔の咆哮。


「何やってんだダイキ! 今のはルヴァンシュルナールだぞ!」

「あ……」

「ダイキくん。何をおバカなことをしちゃってるのかな? かな?」


 ダイキのしたことを笑顔で見ていた織音。ただし目は笑っていない。ダイキがしでかしたことは時蝕の森でやってはいけないことの一つだ。


 即逃げようと全員が足を踏み出すが、もう遅かった。


 あっという間に黒狐の大群に囲まれてしまうカケル達。


「チッ。メンドくせーな」

「もうダイキのバカ!」

「後でお説教だよ」

「ぐぅ……すまねぇ」


 そして、カケル達の戦いが始まる。


 ルヴァンシュルナール。この黒狐は仲間意識が強く絆が固い。一匹やられてしまえば千単位で復讐しに来るという厄介な性質を持つ魔物である。この場合、単純に時間そのものが蝕まれるわけだ。


 ちなみにルヴァンシュルナールのステータスはこんな感じ。



ルヴァンシュルナール Lv112


種族:魔物

職業:‐‐‐

HP:984/984

MP:573/573

AP:397/397

STR:736

VIT:684

INT:498

MEN:525

AGI:693

LUK:100


スキル:《魔力操作Lv6》《毒生成Lv6》


アーツ:《ポイズンファング》《ポイズンクロー》


称号:《復讐者》


BP 0pt



 高難度ダンジョンの魔物だけあって中々に強い。普通装備を着けたカケル達とやり合うこともできるだろう。ただ、ここに居るのは幻神級の魔法装備を身に着けた完全武装のカケル達だ。相手にはなり得ないだろう。


「数は千三百六十八体。一人当たり三百四十二体倒せば終わる」


 生命感知を使って相手の総数を確認したカケルがそう言う。


「楽勝ね」

「私一人でも問題ないよ」

「それ言うなら、ここに居る全員が一人でいけんだろ?」

「「「じゃあダイキ(くん)が一人でやれよ(やりなさいよ、やってよ)」」」

「うそん!?」


 この状況を作ったのはダイキだ。責任はしっかり取るべきだろう。


「ま、冗談は置いといて」

「冗談かよ!」

「いいから早く戦闘準備しなさいよダイキ」

「早くしてよダイキくん」

「俺が悪いの!?」

「「「悪い! 色々と!」」」

「そうでした……」


 四人が漫才を繰り広げ、それぞれの武器を手に取る。それを待っている黒狐。アラヤダ優しい子達。


 カケルはアルタイルとヴェガを抜き、軽く脱力して戦闘態勢に移行。夕姫は魔力倉庫(カケルお手製)から出したクロチェデルスッドを構えてスキル《浮遊術》を発動。織音は魔法の準備。ダイキはインフェルノを抜き中段に構える。


「「「「「キュアァァァァァァァァァァァァッ!!」」」」」


「蹂躙開始だ!」


 今ここにカケル達の一方的な蹂躙が始まる。


 ダァ――――――――ンッ!


 銃声が鳴り響く。当然カケルが撃ったものだ。ただし、銃弾は一発に非ず。


 アーツ《ラピッドファイア》で放ったアルタイルの超速六連速射。その後、ガンスピンさせてリロードする。高速思考を使ったリロードだ。ただ、それでも隙はできるため、ヴェガでローディングタイムを稼ぐ。


 ヴェガも実弾仕様だ。装弾数二十八発の自動拳銃。アルタイルよりも威力はかなり落ちるが、それでもカケルのステータスがそこに加わればほぼ一発で屠れる。基本的には《マジックバレット》で魔法を付加した弾丸を撃つという使い方だ。


 最初の速射で十体近い黒狐を屠ったカケルはできた隙間に突撃をかます。


 カケルの戦闘は二丁銃による近接銃技ガン=カタだ。完全に我流だが、一ミリでも近い敵から順に撃ち抜いていくという神業を持っているカケルはHGO内でもかなり有名だった。


 アーツじゃないのかと言われていたが残念ながら違う。高速思考と神速を併用しているとは言え、これはアーツではなくスタイルだ。つまり、純粋なカケルの実力。この男、存在自体がチートではなかろうか。


 敵陣のど真ん中に突っ込んだカケルはそこで我流ガン=カタを発揮。黒狐が次々に撃ち抜かれていき、通常あり得ない速度で数が減っていく。


 戦闘時間は五分にも満たないだろう。それだけの時間で五百体オーバーの黒狐は全て絶命させたカケル。


 カケルが自分の担当が終わりとばかりに他の三人を見ると、夕姫は銃撃で、織音は魔法で、ダイキは斬撃でそれぞれ最後の一体を屠る。


 辺りは血海が広がりドロップアイテムが散乱していた。HGOではリザルト画面が出てきて自動的にストレージに格納されるようになっていたので、カケルは拾うのメンドイと思いながらもアイテムを全てストレージに放り込む。血海を見ながらやはりゲームとは違うと感じながら。


 その作業が終わった後、カケルは他の三人に声を掛けようと歩き出した。その時、


《レベルが上がりました》


(なん…だと…?)


 本来あり得ないはずの無機質な声が脳内に響いてきた。

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