アイテム確認は大切に

 《ウマシカ亭》。ティスターナの街の中ではサービスレベルが最も高い宿だ。受付をしてる女の子もかなりの美少女で笑顔も可愛らしい。料理もかなり美味しくて、しかも風呂付。


 風呂は日本人にとってかなり重要だ。HGOでもそれを再現しようと試行錯誤しただろう。残念ながら実現には至らなかったが。


 水は流動体だ。即ち常に動き続ける。自然界にある海や川、湖などの水の動きは天気や風向き、その他にも色々な現象が影響してくる。岩などの障害物があれば違う流れが出来上がるし、人が入って動き回ればそれこそ規則性の全くない別の流れができる。


 それを再現しようものならバカみたいな容量が必要であろうことは想像に難くない。ただでさえゲームに様々なシステムを取り入れている中、そんなことまでできようはずもなかった。


 閑話休題。


 先に言った通りウマシカ亭はサービスが充実している。ただただネーミングセンスが微妙なだけで。


 一泊しかするつもりのないカケル達だ。その辺りは「まいっか」で片付けられる。まあ、そういう思考に至るのも日本人だからであり、この世界の住民はウマシカを漢字に変換なんてことはしない。そもそも漢字という概念はこの世界に存在しないだろう。表の看板だってわけくちゃわからない文字で書かれているのだから。


 何よりカケル達のような日本人が使う馬鹿はこの世界ではバカで通る。この世界に漢字はない。


 カケル達が受付の前に到達すると(というか入った時点からだが)視線が集中する。言わずもがな夕姫と織音がいるからだ。


 二人とも受付の女の子が敵うレベルじゃない美少女である。この世界の美的感覚は大分日本人に近いようで、日本人目線で超の付く美少女なら、この世界でも注目を集める超美少女なのだ。視線が集まって当然だろう。


 一部の男はもう確実に惚れやがったなという目をしているし、他の男達だってそこまで行っていなくても夕姫と織音に視線は釘付け。まあそんな視線に慣れている二人はお構いなしだが。


 そんな美少女二人と一緒にいる男であるカケルとダイキには、嫉妬と羨望が入り混じった視線が突き刺さる。こちらもそんな視線は日本で慣れてるので柳に風と受け流している。


「いらっしゃいませ! ウマシカ亭へようこそ!」


 受付の女の子の笑顔が輝き、明るい声が響く。


「お食事ですか? それともご宿泊ですか?」

「宿泊だ。一泊で」

「畏まりました。お部屋はどうなさいますか?」

「二人部屋を二つ頼む」

「ベッドはどうされますか? ツインとダブ――」

「ツインの部屋を二つ頼む」

「か、かしこまりました」


 カケルの食い気味の返答に驚き、言葉がつっかえる女の子。


 この面子でダブルなんて頼んだら大事だ。要らぬ誤解を受けるのは目に見えてわかっている。視線は気にしないと言っても鬱陶しいものは鬱陶しい。


 そうじゃなくてもカケルとダイキは健全な思春期男子であり、美少女が同じ部屋で朝まで一緒となればあらぬ想像をしてしまうこと請け合いだ。一晩中そういう思いを抱え続けるなんて苦行はしたくない。


「お食事はどうなさいますか?」

「どうとは?」

「えっと、お食事はこのまま食堂でとることもできますし、希望があれば別料金になりますがお部屋まで届けることもできます」


 なんという行き届いたサービスか。今のカケル達には嬉しすぎるものだ。このままここで食事をすれば食べ終わるまで周囲の視線に晒され続けることになる。さすがに居心地悪いことこの上ない。そんなカケル達にとっての救いとなるサービスだった。


 こういうゲームとの些細な違いがあると、やはりここはHGOの世界に似ているだけで全く違う世界なのだということがわかる。


「どうするよ?」


 カケルが三人に問い掛ける。まあ聞かずともカケルと同意見だろうし、何よりカケルが決めたことによっぽど文句は言わないのがこの三人だ。つまり答えはどっちでもいい。ただ、カケルはどっちつかずの返答をされることが割と嫌いで、それがわかっている三人は聞かれればしっかり返答をする。


「アタシは部屋まで届けてほしいわ」

「私もその方が助かるよ」

「俺もそれで頼むわ」

「んじゃ、部屋まで届けてもらっていいか?」

「畏まりました」


 ようやくまとまったところで女の子が説明を始める。


「それでは当宿についてご説明します。お食事は夜と朝のみの提供となります。皆様はお部屋でのお食事を希望されているので食堂に来る必要はありません。その代わり、お部屋に届ける時間は十九の刻と七の刻となります。時間厳守なのでその時間にお部屋を伺った際、反応がない場合はお食事を引き上げますのでご注意ください。当宿で器物損壊などをした場合は修繕費用を別途払って頂くと共に、今後の当宿の利用をお断りします。貴重品などの管理は自己責任となり、万が一それを紛失、盗難された場合も当宿は一切責任を負いませんので予めご了承ください。ここまででご質問はありますか?」

「いや何もない」


 今説明されたことが守るべき最低ラインである世界で生きてきたカケル達にとっては注意される必要のない当たり前のことである。十九の刻と七の刻は元の世界と同じで十九時と七時のことだ。これに関してもHGOでしっかり設定されていたことなので特に問題はない。


「それでは当宿は前払い制となっておりますので料金の精算をさせていただきます。当宿の一泊の基本料金が五千ガゼル。ツインの部屋は二千ガゼル加算。それが二部屋なので一万四千ガゼルです。食事配達を希望されたので追加料金で三千ガゼル。合計一万七千ガゼルになります」

「はい」


 制服のポケットから金貨二枚を取り出して渡すカケル。宿に着く前に出しておいたものだ。隠すつもりはないといっても、今回に限っては軽い対策で済む。片手間程度で済むならカケルだってそれくらいはする。


「はい。二万ガゼルお預かりします」


 金貨二枚が受付カウンターにある魔法陣に置かれると淡く輝き、光が収まると金貨がなくなり、大銀貨が三枚と二枚のカードがあった。元の世界でレジに相当するアーティファクトだ。大変便利である。結構お高いのが玉に瑕。


 お釣りとカードを取ってカケルに差し出してくる女の子。


「三千ガゼルのお返しと、こちらはルームキーになります。お部屋は六階の五号室と六号室になります。お部屋の扉にある魔法陣にこのカードをかざすと鍵が開きます。これを紛失した場合も弁償して頂くことになるのでお気を付けください」


 首肯して大銀貨と鍵を受け取るカケル。大銀貨は制服のポケットに鍵は片方を夕姫に渡す。


「転移魔法陣は受付左手の奥にございます。行きたい階を念じれば自動的に転移しますのでご利用ください」

「ありがとう」


 礼を言った後、転移魔法陣に向かって歩いていく四人。視線は相変わらず集中したままだ。そんなことは全く気にせずさっさと転移するカケル達。


 転移すると目の前に廊下が伸びていた。後ろを見れば壁。というか横も壁。転移魔法陣は廊下の突き当りに設置されているようだ。


 奥へと歩いていき五号室、六号室と書かれた二つの扉の前に到着する。カケルとダイキは五号室へ。夕姫と織音は六号室へと入っていく。


 部屋の中は意外と広い。ドアを開ければ細い廊下が奥に伸びており、奥は割と広い空間だった。ベッドが二つ並んでもまだかなりゆとりがある。廊下には二つのドアがあり、入口に近い方からトイレ、風呂と並んでいるようだ。


「大分広いな」

「あぁ。寝相悪くても安心だぜ」

「そんなんで安心するのは、お前くらいだろうけどな」


 そんな他愛ない会話をしながらカケルとダイキは寝るベッドを決める。部屋の奥側がカケル、手前がダイキだ。


 十七の刻。部屋に料理が運ばれてくる。食器はお盆ごと外に出すように説明を受け、カケルもダイキも手早く料理を食べて廊下に食器を置き、風呂に入って談笑する。


 しばらくすると扉をノックの音がする。カケルが「開いてるぞ〜」と声を掛けると扉の開く音がして二人の少女が入ってくる。言わずもがな夕姫と織音だ。


 二人の姿を見ると共にカケルもダイキも固まってしまう。なんせ夕姫も織音もネグリジェにチャック式のパーカを羽織るという姿だったのだから。


 しかも風呂から上がったばかりなのか二人とも頬が紅潮しており、少し汗も掻いているようで、水玉が首から胸元までツーっと流れていく。それはカケルとダイキの視線を自然と胸元に移動させるには充分であった。


 男の部分が反応してしまいベッドに潜って蹲ってしまった二人は責められない。


「何やってんのよアンタ達」


 呆れたような声が布団ごしに浴びせられるが、カケルとダイキにそれを聞き取って処理できる程の余裕はない。そんな二人を見て、呆れると同時に微笑んでいる夕姫と織音。このことをカケルとダイキが知ることはないだろう。


 数十分後。無事復活(?)したカケルとダイキ。ともかくも話し合うためにベッドへ腰掛ける。当然、男女別だ。理由? 意識せずにはいられないからだ。男二人の方が。


「で、急に話したいってなんだ織音?」


 この話し合いを提案をしたのは織音だ。男二人が順番に風呂に入ってる最中カケルに織音からの念話が入り、この話し合いの場が設けられた。


 ちなみに、この中で念話のスキルを持っているのはカケルと織音だけ。どんな場合でもどちらかが参謀役になるからだ。まあ参謀が必要になるような戦闘はあまりなかったが。


 念話は受信するだけなら誰でも可能だが、送信するなら念話スキルが必要になる。その上、スキルレベルが低い内はかなり面倒な制限が掛けられており、スキルレベルが上限にならないとあまり意味をなさないという鬼畜仕様。これを突破してレベル十まで引き上げたカケルと織音は大したものである。


 まあ念話については置いておいて話し合いだ。とりあえずは織音の目的から訊くカケル。


「うん。二人に訊きたいことがあってね」

「ていうと?」

「カケル君とダイキ君はストレージの確認ってした?」

「全くしてない」


 カケルが失念していたという顔をした。それを受けて織音はやっぱりと肩を竦める。カケルという男は優秀だが、たまにうっかりをやらかすことがある。


 ストレージというのはHGOにおいてゲーム内の全てのアイテムを収納するためのシステムだ。ストレージは回復、素材、武器、防具、装飾品とわけられている。勿論、その枠内に収まればいくらでも入れてオッケーなんてことはなく。容量が存在する。


 ゲーム開始時点での容量は基本十種十キロだ。十種類以内なら数も気にせず何でも入れられるが、そこに重量制限が掛かってくる。十キロが多いか少ないかと言われればかなり少ない。人によっては全く足りず、カケル達も例外じゃなかった。


 容量は増やすこともできる。方法はいくつかあるが、主なのはBPを使って容量を増やす方法。ほとんどのプレイヤーはこの方法で容量を増やしている。カケル達もだ。


「じゃあ、夕姫と織音がそんな格好してるのも」

「うん。ストレージをちょっと確認したの」


 夕姫と織音が隣の部屋で順にシャワーを浴びている時、夕姫が入ってる間に織音はメニュー画面を開いてストレージを確認したのだ。確認したのは装備ストレージだけでそれ以外はまだだが。それをカケル達と一緒に確認するために緊急念話を入れたというわけである。


「なら、サクッと確認するか」

「ちょっと待ちなさい」


 確認するためにメニューを開こうとカケルが右手人差し指を走らせようとしたところで夕姫の待ったが掛かる。


「なんだよ?」

「アンタ達、お風呂は?」

「入ったぞ?」


 まるで頭痛がするかのようにこめかみを押さえる夕姫。何だかとても呆れていらっしゃる。


「そう……その上でさっきまでの恰好と同じなのね」


 カケルとダイキが着ているのは高校の制服だ。ストレージの確認は失念していて、それでも風呂には入っている。要は風呂に入る直前と全く同じものを着用しているのだ。下も。


「おぉ。下も同じものだったな」

「完全に忘れてたぜ」


 あっけらかんと言う男二人。夕姫と織音がそれを許容するわけもなく、それは怒鳴り声という形でカケルとダイキに叩き付けられる。


「「いいから早く着替えてきなさい! このバカ!!」」


 ということで、順に脱衣所に入って着替えてくる。


 着替えた二人は色や柄は違えどスウェットのセットアップだ。ラフな格好を好む二人には重用する装備である。二人してなまじがたいがいいためよく似合っている。勿論、下も履き替えてきた。そうしないと夕姫達にバレて怒られる。バレることは前提条件だ。


「さて、まあ今着替えてきた時に装備ストレージだけは確認したんだが。やっぱりというか、これもHGOの時のままだったな」

「この分だと他もそうじゃねぇのか? 確認する必要あるか?」


 確かにここまで色々とそのままなのだから確認しなくても良さそうなものだが、この中でそう考えるのはダイキだけで、他の三人はそんなことは露程も思っていない。


 三人が慎重すぎると言うのもあるかもしれないが、異常に異常が重なった上での現状である。慎重になるのも頷ける。最悪を想定してるか悪を想定しているかの違いだ。


「念のためよ。これで何かが必要な時、もしそれがありませんでしたってなったら目も当てられないでしょ?」

「そうかぁ?」

「そうだよ。何をするにしてもあると決め付けて行動を起こした時にそれが無かったら手詰まりになるんだよ? HGOで何回も経験した事だよね?」

「まぁ確かに……」


 夕姫と織音の説得に頷くダイキ。四人がHGOで探索をする時、大丈夫だろう・あるだろうと決め付けて痛い目に遭った経験は一度や二度では済まない。


 それで得た教訓は「何事も是の決め付けではなく、非の決め付けで行動を起こす準備をする」だ。ましてこれはゲームではなく現実。慎重に慎重を重ねてもまだ足りない。不測の事態が起こった時のことを考えれば、今現在の自分達の全てを確認する必要がある。


「まあ俺もあるとは思うけど、無い可能性も否定はできない。装備だけ引き継いで他は全部無くなってたってこともないとは言い切れないわけだ。そのことを考えれば確認作業は必要だろ?」

「そう、だな……」


 最終的にカケルの言葉でストレージの確認作業に賛成するダイキ。ここまで言われてなお頑固に否定するようなバカではないのだ。


 そして、確認作業が始まる。まあストレージを指でスクロールしてアイテム名と個数を見るだけだ。


 一時間後。ようやく確認作業を終える四人。


「どうだった?」

「アタシは全部あったわ」

「私も最後に確認したのと同じだった」

「俺もだな」

「で、俺も全部あったと」


 カケルの確認に各々が答えていき、最後にカケルも報告して終わる。これでカケル含め全員がHGO内で得たアイテムを全て持っていることになり、打てる手段の幅は大きく広がった。


「アイテムも問題ないとわかれば残ってんのは今後の行動についてか」

「そうね。って言ってもどうするわけ?」

「まあとりあえずの目標は王国領を出ることだな。織音の転移が危険を伴う以上、大抵は徒歩だろ」

「馬車は駄目かしら?」

「駄目とは言わない。所持金も十分足りるだろうしありだとは思うが、もしもの時を考えれば潤沢とは言え王国内で金を使うようなことは避けたいところだな」

「じゃあ、徒歩で決定?」

「だな。王国領出れば一先ずは落ち着くだろうし、馬車とかはその時でいいだろ」

「オッケー。織音とダイキもそれでいい?」

「うん。私はそれでいいよ」

「俺も異論なし」


 カケルと夕姫が二人で話して決めたことだが、特に否やはないため織音もダイキも反対はしない。尤も、納得がいかないことがあったのならとっくに口を挟んでいた。


「んじゃ、とりあえず今日は休むか。色々と異常が起こりすぎて精神的に疲れたわ」

「そうね。アタシもさすがに今日は寝たいわ」

「それじゃあ、今日はお開きって感じかな?」

「そうすっか」

「明日から本格的に行動開始だ。しばらく歩くことになるだろうし、野宿することになるだろうから今の内にしっかり休んで備えるぞ」

「「はーい」」「おうっ」


 カケルの言葉を最後に全員が立ち上がる。カケルが夕姫と織音に付いて行き部屋まで送る。まあ隣だが何があるかわからない以上警戒するに越したことはない。


「じゃカケル。おやすみ」

「おやすみなさいカケルくん」

「おう。しっかり寝ろよ」

「「完全にブーメランね(だね)」」

「……」


 夕姫と織音の言葉に口を噤むカケル。四人の中で誰が一番寝ないかと言ったらカケルだ。前の世界でも他の三人がログアウトしたにもかかわらず、一人だけ残ってHGOをやり続けることなんてしょっちゅうだったのだ。


「俺だってバカじゃねぇよ。今日ぐらいはしっかり寝る」


 ぶっきらぼうに放たれた言葉に「ならいいけど」と悪戯っぽい笑みで夕姫が反応し、部屋の扉を開けて中に入っていく。織音も終始笑顔のままそれに続く。


 廊下に一人ポツンと残されたカケルはため息を一つ吐いて自分の部屋に戻るのだった。

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