宿の名前何とかしようぜ……
カケル達は王都を出てしばらくのところで歩きながら話し合っていた。これからどうするかで。
「このまま他の国まで歩く?」
淡褐色と青色の瞳を持ったオッドアイ美少女夕姫が、ツーサイドアップに結わえた髪を波打たせながら問い掛ける。ただ、これまでと違って頭頂部には三角の耳のようなものが生えていて、尾骶骨の辺りからふさふさした毛並みの尻尾のようなものがあった。ようなではなく本物だが。
「勘弁してくれ。今すぐ王国領から出たい」
それに答えるのは白髪赤眼の厨二び――カケル。彼としては一刻も早くこの王国から出たいのだろう。別に追手が怖いとかそういうわけじゃなく、単純にこの国の中にいたくないというだけだ。むしろ、追手なぞ来たところで返り討ちにできるだけの力は普通にある。
「俺もそう思うが。どうやってだよ?」
カケルの意見に賛成しつつもどうやって国外に出るのかを訊くのは、ぼさぼさの金髪と碧眼のイケメンダイキである。特に変わっているところはない。
「織音の転移は使えないのか?」
カケルのその問いに「へ?私?」と自分を指さす黒髪美少女織音。今まで人間のように丸かった耳が今は長く伸びて尖っていた。俗にいうエルフ耳だ。彼女の種族はエルフである。ゲーム上の設定だったはずが今や正真正銘のエルフだ。
「うーん。どうだろ? 一度行った場所には行けたと思うけど、ここHGOじゃないし」
転移魔法。彼女の場合は驚異のレベリングによってそれを最高位の空間魔法まで昇華させているが、ステータスをそのままこの世界に引き継いでいる。とはいえ、HGOの世界で行ったことのある場所がイコールでこの世界の場所とは限らない分、かなり危険な賭けになる。下手をすれば海底やらマグマの中やら即死するような物騒な場所に飛びかねないのだ。慎重になるのも当然だろう。
「あぁ。死ぬ可能性があるならやめといた方がいいか」
「うん。そうした方がいいと思うよ」
「仕方ねぇな」
あからさまにガッカリするカケル。しかし、生きていられる可能性がちょっとでも低くなるならあまり危険を冒そうとしないのもまたカケルだった。こうして一行は歩いて王国領を出ることに決めたのだった。
「まあ、王国領どうこうはいいとして、とりあえずこれからの行動だけでも考えとかないとな」
「って言っても何すんのよ?」
カケルの提案にどうすればいいかと質問する夕姫。基本的に会話の中心はカケルだ。この四人の中でリーダーを上げるならカケル以外の名前は出てこない。容姿は厨二っぽいが思考的には四人の中で一番まともなのだ。よって会話を主導するのはいつもカケルの役目になる。
「まずは次の街にとっとと行って宿の確保だろ。さすがに野宿はイヤだ」
「それもそうね」
「地理がHGOと同じなら、この道の先に王国領の中では一番まともな街があるはずだ。そこまでダッシュするぞ」
「やっぱそうなるのね」
「うっしゃ、久しぶりに全力で走ってみっか」
「できればついていける速度にしてほしいなぁ」
もう既に日は傾き始めている。今の歩行速度だと完全に野宿コースになってしまう。四人共々、それの是非は確実に非だ。野宿なんて御免被る。
というわけで、敏捷パラメータにものを言わせて全力疾走する四人だった。
走った甲斐あり、日が沈む直前には街の前に到着した。
ちなみに織音のことは考慮されずの全力疾走だったため織音はついていけず、カケルに抱えられていた。お姫様抱っこで。それを見ていた夕姫は不機嫌になって脹れていた。
街門まで行くと一人の門番兵がいた。門番兵はカケル達の姿を認めると笑顔を浮かべる。
「ギリギリだったね。もうすぐで門を閉めるとこだったよ」
滑り込みセーフだったらしい。この辺り割とツイてる四人だ。
「間に合って良かったよ。入れてもらえるか?」
「問題ないよ。身分証はあるかい?」
「すまない。持ってないんだが」
「謝ることはないよ。偶にいるからね。ちょっと待っててもらっていいかな?」
「あぁ」
カケルの返事を聞いてすぐに詰所っぽいところに走っていく門番兵。この間に入られたらどうするつもりだ? というツッコミはしない方がいいだろう。そんなことされても見つける手段があるんです。多分。
詰所っぽいところに入って三十秒もしない内に出てくる門番兵。当然だがカケル達はその場にいる。旅立ち初日から犯罪行為に走るような真似はしない。
門番兵の手には直径三十センチ程度の水晶玉を持っていた。カケル達にはそれが何なのか大体予想がついてしまった。
「待たせてすまない。それじゃあ一人ずつ水晶に触れていってほしい」
「それ何なの?」
夕姫がさもわかりませんという感じで問いかける。予想できているくせにわざわざ聞くあたりテンプレを求めてることがわかる。
「これかい?これは触れた人の犯罪歴を調べるアーティファクトだよ。犯罪者を街に入れるわけにはいかないからね」
これを聞いた四人はですよね~と思ったことだろう。
「うん。四人共問題ないね。それじゃあ、入場料として一人百ガゼルだよ」
ガゼルはこの
貨幣は七種類。銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨となっている。銅貨が一ガゼルで以後十枚ごとに一つ上の貨幣へと繰り上がっていく。百ガゼルは銀貨一枚だ。
この世界だと大抵の人は腰に巾着を引っ提げてその中に貨幣を入れている者が多い。カケル達の場合そんなものはなく、お金はデータとして持っている。ゲーム内でも貨幣のやり取りはデータを硬貨として可視化して行うことができる。まあ大半のプレイヤーは面倒くさがってデータ上のやり取りしかしないが。
カケル達はステータスウィンドウにある所持金の数字をタップし、数字を決めてから可視化を選択。すると、カケル達の手の平に一枚の銀貨が現れる。その光景を見ていた門番兵は目を皿のように丸くして驚いていた。
「君達は全員がアイテムボックス持ちなんだね。ビックリしたよ」
都合よく勘違いしてくれたためカケル達は特に訂正することもなく銀貨を渡していく。勘違いしてくれなかったらどう説明しようかと迷っていた四人だが、これである程度ならごまかせることがわかった。似たようなことをやる度に一々説明とか面倒くさい。四人共面倒くさいことは嫌いなのだ。
「あまり使っているところを見られないようにした方がいいよ? アイテムボックススキル持ちはどの冒険者も喉から手が出る程欲しい人材だし、持ってない人からのやっかみも多いからね」
門番兵のありがたい気遣いを受けた四人。ただ、絡まれて面倒だからと言って別の手立てを考える方が圧倒的に面倒だと考えるのがカケル達だ。何よりいずれ避けて通れない道になるのはわかりきっているわけで、避けて通れないのならぶち抜くことを第一に考えるのもまたカケル達なのだ。要は突っ掛かってくる奴は容赦なくぶっ飛ばす。
「忠告感謝するよ。出来るだけ気を付けよう」
「そうかい」
カケルの物言いに隠すつもりがさらさらないことを察した門番兵はそれ以上何も言ってこなかった。さて、これでようやく街に入ることになったカケル達だが、確認しておきたかったことが一つある。
「なあ。この街でどっかいい宿屋はないか? できれば、食事と風呂がついてる宿がいいんだが」
HGO内で一度訪れたことがあり、どの宿がいい宿なのかというのはとりあえず把握している。ただ、その把握している内容がこの世界でも通じるという保証はどこにもない。だったら確認するだけだ。
「その条件ならやっぱりあの宿がいいと思うよ」
その後に続けられた宿名を聞き、この世界でも現状で把握していることが通じることがわかった。それと同時に四人とも苦笑いをしてしまう。
門番兵に礼を言うカケル。そこで街に足を向ける。
「ようこそ。ティスターナへ」
というある意味テンプレな言葉を聞いて街に入っていくカケル一行。教えられた道順(HGOの時からカケルが覚えている)通りに街を歩く。街並みは王都とそう変わりなかった。煉瓦造りの道と建物。その中を歩くカケル達。そして、宿の前に到着する。
ただ、宿というには結構建物が高い。高さ的にはおそらく二十階建て分くらいの高さがある。まるでホテルのよう。よくもまあ作ったもんだとゲーム内でも思ったカケル達だ。
宿の看板にはその宿の名前っぽいのが書かれていた。この世界の独自言語で書かれているため日本人だと普通は読めない。言語理解があるからこそカケル達でも普通に読める。まあ宿名はスルーする。どうせ入ればイヤでも耳にするんだから。
扉のノブを捻って開ける。そのまま中に入っていくカケル達。中は学校の体育館くらいの広さがあり、食堂になっていた。酒を飲んで酔っぱらっているような客もいることからその類いも扱ってるとわかる。中央には一切テーブルなどはなく受付までは一直線だ。
受付の目の前まで行く。受付台の向こう側にはカケル達と同い年くらいの女の子がいた。容姿としては夕姫や織音程ではないにしても中々の美少女だ。
その女の子はこの宿を経営している主の娘だ。笑顔が絶えず愛嬌があるため、看板娘としては最高だろう。それにカケル達の記憶通りであるなら、ここの料理はかなり美味しい。加えて、一階には大浴場。各部屋にもシャワールームがあるという宿としては最高のサービスレベルだ。その分料金はお高めだが、それを補って余りある。
「いらっしゃいませ! 《ウマシカ亭》へようこそ!」
この名前は確実に減点ポイントだが。
いくらカタカナ表記しようと日本人は、聞いた言葉を知っている漢字であるのなら自動で変換してしまうのだ。つまり、ウマシカ亭を自動変換して《馬鹿亭》だ。
宿としては最高だがこのネーミングだけはいただけなかった。ウケ狙いだとしても微妙過ぎる。
せっかくの美少女の可愛らしい笑顔も霞んで見えてしまうカケル達だった。
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