クールダウン(チュウ‼︎)
「……なあ?」
ハァ……と、ため息を一つついて、脱力した様子のエトが女の子に問いかける。
ちなみに今、エトは無防備な女の子の胸を直視している。
だが、先程までのように慌てた様子も、顔を赤くする様子もない。
むしろ真っ青な顔で死んだ魚のような目をしている。
「はい?」
そんな様子に気づいてかいないのか、何ごともないように返事をする女の子。
「……その耳と尻尾、本物か?」
女の子の裸を最初に見てから約15分が経っていた。
だからといって、目が慣れた、とか悟りを開いた、とか、そんな感じではなさそうだ。
どちらかといえば、先程の衝撃的な出来事に脳の処理が追いついていなくて、
あまりに大きなショックで、脳が思考を停止させているように感じる。
脱力しきったエトは現在、女の子の前に体育座りで座り込んで、何もない空を見るように眺め続けている。
そんな調子のエトは置いておいて、
「えっ?耳と尻尾……ですか?」
いまだに外で裸で挟まったまま、放置されていることを怒りも助けを求めもしない女の子は、
少し驚いた様子で、自らの頭と尾骶骨にそれぞれ手をやり、耳と尻尾を確認する。
「本物……ですね」
触りながらピクピクと動く耳と、チョロチョロ動く尻尾を見せつける。
可愛らしいその仕草にも、ノーリアクションのエト。
「……ネズミか?」
耳と尻尾の特徴を見て、ボソッと、思いついたことをそのまま口に出すエト。
「私が……ですか?」
どう見ても人間の姿をしているのに、ネズミ呼ばわりしたらそりゃそうなる。
しかし、
「はい、そうです……」
女の子は恥ずかしそうに頬を染め、身をよじらせながらそう告げた。
「……やっと、気づいてくれましたか?」
そして上目遣いでエトの顔を覗き込む。
「……そうか」
かなり衝撃の事実が明らかになった筈だが、それでもエトは無反応……
「――っなんだと⁉︎」
ではなかった。
「ってはぅん――⁉︎」
そして視界に入る過剰な肌色に、再び顔を真っ赤にして逸らし、両手で顔を覆うエト。
「……マジか」
「マジです……」
生気が戻ったエトと、コロコロ変わるエトの様子にさすがに引き気味の女の子。
「私は昨日、住処に戻る途中猫に襲われ、殺されそうになっていたところを優しい人間さんに助けてもらいました」
そう言って、首に巻かれた包帯をエトに見せ
る。
「……確かにその巻き方は、僕が昨日治療したネズミにした巻き方だ」
指の間から恐る恐る覗いて確認するエト。
「やっぱり⁉︎」
そこで、
今までで一番感情的な反応を示した女の子は、喜びを体現するため身を乗り出そうとしてガシャン‼︎と柵に引っかかり、「ハゥン……」と情けない声を出す。
「私はあなたに会いに来ました‼︎あなたに何かお礼をしたくて‼︎」
それでもめげまいと、目を輝かせて叫ぶように思いを伝える女の子。
「ああ‼︎今こんな状態でなければ抱きついて頬ズリしたいに‼︎」
そして女の子が暴れる度に揺れ動く胸……
「わかった‼︎わかったから一回落ち着け‼︎」
これ以上は身がもたないと、また思考が停止する前に女の子を落ち着かせようとするエト。
「はい……」
そこでハッと、我に返ったらしい女の子は、しゅん、とうつむき、耳を垂れさせる。
「あ、いや悪かった、そこまで落ち込まなくても……」
せっかくお礼に来てくれたと言う女の子を、きつく言って落ち込ませてしまったと、慌ててフォローに入るエト。
「……………。」
だが、エトの必死のフォローにもかかわらず、うつむいたままフルフルと震え始める女の子。
「……どうした?怒っているのか?」
恐る恐る顔を覗き込むエト。
そこには、ギュッと口をへの字に曲げ、何かを堪えている女の子の表情が、
「…………い」
言葉にならない声で、エトに何かを伝えようとする女の子。
「……え?」
うまく聞き取れなかったと、エトは女の子の口元に顔を近づけてリピートを求める。
「離れて……耳を、塞いでください」
顔を真っ赤にして、何とか喋っている様子の女の子。
「どうした?気分でも悪いのか?」
心配そうに女の子に触れようとするエト。
……が、
「触らないで‼︎」
「す、すまん……」
女の子の必死の叫びに思わず仰け反る。
「しかし本当に大丈夫か?……ってまあ、大丈夫ではないよな?」
裸で外に放置されているのだから大丈夫ではないかと、一人で納得するエト。
が、女の子は、別の意味で大丈夫ではないようだった。
……その理由は、
「……おしっこ漏れそう」
「――よし気合い入れろ、多少無理してでもすぐに動けるようにしてやるから、頑張って我慢しろよ」
今までで一番集中したエトが、自分にお礼をしに来たと言う、自称ネズミの女の子を救うため、全力を解放した。
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